第141話「ヤマタノオロチ」

「それじゃあ私たちは出雲大社の観光でもしてましょうか」


「そうにゃね」


「ちょ、待てよ!」


 そそくさとその場を後にしようとする一人と一匹を、俺は某有名俳優ばりに叫んで止めた。


 ……いや、まあね? 確かにこのダンジョンは一人しか入れないらしいから仕方ないんだけどさ……。


「お前ら、俺の心配とかそういうのはないわけ……?」


「だって、一人しか入れないなら、むしろ先輩なら楽勝じゃないですか」


「……え? なんで?」


「星一は10人、星二は20人、そして星四は40人入れるにゃ。一人しか入れない、それは逆に言えば一人の人間が攻略できる難易度ということにゃ。つまり、吸血姫のナユタなら余裕で攻略できるってことにゃ!」


「いや……そうかもしれないけど、万が一ってこともあるじゃん?」


「そうなったらちゃんと復活するまで待っててあげますよ」


「吸血鬼の真祖は不死身だからにゃ~……。あ、でもあまり変な死に方すると復活まで時間がかかるかもしれにゃいから、死ぬなら死に方には気を付けるにゃよ?」


「…………」


 不老不死になんてならないほうがよかったかもしれない。なんか全然心配してくれなくなっちゃったよこの子たち……。


 まあ、たぶん俺が勝つという確信めいたものがあっての発言なんだろうけど。やっぱりこうね? もっと優しくしてくれると嬉しいというか。


《頑張るにゃよ~》


《頑張ってくださいね~》


 しかしいつの間にか二人の姿は消えており、頭の中に【念話】でそんなエールが聞こえてくる。


 ……ええい、仕方ない! ならさっさとボスを討伐して俺も観光に混ざるぞ!


 俺は大岩に浮かんでいる転移陣にそっと触れると、意を決してダンジョンの中へと入っていった。







 転移した先は、だだっ広い円形の空間だった。


 辺りを見回してみるが、出入口みたいなものは一切見当たらない。壁には等間隔で松明が並んでおり、部屋全体をぼんやりと照らしている。天井は非常に高く、見上げていると首が痛くなるほどだ。


 部屋の中央には赤いじゅうたんが敷いてあり、その真ん中に台座のようなものが設置してあった。そして、その台座の上には、なにやら怪しい光を放つ水晶のようなものが乗っかっている。


 俺はゆっくりと台座に近づいていくと、その水晶をまじまじと観察した。



《よく来たな、小さき者よ》



 突然誰もいない部屋の中に、重々しい男性の声が響き渡る。たぶんあの水晶から聞こえてきてるんだろう。


《この水晶に触りし者に、我は試練を与える。試練を受けぬというのであれば、即刻ここから立ち去るがよい》


 声がそう告げると同時に、部屋の隅に帰還の転移陣が出現する。


 ……へぇ~、けっこうお優しい仕様になってるのね。まあ、でも当然帰るという選択肢はないので、俺は水晶へと手を伸ばした。


《ほう……。我の試練を受けるというのか。よかろう……ならば汝の力、見せてみよ!》


 すると突然、水晶が激しく光り始める。


 その光は俺の視界を覆いつくすほど強くなり、やがてその光がおさまると、俺の目の前には――八つの首を持つ巨大な大蛇が顕現していた。


「あのさぁ……。なにが一人の人間が攻略できる難易度だよ。どう考えても普通の人間には無理だろ……」


 心の中でミケノンと十七夜月に文句を垂れながら、俺は八つ首の大蛇を見据える。


 ……いわゆるヤマタノオロチってやつか?


 試練に挑戦する人間によってボスが違うのか、はたまた星四ダンジョンで魔導具を集めまくったら、普通の人間でもこいつを倒せる可能性があるのか……。ま、どっちにしろ俺がやることは変わらないんだけど。


《行くぞ! 小さき者よ!》


 八つの首が咆哮を上げ、一斉に襲い掛かってくる。


 一番右側の首が吐き出した炎を横っ飛びに回避しながら、俺はポーチから"魔獣の斧"を取りだして、それをトマホークのように思いっきり投擲した。


 大斧は激しく回転しながらオロチの首の一つを斬り落とし、さらに勢いそのままに奥の壁に突き刺さる。


「よしよし、この調子で全部の首を斬り落してやるぜ!」


 壁に突き刺さった斧を回収しようと走り出すと、他の首が氷のブレスや毒霧、さらには風の刃や雷の球などを口から吐き出してくる。どうやら八つの首はそれぞれ別の属性を持っているようだ。


 だが、魔力も使えるようになった今の俺にとってはそこまで脅威ではない。


 魔力を纏った拳や足に【幻想を掴む者】の効果を乗せて、殴り、蹴り飛ばしてブレスを弾く。毒霧は【完全状態異常耐性】により全く効かないので、そのまま突っ込んで斧を回収する。


 さ、このまま残りの首を――


「……て、うおぃ!!」


 "魔獣の斧"を持って振り向くと、切り落としたはずの一番右の首が復活しており、俺に嚙みつこうと大口をあけて迫ってきていた。


 慌てて【蝙蝠の羽】を広げて上空に避難すると、残りの首が一斉に属性ブレスを吐き出してくる。


「ぎゃあぁぁぁーーーーッ!」


 七属性のブレスをその身に受け、俺は悲鳴を上げながら跡形もなく消滅していった。


《……むっ! 手ごたえが……》


「そいつは俺の分身じゃぁーーーいッ!」


 瓦礫の影に身を隠していた俺は、上空から落ちてくる斧を空中でキャッチすると、そのままオロチの首に叩きつけてやった。今度は二つの首がまとめて宙を舞う。


 毒霧に突っ込んで、オロチが俺の姿を見失っている間に、【ブルートゲンガー】で分身を一体作成しておいたのだ。


 ちなみにあれから訓練して、血で服も再現できるようになったぞ。防御力は皆無で、着心地なんかも全く考えていない張りぼてではあるけどな。裸が隠せりゃそれで十分だろ。


「このまま畳みかける!」


 そっちが八つも首があるなら、こっちだって八つに分身してやるぜ!


 ポーチから輸血パックと悪魔殺しの短剣を取り出すと、短剣で手首を切りつけて血を流す。分身を作りながら【ブラッドスティール】を使い、なくなった分の血をパックから補充する。


 この動作を繰り返すことで、ナユタ戦隊を作り出すことができるのだ!


「「「「行くぜ、ヘビ野郎!」」」」


 分身それぞれに魔導具を持たせ、オート操作でオロチに突貫させ、再生の邪魔をさせる。


 そして本体の俺は、動物系に特効のある"魔獣の斧"を振り回しながらオロチの首を一つずつ確実に刈り取っていった。



《み、見事なり……。汝こそ最後の試練に挑むに相応しき者だ……》



 やがて、最後の首を斬り落としたところで、オロチはそう告げると光の粒子となって消滅した。


 ふぅ……。かつての俺なら苦戦したかもしれないが、十七夜月やミケノンの予想通り、吸血姫となった今の俺であればさほど苦労する相手でもなかったな。


 星五ダンジョンのボスも、黄金竜に比べるとやや見劣りするということか。


 しかしオロチのやつ、最後に気になることを言っていたな。最後の試練に挑むに相応しき者……か。もしかしてまだ先があるって意味か?


 まあいいや、とりあえずドロップアイテムを回収しよう。星五ダンジョンのボスを倒したんだし、期待してもいいよね?


 辺りを見渡すと、いつの間にか部屋の中央の台座に、美しく、そして神聖な雰囲気を放つ剣が突き刺さっている。その隣には小さなカードキーのようなものもあった。


 お、おおお……。今まで見た魔導具の中で、一番神々しくてカッコいい武器だぞ……。


 俺はわくわくしながらその剣を引き抜くと、早速アイテム鑑定機にかけてみた。




【名称】:草薙の剣


【詳細】:凄まじい切れ味と耐久性を誇る伝説の剣。鍔の部分にある宝珠に特殊な力を秘めた武器を吸収させることによって、最大八つの特殊能力を付与することができる。付与した特殊能力はいつでも着脱可能なので、自分好みの武器にカスタマイズできる。また、この剣は壊れても魔力を注げば何度でも再生する。剣が認めた者にしか扱うことができず、使い手が呼べばどれだけ距離が離れていても手元に戻る。




「う、うおぉぉぉぉぉッ! これだよこれぇ! 俺はこういう武器がほしかったんだよ!」


 これ神話級の伝説の剣だろ! いや、説明文に伝説の剣って書いてあるからもう伝説そのものなんだろうけどさぁ! いや~……これはテンション上がるわ~。


 ブン、ブンッ、と二度三度剣を素振りし、俺はドヤ顔でポーズを決める。


 まったく……伝説の武器はやはり主を選ぶということだろうか。持つべき者の手に渡って、剣の喜びが伝わってくるようだぜ。ふっ……。


「おっといけない。もう一つのほうも鑑定しておかないとな」


 小さなカードキーのようなものを手に取ると、そちらも鑑定機にかける。




【名称】:星六ダンジョン入場パス


【詳細】:世界でたった一つしかない星六ダンジョンに出入りするために必要な入場パス。他人には譲渡不可で、これを持つ者しか星六ダンジョンへは入れない。このダンジョンをクリアしたとき、なにが起こるのかは誰にもわからない。




 ……やっぱりまだ先があんのか。

 

 でも今は、星五ダンジョンをクリアして、"草薙の剣"を手に入れた喜びを噛みしめよう。


「さあ、ダンジョンから出たら観光の続きだ!」


 俺はポーチの中にカードキーを突っ込むと、きらきらとした光に包まれ始めたダンジョンの中で、"草薙の剣"を天高く突き上げるのだった。

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