第143話「ラストダンジョン」

『先輩、そろそろ例の動画をネットで拡散してもいい頃合いじゃないですか?』


「そうだなー。あとちょっとで目的地に着くし、頼むわ」


 背中に【蝙蝠の羽】を生やし太平洋の上空を飛行していた俺は、インカムから聞こえてきた十七夜月の提案に頷いた。


 あれから二人と一匹で相談した結果、やはり星六ダンジョンに直行しようという結論に至った。


 そして、ラストダンジョン攻略の鍵となるのが、全世界に向けての生配信だ。そのための前準備として、星六ダンジョン攻略告知動画を既に作成してあり、それを今からネットにアップするというわけだ。


 別に俺が目立ちたいからじゃないぞ? これには大きな理由があるんだ。……まあ、それはおいおい説明するとして。


 とにかく渋谷でドラゴンを討伐した美少女が、星六ダンジョンを攻略するという情報を全世界に周知する準備は、+5された【ネット工作員】の能力を最大限に活用して、もう整っている。


 前日から拡散したほうが生配信の視聴者は増えるだろうが、あまり早い段階で情報を発信し過ぎると、ダンジョン攻略の前に大量のマスコミが押しかけてくる恐れがあるし、島を管理するチリ政府が出張ってくる可能性もあるから、今このタイミングが一番だろう。


『動画を投稿しました。凄い勢いで拡散されてますよ。既に配信待ちの待機人数は1万を超えてますね』


「サンキュー。お前はこのまま配信関連を中心にサポートを頼む」


『了解です。……お~、"血袋同盟"が凄い勢いで宣伝してくれてますねー』


 十七夜月の声を聞きながら、俺は少しスピードを上げて目的地を目指す。


 首にネックレスのようにかけた"四次元ペットハウス"からは、顔だけを出しているミケノンが、ふぁ~と欠伸をした。


 ミケノンは俺と一緒に攻略担当だ。ま、強敵に遭遇するまでは、俺一人で頑張ってみるつもりだけどね。


 ……さて、そろそろか。


 高度を落として目的地に接近する。そこは太平洋上に浮かぶ、小さな島だった。上空からでも、島のあちこちに神秘的な石像が点在しているのが確認できる。


 そして、星六ダンジョンに続く転移陣が刻まれている巨大なモアイ像の少し手前に降り立つと、俺は大きく深呼吸をした。


「にゃ、カメラ受け取るにゃ」


「はぁ~……。やっぱり配信しないと駄目?」


「しなくてもいいにゃが、したほうがかなり攻略の可能性が上がるにゃ」


 ……じゃあ、仕方ない。恥ずかしがって攻略失敗なんて、目も当てられないしな。


 俺は覚悟を決めると、ミケノンに手渡されたカメラに向かって、ぎこちない笑顔を作る。


「よ、よし……。見えてるかー、十七夜月」


『大丈夫ですよナユタ先輩、かわいい顔がしっかり映ってますよ』


 カメラのスイッチを押して動画の撮影を始めると、イヤホンから"十七夜月かのう雛姫ひなき"の声が聞こえてくる。


 俺は高鳴る心臓を抑えながら、前方に見える巨大なモアイ像に向かって歩みを進めた。


 人っ子一人いないイースター島の草原で、クリムゾンレッドの瞳を輝かせながら、所々に白のメッシュが入ったサラサラの長い黒髪を靡かせて歩く一人の小柄な美少女、それが俺だ。


 あれから一年……。長いようで短い不思議な時間だった。


 最初はお世辞にもかわいいとは言えない容姿で、体のどこもかしこも肉が無くて、とにかくガリガリのチビで……。


 そんな俺が、今では誰が見ても絶世の美少女と評価される容姿だ。しかも胸や腰やお尻や足など、どこをとっても非の打ち所がない、パーフェクトなプロポーションに仕上がっている。身長だけは相変わらずちっこいままだけどな。


「それにしてもこの格好、ちょっと露出度が高すぎじゃね? 胸とか上半分くらい見えちゃってるし、短パンもローライズすぎて太ももが丸出しなんだけど……」


『先輩は童顔でちっこいのにドスケベな身体をしてるのが一番の取り柄なんですから、それをアピールしないと意味ないじゃないですか』


「今回の配信では、視聴者たちがナユタを崇めるように仕向けることが重要にゃんだから、そのドスケベボディを存分に晒して視聴者どもに拝ませるにゃ!」


 ……言い方さぁ。


 まあ否定できないのが悲しいところだが。


「おおぉ……思ったよりでかいなぁ」


 目的の場所まで辿り着くと、俺は目の前に鎮座する巨大な石像をマジマジと見上げる。


「これが世界に一つしかない星六ダンジョンの入り口か……」


 モアイ像のお腹には、ドラゴンのような生物を中央に、周りにいくつものファンタジー的なモンスターと六つの星が描かれた魔法陣が浮かび上がっていた。


 ドラゴンにはあまりいいイメージが湧かないが、これで最後なんだし、気合を入れてしっかり仕留めないとな。


 "草薙の剣"に"竜殺剣"を吸収させ、八個目の能力としてドラゴン特効の効果を付与し終わった俺は、剣を鞘に収めると、転移陣の前に立つ。


『そろそろ配信開始しますよ? たぶん全世界の人間が先輩に注目してますから、気合入れていくんですよ?』


「ちょ、ちょっと待って……なんかお腹の調子が。……やっぱり配信するのやめない?」


『はぁ……先輩ってすぐに調子に乗るし、やたらイキるわりには肝心なところでヘタレますよね……』


 や、やかましいわ。俺は繊細な心の持ち主なんだよ。


『星六ダンジョンを攻略したら、この世界になにが起こるかわからないんですから、人々には事の顛末を見届ける権利があるはずです。いい加減覚悟決めてくださいよ』


 くそぉ……やるしかねぇか。


 次元収納ポーチから魔法のランプを取り出して手乗り妖精を召喚すると、彼女にカメラを持ってもらって俺はポーズを取る。


 ミケノンは「時が来るまで吾輩は姿をくらますにゃ~」と言って、"四次元ペットハウス"の中に戻っていった。


 ……よし、いくぞ!


「いいぞ、開始してくれ」


『3、2、1……配信開始!』


 十七夜月のカウントダウンが終わると、ついに全世界に向けて動画の生配信が始まる。



「わーっはっはっは! 人間どもよ、待たせたな! 我こそは最強無敵の美少女! 三千世界を駆け巡り、数多の星を股にかける吸血鬼の第四真祖――"吸血姫ナユタ"である!」





◇◆◇◆◇◆◇





《ヒヒャヒャヒャァーーッ! 小娘! ワシの餌になるがいいわァーーーー!》


 全長5メートルはあろうかという、銀色の毛を全身に生やした巨大な猿が、鋭い牙を剥き出しにしながら、俺に向かって飛び掛かってくる。


 そのスピードは、目にも留まらぬと表現するに相応しいほどのもので、体格からは想像もつかないほどの俊敏さに加えて、アクロバティックな動きまでしてくるため、並の人間では目で追うことすら困難だろう。


《シャァァーーッ!》


 巨大な拳を振り下ろしてきた猿に対し、俺は上空に飛んでそれを回避する。


 猿の拳が叩きつけられたダンジョンの地面は、まるで隕石が落下したかのように大きく陥没し、周囲に瓦礫を撒き散らした。


 空中で体勢を整えた俺に、休む間もなく瓦礫を投擲してくる猿。俺はそれを魔力を纏った拳や蹴りで弾き飛ばしながら地面に着地するが、猿は大きく息を吸うと、口からミサイルのような光弾を吐き出してきた。



:うおおおぉーー! やばすぎだろこいつwww

:化け物過ぎて笑えない

:最初のミノタウロスですらやばかったのに、どんどんインフレしてってるな

:てか、この化け物相手にまだ余裕がありそうなナユタちゃん最強すぎw

:完全に動きについていってるよな

:最初は死んじゃいそうで不安だったけど、今はどうやって倒すかが気になってる自分がいるわw

:同時接続数500万人超えてんじゃん、もうこれ伝説だろ

:お、ついにナユたそが武器をもったぞ!

:どっから出したその剣w



 ミノタウロスから数えて九体目のボス、銀猿。


 さすがに徒手空拳だときつくなってきたので、"草薙の剣"を召喚して装備すると、迫りくる光弾を剣で斬り伏せながら、一気に間合いを詰めていく。


 俺の繰り出した横薙ぎの一撃を、銀猿は後ろに飛び退いて避ける。だが――


「――"火炎斬り"!」


《ギァァァァーーーーッ!?》



:ちょ、剣の先端から炎が噴き出したんですけどw

:なにあの剣、かっこよすぎだろ

:ナユたそのかわいさには叶わんけどな

:それにしてもいちいち動きがエッチすぎるんだよなぁ……

:おい、ナユタ様を邪な目で見るのは我々血袋同盟が許さんぞ!

:面白過ぎてトイレ行く暇がないんやが

:うおっ! 首を刎ね飛ばしたぞ!

:すげー、ナユタちゃんまだ一撃も喰らってなくない?

:これはマジでクリアしてしまうのでは



 虚を突かれて火だるまになり、怯んだ銀猿の首を斬り飛ばすと、俺は額から吹き出る汗を拭いながらカメラに向かってVサインを向けた。


 ……よし! これで九体目のボス撃破だ!


 だんだん敵の強さも上がってきているが、まだ余力は十分残っている。ミケノンも"四次元ペットハウス"でくつろいで観戦してるし、奥の手を含めていくつか隠し球も用意してある。このままの勢いでサクッとクリアしてやんよ。


『ひぇぇ~……。視聴者が多すぎてサーバーがパンクしそうですよ。あ~、私も攻略組のほうがよかったかもです……』


 インカムから聞こえてくる十七夜月の悲鳴を聞き流しながら、俺はダンジョンのさらに奥に向かって歩みを進めた。

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