(腰がすっごく痛いけど)仲間たちの意思を受け入れる

「先生! 大丈夫ですか!?

 今、神の奇跡で――あ、腰痛には効かないんだった」


 苦しむヨウツーの姿を見て、咄嗟に駆け寄ろうとした聖騎士シグルーンが、重大な事実を思い出して動きを止める。


「本当、神様ってやつは融通が効かねえよなあ。

 腰痛もそうだけどよ。水虫とかも治してくれりゃいいのに」


「貴様の水虫と、先生の腰痛を同じ次元で語ろうとするんじゃない!」


 戦士アランと聖騎士シグルーンが、そう言ってやいやいと言い合う中……。

 我先に動いたのが、やはりいつの間にか受け付けカウンターから抜け出していた獣人忍者ギンであった。


「先生、よかったら、わたしが作った湿布をお使い下さい。

 背中を見せてくれれば、迅速かつ丁寧にお貼りします」


「あ、ちょっと! あんたは、いつもいつもそうやって!

 薬っていうなら、それこそあたしの独壇場よ!

 エルフ秘伝の塗り薬は、腰痛にだってちょっとは効くんだから!」


 慌てながら忍者少女へ回り込んだエルフ魔術師レフィが、そう言って腰袋から瓶詰めの塗り薬を取り出す。


「いや、神の奇跡でも、短時間の痛み止めくらいはできるかもしれないぞ!

 こう、ガッと祈る感じでやれば! ガッと!」


 そんな二人に負けじと、戦士との言い合いをやめた聖騎士が言葉通り拳を握り締めた。

 ……神の奇跡とは、そんな気合いで内容変更を願えるものなのだろうか?


「おお、そんなすげえ薬とか湿布とかガッとする奇跡があるなら、おれの水虫もどうにかしてくれよ」


「「「水虫野郎は黙ってろ!」」」


 バラバラだった女子三人が、竜には勝てても水虫には勝てない最強戦士へ言い放つ。

 そんな様子を見て、どうしたらいいのか分からずにいるのが受け付け嬢であり……。

 何だか知らないが、この愉快な仲間たち四人組から妙に慕われている腰痛のおっさんだったのである。


「あいてて……。

 ちょっと変に力を加えちまっただけだから、そんな大騒ぎしなくても大丈夫だ。

 それより、お前ら、本当にどうして付いてきたんだ?

 しかも、外には他の奴らもいるだって?」


「そんなものは、大恩ある先生をお助けするために決まっています!」


 鎧の上からでも分かるバカでかい胸を張りながら、聖騎士シグルーンが宣言した。


「農民の娘に過ぎなかった私へ、騎士としての教育を施してくれたのは先生です!

 あなたの教えがなかったら、私は単なる神官に留まっていたことでしょう。

 いえ、聖職者としても、今ほどの域へ達せられていたかどうか……」


「素質があるって分かって、それを勿体ないと思っただけだよ。

 立派な聖騎士になれたのは、お前自身の努力があったからだ」


 多分、腰の負担を和らげるためだろう。

 足を組んで座り直した戦士ヨウツーが、そう言って苦笑いを浮かべる。


「受けた恩でいえば、おれも負けちゃいねえ。

 今でも思い出すぜ。

 ガキだったおれを助けてくれたあんたの背中……忘れやしねえ。

 そして、あんたみたいになりたいと言うおれに、あんたは素晴らしいアドバイスをくれたんだ。

 腕立てと腹筋とスクワットを毎日……それも、少しずつ量を増やしながらこなせばいいとな。

 おかげで、今じゃ秒間百回の腕立て伏せが可能になったぜ」


「んーな雑な助言で、音より速く腕立てできるようになるのはてめーだけだ。

 いいか? 他の連中はまだしも、お前だけはガチのマジで一切、俺のおかげじゃねえからな!」


 ぐぐぐっ……と上腕筋を誇示する大男に、ヨウツーが呆れ顔で告げた。


「出会いの鮮烈さでいえば、わたしこそ一番です!」


 一体、これは何のコーナーだというのか……。

 獣人忍者のギンが、張り切って挙手する。


「わたしと先生が初めて会った時、二人は敵同士でした。

 東方から流れ着いたばかりで、麻薬の売買をそうと気づかず手伝わされていたわたしは、調査を行っていた先生のおかげで、犯罪者とならず済んだのです」


「だからお前、その話は大っぴらにするんじゃねえ!

 あー……。

 お姉さん、すまんが聞かなかったことにしてくれ」


 ヨウツーの言葉に、ぶんぶんと首を縦に振る受け付け嬢であった。

 Sランク冒険者の秘密など、握っていたところで何も嬉しいことはない。


「どうやら、トリを飾るのはあたしのようね!」


 ――バーン!


 ……そんな音が聞こえてきそうな勢いで、エルフ魔術師のレフィが薄い胸を張る。

 だが、それに対する仲間たちの反応は、辛辣なものであった。


「知ってるからいいぞ」


「おれも知ってる」


「わたしも知ってます。というか、全員その場にいましたし」


「いいから聞きなさいよ!

 そう……ヨウツーは、お金の稼ぎ方が分からなくて空腹から倒れたあたしに、パンを恵んでくれたのよ!

 あの味……一生、忘れることはないわ!」


「……俺の記憶だと、俺らが買い食いしてる時、ゾンビみたいにうめきながら『めぐんでー、めぐんでー』って言ってたんだけどな。

 あげたのも、パンじゃなく食いかけの串焼きだったし」


 腰痛だけでなく、頭痛まで覚え始めたのか、ヨウツーが眉間を揉みほぐしながら答える。


「はあ……。

 ともかく、それで恩を感じているから、俺を手伝って開拓団に加わると?

 お前ら、Sランク冒険者なんだから……。

 いや、お前たちだけじゃない。外にいる奴らもだ。

 迷宮都市ロンダルでいっぱしの冒険者をやってるんだから、もっと金になる話はいくらでもあるだろ。

 それを、こんなさして金にもならない開拓に加わるなんざ……」


 熟年戦士の顔に浮かぶのは、複雑な感情であった。

 決して、嬉しく思っていないわけではないだろう。

 だが、話を聞く限り、このSランク冒険者たちは、彼にとって大切な後輩たちだ。

 そんな人物たちが、自分のために積み重ねた経歴をふいにすることへ、思うところがあるようであった。


「……先生。

 あなたが昔に言った言葉を、私はよく覚えています」


 そんなヨウツーに対し、さっきまでのドタバタした空気は捨て去り、聖騎士らしい厳かな顔となったシグルーンが告げる。


「やりたいように振る舞い、行きたい場所に行くのが冒険者であると。

 私たちは、それを実践しているだけに過ぎません」


 聖騎士の言葉に……。

 戦士も忍者も魔術師も、無言のまま同意を示す。


「お前たち……」


 ヨウツーはそんな彼女らの姿へ、しばし、答えあぐねていたが……。


「……そうだな。

 お前たちの行く道に、俺が口を出すもんでもない。

 なら、外にいる奴らも含めて、全員で張り切るか!

 計画を主導する公子に取り入ったり、開拓者たちをじっくり育て上げたりと、色々と考えていたが……。

 小細工無用!

 最短最速で、ドルン平原を開拓するぞ!」


「お任せ下さい!」


「任せときな!」


「忍びの技を、お見せします!」


「あたしの魔術が戦うだけじゃないってこと、教えてあげるわ!」


 四者四葉に答える後輩冒険者の姿へ、ヨウツーが満足そうにうなずく。


「なら、最初にやることはただ一つだな!」


 宣言した彼は、立ち上がって受け付けカウンターを――腰を傷めないよう慎重に――くぐると、こちら側……。

 受け付け嬢の隣へと座ったのだ。


「えっと……?」


「名簿の記入、手伝うよ。

 俺のせいってわけでもないけど、大勢押しかけて来ちゃったからさ」


 彼がそう言うや否や……。


「お前ら! 話がまとまったぜ!」


 戦士アランが、両開きのドアに向かって叫ぶ。

 すると、雪崩じみた勢いで、待機していた冒険者たちがホールへ押し寄せてきたのである。


「あー……助かります」


「まあ、こういうの得意だから」


 備え付けの羽ペンを手に取ったヨウツーが、なんてことのないようにうなずく。

 彼が何故、ここまで慕われているのか……。

 理由の一端を知った受け付け嬢なのであった。

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