第145話「第三地球の覇者」
:始まったぞ
:頑張れーナユたそ~
:可愛くて格好よくてもう最高やわ
:ミケノンちゃんもかわいいよ~
:こんなデカいの勝てるわけねえだろ!
:渋谷のドラゴンを倒したナユタちゃんならいけるって
:いけー!
ヴェルザハードが振り下ろす爪を紙一重でかわしながら懐に潜り込み、草薙の剣を一閃する。しかしそれは硬い鱗によって弾かれてしまった。
伝説の剣にドラゴン特効の効果を付与しても尚、貫くことができないのか……。これは黄金竜を倒したときのように、剣に大量の魔力を纏わせて攻撃する必要がありそうだ。
《その程度か? 小さき者よ!!》
巨大な尻尾がまるで鞭のようにしなり、俺に向かって襲い掛かってくる。上空に跳躍してそれをかわすが、すぐに黒竜王は大きく口を開けると、そこから漆黒の炎を吐き出してきた。
「ナユタ! 【蝙蝠の羽】を広げるにゃー!」
「おうよ!」
ミケノンのアドバイスに従い、背中から羽を生やす。すると即座に彼は"風切りの杖"で突風を起こし、俺の身体をブレスの射程圏外まで吹き飛ばしてくれた。
漆黒のブレスは俺が先程まで浮いていた場所を通過すると、そのままダンジョンの壁に激突し大爆発を起こす。
「おいおい! ダンジョンが崩壊するぞ!」
《安心するがよい、この部屋は魔法によって保護されている。我らがいくら暴れようが、壊れることはない。さあ、続きといこうではないか!》
壁を見ると、あれだけの攻撃を受けたにもかかわらず傷一つついていない。なるほど、部屋全体に描かれている魔法陣のような紋様は、このダンジョンを保護・維持するためのものらしい。
鋭い爪が、尻尾が、そして口から吐き出される黒い炎が、俺の命を刈り取ろうと迫ってくる。俺は【蝙蝠の羽】を広げて空中を飛び回りながら、それを紙一重で避け続けるが、やがていくつかの攻撃が身体をかすめ始めた。
:ナユたその身体から血が!
:いやぁぁぁああああーーー!!
:落ち着け、かすり傷だ
:あれ? でもいつの間にか傷口が消えてね?
:やっぱ人間じゃなくて本物の吸血鬼っぽいよね
:もう空も飛んでるしなw
:かわいいからなんでもいいわ
ヴェルザハードの攻撃がかする度に、俺の服や皮膚が裂けて血が飛び散るが、【超再生】の能力によって、それらの傷は一瞬で完治してしまう。
服も"冒険者の魔法服 (♀)"は破れても自然に修復されるし、しかも魔力を流せば修復速度が上がるみたいで、おかげで下着や裸を見られる心配がないのがありがたい。
どうやら奴の爪や尻尾には毒や様々な状態異常を引き起こす成分が含まれているようだが、それも【完全状態異常耐性】によって無効化されている。
なので黒炎にさえ気を付ければ、少しくらいの攻撃なら喰らっても問題なさそうではある……。が、俺の放つ攻撃も奴の鱗に僅かに傷を付けられる程度なので、完全に膠着状態となっていた。
やはりどうにか隙を作って、剣に魔力を集中させないと致命傷を与えるのは難しそうだ。
「にゃわわわぁ~~~! 落っこちるにゃ~!」
「ミケノン! ペットハウスの中に避難してろ! この戦いは危険すぎる!」
「わかったにゃ~。吾輩はサポートだけに徹するにゃ。それとまたキャラ付けを忘れてるにゃよ?」
「もうそんな余裕はないんだよ!」
ミケノンはペットハウスの中に入ると、最後に顔だけをひょっこりと出して、そう言い残して扉を閉めた。
:【悲報】ナユたそ、やはりキャラを作っていた
:素はちょっと男の子っぽいのねw
:でもイケボだし似合ってるかも
:くそ~、着替えてから下着が見えなくなってしまった
:破れても勝手に治るとか美少女の服の風上にも置けん
:ナユたそがんばれ~
:しかしこれ勝てんのか?
:星六のボスなだけあってありえんくらい強いな
:お、ナユタ様なにかする気だぞ?
もうここまで来たら出し惜しみはなしだ。俺の全てを出し切って、こいつを……黒竜王ヴェルザハードを倒す!
攻撃をよけながら、ポーチの中から悪魔殺しの短剣を取り出すと、手首を切りつけて空中に大量の血を撒き散らした。
「――"ブルートゲンガー"!」
血液は空中で一箇所に集まり、たちまち俺そっくりな美少女の姿を形成する。俺は分身に"雷光の杖"を握らせると、ヴェルザハードに向けて攻撃を命じた。
落雷がヴェルザハードに直撃し、一瞬だけその動きが止まる。
その隙を見逃すことなく、ペットハウスの中からミケノンが輸血パックをぽんぽんと投げてよこしたので、俺は【ブラッドスティール】にてそれを体内に取り込むと、さらに新しい分身を生み出していく。
:ちょw ナユたそが増えたぞwww
:美少女がいっぱいだ!
:俺んちにも一人もらえないですかね?
:血袋同盟の会員ナンバーの若い順からだぞ!
:みんな髪型や服が微妙に違っててかわいいw
:どんだけ増えるんだw
:あぁ~、目の保養なんじゃ~
次々と生み出される俺の分身たち。その数は十数体にも上り、全員がそれぞれ違う魔導具を握りしめながらヴェルザハードへと襲い掛かっていった。
分身が攻撃を仕掛けている間に、俺は"草薙の剣"に魔力を纏わせて攻撃力を上げると、黒竜王の首を狙って剣を振りおろす。
《ぬ、ぬぐあぁぁーーッ!》
「くぅ! まだ足りないのか!?」
剣は漆黒の鱗を貫き、ヴェルザハードの首に傷をつける。しかしそれでも巨大な首を切り落とすには到底至らず、俺はすぐに後方へと退避した。
《やりおるわっ! ならば我の真なる力を見せてやろう!》
ヴェルザハードが翼をはためかせると、次第にその巨体が黒い霧に覆われていく。
やがて霧が晴れると、そこに立っていたのは漆黒の鎧を身に纏い、同じく漆黒の剣と盾を構えた、人型の姿となった黒竜王であった。大きさは少し背の高い成人男性程度だが、巨大なドラゴンのエネルギーをそのまま人型サイズに圧縮したかのようで、その威圧感はドラゴンのときを上回るほど強大だ。
黒竜王が剣をゆっくりと上段に構えると、剣の周囲に黒い稲妻が集まり始める。
「マズい! 俺たち、逃げ――」
《遅いわッ!!》
剣が振り下ろされると同時に、激しい稲光と共に部屋全体に漆黒の稲妻が降り注いだ。
俺はなんとか身を翻して直撃を避けたが、近くにいた分身たちはもろに攻撃をくらってしまい、次々と消滅していく。
「う、うわぁぁーーーー!」
「ぎゃぁぁーーーーーッ!」
「やめてくれぇぇぇーー!」
「し、死にたくなーーいッ!」
「ちくしょぉーー!! この戦いが終わったらオリジナルに成り代わる俺の計画がぁぁーーーッ!」
「お、俺たちぃぃーーー!」
苦労して作り出した俺の分身たちは、本気を出した黒竜王のたった一撃で全て消し炭となってしまった。
……くそ、所詮は輸血パック一個分の血液で作り出した分身か。それになんか物騒なこと言ってたやつもいた気がするけど、今は気にしている場合じゃない。
直撃は避けたが黒雷の余波で傷ついてしまった身体を、"エクストラヒール"で回復する。いくら超再生があるからといって、やはり回復魔法があるとないとではだいぶ違う。"癒しの杖"を吸収させといて正解だったな。
しかし、さすがは星六ダンジョンのボスといったところだ。あの黄金竜よりも強い。どうやって倒そうか……。
:もうダメだ……おしまいだぁ……
:な、ナユたそぉ~~~
:この黒トカゲ野郎!
:貴重なナユタ様の分身が……
:俺んちに来るはずだったのに許さんぞ黒竜王ッ!!
:このままやられちゃうのか?
:ここまでよく戦った! 感動した!
:は? まだ終わってないが?
:ナユタ頑張れ! 事務所の皆も応援してるよ!
:そうだ、ナユたそなら勝てる!
剣戟の応酬、ブレスに魔法、肉弾戦。俺たちの戦いは激しさを増していった。
どうやらいくら黒竜王とはいえ、あの大技を連発することは出来ないようだ。しかし、俺の攻撃も決定打に欠けていて、奴の硬い鎧を貫通して致命傷を与えることができない。
そうこうしているうちに、黒竜王の黒剣に再び漆黒の稲妻が集まってくる。
《そろそろ終わりにしてやろう!》
黒竜王が剣を天高く掲げると、先程よりもさらに激しい稲光が部屋中を駆け巡った。
この魔力の高まり……。いくら吸血姫となった俺でも、あれをくらっては大ダメージは避けられないぞ!
『先輩! 同時接続数が1000万人を超えました! いまこそ
「ナユタ、ちゃんと
インカムから十七夜月の、ペットハウスの中からミケノンの声が聞こえてくる。
もちろん持ってきているさ! そのためにわざわざ全世界に向けてダンジョン配信なんてしたんだからな!
俺はポーチから
「"神王の冠"には自らを信仰する臣民が一名増えるごとに、王の力を増大させる効果があるにゃ~。一人では雀の涙にも満たない程度の微弱な力でしかにゃいが……それが1000万人も集まれば――」
「うおぉぉぉーーッ! 力がみなぎるぅぅーーーッ!! 視聴者の皆の力、確かに受け取ったぜぇぇぇーーーーッ!!!」
溢れる魔力が深紅の輝きとなって、俺の周りを包み込む。あまりの眩しさに目が開けられないくらいだ。
:な、なんだこの光は!?
:め、目がぁーっ!!
:神々しい……
:浄化されるぅぅーーっ!!
:俺たちの力をナユたそが受け取ってくれたというのか!
:血袋の本懐ここに至る!
:ナユたそ、いや……ナユタ様!
:我々の血からを受け取ってくれぇぇーーーッ!
「これで終わりだ! 黒竜王ヴェルザハードッ!!」
《返り討ちにしてくれるわッ!!》
全身に深紅の光を纏いながら、草薙の剣を握りしめて黒竜王へと突進する。同時にヴェルザハードも、天にも轟くほどの咆哮をあげながら漆黒の稲妻を纏う剣を俺に振り下ろしてきた。
俺とヴェルザハードの剣が交差し、そして――
《ぐ、ぐおぉぉぉーーーーーーーーッッッ!!!!》
草薙の剣が黒竜王の黒剣を真っ二つに両断し、そのまま奴の鎧に食い込むと、鎧を砕き、その下にある肉を断ち、そして骨を断ち切り、最後には心臓へと到達する。
ヴェルザハードは全身から真っ赤な鮮血を噴出させると、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
《見事だ……。汝こそ、この世界で最強の存在……"第三地球の覇者"なり!》
そう言い残すと、役目は果たしたといわんばかりに、黒竜王はニヤリと笑いながら、その身体を光の粒子へ変えていく。
やがて、その光が全て消えてなくなると、その場に残っていたのは黄金に輝く一本の鍵であった。
……"第三地球の覇者"? なんだよ第三地球って、まるで第一と第二の地球があるみたいじゃないか。
まあ、それはともかく……これでようやくラストダンジョンクリアだぜ!
床に落ちている鍵を手にすると、部屋中に施された魔法陣が輝き失い始め、天井や壁がガラガラと崩れ落ちていく。どうやらこのダンジョンも役目を終えて、その機能を停止しようとしているようだ。
滝のように流れていくコメントを横目で見ながら、俺は崩れ行くダンジョンを背に最後の決め台詞を口にする。
「血袋どもよ! 貴様らの声援、確かに受け取ったぞ! 今この瞬間、我は星六ダンジョンを完全制覇したことを宣言するッ!! 我が名を称えよ! 我こそは最強無敵の美少女にして、きゅうけちゅきの第四――」
:かみまみた
:一番大事なところで噛むなw
:かわいいから許す!
:もうナユタ様しか勝たん!
:しまらないなぁ~w
:めちゃくちゃ面白かったわ
:もう完全にナユタ様の虜です
:俺の血を吸いに来てくれ~~ッ!
耳元のインカムと、首元のペットハウスから十七夜月とミケノンが爆笑する声が聞こえてくる。
『最後の最後まで先輩でしたね~』
「でもナユタらしいにゃ~」
うっさいわ! 激闘の後で気が抜けてたんだよ!
「……えへん、えへん! 吸血鬼の第四真祖、吸血姫ナユタである! 皆の者、我の偉業を褒め称えるがいい! わーーはーっはっはっはっ!」
気を取り直して、何事も無かったかのように草薙の剣を天高く掲げながら、カメラに向かってドヤ顔でそう宣言すると、俺はダンジョンの崩壊と共に配信を終了したのだった。
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