第146話「天界へ続く扉」

「ふ~む……。【第三地球の覇者】……か」


 黒竜王ヴェルザハードが最後になんだか気になることを言っていたので、あの後ステータスを確認してみたのだが、いつの間にか【第三地球の覇者】という称号が追加されていたのだ。


 その能力詳細はこんな感じである。




【名称】:第三地球の覇者


【詳細】:三女神の一人、女神ガイアの管理する第三地球において、最強の存在に与えられる称号。これを所持する者は、天界へ続く門を開くことができる。




「天界への門って、たぶんこの鍵を使えってことだよなぁ……」


 豪華なベッドに寝っ転がりながら、手元にある黄金に輝く鍵を眺める。


 これはヴェルザハードのドロップアイテムであり、天界へ続く扉の鍵らしい。【第三地球の覇者】の称号を持つ俺にしか扱えないらしく、十七夜月やミケノンには触れることすらできなかった。


 ごろん、とベッドの上で寝返りを打ってテレビをつけると、どのチャンネルでも俺に関するニュースで持ち切りだった。当然だろう、1000万人が視聴する配信で、世界で一つしかない星六ダンジョンを攻略したのだから。


 あっさりと特定された自宅の前には大量のマスコミや野次馬が押し寄せており、そんなわけで俺は家に戻ることもできず、変装しながらひっそりとホテルを転々とする生活を続けている。


「せんぱーい、戻りましたよー」


「おー、お疲れ」


 ベッドでゴロゴロしていると、両手にコンビニの袋をぶら下げた十七夜月が戻ってきた。


 十七夜月はテーブルの上に袋を置くと、中から飲み物や弁当を取り出して並べ始めたので、俺はベッドから起き上がってテーブルにつく。


「ダンジョン、あれからもう新しいのは発見されていないそうですよ」


「星六ダンジョンを攻略したら全部消えるかとも思ってたけど、前からあるやつは残ったままらしいな」


 弁当を食べながら、テレビのニュースを一緒に見る。


 どうやら俺が星六ダンジョンを攻略した後も、世界のダンジョンは消えずに残っているようだ。しかし新しいダンジョンが出現することもなくなったので、魔導具の価値はより一層高騰しているらしい。


 世界では残る魔導具を求めて、空前のダンジョンブームが到来しているそうだが、それもきっとすぐに落ち着くだろう。


「それで、どうするんだにゃ? 天界へ行く覚悟は決まったのかにゃ?」


「ミケノン、お前な~……。なにが星六ダンジョンを攻略したら、万事オールオッケーの大団円が待ってるだよ。こんなの聞いてねーぞ」


「にゃけど"世界の鍵"を使えば、今みたいにマスコミや野次馬、政府に追いかけられる煩わしい生活からは解放されるのにゃ」


「そりゃそうだけどさ~……」


 テーブルに置かれていた"四次元ペットハウス"の中からぴょこん、と顔を出したミケノンが、俺の気も知らずにそんなことを言ってきたので、思わず溜め息を吐く。


 右手に握りしめた"世界の鍵"、これを使った先になにが起こるのか。


 それは――




【名称】:世界の鍵 (No.3)


【詳細】:これを使用した者の前には、天界へ続く扉が現れる。扉を潜ると、永遠の命を授かることができるが、代わりに元いた世界から存在を抹消されてしまう。人々の記憶、写真、映像、あらゆる記録から、その人間が存在したという事実が消滅する。ただし、深い絆で結ばれた者だけは、例外として記憶が残る、もしくは再会したときに記憶がよみがえる場合がある。扉の向こうには最大で二名の従者 (動物や魔物、オートマタなども含む)を連れて行くことができる。従者は扉の恩恵もデメリットも、どちらも受けることがない。




 これを使うのはさすがに勇気がいるだろ……。


 だって、この鍵を使ったら、俺は完全にこの地球から存在を消されてしまうのだ。もちろん俺がいなくなっても、世界はいつものように回っていくだろう。だが、俺という人間を知る人が誰もいなくなるというのは、少しだけ寂しいものがある。


「にゃけど……ナユタって家族もいなければ友達も殆どいないのにゃ。あまりデメリットはないんじゃないかにゃ?」


「……事実だけど、言って良いことと悪いことがあるんだぞ?」


 実際に俺は家族もいなければ、親しい間柄の人間も殆どいない。そもそも抹消される以前に、最初から戸籍すら存在しないからな。


 十七夜月やミケノン、それに『アナザーワールドプロモーション』のアイドルたち。梅澤町のヤンキーどもや、ヒロポンさんたち血袋、十七夜月の親父さんらダンジョン管理局の人たち。俺が今持っている繋がりなんて、この程度なのだ。


 それに彼らなら扉を潜ったあとも、なんとなく俺のことを忘れない気がするし。


 ……ん? そう考えると、デメリットなんて特にないのか?


「先輩は扉を潜ったときに貰えるっていう特別な恩恵、永遠の命を既に持っているので、ちょっともったいないですけどねー。でも先輩が行くなら、私はどこまでもついていきますよ?」


「吾輩もにゃー。ちなみに吾輩は分身を残していけるし、いつでもホームにも戻れるから、向こうでも地球の様子を随時チェックできるのにゃ」


 十七夜月が俺のほっぺをぷにぷにとつつき、テーブルの上に寝っ転がっていたミケノンが、ゴロゴロと転がりながらぽてん、と俺の膝上に落ちてくる。


 うーん、扉は一方通行とも書いてないし、いつでも地球と天界を行き来できるのかな? それにこいつらがついて来てくれるなら、寂しくもないし。


 ……よし、決めた。


 せっかく星六ダンジョンをクリアしたんだし、扉の先になにがあるのかも気になる。それに、いつまでもマスコミや政府から逃げ回るのもいい加減うんざりしていたからな。


 ここはひとつ、思い切って天界とやらに行ってみるか!







 天界行きを決意した俺であったが、その前に十七夜月が知り合いに挨拶しておきたいと言うので、出発は延期となった。


 扉を潜ったら世界から存在を抹消されてしまう俺と違って、従者はそうではないからな。いつ戻って来れるかわからないし、急に消えたら親父さんも心配するだろう。


 そんなわけで俺は今、十七夜月が帰って来るのをホテルの部屋でのんびり待っているところだった。


 ミケノンはテーブルの上に置かれたペットハウスの中で、お昼寝中である。こいつはホームの園部家と主である俺のところを自由に行き来できるので、誰かにお別れの挨拶をする必要もないしな。


 ペットハウスの中から気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。どれだけ頭が良くなっても、やはり猫らしく暗くて狭いところが落ち着くようだ。


 俺はテレビをつけて適当なニュースを見ながら、ゴロゴロとベッドの上を転がった。


《三石選手、今日も素晴らしい活躍でしたね! 魔法の左足、完全復活と見ていいんじゃないですか? もうすぐ日本代表にも選ばれるんじゃないかと、ファンの間ではもっぱらの噂になっていますが、今のお気持ちを教えてください!》


《そうですね。俺がここまでこれたのも、一年前に絶望の底にいた俺を救ってくれた、とある少女のおかげです。……おーい、おっぱいちゃん見てるかー! 俺は君のおかげでここまでこれたぞー! ありがとう、おっぱいちゃん!!》


 テレビのチャンネルを回していると、どこかで見た覚えのある顔が画面に映ったので思わず手を止める。


 あいつは……そうだ、一年前に梅澤町で会ったファンタジスタの優男じゃないか。そうか、立派にプロサッカー選手として活躍してるみたいだな。


 チャンネルを変えると、今度は四人組の美少女ガールズバンドが演奏している映像が映った。


「おお、天海聖園てんかいせいえんじゃないか! あいつらいつの間にかメジャーデビューしてたのか!」


 彼女たちの奏でる激しくも美しい旋律に、思わず聴き入ってしまう。


 いやー、懐かしいぜ。俺もあいつらと一緒にライブをしたことがあるけど、今はさらに磨きが掛かってるみたいだな。


 それに俺の肉体の美しさは、何割かが彼女たちのおかげでもある。あいつらとの出会いは、俺のゾンビ生において大きな転機となる出来事だった。


 天海聖園が歌い終わると、次も俺のよく知るアイドルグループが画面に映し出される。"アストラるキューブ"だ。


 今や彼女たちは、日本のトップアイドルグループとして君臨している。俺が彼女たち三人と一緒のグループで歌って踊っていたことは、もう遠い昔のことのように思えるな。


 優羽さんの会社『アナザーワールドプロモーション』も飛ぶ鳥を落とす勢いで、桃華や兎月くんもVtuberとして大活躍しているし、シロスケのやつは皐月賞に続いて日本ダービーも制覇して、二冠馬となったらしい。


「みんな、頑張ってるみたいだな……」


 テレビから視線を外し、ふとホテルの窓から外を見てみると、近くの河原でサッカーをしている少年たちの姿が目に入る。


 あいつらはショウタ、ヒロ、ソウマか。相変わらず半ズボンを穿きながら元気いっぱいで走り回ってるな。


 そんな少年たちを微笑ましく思いながら河原の反対側に目を向けると、そこではボランティアが炊き出しをしている様子が見えた。


 ボランティアの中には見覚えのあるヤンキーたちもいて、思わず笑ってしまった。あいつらはあんな街で不良をしているけど、根は悪い奴らじゃないんだよな。


「……ん? あれは?」


 俺の7.0の視力が、炊き出しに並んでいる一人のお爺さんを捉えた。周りの人たちと楽しそうに談笑しながら、おにぎりや味噌汁を受け取っている。


 ……あれはゲンさんじゃないか!


 そうか……元気でやってるのか。彼には色々お世話になったのに、ロクにお礼も言えず、安否すら分からない状態だったから、こうして元気な姿を一目見られてよかったよ。


 ふぅ~、と息を吐いて椅子にもたれ掛かっていると、廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。


「先輩、大変ですよ! 遂にマスコミがホテルに押し寄せてきました! 政府関係者の姿も見えますし、すぐにでもここまでやって来そうな勢いです!」


「……やれやれ。最後にのんびりと思い出を振り返る時間くらいくれてもいいだろーに」


 右手に黄金の鍵を握り締め、椅子から立ち上がると、ペットハウスから這い出てきたミケノンが肩の上にぴょこんと乗っかってくる。


「行くのかにゃ?」


「ああ。十七夜月、ミケノン、俺について来てくれるか?」


「「もちろんです (にゃ)!」」


 十七夜月とミケノンが力強く頷いてくれたので、俺は"世界の鍵"をスッと頭上に掲げる。


 すると、鍵が眩い光を放ち始めて、俺の目の前に黄金に輝く扉が出現した。



 ――ドンドンドンッ!



『吸血姫ナユタさん! ここにいるんでしょう! 世界の皆様があなたの話を求めています! あなたにはダンジョンを制覇した者として、それを語る責任が――』


 扉が出現するとほぼ同時に、部屋のドアが乱暴にノックされ、外からマスコミ関係者の声が聞こえてくる。


「さあ行くぜ! この先になにが待ち受けていようとも、この吸血姫ナユタ様に恐るるものはない!」


「本当ですかぁ~? もしかしたら先輩が想像している以上に恐ろしいものが待ち受けているかもしれませんよ?」


「ふっ……。既に頭の中であらゆるシミュレーションは終了している。扉の先でたとえどんな困難が待ち受けようとも、俺の心はさざなみ一つ立たないだろうさ」


 右手に持った鍵を扉に差し込み、ゆっくりと回しながら、左手の人差し指をトントンと頭に当てて、不敵な笑みを浮かべる。


 すると十七夜月が意地悪そうな笑みを浮かべ、俺の【ぷにぷにほっぺ】をむぎゅ~っとつねってきた。


「実はですね。これって夢なんですよ」


「……え?」


「扉を潜ったら夢から覚めるんです。そこは薄暗いダンジョンの中で……先輩は地面に横たわっていて、その身体をゾンビたちに貪り食われている最中で――」


「ここにきて怖すぎること言うのやめてもらえませんかねっ!?」


 俺の心は一瞬にして荒れ狂う嵐のように乱れ、額から滝のような冷や汗が垂れ落ちた。


 しかしそんな俺の様子を余所に、十七夜月は俺の背中を押して扉の方へと強引に誘導していくと、ミケノンも早くしろと言わんばかりに、肉球で頭をぽこすか叩いてくる。


 お、おい、ちょっと待て! まだ心の準備がっ!?


「さあ、行きますよ先輩!」


「行くにゃー!」


「あんぎゃゃぁぁぁぁぁあああーーーーっ!!!」


 そして俺は、十七夜月とミケノンに背中を押されるまま、黄金の光を放つ巨大な扉の中へと吸い込まれていったのだった。

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