(腰がじんわり痛い中)第二公子と仲良くなった

「すっげえ……」


「あのおっさん、あんなに強かったのか……」


「Cって、冒険者じゃ事実上の最低ランクなんだろ?

 一体どうして、あんな凄腕がその位置なんだ?」


 見物していた一般開拓者たちが、次々と疑念の声を上げる中……。

 当然の帰結とばかりに見守っていたのが、迷宮都市ロンダルに所属していた冒険者たちである。


「相変わらず、無駄のない動きだ」


 感心しきりにつぶやいたのは、この中で直弟子の一人と呼ぶべき立場にある聖騎士シグルーンだ。

 前身が農村の田舎娘である彼女は、神の声を聞くことはできても、剣の心得など微塵もなかった。

 そんな彼女に見込みがあると見て、基礎から剣術を叩き込んだのが戦士ヨウツーなのである。


「足りないのは、大型の魔物に致命傷を与える力だけ……。

 そりゃ、対魔物を生業とする冒険者にとっては、評価項目とはならねえわな」


 特に剣の指導は受けておらず、子供時代に雑な筋トレアドバイスを受けただけな戦士アラン・ノーキンが、そう言って瓶から直接酒を飲んだ。


「魔術にしたって、魔力が足りないから発動できないだけで、高等なものをいくつも習得してるしね」


 魔力バカの異名で知られるエルフ魔術師レフィが、自慢の黒髪をかき上げながら漏らす。


「戦闘面以外でも、先生の見識は深く広いです。

 本当に、そもそもはどういった出自なんでしょうか」


 心の底からの疑問を漏らしたのが、獣人忍者のギンであった。

 いずれにせよ、確かなことは一つ……。

 戦士ヨウツーは――強い。

 こと対人戦においては、随一といえるだろう。

 しかも……。


「先生の動きは、さらに洗練されていたように見えた」


「気づきましたか?

 おそらく、腰に負担をかけないよう工夫した結果、より歩法の完成度が増しているんです」


 聖騎士と忍者少女が、それぞれの見解を述べる。


「ってこたあ、つまり、腰痛になったからかえって強くなったってことか?」


「同じ境地に至るには、腰を痛めるのが最大の近道ってことじゃない」


 別に技術的な面が洗練されているわけではないため見抜けなかった戦士アランと、白兵戦は専門外のエルフ娘が戦慄と共につぶやく。

 四人のSランク冒険者が抱いた感想は、ただ一つだ。


「「「「真似したくねー」」」」


 強くなるには、代償が必要なもの……。

 そして、それは誰にでも背負えるものではないのであった。




--




「立てますか?」


「あ、ああ……」


 言いながらヨウツーが手を差し伸べると、第二公子ハイツは、意外なほどの素直さでその手を取る。

 彼の表情は、何かに化かされたような……。

 あるいは、憑き物が落ちたかのようなものであった。

 実際のところ、ハイツからは過剰な自信という余分なものが剥ぎ取られており、これを捨てさせることこそ、あえて苛立たせて決闘を挑ませたヨウツーの狙いなのである。


「腰痛持ちのおっさんも、案外とやるものでしょう?」


 にやりと笑いながら聞くと、ハイツは憮然とした顔で剣を収めた。


「案外、どころじゃない。

 それだけの腕前があれば、どこへでも士官できるだろう?

 それをせず、あえて向かない冒険者をやっていた理由は何だ?」


 ――やはり、地力は高く頭も良い。


 ――ただ、目がくらんでいただけだ。


 そのことを確信しながら、とぼけたように口を開く。


「向かないとは、ひどいですな。

 何故、そう思われる?」


「とぼけるな」


 すると、ハイツは苦笑しながら自分の見解を述べ始めた。


「Cランクに留まっていたというのは、要するに大型の魔物へ与える決定打に欠けていたからだろう?

 人間相手の剣士としてなら、貴様は間違いなく一流だ。

 少なくとも、僕の腕では実力を引き出すことすらできない」


「はっはっは。

 それは、高く買われたものだ」


 ヨウツーの方も小剣を鞘に収め、それから、ぽつりとつぶやく。

 この小剣も、その気になれば、もう少しちゃんとした品に持ち替えられるが……。


「残念ながら、俺は向いていませんよ。

 人を斬るのは好きじゃない」


「好きじゃない、か。

 できないとも、やったことがないとも言わないのだな」


「ふっふ……」


 その問いには、あえて答えることもなく……。

 ヨウツーは、改めてハイツへと向き直った。


「では、約束通りに酒場を開く権利は頂戴します。

 それから、今後は殿下が直接、冒険者たちや開拓者に指示をお出し下さい」


「いいのか?」


 目を見開くハイツであるが、ヨウツーにとって、これは最初から決めていたことだ。

 別段、この脆い腰で、開拓団の運命などというものを背負いたいわけではないのである。

 では何故、公子を挑発するような形でここまで皆を引っ張ってきたか?


 単純に、最も大切な初動を重視したという理由はあった。

 だが、それ以上に重要なのは……。


「今、視界が澄み渡ったような気分でしょう??」


「まあ、確かに……。

 何か、気の抜けたような気分でもあるが……」


「ふっふ……。

 そのくらいでよい。

 それくらいで、丁度良い。

 そうなった殿下になら、開拓団も、その後に続く開拓地の統治も安心してお任せできます」


「僕をこういう状態にするために、誘導したっていうのか?」


 決闘に至るまで、自分の意思で行動しているようでありながら、その実、ヨウツーの思うままに動かされていたこと……。

 そのことへ、ハイツが思い至ったことに満足しながら、うなずく。


「俺は冒険者時代、若く無鉄砲な若者がギルドへ加わる度、このようなことを行ってきました。

 冒険者に成り立ての若者……。

 とりわけ、田舎でゴブリン等を倒した経験がある戦士は、そんなはずがないと知っていながら、自分が世界で一番の使い手になったかのような全能感へ、支配されがちですのでね」


「ゴブリンごときでいい気になってる若者と、僕は同列か……。

 はは、悔しいけど、そうに違いない」


 乾いた声でハイツが笑う。

 彼の自信は、公国に仕える騎士などを相手にしながら、醸成されたものだ。

 だから、ある意味、それは根拠のある真っ当な自信であるといえる。


 しかし、やはりザドント公国という狭い井戸の中であることに、変わりはない。

 一歩、その井戸から外へ出れば、上には上がいること……。

 そのことを意識し、謙虚に振る舞う大切さを、彼には学んでほしかったのだ。


 人間というものは、わずかなきっかけで一変し得る生き物であった。

 おそらく、長子存続の掟により、公主を相続できなかった怒りから、この開拓計画を考案したのだろうが……。

 迷宮都市ロンダルの冒険者たちが合流したからこそ、こうまで順調に運んでいるわけであり、彼本来の計画では、無謀としか言いようがないものだっただろう。

 だから、ヨウツーは様々に骨や腰を折り、この計画へ食い込むつもりで公国にやって来たのである。


 しかし、曇りというものが晴れた今のハイツ・ザドントであるならば……。

 時に忠言は必要となるだろうが、上手く冒険者たちも扱い、この開拓計画を成功させるに違いない。


「時折、相談などはさせてもらいたいが、構わないか?」


「腰に負担がかからないならば……」


 差し出された若者の手を、力強く握り返す。

 こうして……。

 ドルン平原の開拓は、ますます順調に進むこととなったのだ。


 一方、何もかもが上手くいかなくなりつつある国も、存在していた。

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