第139話「そうだ、出雲へ行こう」

「星五ダンジョンを攻略する?」


「そうにゃ、吾輩がシャークダンジョンで言ったことを覚えているかにゃ?」


「……えっと、ダンジョンは試練だってやつ? クリアした者にはなにかがもたらされるって」


「その通りにゃ。ダンジョンさえクリアしてしまえば、誰かに狙われるとか国がどうとか、そんな次元の心配をする必要はなくなると、吾輩はそう踏んでいるのにゃ」


 封印の首輪が外れ高度な知能を取り戻したミケノンに、早速提案とやらを聞いてみた結果、彼が口にしたのは"ダンジョン攻略"という意外すぎる言葉だった。


 もう無理して高難易度ダンジョンには潜る必要はないかな……なんて考えていた俺としては、寝耳に水である。


「確かに星五ダンジョンをクリアすれば、もっと凄い力やアイテムが手に入ってもおかしくないですよね? 前にも言いましたが、出雲大社のダンジョンなら管理局にお願いすれば入れるかもしれませんし、試してみるのもいいと思いますよ」


 十七夜月もミケノンの案に乗っかるように、ウンウンと頷く。


「いや……でも星五ダンジョンって未だ誰もクリアした人がいないどころか、中の構造すら把握できてないんだろ? ちょっと怖いんだけど……」


「「…………」」


 俺が弱気な態度を見せると、一人と一匹はジトっと呆れるような視線を送ってきた。


 ……え? な、なんで? ちょっと前まではお前らも「そうですね」とか「もっと慎重に行くべきにゃ~」とか言ってたじゃん……。


 だって星五ダンジョンだよ? 最難関ダンジョンだよ? 俺、そんな目で見られるようなおかしいこと言ってる?


「天獄みたいな怪物を倒しておいてなに言ってるんですかこの人は」


「ナユタは【不老不死】にゃよ? ビビる必要がないにゃ。まず死ぬことがありえないのにゃから」


「星四のボスと比較して、あの黄金竜とか絶対星五のボスより強いでしょ。怖気づく要素がどこにありますか?」


「ダンジョンは普通の人間に攻略できる作りににゃってるはずにゃ。雛姫に詳しい話を聞いたけど、竜人や黄金竜を倒せる人間がいると思うかにゃ? 今のナユタにクリアできなかったら、星五ダンジョンをクリアできる人間なんてこの世にいないはずにゃ」


「……はい、おっしゃる通りです。申し訳ございません」


 そこまでボロクソに言わなくてもよくない? お前ら俺の眷属に使い魔のはずだよね? 俺泣いちゃうよ?


 ……だがまあ、確かにこいつらの言うように、俺はもう吸血鬼の真祖たる吸血姫だった。


 【不老不死】で死ぬこともないし、しかも今は十七夜月という眷属にミケノンという使い魔もいる。普通の人間が攻略できる作りになっているダンジョンに、ビビる必要なんてどこにもない。


「よし、それでは思い立ったが吉日です。早速出雲へ出発しましょう!」


「レッツゴーだにゃ~!」


「ちょ、ちょっと待った!」


「なんですか?」


「どうしたんだにゃ?」


 椅子から立ち上がり、出雲行きを強行しようとする二人を呼び止めると、彼らはキョトンとした表情で振り返った。


 ……え? なにこの空気? 俺がおかしいの? いやいや……今度は絶対俺のほうが正しいよね? 普通止めるだろ。だって……。


「まずミケノン、お前は俺の使い魔であると同時に、撫子さんのペットでもあるよな? 彼女に許可を取らず、勝手に出雲に行ったらダメだろ」


 ただでさえお前はうちに入り浸っているんだからさぁ。


 昨日も「漫画の続きが気になるから泊っていくにゃ~」とか言い出して、結局うちで一夜を明かしやがったし。そのうえ出雲なんかに遠出させたら、撫子さんが寂しがるじゃないか。


「問題ないにゃー。使い魔にはホームを設定できる能力があって、いつでもそこに帰ることができるにゃ。さっき園部家を吾輩のホームに設定したから、いつでも自由に帰宅可能だにゃ」


「そ、そんな便利な能力があるのか」


「他にもナユタの【ブルートゲンガー】と似た、【猫分身】も使えるにゃ。これを一体ホームに待機させておけば、撫子も安心するはずにゃ」


 よく見るとミケノンのお尻の尻尾が、いつの間にか二本に増えていた。


 彼がそれをフリフリと振って見せると、片方の尻尾がぷちんと千切れて、その千切れた部分がミケノンそっくりに変身する。そして分身はとてとてと玄関の方へ歩いて行った。おそらく園部家へ帰らせたのだろう。


 ……え~、もうこいつ完全に化け猫じゃん。


「な、なるほど。ミケノンが出雲に行っても問題ないことはわかった。だが、十七夜月! お前は駄目だろ!」


「どうしてですか?」


「今は早朝だろ! お前はこれから仕事があるだろ仕事が!」


「仕事ならもう辞めましたけど?」


「……」


 ……え~、こいつキャリア警察官じゃなかったの? 苦労して国家試験に受かったはずなのに、一体なにしてんだよ……。


 俺が唖然としていると、彼女はさも当然のように話を続ける。


「私は吸血鬼になったんですから、いつまでも普通の仕事なんてしてられませんよ。まあ、見た目は殆ど変わってないですし、吸血鬼の弱点や衝動もないので別にバレはしませんけど。星一ダンジョンに潜るだけでも大金稼げるのに、わざわざ仕事なんてやってられないですよ」


「そ、そんな身も蓋もない……」


 いや……でも確かに吸血貴族の十七夜月であれば、星一や星二なんて目を瞑っていても攻略できるだろう。


 そして手に入れた魔導具を売れば公務員の年収なんて軽く超える金をあっさり手に入れることができるし、趣味の時間だってたっぷり確保できる……。そう考えると、当然の選択ともいえるかもしれない。


「ふっ……つまりは無職というわけか。俺に散々無職の悲惨さを訴えてたくせに、いいご身分じゃないか。やーい、無職無職ぅ~」


 ふふん、と鼻を鳴らして【仁王立ち】しながら煽ってみる。


 ……しかし、俺の煽りに十七夜月は動じないどころか、逆に余裕の笑みで言い返してきた。


「ダンジョン管理局の委託社員として雇ってもらえるよう、お父さんにお願いしてありますので、無職ってわけじゃないですよ? というか普通仕事を辞めるときは、これからのプランをある程度固めてから辞めますよね?」


「……」


「なにも考えずに勢い任せに仕事辞めちゃうような人って、アホみたいなバイトしてゾンビになったり、ホームレスになって橋の下暮らしする羽目になったりしそうですからね」


 う、うっさいわ!


 最終的にはさいかわの吸血姫に至れたんだから別にいいだろ! むしろ、橋の下での過酷な生活が俺をここまで成長させたといっても過言じゃないんだぞ!


 ……ん? それにしてもダンジョン管理局の委託社員?


「待った! もしかして親父さんに吸血鬼になったこと言っちゃったの!?」


 ぶるりと体を震わせ、俺は恐る恐る尋ねた。


 もしそうだとしたら、俺、十七夜月を溺愛しているあの親父さんに殺されかねないんだけど!?


「安心してください。進化した先輩に特殊な力をもらったと、上手く誤魔化して説明しています。……まあ、10年くらい経ったらいつかはバレるでしょうから、タイミングを見計らって、そのうちちゃんと話すつもりですよ」


 吸血鬼は年を取らないからなぁ……。30半ばを過ぎても20代前半の見た目のままだと、さすがに怪しまれるだろう。


 ……でも今は、そんな未来のことを考えるのはよそう。


「そんなわけで、私は自由な時間を手に入れたのです。さあ、行きますよ!」


「出発するにゃー!」


「はあ、わかったよ。それじゃあ観光がてら……いっちょ出雲へ行ってみますか!」


 こうして俺は一人と一匹の提案に乗り、出雲行きを決断するのであった。

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