(腰が痛む暇もない)魔物の群れ退治

 ――ドルン平原。


 ザドント公国の北部に位置する大規模な平原地帯である。

 東西を火山地帯に挟まれたこの地は、火山灰由来の肥沃な土壌を備えており、公国含むザネハ王国側とは、大きく異なる植生をしていた。

 何よりも――生息する魔物が強い。


 この平原に生きる魔物たちは、草食のそれも含め、全てが竜の末裔であると推測されている。

 体は大幅に縮小した。

 空を飛ぶ翼は失われた。

 高度な知性も捨て去った。

 火炎の息など、吐き出せるはずもない。

 それらを代償に、圧倒的な繁殖力を有するに至ったドルンの小竜種たちは、その獰猛さと戦闘力でもって、これまでザドント公国の入植を阻んできたのだ。


 とりわけ脅威として知られているのが、プトルと呼ばれる肉食の小竜である。

 小さいといっても、それはあくまで生粋の竜と比較した場合の話であり、全長は二メートルほどにも及ぶ。

 しなやかな後ろ足で直立して動き回り、その敏捷性は厄介の一言であった。

 後ろ足と比較して小さな前足は、短剣もかくやという鋭い爪が備わっており、革鎧程度ならば、苦も無く切り裂く。

 当然、大きく開いた口には鋭い牙が生え揃っており、これは、人間の頭蓋骨を容易く粉砕することが可能だ。


 かように凶悪な肉食獣が、群れを成して闊歩しているのだから、開拓が容易でないのは当たり前であった。

 ……通常ならば。


「天上におわす戦女神よ!

 あと、後方で一般開拓者たちを指揮しているヨウツー先生よ!

 どうかこの剣捌きをご照覧あれ!」


 開拓者――と名乗っているだけな冒険者たちの先陣を切り……。

 一人の少女が、白銀の剣を抜いてプトルの群れへと突撃する。

 開けた平原の中で、圧倒的多数を誇る小竜の群れへ、武装しているとはいえ、貧弱な人間ごときが単騎で突っ込むのだ。

 通常ならば、あっという間に爪と牙の餌食になり、儚い命を散らすはずであった。


 しかし、少女はただの小娘ではない。

 迷宮都市ロンダルにおいて、Sランクにまで上り詰めた聖騎士である。

 一歩に付き、十間……。

 もはや火薬の爆発にも匹敵する踏み込みから生まれる突進は、余人に姿を捉えさせない。

 彼女が通った後に残るのは、生い茂った草花ごと巻き上げられた土……。

 そして、的確に首を両断されたプトルたちの死骸であった。


 自慢の爪も牙も、反応することすらできないのでは、何の役にも立たない。

 そして、卓越した剣技により振るわれるミスリルの聖剣は、小竜の頑強な首を切断してなお、血の一滴すら滴ることはなかったのである。


「ちっこくても竜種だと聞いて、少しは楽しみにしてたんだけどなあ……。

 パテントで戦ったドラゴンは、てめえらが束になったよりも強かったぜ!」


 神速で突撃する聖騎士とは対象的に……。

 サイが進むようなゆっくりとした……それでいて、力強い歩みでプトルたちに挑むのが、戦士アラン・ノーキンであった。

 ただし、彼はただ歩いているわけではない。


「――おおらあっ!」


 普段は背負っている大剣……。

 刃物というより、鉄塊という表現が相応しいそれを、片手で振り回しているのだ。

 ただ運ぶだけでも、大の大人が二人は必要となるだろうそれを、片手剣のごとく扱うとは、何という膂力か……。

 しかも、これはただ闇雲に振り回しているわけではない。

 一振りにつき、二匹か三匹……。

 襲いかかったプトルたちへ、最短最速の経路で振るい、まとめて撫で斬りにしているのだ。


 いや、これは切っているというより、潰しているというべきか……。

 切っ先が空気との摩擦熱で赤熱化するほどの速度で振るわれた結果、刀身の周囲には衝撃波が生じており、哀れな小竜たちは刃へ触れることすらなく、すり潰されていくのである。


 ――圧倒的。


 あまりに圧倒的な力による蹂躙……。

 それこそが、迷宮都市最強の戦士として名高い男が見せる戦い方だ。


 だが、蹂躙という意味では、軍配が上がるのはこちらであるかもしれない。


「せっかくだから、魔物退治ついでに開墾の手間を減らしてあげるわ」


 不敵な笑みを浮かべてそう言いながら……。

 エルフの魔術師――レフィが、聖騎士や戦士とは距離を取り、後方に向けて回り込もうとする一団に向け、杖をかざす。

 レフィ自身の身長ほどもあるねじくれだった杖が、込められた魔力に鳴動した。


「はあああああっ……!」


 目をつぶったレフィが、集中と共に魔力を高める。

 おお……何という魔力量であろうか。

 練り上げられた魔力は、足元で渦を巻き、颶風ぐふうすら吹き荒らしているのだ。

 指向性を与えられず、ただ練り上げているだけの魔力で、これである。

 魔術として完成したならば、一体、どれほどの威力を生み出すのか……。

 その答えは、すぐに見ることができた。


「――来たれ!」


 黒髪を魔力風に浮き上がらせながら叫んだレフィが、杖の先を上空に向ける。

 すると、杖から極太の光が放たれ……。

 それは、雲を蹴散らしながら、空の彼方へ飛んで消えた。


 魔術の制御を誤ったのか?

 答えは、否である。

 その証拠に、見るがいい。

 光が放たれた先の空から……拳大ほどはあろうかという隕石が、いくつも降り注いできたのだ。


 ただの礫が落ちてくるのとは、わけが違う。

 恐るべき超高高度から落下してくるそれは、人知を超えているその速度を、そのまま破壊の力として振る舞うのだ。


 まるで、城でも崩れ落ちたかのような……。

 恐るべき轟音と、もはや地震と称すべき衝撃が、ドルン平原に走る。

 戦場全体を覆う土煙が晴れると、そこには、隕石が落下したことで生まれる衝突痕がいくつも生み出されていた。

 当然、回り込もうとしていたプトルたちなど、原型を留めているはずもない。


「まあ、ざっとこんなもんね」


 黒髪のエルフが、まだまだ余裕のある表情でつぶやく。


 正面からの接近戦では、たった二人に押し込まれ……。

 距離を取り、回り込もうにも、自然災害すら超越した魔術で細切れにされる……。

 かかる事態を見て、プトルたちが取った行動は――逃走だった。


 生存を最優先する生物の本能であり、合理的な判断であるといえるだろう。

 だが、それを許さぬ者が一人……。


「かわいそうだとは思いますが、あなた方を根切りにすることは、先生が決めています。

 開拓者たちの安全を守るため……。

 一匹残らず、駆除させてもらいましょう」


 踵を返したプトルたちに立ちはだかるのは、まだ十二か三だろうという年頃の獣人娘だ。

 しかし、ここまで人間相手に叩きのめされてきたプトルたちである。

 一切の油断も遊びもなく、逃走経路を一人塞ぐ相手に、文字通りの死ぬ気で襲いかかろうと――しない!


 あるプトルは、隣を走る仲間の喉元へ食らいつき……。

 また別のプトルは、前足に備わった鋭い爪で、やはり仲間へと襲いかかっていった。

 不可解に過ぎるのは、自ら舌を噛み切ることで、野生動物が決して行わない行動――自害をしている個体までいることだ。


 当然ながら、自然の行動ではない。

 相手の心と思考に直接働きかける――忍者ギンの恐るべき術法である。


「……済みましたか」


 右手で印を結び、ただじっと立ち尽くしていたギンが、集中を解く。

 すると、彼女の瞳へいつの間にか宿っていた黄金の輝きが消え失せ、元の紺碧へと戻った。


「それにしても……」


 ぼそりと、恐るべき殺戮者がつぶやく。


「皆、もっと静かにやればいいのに……」




--




 こうして……。

 ドルン平原開拓において、最大の障害であるプトルは、初日に大規模な群れを殲滅されたのである。





--




 初日の更新はここまでになります。

 明日からも鋭意執筆していければと思いますので、皆さん、評価などでの応援よろしくお願いします!

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