万年Cランク冒険者のおっさんが引退し開拓地で酒場を開くことにした結果、ギルドの冒険者たちがこぞってついてきてしまった件 ~俺が師匠? 何のことです?~

英 慈尊

開拓編

(腰がすっごく痛いので)引退することにした

 冒険者ギルドというものは、往々にして酒場も兼ねているものであり……。

 その酒場内で生まれる悲喜こもごももまた、冒険譚に劣らぬ物語であるといえた。

 そして、たった今、カウンター越しにヨウツーが告げた言葉もまた、新たな物語の始まり……あるいは、紡いできた物語の終わりを伝える言葉だったのである。


「俺、引退しようと思うんだ」


 ――ざわり。


 その言葉で……。

 一瞬前までは大騒ぎしながら酒をかっくらっていた冒険者たちが、一斉に耳を澄ませた。

 ギルドの酒場というものは、様々な情報が行き交う第二の戦場。

 皆が皆、騒ぎながらも、周囲を観察しているという証左であろう。


「……もう決めたことなの?

 あたし、あんたは生涯現役だと思ってたよ」


 カウンターでグラスを磨くギルドマスター……。

 受付嬢を経て、今はここから冒険者を見守っている女が、ヨウツーにそう尋ねる。

 これは、彼女だけの疑問ではなく、集った全員の総意であることは、それぞれの表情を見れば明らかだ。


「俺も、そう思っていたんだけどな」


 ヨウツーが、苦笑いを浮かべた。


 ――戦士ヨウツー。


 彼のことを端的に表すならば、おっさんの冒険者ということになるだろう。

 口元には、無精髭が生えており……。

 自分で切っているらしい黒髪は、いかにもなざんばら具合であった。


 命を守るための装備は、使い古された皮鎧と、数打ちだろう小剣……。

 村から出たての駆け出し冒険者と比べても、そん色ない貧弱さである。

 このような装備を使っている理由は、ただ一つ。

 彼は、ただの冒険者ではないからだ。


 そう……。

 ヨウツーこそは、このギルドで最も古参の冒険者。

 十五で王都にやって来てから、実に二十年以上も冒険をこなしてきた――Cランクの冒険者なのである。


 ――Cランク。


 それは、ギルドに登録したてのDランク冒険者が、ゴブリン退治などの初歩的依頼を数件こなすことで、自動的に昇格するランクだ。

 実質的には、最下位のランクとみてよい。


「かれこれ二十年……。

 俺はずっと、Cランクの冒険者。永遠の下積みだ。

 そろそろ、見切りをつけてもいい頃合いなんじゃないかと思ってな。

 ――あと腰が痛い」


 腰をさすりながら、悲壮さすら漂う表情でヨウツーが告げる。


「でも、これまでだって、いくつもの冒険を乗り越えてきたじゃないか。

 こないだだって、パテントの竜騒動で活躍しただろう?」


 ギルドマスターの言葉に、聞き耳を立てる全員がうなずく。

 パテント王都のほど近くへ巣を作った竜の討伐……。

 これを成し得るにあたっては、自ら巣に忍び込み、卵を盗み出すことで囮となったヨウツーの活躍が欠かせない。


「俺は、ただ囮になっただけさ。

 度胸さえあれば、誰にでもできる仕事だよ。

 実際に決めたのは、若手たちだしな。

 あと、卵が重くて腰をやった。

 立ったまま靴下が履けない」


 ヨウツーの言葉へ、実際に竜を倒した若手たち……。

 若年ながらSランクやAランクに昇格している者たちが、ぶんぶんと首を振る。

 竜の警戒をかいくぐり、卵を盗み出すなど、ただ度胸があるだけでは果たせない。

 並外れた観察力や隠形の技……何より、経験がなければ出来ないことだ。

 ただ単に、国が定めた審査では得点とならないだけであった。


「それに、あんたは物資の手配やら、依頼人との交渉やら、皆に必要なことをしてくれているじゃないか。

 重要な人間だよ」


 やや必死さすら感じるマスターの言葉へ、ヨウツーはニヒルな笑みで返す。


「単に、長くやっていて馴染みの商人やらが多くなっただけさ。

 大したことをしているわけじゃない。

 あと、さっき落とした小銭を拾おうとしたのがトドメだった。

 何で神の奇跡、腰痛には効かないの?」


 皆の視線が、神官職の者たちへ集まる。

 彼ら彼女らは、力なく首を横に振るだけだった。

 神の奇跡といえど、限界はあるのだ。


「とにかく、だ。

 俺も、年寄りとまでは言わないが……かといって、若者を名乗れる年齢でもない。

 体の方も、あちこちガタがきているのを感じる。主に腰だ」


 腰は脆いが、決意は固い。

 そのことをついに際したマスターが、最後の……そして、最も重要なことを尋ねる。


「それで……冒険者を辞めて、どうするんだい?

 故郷にでも帰るのかい?」


「今さら、故郷に戻ったって知り合いはいないさ」


 苦笑いしながら答えるヨウツーだ。


「だから、新天地を目指そうと思う。

 ザドント公国が、開拓者を集っているだろ?

 そこに混じって、向こうで酒場をやってみようと思うんだ。

 幸い、Cランクなりに小金は貯めてきたしな。

 開業資金には、何とか足りるだろ」


 ――ザドント公国。


 その単語を、冒険者たちは耳ざとく記憶に刻み込んだ。


「そう……そこまで言うなら、あたしももう止めはしないよ。

 ――腰がすごく痛そうだし」


「ああ――すごく痛い。

 足組んで座っていい? その方が、負担が少ないんだ」


「好きにおしよ。

 それと、旅立つ者に一杯奢らせておくれ」


 言いながら、マスターが一杯のグラスを差し出す。

 注がれているのは、上等な蒸留酒。

 Cランク冒険者には、なかなか手が届かない逸品だ。


「遠慮なく頂くよ。

 ――新たな人生に」


「――新たな人生に」


 足組みの姿勢へ座り直したヨウツーと、自分の分を用意したマスターが、互いにグラスを掲げる。


 長年、様々な苦難を分かち合った戦友同士が、そうして別れを惜しむ中……。

 かなりの冒険者が、ある決意を胸に秘めていた。

 そして、彼らの決意は、国を根底から揺るがすことになるのである。




--




 ザネハ王国の王都ロンダルといえば、古代迷宮の上に造られた迷宮都市であり、迷宮の宝目当てに訪れた冒険者たちが集う冒険者の街としても知られていた。

 分母が多ければ、それだけ、上澄みの量も期待できるというのは、当然の帰結……。

 そして、ここロンダルは、そういった上澄みの冒険者――SランクやAランク冒険者たちの活躍によって、大いなる利益を享受しているのである。


「こちらが、パテントで起こったドラゴン騒ぎを解決した手数料……。

 こちらは、レグルトに復活した死霊王退治の手数料か……。

 ふはは、笑いが止まらん」


 ロンダルを……そして、ザネハ王国を支配するザネハ十三世は、自身の執務室でそう言いながら、手にした羊皮紙を叩いた。

 羊皮紙に記されているのは、莫大な額の明細……。

 たった今、口にした事件を解決した冒険者派遣の手数料として、受け取った金額である。


 無論、報酬の大部分を受け取るのは、事件解決に貢献した当の冒険者たちだ。

 だが、ギルド運営などにより彼らの活動を補助する見返りとして、国も相応の金を受け取っているのである。

 人を右から左に動かすだけで巨額の金を得るボロい商売とも、いえるだろう。


「世に冒険のタネが尽きることはなし。

 地下の古代迷宮があれば……。

 そして、それ目当てに集う冒険者共がいれば、金が途絶えることはない。

 まったく、先祖は上手い場所に王都を築き上げたものだ。

 ――む?」


 そこで王は、束となった羊皮紙の中へ紛れている書類に気付く。


「――ランク査定方法見直しの願い。

 現状の査定方法では、縁の下から高ランク冒険者を支えた者の功績が正しく評価されない、か。

 ――下らん」


 概要を読み上げ、一蹴する。


「必要なのは、英雄。

 派手に立ち回り、怪物を容易くねじ伏せ、諸国へ勇名を轟かす勇者たちだ。

 地味に地道に活動する有象無象など、持ち上げる価値はない。

 無論、そ奴らを派遣する利益もバカにはならないが……。

 結局、利益の大部分を生み出しているのは、ごく少数の英傑なのだよ」


 出来の悪い生徒へ教える講師じみた独り言……。

 執事が入ってきたのは、そうやって悦に入っている時のことであった。


「陛下……一大事でございます!」


「何を慌てふためく。

 この国、この街に限って、一大事などというものはあり得ない。

 何故ならば、いかなる難事件が起きようとも、綺羅星のごとき高ランク冒険者たちが、それを解決してみせるからだ」


 まるで、高ランク冒険者たちの力を自分自身の力であるかのように語った、自信満々の一言……。

 それは、次に執事が発した言葉で、容易く打ち砕かれたのである。


「それが……。

 その高ランク冒険者たちが、こぞって街を離れたのでございます。

 いえ、彼らだけではありません。

 Bランク以下の中堅冒険者も、多くが街を出ました」


「……は?」


 王の顎が、かくんと落ちた。


「はあああああっ!?」


 そして、執務室中を震わすほどの大音声で、驚愕の叫びを上げたのである。




--




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 そして、短編版とボツ版から応援して下さった皆さんには、お待たせしました。

 連続更新する次回からが、続きの話となります。

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