(腰がじんわり痛いけど)決闘に挑む

「決闘ですか?

 おだやかではありませんね」


 ハイツの宣言に対し……。

 空になった鍋を片付けていたヨウツーは、腰をさすりながら答えた。

 周囲を見れば、主に冒険者たちが好奇に満ちた視線を向けている。

 だが、これを止めようとする者はいない。

 何故なら、迷宮都市ロンダルの冒険者ギルドへ所属していた者たちにとって、戦士ヨウツーが決闘や喧嘩を挑まれる姿というのは、半ば恒例行事と化していたからであった。


「お、いつものやつが始まるか。

 そろそろだとは思っていたぜ」


 その証拠に、戦士アランなどは、面白そうにしながら酒瓶を用意し始める始末である。

 反面、慌てたのは、料理から上手な野営の仕方、果ては井戸の作り方に至るまで色んなことをヨウツーから教わり、彼になつきつつあった一般開拓者たちであった。

 彼らが、こうまで慌てる理由……。

 それは、ただ一つしかない。


「ヨウツーさん、よく分からないけどすぐに謝りましょう。

 ハイツ公子様は、剣の達人だって評判です」


 一緒に片付けをしていた若者が、こっそりと囁いたように……。

 長子存続の掟により、公主の座こそ引き継がなかったものの、第二公子ハイツがあらゆる分野に精通する英才であると知っていたからだ。


 ことに、剣の腕前に関しては有名であり、国内で彼に勝てる使い手はいないのである。

 聖騎士シグルーンや戦士アランなどの化け物に比べれば話は別だろうが、少なくとも、飯炊き姿が妙に板へ付いている腰痛持ちのおっさんがかなう相手ではない。


「いいから、いいから……」


 しかし、ヨウツーは余裕たっぷりな様子で空の鍋を渡すと、あらためて公子に向き合う。


「理由をお聞かせ頂けますか?

 このような戦士くずれごときに決闘を挑むからには、相応のものがございましょう」


「知れたことだ!」


 ヨウツーの言葉へ、ハイツが整った顔を怒りに歪ませながら吠える。


「僕が一年以上も前から計画し、主導してきたこの開拓計画……。

 それが、今では貴様と貴様が連れてきた冒険者たちによって、すっかり乗っ取られているじゃないか!?

 いや、それでも、Sランク冒険者たちが中心になっているというのなら、まだ我慢ができる。

 三日前に見せた戦いぶりは、脅威の一言だった。

 彼女らのおかげで、予定の倍近い早さでここまで辿り着くことができた」


 と、そこでハイツが一度言葉を区切った。

 そして、ねめつけつようにヨウツーを見ながら、続く言葉を告げたのである。


「だが、冒険者たちの中心になっているのは、一番ランクが低い貴様だ。

 それも、目覚ましい活躍といえば、せいぜいが井戸の水源を見つけたことくらい……。

 他は、煮炊きや当番の割り振りくらいしかしていない。

 そんなものは、誰だってできる!」


「察するに、そんな誰でもできるようなことしかしていないおっさんが、自分の立場を食っているのが、面白くないわけですな?」


 余裕たっぷり……。

 そんな雰囲気を漂わせながら、ヨウツーが言い当てた。


「そうだ! しかも腰痛持ちだ!」


「この際、腰痛のことは置いときましょうよう!」


 ヨウツーの余裕は一瞬で消えた。

 さておき……。

 スラリと剣を引き抜いたハイツが、切っ先を腰痛持ちのおっさんに向ける。


「だから、決闘だ!

 僕が勝ったら、他の冒険者たちにも、まず僕の命令を聞くよう言い含めてもらうぞ!」


「その段階で、すでに御せてないんですがね……。

 まあ、いいでしょう。

 では、俺が勝ったら、どうします?」


「たかがCランクの、しかも腰痛を持ってるおっさんが、この僕に勝てると?」


「腰痛のところでとたんに自信を失くしましたが、まあ、何事もやってみなければ分かりませんよ」


 ギリリと歯を噛み締めつつも……。

 決闘の体裁として、確かに条件決めは必要であると見たハイツが、しばし考え込む。

 そんな彼へ、助け舟を出すようにヨウツーが告げた。


「なら、この地で酒場を開く許可でどうですか?

 俺は、そのためにこの開拓団へ加わりましたので」


「……いいだろう。

 貴様が勝てば、規律がどうとかうるさいことは言わず、好きに商売をさせてやる」


「そうこなくっちゃ」


 うなずいたヨウツーが、自分から拠点の中央部へ――広場と呼ぶべき場所へと歩き始める。

 そこには、かがり火が炊かれており、夜闇が支配しつつある中でも、十分な視界が確保できた。


「勝負はファーストブラッド!

 先に血を流させた方が勝ちだ!」


 ――ファーストブラッド。


 それは、ごくありふれた決闘の流儀である。

 切っ先などで先んじて相手を傷つけた側の勝利であり、白黒は付けたくとも、命まで奪う必要がないという戦いに用いられていた。


「承知しました」


 ハイツが移動し終えるのを見て、ヨウツーが腰の小剣を引き抜く。

 これも、何ともみすぼらしい……。

 おそらくは、鍛冶屋が徒弟あたりに修行として打たせた数打ちの品である。

 切れ味はいかにも鈍そうであるし、とりあえず、武器としての体裁を整えただけの代物と思えた。


 着ている衣服によって、人物の人となりというものが、おおよそ知れるように……。

 戦闘者の実力というものは、使っている得物へ如実に表れる。

 例えば、聖騎士シグルーンが腰に差している聖剣や、戦士アランが背負っている大剣などは代表的だ。

 あれらは、卓越した領域にある両者の戦い方や戦歴というものを、武器そのものが代弁するまでに育てられていた。


「では、いくぞ」


 自身の愛剣――公国一番の鍛冶師による業物を引き抜いて、そう宣言する。

 ヨウツーの姿が、陽炎のごとく揺らいだのは、その時だ。


「――っ!?」


 半ば反射じみた動きで、下段に防御の構えを取った。


 ――ガキンッ!


 と、いう音と共に、握った剣へと衝撃が走る。

 一体、何が起こったのか……。

 脱力から地を滑るような歩法で急接近したヨウツーが、下から上へ振り上げるような一撃を見舞ってきたのだ。


 あと、一瞬……。

 わずかでも、反応が遅れていたら……。

 勝負は、一瞬で付いていた……?


「――くっ!」


 戦慄に背を震わせながら、反撃の一撃を見舞う。

 しかし、それは数打ちの小剣によって、あっさりと受け流された。


「条件反射だけで剣を振ってちゃ、駄目駄目。

 常に思考を途切れさせないで下さい」


 続く二撃、三撃目も容易く受け流しながら、講師のようにヨウツーが告げる。

 それが、ハイツの思考から冷静さを奪い、続く一撃をさらに雑なものとさせた。

 今度は、ただ受け流されるだけではない……。


「忠告は素直に聞くものです」


「――っ!?」


 ヨウツーは、自身の小剣へ滑走させるようにハイツの剣を滑らせ、大きく前へつんのめさせたのである。

 重心が大幅に前へズレたとあれば、残る末路は一つしかない。


「ほい」


「――ぐっ!?」


 スパリ、と……。

 かまいたちじみた鋭さの足払いによって、ハイツは地面へ転がされることとなった。


「くっ――」


 慌てて立ち上がろうとするが、もう遅い。


「チェックメイト」


 ヨウツーはすでに、ハイツの顎へと小剣の切っ先を添えていたのである。


「戦場で転ぶというのは、死を意味する。

 立ち回りというのは、常に考えなければいけません」


 淡々と告げるおっさん戦士の姿が、ハイツには別の生き物として見えていた。

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