第138話「使い魔」

《こちらの映像をご覧ください! 代々木公園に突如現れたドラゴンを、美しい少女が討伐する一部始終です!》


 テレビから流れる映像と音声を聞き流しながら、俺は朝食のトーストを齧る。朝っぱらから、またこのニュースか……とウンザリしながら。


 ここ数日はどの局でも、この話題で持ち切りだ。


 飛行中のヘリから撮影された映像なので、少しブレているし俺の顔もそれほど鮮明には映っていないが、髪や体型が特徴的なので、街を歩けばすぐに俺がその少女だとバレてしまうだろう。


 ネット上でも『あの美少女は誰だ!?』と、様々な議論がなされているらしい。


 血袋同盟では吸血姫ナユタ様がリアルに顕現なされたとお祭り騒ぎになっており、おかげでVtuberの活動は一時休止中である。


 しかし、それが中の人イコール俺なのではという疑惑に拍車をかけてしまったようで、なにもしていないのにチャンネル登録者数は爆増中だ。


 SNSでは、"小紫食堂"で俺に似た美少女を見たとか、後ろ姿やシルエットが元"アストラるキューブ"のナユタに似ているという鋭い指摘をする奴もいて、その度にヒヤヒヤさせられる。


 なので最近は帽子にマスク、それに【奇跡のメイク術】を使った変装をして外出しなければならなくなった。


 ……まったく、ハリウッドスターにでもなった気分だぜ。


《一体この少女は何者なのでしょうか!? そしてドラゴンは何故代々木公園に現れたのでしょうか!? ダンジョン関連の事件が頻発する昨今、政府はもっと情報を開示するべきです!》


《でもこの映像、ドラゴンと少女が消えたりまた現れたりしてますよね? 一部ではAIによるフェイク映像説も出てますが……》


《しかし代々木公園には実際に被害が出たと報告が入っていますよ?》


《う~ん、それは確かみたいですが、映像のような巨大なドラゴンが暴れたにしては被害が小くないですか? 民間人も誰一人怪我をしなかったのでしょう?》


《ですが実際に現場でドラゴンを見た人たちもいるんですよ! フェイク映像のはずがないでしょう!》


《そうは言いますが、ドラゴンの巨大な死体もいつの間にかなくなっていたわけでしょう? フェイク映像じゃなければこれはどういう理屈ですか?》


《それはわかりませんが……。ドラゴンの代わりに竜人間のような謎の生物の死体を見たという情報も入っていますし、フェイクではなく、実際になにかとんでもないことが起こったのは間違いないですよ》


 テレビの中ではコメンテーターたちが、ああでもないこうでもないと熱く議論を交わしている。


 そしてひとしきりドラゴン騒動について語り合うと、やがて彼らの話題は天獄会の瓦解へと移っていった。


「本部に大規模な捜査が入るみたいですよ。お父さんも、三四半世紀続いた天獄会もこれで終わりだろうって言ってました」


「栄枯盛衰ってやつだな。政界にも大きな影響があった天獄将徳や大幹部が揃っていなくなったわけだし、今まで我慢していた警察も遂に動き出したって感じか」


 テーブルの対面に座った十七夜月が、コーヒーを手渡してきたので、俺はそれにミルクをたっぷり入れて一口飲む。


「……リザードマンと化した黒服たちの亡骸は、さすがに目撃されちまったみたいだな」


「あの後お父さんに連絡したら、管理局の人たちが大慌てで隠蔽工作をしてくれたみたいなんですけどね。リザードマンは数が多すぎて、人目につく前に全部は回収できなかったみたいです」


「スマホで動画を撮ってた人もいたし、完璧に隠蔽は無理だろうなぁ。でも、俺たちだけじゃもっと大騒ぎになってただろうし、そこは管理局に感謝だな」


「そうですねー。欲をいえばもっと前に助けにきて欲しかったですけど、そこは状況的に難しかったので仕方ないです」


「天獄の死体も管理局に引き取ってもらったんだっけ?」


「ええ、首と胴を完全に切り離された状態でも、まだ心臓が僅かに動いてましたからね。局員たちが数日かけて完全に消滅させたそうです。まったく……とんでもない化け物ですよ」


「うぇ~、恐ろしい話だな……。首だけでまだ生きてるってどんな生物だよ、ヤバすぎだろ……」


「……」


 両手で肩を抱きながらブルリと震える俺に対し、十七夜月は冷ややかな目線を向ける。


 そんな彼女の視線に気づかない振りをして、俺は甘ったるいコーヒーをグイッと飲み干した。



 ――俺たちと天獄会との死闘から一週間が経った。



 いつの間にか天獄の死体が消えていた後、俺よりも魔力感知が得意な十七夜月が慌てて奴の追跡を行った。


 すると、公園から少し歩いた先にある路地裏で、首と胴が完全に切り離された天獄の死体を発見したのだ。


 誰がやったのかは不明だが、十七夜月は犯人らしき人物を見かけたという。彼女が路地裏に入ろうとしたとき、中から出てきた明らかに一般人ではない独特の雰囲気を纏った、黒づくめの若い男と肩がぶつかったそうだ。


「あれはたぶん殺し屋ですね。天獄はあらゆる勢力から恨みを買っていましたから」


「ふ~ん、まあそいつがいなくてもたぶんお前から逃げることはできなかっただろうけどな。……でも、その殺し屋は少し気になるな」


「そうそう。私とぶつかった後、その人……去り際にこんなことを言ってました」


「なんて?」


「『なああんた、どこか修行に最適な秘境の宿は知らないか?』って」


「なんじゃそりゃ?」


「知りませんよ。ただ、私も急いでいたので『秘境の宿なら北海道にある"吸血山荘"とかどうですか?』とだけ返しておきました」


 ほへぇ~、秘境の宿で修行だなんて、殺し屋の考えることはわからんな。


 しかし殺し屋にあの宿の紹介なんかして大丈夫かね?


 ……いや、あそこのオーナーや従業員の婆さんを、殺し屋といえど普通の人間がどうこうできるとは思えないし、別に問題ないか。


「それにしても、これで天獄会に狙われることもなくなったわけですし、ようやく安心して生活できますね」


「……でもなぁ、今度は政府が俺を血眼になって探してるらしいんだよなぁ」


 十七夜月の親父さんから、政府の高官たちが俺の正体を突き止めようと躍起になっているという話を聞いていた。


 なんとか管理局の局長さんが俺にたどり着かないようにと手を尽くしてくれているようだが、それでもここまでネットに情報が出回ってしまえば、もう時間の問題な気がする。


 反社の天獄会と違って強引な手段は取ってこないと思うが……それでも気が滅入るぜ。


「ふ~む、なんとか政府に正体がバレても大丈夫な方法はないものですかねぇ?」


「吸血姫となった今、たとえ関係がこじれて戦いになっても最終的には負けることはないだろうけど、俺は平穏に生きたいんだよなぁ……」


 う~ん、と二人で腕を組ながら頭を捻ってみる。が、これといった妙案は浮かんでこない。


 ……と、そこに、それまでソファーに寝転がりながら、器用に肉球で漫画を読んでいたミケノンが、ポフっとテーブルに飛び乗ってきた。


『話は聞かせてもらったにゃ! 吾輩に名案があるにゃ!』


「なんだよミケノン、名案って」


『それがここまで出かかってるにゃが、なかなか全部出てこないのにゃ……。う~む、困ったにゃ~』


 ミケノンは前足を器用に使って、肉球を額にペシっと押し当てる。


 そしてしばらく悶えた後、にゃんにゃんと鳴いて甘えるようなポーズをしながら、首につけられた首輪を俺に見せつけてきた。


『そうだにゃ。"封印の首輪"を外すにゃ。そうしたら間違いなく、名案が思いつくはずにゃ~』


「……お前なぁ、ダメに決まってるだろ」


 この三毛猫はこんな可愛らしい見た目に反して、天獄会……いや、下手すると日本政府よりもやっかいな存在なのだ。


 首輪を外せば、またロクでもないことをしでかすに決まっている。


「ミケノン、なんて言ってるんですか?」


「それがだなぁ――」


 ミケノンの言葉の分からない十七夜月に、彼の言ったことをかいつまんで説明する。


 すると彼女は、顎に手を当てながら少し考え込んだ後、ポンと手を打った。


「そうだ! ミケノンと【使い魔契約】を結べばいいんじゃないですか? そうしたら"封印の首輪"を外しても先輩はミケノンの行動を制限できますし、安心じゃないですか」


 ……なるほど、その手があったか。


 確かにそれは名案だ。使い魔契約を結べば、ミケノンは高度な頭脳を維持したまま、俺がある程度手綱を握れるようになる。


 こいつは敵にすればめちゃくちゃ厄介だが、味方につければこれ以上ないほどに頼もしい存在だしな。


「ミケノン、十七夜月の提案だが、俺の使い魔になるつもりはないか? そうしたら首輪を外してやるよ」


『うにゃ? それって吾輩がナユタの手下になるってことにゃ? それはちょっとにゃ~……。吾輩は自由気ままな猫だにゃ』


「ロクでもないことしでかさない限り、行動や思考の制限はかけないって。それに、俺の使い魔になれば、長い寿命や特別な能力も得られるぞ。それはミケノンにだって悪い話じゃないはずだ」


『んにゃ~、それは確かに魅力的な提案にゃ』


 ペロペロと毛づくろいをしながら逡巡するミケノン。


 しかしすぐに決断したようで、彼はすっくと二本足で立ちあがった。


『……猫の寿命は精々20年、吾輩がいなくなった後のナユタが心配にゃし、しょうがにゃいから使い魔になってやるにゃ』


「よし、決まりだな!」


 俺はミケノンのモフモフした身体を掴むと、そのまま膝の上に乗せた。


 そして彼の肉球と、自分の手のひらを合わせる。


「我が名は吸血姫ナユタ。汝、三毛猫ミケノンよ、我が使い魔となり、我と悠久の刻を歩むことを誓うか?」


『誓うにゃー。我が親友ナユタ、吾輩は汝の使い魔となるにゃー』


 ミケノンがそう宣言した瞬間、俺と彼の間に魔力のパスが構築される。


 どこか温かくも優しいその感覚は、俺たちに確かな絆が生まれたことを教えてくれた。どうやら契約は無事に成功したようだ。


 そして俺がミケノンの首に嵌められた"封印の首輪"に触れると、それはカシャンと音を立てて外れて床に落ちる。


「にゃにゃー! 吾輩、復活にゃーーーー!」


「おー! ミケノンの言葉久々に聞きました」


 俺の膝からジャンプしてテーブルの上に乗ると、喜びの舞を踊るミケノン。そんな彼の肉球にハイタッチする十七夜月。


 ……まったく、騒がしいやつらだぜ。だが、これから長い付き合いになるんだし、お互い対等な関係で仲良くやっていかないとな。


「これでナユタと将棋がほぼ互角という屈辱の日々からおさらばできるにゃー!」


 こいつ……。前言撤回、やはりこの駄猫には首輪を付けておくべきだったかもしれん。


「ミケノンよ、お前に命令を下す。これは最優先命令で、今後如何なる理由があろうともこれを破ることはできない」


「にゃにゃ!?」


「これから先、なにか重大な企みごとをするときは、必ず俺に相談してからでないと行動できない。あとは、まあ……自由気ままに過ごしてヨシッ!」


「にゃ、にゃーー! ナユタがいらん知恵をつけるようになったにゃーーーー!」


 早速なにかおかしなことを企もうとしていたのかもしれない。彼はテーブルの上で頭を抱えてゴロゴロと転げ回っていた。


 ……やれやれ本当に、手のかかる相棒だぜ。

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