(腰がじんわり痛い中での)開拓拠点作り

 古今東西を問わず、およそ、人間の集落というものは水場を基点に作り上げられるものであり……。

 それは、三十年ほど前に失敗したという先代開拓団が形成していた集落も同様であった。

 いや、形成しようとしていた集落というべきか……。


 半端な状態で破損し、放棄された住居は、明らかに作りかけの状態であり……。

 後背部の森には、かつて伐採したのだろう木々の痕跡が残されている。

 さらに森の中へ踏み込むと、内部の河川から農業用に水を引こうと試みていた痕跡も見つかった。


「それなりに頑張って踏み留まろうとしたけど、魔物の攻勢が激しくて断念したって感じだな。

 まあ、調べの通りだ」


 腰が痛いのはこらえつつ、忍者少女ギンを始めとする数名と共に検分した戦士ヨウツーは、放棄された開拓村を見て、そのような感想を漏らす。


「だから、根切りですか?」


「ああ」


 さっきまでは、樹上から周囲を見回していたはずだが……。

 音もなく地面に降り立ち、自分の隣へ立っていたギンに対し、そう答える。


「人間に対し、あまりに攻撃的な種……まあ、代表的なとこではプトルだな。

 やっこさんたちだけは、少なくとも根絶しなきゃならん。

 奴らを滅ぼし、この平原における支配者を人間に置き換える」


「ひゅう……おっさん、たまにおっかねえこと言うよな。

 オレは、ちっとばかり怖く感じるぜ。

 人間の都合で一つの種を滅ぼすなんてな」


 肩をすくめながら言ったのは、同行したAランク冒険者であった。

 狩人を前身とするこの男は、弓の腕前に関してならば、Sランク四人組すら凌駕している。


「開拓とは、入植とはそういうものだ。

 そもそも、普通に土を耕しただけでも、その段階で俺たちは天然自然を破壊している。

 人が生き、繁栄するためには、ある程度自然を作り変えることが必要不可欠だ」


 おそらく、回収する暇がなかったのだろう。

 切り倒されるまま放置された樹木を撫でながら、ヨウツーはつぶやいた。


「こういう時、先生はちょっと学者さんみたいですよね?」


「言ってなかったか?

 実は、俺の実家は由緒正しい学者の家系なんだ」


「前に聞いた時は、さる王族の庶子だって言ってましたよ」


「じゃあ、由緒正しい学者で王族の家系なのさ」


 下から覗き込んできたギンに対し、おどけるようにしながら答える。


「ともかく、ここを拠点に開拓しよう。

 地力は足りてなかったが、先達の判断は間違っていなかったと思う。

 水場も近いし、森はそのまま資源となる。

 耕作は、前方の草原に広げていけばいい」


 結論付けて、後方の本隊と合流するべく歩き出す。

 かくして、開拓拠点は総指揮官たる第二公子の意見を特に汲まず決まった。




--




「こういう細かい魔術、本当によくやるわよねー」


 腰が痛いので長めの枝を使い、地面に魔法陣を描いたヨウツーを見ながら、エルフの魔術師レフィは感心したようにつぶやく。

 それは、彼女だけでなく、見学のために周囲を囲っている他の魔術師たちも同様だ。


「一切のブレがない……。

 完全な真円を描いている」


「図柄も、雷に関するものなのは分かるけど……。

 他にも、細かい条件がいくつあって、頭がこんがらがってくるわ」


「ただの魔力バカだったレフィさんに基礎を叩き込んだとは聞いていましたが、こうまで高度な術を使いこなすとは……」


 やたらと自分を持ち上げてくる周囲の視線に、枝きれを放り捨てながらヨウツーは答える。


「こんなもんは、ほんの小技さ。

 冒険していて、使う機会なんかそうそうないしな。

 お前たちは、そのまま発動速度と威力の向上だけ目指せば十分だよ。

 戦闘においては、それが何より大事だ。

 それじゃ、頼むぞ」


 ヨウツーが呼びかけると、レフィは悲しくなるほど薄い胸を張りながら応じた。


「まっかせなさい!

 どんな魔術であろうと、あたしの魔力があれば問題ないわ!」


「頼んだぜ。

 術そのものは使えても、俺じゃ魔力が足りないからな」


 言いながら、ヨウツーが魔法陣に手をかざす。


「ええ!

 バーンといくわよ! バーンと!」


 そんな彼の背中を、言葉通りバーンとレフィがぶっ叩く。

 接触することで、不足している魔力を補ってやるためだったのだが……。


「お……お前……」


「あ、ごめん……」


 腰をいわしてる相手の背中を、張り手のようにぶっ叩いたのだ。

 当然ながら、その衝撃によりヨウツーの腰はさらなる悲鳴を上げ、彼は悶絶することとなった。


「はあっ……はあっ……。

 まあいい。

 いいか、優しくだぞ?

 本当に、優しく触ってくれよな」


「分かった。優しく触る。

 ……なんか、ちょっとエッチね」


「お前、マジでブッ殺すぞ」


 漫才しながらも、背中に触ったレフィから魔力を供与されて、ヨウツーが魔法陣の起動に挑む。

 地面に描かれた図が淡い光を放っていることから、発動していることは間違いないが……。

 しかし、一体何をどうしているのかは、見ている側にはさっぱりだ。


 唯一、それを知る男……。

 魔方陣の発動者たるヨウツーが、鋭い眼差しを破棄された開拓村の一角に向けた。


「よし、分かった。

 もういいぞ」


「えー、もうちょっとやっとかない?」


「お前の場合、雑に魔力供給してくるから、溢れて鼻血出そうだからやだ」


 実際、くらくらしているらしく……。

 頭を抑えながら、ヨウツーが目星のついた地点に歩む。

 そして、小剣を引き抜くと、腰に負担がかからないようまっすぐうんこ座りの姿勢となって、地面にバツ印を描いたのである。


「――ここだ。

 ここを掘り進めれば、井戸ができる」


「ようし! ならば!」


「ここからは、おれたちの出番ってわけだな!」


 出番がきたと張り切っているのは、聖騎士シグルーンと戦士アラン・ノーキンだ。

 二人はいつもの聖剣と大剣ではなく、その手にスコップを握り締めていた。

 と、いっても、木製の先端部にのみ鉄の刃を取り付けたという、いかにも簡素な安物であったが……。

 この二人には、関係ない。


「こうしていると、農家の娘だった時代を思い出すな!」


「へっ! こいつは丁度いい筋トレだぜ!」


 まるで、バターでも掘っているかのように……。

 たちまち、地面は掘り進められ、捨てられた土が周囲へ積もっていく。


「しっかし、結局、どうやって水源を探り当てたの?」


 肉体労働担当者たちの姿を見ながら、レフィが自慢の黒髪を払いながら尋ねてくる。


「あの魔法陣はな、土中に雷の力を流して、その反応から地層とかを確かめるためのものだ。

 ま、正確に描かないと効果が薄れるし、あんまり実用的じゃないがな」


 高度なれど、非実用的……。

 そんな術を簡単に行使してみせた男が、なんてこともないように答えた。


「よし! 辿り着いたぞ!」


「すげえ! マジで水が出てきたぜ!!」


 こんな短い会話の間に、どれだけ掘り進めたのか……。

 掘られた穴の中から、聖騎士と戦士の声が漏れ聞こえる。


「どうやら、これで井戸は作れそうだな。

 じゃあ、開拓者の皆さんを集めて、持ってきたレンガとかで固めるか」


 ヨウツーの指示に従って開拓者たちが集められ、これまた彼の指導に従いながら、井戸の原型と呼べるものを作り上げていく。

 こうして、生活において切っても切り離せないもの――水場の問題も、開拓指揮を執るべき人間が一切関わらない内に解決したのであった。




--




「戦士ヨウツー!

 貴様に決闘を申し込む!」


 開拓団の総指揮官――ザドント公国第二公子ハイツ・ザドントがヨウツーに宣言したのは、夕食を終えた直後のことである。

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