第140話「いざ、星五ダンジョンへ」

《凍り付くがよいわ! すうぅぅ――はぁぁぁ……!》


 ――ヒュオォォ……

 

 辺り一面が雪に覆われた白銀世界のダンジョンの最深部。その中央で、雪女のような出で立ちの美女が、冷気を孕んだ吐息を吐き出した。


 パキパキと音を立てながら、空気中の水分が凝固し、凍てつく氷の礫となって俺たちに襲い掛かる。


「吾輩に任せるにゃー!」


 十七夜月の肩に乗り、"魔女の帽子"と"火炎の杖"を装備したミケノンが、火球を連発して氷の礫を撃ち落としていく。


 こいつの魔法の杖を操る技術は、うちのパーティで一番高い。


 氷の礫を蒸発させるだけでなく、火球はそのまま辺りを飛び交って俺たちの身体を温めるとともに、雪女への攻撃にもなっていた。


《くっ、小賢しい……!》


 今度はなにか大技を出そうとしているのだろうか。雪女が両手を前に突き出すと、そこに冷気の渦が収束していく。


 が、その技が放たれる前に、雪女の足元に十七夜月の影が伸び、その足を刈り取る。バランスを崩した雪女は、そのまま前のめりに倒れ込み、その顔面を地面に強打した。


「先輩! 今ですよ!」


「おう、任せろ!」


 雪原を駆けながらポーチから"妖精潰し"を取り出して、倒れ伏す雪女の顔面に振りかぶる。


《や、やめっ――》


「オラァァ!」


《ぎゃああ゛あ゛あ゛ぁぁーーーーッ!!》


 ぐしゃりと嫌な音を立てて、妖精潰しが雪女の顔面にめり込む。


 二度三度ビクンビクンと跳ねた雪女は、やがて全身を白い雪へと変えて、地面に溶けるように消えていった。


 ふ~、終わった終わった。しかしパーティを組むとこんなにも戦いやすくなるんだなぁ。星四ダンジョンだってのに、めちゃくちゃ余裕でクリアできたぞ。


「にゃ、にゃにゃ!?」


「どうしたんだよミケノン?」


 雪女が消えた場所に残されていた、二つの腕輪と手袋のような形の魔導具を拾ったミケノンが、金色の右目を光らせながらわなわなと肩を震わせている。


 ミケノンは右が金色で左が青のオッドアイなのだが、俺と使い魔契約を結んだことによって、なんと金色のほうの目に【鑑定眼】という特殊能力が宿ったのである。


 ……まったく、十七夜月といいミケノンといい、俺が欲しい能力を持っていってくれやがるなぁ……。


「これは"マジックハンド"というアイテムにゃ! まさに吾輩が欲しかったアイテムにゃ!」


 興奮した様子で、ミケノンは手袋のような魔導具を俺に見せつけながら、その能力詳細を教えてくれた。




【名称】:マジックハンド


【詳細】:二つの腕輪を両腕に嵌めることによって、二つの手を空中に浮遊させて自由自在に操ることができる。手の筋力は普通の成人女性ほどで、射程距離は2メートル。より複雑な動作を行うほど、高い集中力を要する。腕輪は装着者の腕にフィットする形状に変形するため、手の動きを制限することがない。




 ほほう、こりゃ便利な魔導具だな!


 ミケノンは猫にしては器用だが、肉球では細かい作業はしづらいと常々ぼやいていた。これは彼にとってはまさに喉から手が出るほど欲しかったアイテムだろう。


「ナユタ! 吾輩が使ってもいいかにゃ!?」


「いいと思いますよ、ねえ先輩?」


「ああ、ミケノンが使えばいいさ」


「にゃー! やったのにゃーー!」


 早速マジックハンドの腕輪を両手に嵌めたミケノンは、二つの手を空中に浮かべてグーパーしたり、手の平を俺の顔にペチペチと当ててきたりと嬉しそうにはしゃいでいる。


 俺と十七夜月はそんなミケノンをもふもふと撫でながら、ダンジョンが消えるのをのんびりと待つのだった。







「ずるるるうぅ~~~……。カァーーーッ! うめぇーーー!」


「ちょっと先輩……。汁、飛び跳ねてますよ。もっと上品に食べれないんですか?」


「でも気持ちはわかるにゃ~。これは我を忘れる味にゃ。ズルルルル~~~ッ」


 出雲大社へ向かう途中にあった星四ダンジョンを攻略し、パーティの連携を深めた俺たちは、地元の食事処にて出雲のソウルフード"出雲そば"を堪能していた。


 出雲そばは、日本三大そばの一つに数えられる島根県の郷土料理であり、その起源は古く江戸時代にまでさかのぼる。


 松本藩の城主だった松平直政が、徳川家光から出雲への国替えを命じられた際、松本からそば職人を同行させたことが出雲そばの起源とされていて……とまあ、こんなウンチクはどうでもいい。とにかく美味いそばだってことだ。


 十七夜月は俺に注意しながらも出雲そばの虜になったようで、ズルルルルッと豪快にそばを啜っている。


 ミケノンも先程手に入れた"マジックハンド"を使い、器用にそばを箸で掴んで食べていた。


 というかミケノンのやつ……猫の癖に最近は俺たちと一緒に人間の食事を摂っているが、大丈夫なんだろうか。まあ今は猫でも完全に化け猫みたいなもんだし、問題無いのかもしれないが……。


 ちなみに俺たちはオープンテラスの隅っこに陣取っており、店員さんも猫のミケノンの同席を許可してくれていた。


 さっきから観光客と思われる人たちが通り過ぎる度に、そばを器用に食べる三毛猫に驚きの目を向けている。おっと、スマホでの撮影は禁止だぞ。


 スマホを向けた観光客に向かって、サングラスで顔を隠した俺がバッテンのポーズをしてみせると、彼らは渋々ながら撮影を諦めて再び歩き去って行った。


「ふぅ~、美味しかったですね」


「ああ、また来たいもんだな。さ、そろそろ出雲大社に向かおうぜ。もう許可は下りたんだろう?」


「ええ、先程お父さんから連絡があって、現地に地元の管理局員が待機しているそうなので、その方に入口まで案内してもらうようにとのことです」


 テーブル席から立ち上がって会計を済ませると、俺たちは出雲大社へ続く道へと歩き出した。




「へ~、初めて来ましたが、めちゃくちゃ大きいですね。さすがは伊勢神宮と並ぶ日本二大大社です」


「うにゃ~。吾輩も初めて見るにゃが……なんだか神聖な雰囲気がして尻尾の毛が逆立ってしまうにゃあ……」


「こらこら、俺たちは観光に来たわけじゃないんだぞ。今から星五ダンジョンに挑むんだ、もっと気を張っていこうな」


 たくさんの観光客に混じって出雲大社の参道を進むと、やがて巨大なしめ縄をかけられた社が見えてくる。


 その前に巫女服に身を包んだ20代半ばくらいの女性が立っており、俺たちの姿を目に留めると、にっこりと微笑んで頭を下げた。どうやら彼女が現地の管理局員のようだ。


「ナユタさまに、雛姫さまですね。局長からお話は伺っております。私は出雲大社の巫女兼、ダンジョン管理局員の"鈴蘭すずらん"と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って丁寧に自己紹介をした鈴蘭さんは、顔を上げると俺たちを早速ダンジョンの入り口まで案内してくれた。


 星五ダンジョンの転移陣は、少し奥まった場所にポツンとある巨大な岩に刻まれていた。周りには大量の監視カメラ、そして厳重な柵やバリケードなどが何重にも張り巡らされており、いくつもの鍵で施錠されていて、関係者以外は誰も中に入れないようになっている。

 

 鈴蘭さんは一つ一つ鍵を丁寧に外して俺たちを柵の中に入れてくれると、最後に岩の前にあった赤外線センサーのようなものを解除して、俺たちに向き直った。


「それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ。……出雲ダンジョンの星は最難関の五つ。どうぞ油断なきよう」


「お、おう……」


 どきどきと脈打つ心臓を押さえながら、八つの首がある蛇のようなモンスターと五つの星が描かれた転移陣に触れようと手を伸ばす。


 ……今の俺は吸血姫だ。それに心強い仲間もいる。星五ダンジョンなんて全然怖くないぜ!


「ちょっと待つにゃナユタ!」


 と、俺が転移陣に触れる直前、ミケノンが俺の肩を前脚でポンと叩いた。


 振り返ると、そこには金色の右目を輝かせたミケノンが、なにか言いにくそうな表情を浮かべて佇んでいる。


「吾輩の【鑑定眼】によると……このダンジョンは一人しか入れないにゃ~……」


「……」


 え~、マジかよ……。結局、俺一人でやらなきゃいけないのかよ……。

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