第135話「半分ずつ」

 空中でくるりと一回転すると、その勢いのまま二刀流で天獄に斬りかかる。


 しかし……奴を庇うように数体のリザードマンが割り込んできて、その身体を盾代わりにして俺の攻撃を防いでしまった。


《グルアァーーーーッ》


《ギィィィイーーーッ!》


 真っ赤な血しぶきをまき散らしながら、その場に崩れ落ちるリザードマン。俺はそんな彼らの血液を【ブラッドスティール】で吸収し、自身の力へと変える。


 ……もしかしたら、彼らを元に戻す方法もどこかにはあるのかもしれない。だけど、今はそんなことを考えている余裕はない。それに彼らは極道だ。吸血鬼である俺と完全に敵対した時点で、命のやり取りをする覚悟は決めてるはず。


 だから、せめて最後は安らかに逝けるようにと願いを込めて……俺は全力でその剣を振るった。


 次から次へと襲いかかって来るリザードマンの群れを斬り倒していると、背後から天獄が大鎌を振り下ろしてきた。なんとかジャンプして上空に逃れた俺に向かって、赤と青の竜が口を空けてブレスを吐き出す。


「先輩! 【蝙蝠の羽】を広げてください!」


 俺がブレスに飲み込まれそうになった瞬間、十七夜月の声が響いた。


 すぐに彼女の指示に従い【蝙蝠の羽】を広げると、同時に突風が吹き荒れて俺の身体を上空へと押し上げ、なんとかブレスの直撃を回避する。


 ちらりと地上を見下ろすと……そこには"魔女の帽子"を被った十七夜月が立っており、その手には"風切りの杖"が握られていた。どうやら、彼女は俺に向かって風魔法を使ってくれたようだ。


 ……いやはや、それにしてもミケノンといい、十七夜月といいダンジョンの魔導具をよくもああ上手く使いこなせるな。それとも俺が使うの下手すぎるだけか?


 ふわりと羽を広げてゆっくりと地上へと舞い降りる。


 俺は十七夜月のおかげで無傷だったけど、辺りを見回すと公園はブレスの余波で酷い有様になっていた。人々は阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら逃げ惑い、遠くからはパトカーのサイレンが聞こえてくる。


 上空には自衛隊か、もしくは報道関係か、ヘリコプターがこちらに向かって飛んできているのが見えた。


 ……マズいな。当初は一般人に危害を加えないくらいの理性は残っているかと思ったが、今の天獄の様子を見るとどうやらそれも期待できそうにない。


 黒服たちは竜化の影響で、もう完全に理性を失っているみたいだし……。このままだと被害が拡大する一方だ。


「やっと見つかった! もう……ちゃんとポーチの中身整理しといてくださいよ!」


「どうした十七夜月!」


 さっきからごそごそとポーチの中身を漁っていた十七夜月が、中から銀色の輝くダイヤモンドのような石を取り出す。


「先輩、"結界石"を使います! いいですね!」


「それだ! ああ、頼む!!」


 そうだよ! 結界石があったじゃん! あれなんてまさにこんなときの為のアイテムじゃん! なぜ最初に気づかなかったんだ俺よ……。


 はぁ……本当に俺は一人じゃ何もできないんだな……。あいつがいてくれて助かったよ。

 

 十七夜月は"結界石"を手に持つと、それを天高く掲げた。すると、彼女を中心に光の膜のようなものが広がっていき、俺たちを包み込む。


「これで半径1キロの範囲は外部から隔離されました! 続けて私たちと天獄、ドラゴンとリザードマン以外の人を外へと弾き飛ばします!」


 結界石によって作られた結界の中には、発動者の許可をもらった者しか入ることができないし、中にいる者も発動者の意思で外に弾き飛ばすことができる。


 つまりこれにより、一般人は全員結界の外に弾き飛ばされ、中には入れなくなったと同時に、結界の中には俺と十七夜月、天獄とドラゴン、そしてリザードマンたちだけになったというわけだ。


 正真正銘、どちらかが倒れるまで終わらない戦いの始まりである。







「拘束します! "影変化シャドウアーツ"!」


「でかした十七夜月! おらぁぁぁ!!」


 数的には俺たちに勝る天獄会だったが、俺と十七夜月の連携によってその数はどんどん減っていった。


 十七夜月の"影変化シャドウアーツ"はめちゃくちゃ便利だし、ポーチも取り返したので魔法の杖も使い放題。そして俺たちには【蝙蝠の羽】があるので、空中を飛び回って遠距離攻撃もできる。


 二体のドラゴンと天獄は空も飛べるので厄介ではあったが、いつの間にかリザードマンは全滅していたようで、今は完全に2対3の勝負になっていた。


 しかし、【ブラッドスティール】によって戦闘中にどんどんその力を増していった俺に対して、眷属の数が減った天獄はどんどんその力を失っていく。


 そして――


《グオォォォーーッ!!》


 俺と十七夜月の連携攻撃によって、遂に元一虎であった赤竜が地面に墜落した。


 激しい地鳴りと共に倒れた巨体は、もうピクリとも動かない。巨大な牙は無残にへし折れ、頭部から流れ出た血液が辺りを真っ赤に染め上げている。


 俺は青竜と天獄の攻撃を躱しつつ赤竜の傍へと降り立つと、周辺に飛び散った大量の血液を【ブラッドスティール】で全て吸収した。



《【仁王立ち】を獲得しました》



 む……吸血姫に進化してから初めて長所を獲得できたな。


 全く能力を獲得できる気配がなかったから、モンスター扱いなのかと思っていたけど、どうやらこいつらはまだ人に含まれるらしい。


 直吸いと比べて【ブラッドスティール】での吸血は能力の獲得率がかなり低いらしいが、さすがにドラゴンほど巨大な生物の血を全て吸収すると、獲得できる可能性もあるということか。




【名称】:仁王立ち


【詳細】:その威風堂々たる立ち姿は、相手に畏怖の感情を抱かせ、その場の空気を支配する。交渉や取引において、自身に有利な状況に持っていきやすくなる。



 

 赤竜の巨大な身体がしゅるしゅると縮んでいき、やがて元の人型へと戻る。


 しかし既にこと切れているようだ。一虎の表情は恐怖や苦痛、絶望に歪んでおり、とてもじゃないが安らかな死に顔とは言い難いものだった。


 リザードマンたちとは違い、人の姿に戻ってしまったことで俺の心に重たいものがのしかかってくる。


 ……俺がこの手で殺したんだ。いくら相手が極道で敵とはいえ、やはり人の命を奪うというのは気持ちの良いものではない。


「一人で背負わないでくださいね。私も一緒にやったんですから、その責任は半分ずつですよ」


 いつの間にか俺の傍に来ていた十七夜月が、俺の頭にそっと手を置いてそう言った。


 ……まったく、俺は本当に良い眷属を持ったな。


「そうだな。……ありがとう、十七夜月」


「いえいえ、それより奴らがこっちに迫って来てますよ! さぁ、最後のひと踏ん張りです!」


「ああ!」


 その背に天獄を乗せた青竜が、空中を旋回しながらこちらに向かってブレスを放ってきた。俺たちは飛び上がってそれを躱すと、すぐさま【蝙蝠の羽】を広げて青竜へと肉薄する。


 青竜の片翼を切りつけ、飛行能力を奪う。続けて十七夜月が"氷結の杖"で天獄の足を凍らせようとしたが、奴はそれを察知して空へと飛び上がった。


 しかし、これで青竜は完全に孤立したことになる。


「先輩! 今のうちに青竜にトドメを!」


「わかってる! うおぉぉおーーーー!!」


 片翼がもげた青竜はバランスを崩し、上手く飛行することができていない。


 そんな青竜の背に魔力を纏った剣を突き立てると、その巨体は真っ赤な鮮血を撒き散らしながら落下していった。


《グルォーーーーッ!!》


 青竜は断末魔の声を上げながら、その巨体を地面へと墜落させた。その衝撃で大地に巨大な亀裂が入り、激しい砂塵が巻き上がる。


 俺は【ブラッドスティール】で再びその血を吸い上げながら、地面へと降り立った。



《【瞬間記憶能力】を獲得しました》



 物語の中では聞いたことがあったが、実際にこんな能力を持っている人間がいるんだな……。




【名称】:瞬間記憶能力


【詳細】:見た風景や映像などを脳内に焼き付けたかの如く一瞬で記憶し、いつでも鮮明に思い出すことができる能力。パラパラと捲っただけの本の内容を、後で思い返して頭の中で開いて読んだり、絵の才能もあれば、一度見ただけの風景や人物を写真のように描いたりすることもできるだろう。




 赤竜と同じように、青竜もその身体を小さくしながらやがて人の姿に戻った。長身の知的な印象の男性、龍吾だ。


 ……彼はまだ僅かに意識があるようで、虚ろな瞳をしながら俺を見上げている。


「この道に……進むと決めたときから……ロクな死に方をしないのは……覚悟していたさ……」


「……」


「だが……もっと……別の未来が……あったんじゃないのか? せめて……君にもう少し早く出会えていれば……あるいは――」


 そう言って最後に俺のクリムゾンレッドの瞳を見つめると、彼はそのまま息を引き取った。


 俺は彼のことをなにも知らない。だけど、その表情は後悔に満ちていて……。


 もしもっと前に彼と話し合う機会でもあったなら、このような結末にはならなかったのかもしれない。だが、今となっては全て後の祭りだ。


 辺り一面に横たわるリザードマンたちの亡骸に、龍吾の悲痛な死に顔。皮肉にも彼から獲得した能力のせいで、俺はこの光景を一生忘れることはないのだろう……。


 すたり、と俺の隣に降り立つ十七夜月。二人してくるりと振り返ると、少し離れた場所にぽつんと立つ天獄と向かい合った。


「一人で暴走し、そのせいで部下を失い、そして最後は独りぼっち。文字通り裸の王様だな」


「…………」


 手に持った竜殺剣の刃の先を天獄に向ける。奴は俯いたまま動かない。


 もうさすがにこれ以上は奥の手はないはずだ。黒服たちのリザードマン化も、結局は俺の力を増大させるだけに留まったし、奴の勝ち目はより一層薄くなった。


 ……だが、そんな俺の考えとは裏腹に、天獄はゆっくりと顔を上げていく。その口元には不気味な笑みが浮かべられていた。


「くっくっく……。なるほど、これが"吸血姫"の力か。まさかここまでとはな……。じゃが! まだだ! まだ儂は終わってはおらん!」


「これ以上なにを――」


 俺が言い終える前に、天獄は大きく口を開けると、その鋭い牙を自らの腕に突き立てた。


 すると黒服たちがリザードマンに変貌したのと同じように、奴の全身から禍々しい魔力が溢れ出てくる。そして、その身体はみるみる巨大化していき、最後には巨大な黄金の竜へと姿を変えたのだった。

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