第144話「最深部」

《グオォォーーーッ!》


「――"アブソリュート・ゼロ"!」


 三つの首を携え、それぞれの口から灼熱の炎を吐き出してくる巨大な犬――"ケルベロス"。


 その炎は、触れずとも近くで呼吸するだけで肺を焼き焦がすほどの超高温にして、地獄へ誘う業火そのもの。


 だが、俺は剣先を地面に突き刺し、それを軸として身体を回転させると、周囲一帯に絶対零度の冷気をまき散らし、迫りくる地獄の業火を一瞬でかき消すとともに、ケルベロスの足元を凍らせる。


 そして、身動きが取れなくなったケルベロスに向かって駆け出すと、跳躍してその首を三つとも一瞬で切り落とした。



:強すぎワロタw

:ナユたそあんな大魔法まで使えんのかよ

:いや、あれはたぶんあの剣の力じゃね?

:出雲の星五ダンジョンをクリアしたのこの娘らしいし、そのドロップアイテムかな

:でも今回のやつは結構強かったな

:さすがに疲れたのか輸血パックをチューチュー吸ってるのかわいい

:中身トマトジュースじゃないのw

:もうここまできたら吸血鬼の第四真祖説を信じてやれよw

:魔導具使ってるにしても人間じゃあり得ない動きしてるもんな



 視聴者のコメントを聞き流しながら、俺はポーチから輸血パックを一本取り出して飲み干し、魔力を補充する。


 十二体目のボス、地獄の番犬ケルベロス。こいつはなかなかの強敵で、周囲に降り注ぐ地獄の業火を掻い潜りながら間合いを詰めるのは骨が折れた。


 普通に放っただけの氷魔法はあっさりと溶かされるし、しょうがないので大量の魔力を消費する大技を使わざるを得なくなってしまった。まあ、ダンジョン管理局の伝手で大量に仕入れた輸血パックがあるので、魔力切れの心配はないが。


 ……しかし、さっきから星五ダンジョンのヤマタノオロチとそう変わらないレベルの強さの敵とばかり戦っている気がする。もうかなり奥まできたし、そろそろラスボスの部屋に辿り着いてもよさそうなもんだけど……。


 息を整えながら奥の扉をくぐり抜けて、新たなフロアに足を踏み入れる。


 するとそこには――



《クククク……。遂にここまでやってきおったか》



「お前は……」


 頭部から二本の触覚、背中に虫の羽を生やした人型の美しい女の造形をしたモンスターが、俺を待ち受けていた。


 巨大蟻ダンジョンにいた女王蟻によく似ているが、体格は一回りほど大きくなり、青白かった肌は人に近い肌色になっている。羽や身体を覆う外殻も黄金に光輝いており、威圧感は以前とは比較にならない。


《これが星五ダンジョンのボスすら超越する、妾の真の姿よ! ……こうなっては、もはや手加減もできぬ。小娘、ここで朽ち果てるがよいわ!》


 言うが早いか、女王蟻は背中の羽を羽ばたかせて飛び上がり、こちらに襲いかかってくる。


 キイィィィィン、と耳障りな音を奏でながら、そしてその音が俺の耳に届くその前に、女王はまるで瞬間移動したかのような速度で俺の背後に回り込んでいた。


「ぐぁっ!?」


《ホホホホッ! 最終形態になった妾のスピードは音速をも超える! さあ、このまま細切れにしてやろうぞ!》


 後ろからの衝撃に、俺は為す術もなく吹き飛ばされ、ダンジョンの壁へと激突する。体勢を整えて起き上がろうとするが、女王は音を置き去りにする速さで俺に肉薄し、その鋭い爪を振り下ろしてきた。


 咄嗟に全身を魔力でガードするが、それでも衝撃を殺しきれず、俺の身体は空中を舞いながら地面に叩きつけられる。



:やべーぞこいつ!

:ナユたんが初めて攻撃くらったぞ!?

:うわぁぁぁーーーー!

:いや落ち着け、血も出てないしあまりダメージは食らってないように見える

:でも服がちょっと破けたぞ!

:見え……

:おい! こんなときにふざけたコメントすんな!

:ごめんてw



 魔力によるガードでダメージは殆ど受けてないが、あまりのスピードに反撃する隙が見当たらない。しかも視聴者のコメントでもわかる通り服が破れ始めており、いつのまにか下着がチラチラ顔を覗かせていた。


 やはりこんな見た目重視の服ではなく、素直に"冒険者の魔法服 (♀)"を装備しておけばよかった……。あとでカメラの外で着替えよう。


 だがどうする? このままだとやられないにしても、全世界の皆様に俺の芸術的な裸を晒すことになってしまうぞ。


「ここは吾輩に任せるにゃー!」


「ミケノン」


 首元にかけていた"四次元ペットハウス"からぴょんと飛び出し、俺の肩に着地したミケノン。その頭には"魔女の帽子"が被せられており、"マジックハンド"の手には"土塊の杖"が握られていた。

 

 再び上空に浮かび、俺に向かって突っ込んで来ようと構える女王。


《ホホホ……。なにをしようが妾のスピードの前は無駄なことじゃ》


「それはどうかにゃー」


 ミケノンが杖をくるくると回して魔法を唱えると、俺と女王の間にきらきらとした砂のようなものが舞う。それと同時に女王は、音速を超える速度で真っ直ぐこちらに突進してきた。

 

 だが――


《ひぎゃぁぁぁぁぁーーーーッ》


 女王は空中で突如静止すると、全身を血塗れにしながら地上へと墜落した。


 羽や外殻も激しく傷ついているようで、女王はのたうち回るように暴れながら叫び声を上げている。


「お、おいミケノン、一体なにをしたんだ?」


「配信中にゃよ? キャラ作りを忘れてるにゃ」


「……ごほん! ミケノンよ、貴様一体なにをしたのだ?」


「硬度を重視した細かく鋭い砂を大量に空中に散布しただけにゃー。音速で一直線に向かってくるにゃら、相手は避けることもできずに勝手にぶつかって自滅するにゃ」


 な、なるほど……。でかい障害物なら破壊しながら進めるが、小さく、固く、鋭く尖った大量の砂粒に音速を超えるスピードで身体ごと突っ込んだらああなるというわけか。


 さすがはミケノンだ。魔法の杖の操作や戦いのセンスに関しては、俺よりも数段上のものを持ってる。


「さあ、早くとどめを刺すにゃー」


「ああ、任せるがよい!」


 ミケノンの機転によって隙だらけになった女王に、俺は一瞬で間合いを詰めると、その首を一刀のもとに切り落とした。


《ほぎぃぃーーッ! なんで妾だけ二回も~~っ!》


 女王蟻は情けない断末魔の叫び声を上げると、光の粒子となって消えていった。



:突如現れた三毛猫w

:かわいいw ナユタちゃんのペットかな?

:日本語喋ってるし、使い魔的なやつかな

:猫と戯れる美少女……絵になるぜ

:口調指摘されてて草

:やっぱキャラ作ってたのねw

:この猫って"三毛猫ダンス"の動画の猫じゃね?

:マジだ。オッドアイだし間違いないな

:"三毛猫ダンス"の猫ってナユたそのペットだったの!?


 

 コメントは突然現れた謎の三毛猫について盛り上がっている。


 "三毛猫ダンス"とは、ミケノンが猫の王国をつくる際に撮った例の動画のことだ。今では再生数は一億回を超えており、日本だけではなく海外でも話題になっているらしい。


『ミケノンの登場でさらに同時接続数が増えましたよ。このまま行くと世界記録、いえ……1000万に届くかもしれません』


 十七夜月の声を聞きながら、ポーチから"冒険者の魔法服 (♀)"を取り出してボロボロになった服から着替える。


 当然、妖精さんにはカメラを反対側に向けてもらっているので、視聴者の皆様は残念ながら俺のお着換えシーンは拝めません。



:いきなりカメラが明後日の方向いたかと思ったら服が変わってるw

:くそぉ、カメラを回すのが遅いぞ

:カメラさんちゃんと仕事してよ、やくめでしょ

:しっかしこれもファンタジーの冒険者っぽくてかわいいな

:ナユたそかわいいよナユたそ

:俺も猫になってナユたんの肩に乗りてえ……

:お? 奥の扉が今までより豪華だから、いよいよかな?

:わくわく



 ポーチからペットボトルの水を取り出し、一気に飲み干して喉を潤すと、奥に見える扉へと歩を進める。


 コメントにもあったが、目の前の扉はこれまでとは比べ物にならないくらい豪華な装飾が施されており、いかにも最深部への入り口といった雰囲気を醸し出していた。


 俺は扉に手をかけ、ゆっくりと開き始める。その先に待っていたのは――


「でかいな……」


 そこは日本最大のドーム球場を優に超えるくらいの広さのある円形の空間だった。


 天井は遥か上空にまで伸びていて先が見えない。俺が入ってきた扉以外に出入り口は見当たらず、ここがダンジョンの最奥であると見て間違いなさそうだ。


 そして、床や壁一面に巨大な魔法陣のような紋様が描かれていて、部屋の中央には今まで倒してきたどのモンスターより一際大きな存在が鎮座していた。


《よくぞここまで辿り着いた……小さき者よ》


 低く重い声音でこちらに語り掛けてくるそいつは、黄金竜をさらに一回り大きくしたような巨体で、その全身を黒曜石のような輝きを放つ鱗に覆われているドラゴンだった。


 しかしその瞳には明らかに知性の光があり、問答無用で襲いかかってくる様子はない。


《我が名は"黒竜王ヴェルザハード"。この世界の覇者を決する最終試練として、汝らの前に立ちはだかりし者なり……》


「……世界の覇者?」


 ミケノンの想像通り、やはりダンジョンは挑戦者になんらかの試練を与える場所らしい。こいつに勝てば一体なにが起きるのだろうか……。


「倒してみたらわかるにゃー。きっと、悪いようにはならないと思うにゃ」


「本当であろうなぁ……。貴様は前科がある故、いまいち信用できんのだが」


 まあ、でもおかしなことは企んでいないようだし、ここはミケノンを信じてみるか。


《試練を受けるのなら、見事我を打ち倒してみせよ! 受けぬというのであれば、今すぐにここから立ち去るがよい!》


 ヴェルザハードがそう叫ぶと、奴の周囲に魔力が集まり始めた。同時に部屋の隅には帰還の転移陣が出現し、いつでもここから脱出できる状態になる。


 だが、ここまで来て帰るという選択肢はなし!


「我が名は"吸血姫ナユタ"! 吸血鬼の第四真祖にして、星六ダンジョンを踏破し、黒竜王を討伐する者なり! 全世界の血袋どもよ、刮目せよ! 我が覇道をここに示さんッ!!」



:かっけぇぇぇーーッ!

:うおぉぉぉーーーっ!!

:いけぇぇぇーーーーッ!

:頑張れナユたそぉぉーーッ!!

:俺たち血袋がついてるぜぇぇーーっ!



 剣を天高く掲げ、カメラに向かってそう叫ぶと、視聴者のボルテージが一気に跳ね上がった。


《その心意気や良し! では、参るぞ!》


 瞬間、魔力がはじけ飛び、ヴェルザハードの巨体からすさまじいプレッシャーが放たれる。


 俺は"草薙の剣"を両手持ちで構えると、全身を魔力の鎧で包み込みながら、真っ向から黒竜王と激突した。

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