(腰がそこそこ痛いところへ)何故か仲間たちが合流してきた

 ――ザドント公国。


 ザネハ王国に従属する小国であり、王国からすれば、魔物が跋扈する北部ドルン平原との緩衝地帯である。

 公主が治め、従属しているとはいえ国家としての体裁を保っているが、その実態は――田舎。

 特筆すべき産業があるわけでもないのだから、これは当然のことといえるだろう。


 従って、公都に存在する冒険者ギルド支部もまた、迷宮都市ロンダルのそれに比べれば、どこか牧歌的な雰囲気を漂わせていた。

 ドルン平原から進出しようとする魔物の対処は正規軍が担っているため、ここにくる依頼というのは、周辺地域に出現したゴブリンの駆除や、隊商の護衛くらいしかないのだ。

 精強な冒険者が育つはずもなく、農民に毛が生えたような人間しか出入りしないのも、当然のことであるだろう。


 かような理由により、普段は暇を持て余しがちなここのギルド支部へ割り当てられたのが、開拓志願者の受け付けという業務である。


 ――ドルン平原開拓。


 過去に何度か失敗し、もはや公国にとって悲願となっているそれが、再び計画されたのであった。

 はみ出し者をまとめ上げるという点において、開拓者たちの扱いと冒険者の扱いというものは似ている。

 よって、先例に則り、今回もギルド支部が受け付けを行っているのだが……。


「今さら、失敗すると分かっている開拓団になんて、そうそう人が集まるはずもないよね……」


 ガランとしたホールを眺めカウンターに頬杖をつきながら、受け付け嬢はそんなことをつぶやいた。

 手元の名簿にあるのは、十数名の名前……。

 あまりに少ないこれが、ここ一ヶ月ほどで集まった開拓者たちの総勢である。

 いずれも、何らかの理由によって故郷にいられなくなったはみ出し者たちであり、前向きな理由で志願した者など、一人もいない。

 過去に何度か挑むも失敗している開拓事業に、進んで参加したがる者などそうそういないのだ。

 噂によれば、足りない人数を埋め合わせるため、恩赦を与えた囚人の採用も検討しているらしい。


 あまりにパーフェクトな烏合の衆っぷり……。

 こりゃ駄目だと思っているところへ、さらなる烏合がこの日、名乗りを上げてきた。


「ここで、開拓者の登録をやっていると聞いたんだが?」


「あ、はい。

 えっと……冒険者じゃなく、開拓者ですか?」


「ああ、冒険者だったけど、隠退することにしたんだ」


 そう言って笑ったのは、冴えない――おっさんの戦士である。

 身にまとうのは貧弱な皮装具であるし、腰に差しているのも数打ちだろう小剣だ。

 ハッキリいって、ここに所属する田舎戦士でも、もう少しまともな装備をしていた。


「それなら、ギルドカードを見せてもらっていいですか?

 その情報を、そのまま登録します」


 出たての農民なら、ヒアリングを必要とする場面だが、この場合はそれが手っ取り早い。


「ああ、カードはそのままだ」


 受け付け嬢の要求へ素直に応じ、戦士がカードを差し出す。


「Cランク……ですか」


 古代迷宮から発掘された魔道具で作るカードに記されているのは、燦然と輝くCの文字だ。


「ああ、長いことやってきたが、どうにも芽がない。

 おまけに、腰をやった。

 行く当てもないし、新天地で酒場でもやろうと思ってさ」


 問いかけた受け付け嬢に、戦士はざんばらな髪をかきながら答える。


(こりゃ、駄目そうだな)


 腕も悪ければ腰も悪い。

 死人が一人増えるだけだと結論付けた受け付け嬢は、将来に死人リストとなるだろう名簿へ戦士ヨウツーという名を書き加えた。


「宿泊場所は、どうしますか?

 待機する開拓者は、木賃宿が無料で利用できますが?」


「そうさせてもらうよ。

 まあ、その前に軽くひっかけていくかな」


 答えたヨウツーが、ギルドには付き物の酒場エリアを見る。

 ホールの一角を使ったそれは、まだ昼間かつ、ここが暇なこともあって、利用している冒険者の姿がない。

 従って、この時間に酒を飲みたい者がいたら、相手をするのも受け付け嬢の仕事だった。


「なら、お出ししますよ。

 ビールと、腸詰めとかでいいですか?」


「もちろん」


 おっさん冒険者と共に酒場エリアへ移動し、言葉通りの品を手早く出してやる。

 これはどうやら、このくたびれたおっさんを相手してしてやって、今日の業務は終わりになると思ったのだが……。


「――頼もう!

 ここに先生が――じゃなかった。

 ここで、開拓者の受け付けをしているはずだ!」


「開拓団へ加わりに来たぜ!」


「開拓者志願よ!

 登録お願い!」


 来るわ、来るわ……。

 ヨウツーの登録から間を置かず、次から次へと冒険者たちが両開きのドアをくぐっては、開拓団への登録を要求してきたのであった。

 しかも、ただの冒険者たちではない……。


「え、え……Sランク!?

 ええ!? Sランク冒険者が、こんな開拓計画に加わるんですか!?」


 受け付けカウンターに戻り……。

 偽造が不可能なギルドカードを手にした受け付け嬢が、わなわなと手を震わせながら、志願者たちに問いかける。


「――当然!

 先生が加わるとあっては、私も加わらぬわけにはいかぬ!」


 力強く宣言したのは、先陣を切ってギルドに入ってきた騎士鎧の少女だ。

 黄金の髪は、腰の辺りまで伸ばされており……。

 猫科の幼獣を思わせる愛らしい顔に、不敵な笑みを浮かべていた。

 上半身は白銀の騎士鎧に包まれているが、下半身は丈の短いスカート姿であり、それが、強さと気高さ……そして、可憐さを同居させている。


 ――聖騎士シグルーン。


 渡されたギルドカードには、そう書かれていた。

 農家出身の娘でありながら、高位の奇跡を行使し、騎士としての技量も並ぶ者がいないという……。

 こんな田舎の受け付け嬢ですらその名を知っている、全女性の憧れだ。


「ヨウツーさんのことだ。

 どうせ、また無理して腰を痛めちまうだろうからよ。

 おれたちが付いててやらないとなあ!」


 まるで、獅子を人の形に整え直したかのような……。

 そのような印象を与える顔立ちと髪型の大男が、そう言って豪快に笑った。

 装着している漆黒の金属鎧も目を引くが、それ以上に特徴的なのが、背負った分厚い大剣だろう。

 竜の首すら両断できるのではないかと思える業物であるが、それは錯覚でも夢想でもない。

 実際、この男は、つい先日にそれを成し遂げているのだ。


 ――戦士アラン・ノーキン。


 パテントで起こった竜騒ぎにおいて、決定打となる一撃を見舞った話は、この公国にも吟遊詩人が伝えていた。


「そんなこと言って、あんたは暴れられるならどこでもいいんでしょうが」


 肩をすくめてみせたのは、魔術師の少女だ。

 いや、少女と評するのは、語弊があるかもしれない……。

 何しろ、彼女は――エルフだ。


 夜闇を閉じ込めたかのような漆黒の髪は、太ももに届こうかというほど伸ばされており……。

 整い過ぎるほど整った顔を、すんとすましている。

 短剣のように鋭く尖った耳は、エルフという種族最大の特徴だ。


 装備しているのは、身長ほどもあるねじくれだった杖に、装飾も何も無いミニスカート型の旅装束……。

 そして、大きな――実に大きな三角帽子である。


 ――魔術師レフィ。


 背格好や顔つきだけでなく、丈の短い装束から露わになっている素肌も、若い娘としか思えない張りのあるものだが、そこはエルフだ。

 実際は、何十歳……。

 いや、何百歳であるのか、検討もつかない。


「あ、わたしの名前は書き加えておいたので、お気遣いなく」


 背後から放たれた言葉に、ドキリとして振り向く。

 そこにいたのは、公国では滅多に見かけぬ忍び装束――それも妙に露出過度な――を着用した、狐耳の獣人少女であった。

 年頃は、十二か三といったところであり、種族的特徴である頭頂部の獣耳をぴこぴこと揺らす様は、愛らしいの一言である。

 しかし、いつの間にか受け付け嬢の背後を取っている隠形の術は、恐ろしいとしかいいようがない。

 いつの間にか名簿へ書き加えられていた名は――忍者ギン。


 カードは見ていないが、まあ、きっとSランクなのだろう。うん。


「これで登録は済んだか?

 ちなみに、我々以外にも、Aランク以下の者たちが、大勢外で待っているぞ」


「ええ!?」


 言われて、木窓から外をうかがう。

 すると、いるわ、いるわ……。

 武装した冒険者たち――それも、明らかにこの公国で活動する者たちよりも精強なそれが、ギルドの前で人垣を成していた。

 何も事情を知らない人間が見れば、討ち入りでもされているかのような光景である。


「彼らは全員、先生をお助けするべく集まったのだ!

 この人望……。

 さすがは我らの師、戦士ヨウツーよ!」


 聖騎士シグルーンが、何故か自分が手柄を立てたかのような態度で、鎧の上からでも分かる豊満な胸を張った。


 キラ星のごとき高ランク冒険者を、こうも大勢集める存在……。

 冴えなく、それでいて腰を痛めているおっさんにしか見えなかった戦士ヨウツーとは、その実、何者なのか?

 それを知るべく視線を向けると、当の本人はバーカウンター前の椅子へ座り、あんぐりと口を開けながらこちらを見ていたのである。

 そして、わなわなと肩を震わせながら彼が叫ぶ。


「な、何でお前らまで来て――うぐっ!?」


 説明せねばならないだろう!

 大声を上げるという行為は、その実、内臓から腹筋……果ては、それを支える下半身に至るまで、多大な負担をかけるものだ。

 つまり……。

 彼は、咄嗟に大声を上げた影響で腰を痛めていた。

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