第142話「秘策」

「まずは"癒しの杖"だろ。それに"大聖女の錫杖"も必須で――」


「ちょっと待ってください先輩! なにやってるんですか!?」


 自宅のリビングにて、"草薙の剣"に二つの杖を吸収させようとしていた俺だったが、突然十七夜月に手を掴まれて中断させられた。


 ……え、なに? 今すごくいいところなんだけど。


「なんだよ、なんか文句あるのかよ」


「ありますよ! なんで伝説の剣に真っ先に回復系の能力を付与しようとしてるんですか! 武器っていうのはそうじゃないでしょう?」


「いや、言いたいことはわかるけどさ。回復能力あったらめちゃくちゃ便利じゃん」


 まあ、カッコいい伝説の剣を杖のように自分や味方に振るって、回復能力で癒すってのは、絵面的にはちょっとアレだけどさ。便利なのだからしょうがない。


 一度試しに他の杖を吸収させてみたところ、杖の弱点である回数制限が無くなることが確認できたのだ。魔力さえあればいくらでも回復魔法を連発できるなら、付与しない手はないだろう。


「でもそれじゃあ、せっかくの剣なのに杖みたいになっちゃうじゃないですか」


「確かになぁ……。次は火炎の杖も吸収させたいと思っていたところだし……」


 実際火炎の杖を吸収させると、剣は炎を纏うようになったりしてカッコいいし実用性も増すんだけどなぁ。正直言うと氷結の杖や雷光の杖など、魔法の杖は全部吸収させたいくらいなのだ。


 しかしそれでは完全に魔法の杖剣になってしまうので、十七夜月の言いたいこともわかる。


 う~む、八個も特殊能力を付与できる、と最初は喜悦していたものだが、色々考えだすと八個しか付与できないのか、と少し物足りなさも感じてしまう。


 だが、限られた能力をどう配分するかが、使い手のセンスの見せ所でもある。こういうのを考えるのも、カスタマイズ系の武器の醍醐味なのだ。


 結局"癒しの杖"と"大聖女の錫杖"を宝珠に吸収させてしまった俺を見て、十七夜月は呆れたように溜め息を吐いた。


 ……別にいいだろうが。いつでも着脱して元の杖に戻せる仕様なんだから。


「それより先輩、出雲の星五ダンジョンをクリアしてしまった影響で、遂に総理大臣も先輩へ接触を図ろうとしてるみたいですよ」


「……まあ、出雲ダンジョンは政府直轄の管理局が管理してたわけだから、上から誰が攻略したんだって問い合わせが行くのは当たり前だよな」


 う~ん、なんか面倒くさいことになってきたな。


 というか、こういう事態を回避したくて星五ダンジョンを攻略したのに、結局これかよ。


「おいミケノン! 星五ダンジョンをクリアしたら全て解決、問題ナッシングのはずだろ! どうなってんだよ!」


「ダンジョンにもう一段階上がある可能性も予想はしてたにゃ~。にゃけど、次こそ本当に最後のはずにゃ。それさえクリアしてしまえば今度こそ問題解決、万事オールオッケーの大団円が待ってるはずにゃ」


「本当かぁ~?」


 リビングのソファーで丸まって寝ていたミケノンが、ぴょん、と飛び起きて俺の膝上に乗ってきたので、そのもふもふの身体をわしゃわしゃと撫でくり回す。


 俺が出雲ダンジョンをクリアした直後のことだったそうだ。太平洋にポツンと浮かぶイースター島から、天へと伸びる謎の光の柱が観測されたんだとか。 


 そして光がおさまった後、島民がその場所へ様子を見に行ってみると、なんと巨大なモアイ像のお腹部分に星六ダンジョンへと続く転移陣が浮かび上がっているのが確認されたのだ。


 今や全世界がこの話題で持ちきりになっており、ここをクリアすれば永遠の命を得られるだとか、神のごとく強力な魔法が使えるようになるだとか、はたまたダンジョンの最深部が異世界に繋がっているだとか……ネット上では様々な噂が飛び交っている。


「先輩は既に"星六ダンジョン入場パス"を持っているので、入ろうと思えばいつでも入れますよね?」


「星五ダンジョンは五つしかにゃいから、入場パスも五つ。星六ダンジョンは最大でも五名しか入れないれないはずにゃ。にゃら今のナユタなら攻略できると思うにゃ」


「う~む……」


「それか、おそらく正規のルートと思われる、残りの星五ダンジョンを全て攻略してから挑むかですよね」


 人間五名で攻略できる作りになっているなら、吸血姫の俺であればソロでもクリアできる可能性が高い。


 しかし安全を期すならば、せめてもう一個パスを入手して十七夜月だけでも連れていきたいところだ。


 それに他の星五ダンジョンからも、"草薙の剣"のような伝説級魔導具が手に入る可能性が高いので、それらを入手したらまた戦いが有利になるだろう。


「だけど他の星五ダンジョンは入るのだけでも苦労しそうなんだよなぁ……」


「残りはアメリカ、インド、イギリス、エジプトの四つでしたっけ? それぞれ国が厳重に管理しているらしいですからね」


 ただでさえ日本政府にマークされているというのに、他の国も絡んでくると更に厄介だ。世界中から目をつけられるのは、流石に遠慮したいところである。


「のんびりしていると、イースター島の星六ダンジョンも厳重管理されてしまうかもしれないにゃ~」


 今は出現したばかりなうえに、入れる者が誰もいない (と思われている)ので野ざらし状態だが、いずれそうなってしまうのは想像に難くない。


 ……さて、どうする?


 急がば回れで世界各国の星五ダンジョンを攻略するか、もしくはこのまま星六ダンジョンに直行するか……。


「【直感】ですけど、今の先輩ならソロでも私は行けると思いますよ? ソロといっても、どこぞの忍者のように分身しますからねこの人は」


「え~……でも一人ぼっちはなぁ……」


「ミケノンを連れて行けばいいじゃないですか。動物はアイテム扱いで一緒に入れるんですから」


「……え?」


 俺は思わず目をパチクリさせて、膝の上のミケノンを見下ろす。


 ミケノンはふにゃ~と欠伸をしながら、前足をペロペロ舐めていた。


 ……あれ? そういえばこいつ、出雲ダンジョンでナチュラルに俺を一人で行かせやがったが、入ろうと思えば一緒に入れたじゃねーか。


 ダンジョンの転移陣は、通常人間しか通さない。まあ、俺や天獄のような半分だけ人みたいな特殊な存在も通れるようだが……。


 そして動物は自分一匹では入れないが、人間に抱えられている場合は一緒に入れるのだ。十七夜月の言うように、どうも動物はアイテム扱いらしく、百キロの重量制限を超えない範囲でなら、一緒に転移可能なのである。


 といっても、重量制限により小型の動物しか連れていけないので、ダンジョンの中にわざわざ動物を持ち込むような奇特な人間はまずいないが……。


「ミケノン……お前なぁ」


「気づかなかったナユタが悪いにゃ~。ちなみに一緒に行かにゃくても、吾輩はナユタの使い魔なので、"使い魔召喚"を使えば、距離や空間を超えていつでも呼び出せるにゃよ?」


 ……そうじゃん。てことは、もしかして普通にクリアできちゃう?


 それに星五ダンジョンを見るに、ここから先は純粋に試練としての側面が強そうで、初見殺しのような罠や仕掛けはなさそうに思える。


 "星六ダンジョン入場パス"にも『出入りするために必要』って書いてあったし、星五と同じように無理そうなら外に出られる仕組みがある可能性が高い。


 これは案外、星六ダンジョンに直行しても問題ないかもしれない……が、もう一声というか、なにか決定的な後押しが欲しい感じがある。


「う~ん、ミケノン。なんかこう、俺が絶対にクリアできる、みたいな秘策はないか?」


「あるにゃよ?」


「あるの!?」


 さすがは俺の一番の親友かつ使い魔、頼りになるぜ。


 ミケノンは二本の足ですっくと立ち上がると、前足を器用に使って肉球で俺の肩をペシペシ叩きながら、ドヤ顔でこう言った。



「――ナユタが星六ダンジョンを攻略するところを、全世界に配信するにゃ!」

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