第134話「暴走」
「くっ!」
「ぬぅん!」
肩口を冥府の鎌で切りつけられ、鋭い痛みが走る。やはり特効武器のダメージは馬鹿にならない。だが俺も負けじと竜殺剣で天獄の腹部を薙ぎ払った。
お互いに鮮血を散らしながら、一歩も引くことなく相手の命を狙う。
さすがは吸血姫の再生力だ。冥府の鎌で切られたのにもかかわらず、数秒ですでに傷口は塞がり、痛みも完全に消え去った。そして天獄もまた、俺の竜殺剣で切り裂かれた腹部の傷が徐々に塞がっていく。
……ちぃ、どうやら竜人にも俺ほどではないが再生能力があるらしい。これは長期戦になりそうだぞ……。
「なにあれ! 映画の撮影!?」
「いやいや、動き早すぎでしょ! CGとかじゃないの!」
「おい見ろよ、あの剣持ってる女の子めっちゃ可愛くねーか!? どこのアイドルだよ!?」
「角生えてる男の人もイケメンじゃない? ヤバくない?」
……まずいな。こんな人の多い場所で戦うのは初めてだからやりずらい。せめてもの救いは、天獄もまだ理性は残っているようで、あまり人のいない場所に移動しながら戦っていることだろうか。
だけど、スマホをこっちに向けて撮影している野次馬もいるし……あ~、くそ! もしこの戦いで勝利できても、もう平穏な生活は送れないかもしれない。
「よそ見とは随分余裕じゃの!」
「くうっ!」
俺が視線をそらした一瞬の隙をついて、天獄が攻撃を仕掛けてきた。慌てて剣で受け止めると、再び鍔迫り合いへと持ち込む。
いかんいかん……この過去最強といっていい相手を前に、余計なことを考えている余裕なんてない。とにかく今は全力でこいつをぶっ倒すことだけに集中せねば。
剣を握る手に力を込めると、天獄の鎌を押し返しながらその腹部を蹴りつけた。
そして大きく後退する天獄に向かって、竜殺剣に魔力を纏わせたまま突進し、袈裟斬りを放つ。しかし奴もそれを大鎌で受け止めると、そのまま力任せに俺を弾き飛ばす。
……どうやらパワーではまだあいつのほうが上みたいだ。しかし、スピードなら進化した俺が勝っている!
力の天獄と速の俺。一進一退の攻防が続くなか、野次馬の中に一虎を簀巻きにした十七夜月の姿を見つける。その手には見慣れた可愛らしいポーチがあった。どうやら無事に取り返してくれたようだ。
「先輩、完凸竜殺剣です! 受け取ってください!」
「でかした十七夜月!」
くるくると放物線を描いて飛んでくる剣を、しっかりと左手でキャッチする。
右手に持ったノーマル竜殺剣との二本持ちになった俺は、剣を受け取った勢いそのままに、天獄に向かって駆け出す。
振り下ろした竜殺剣を大鎌で受け止める天獄だったが、そのときにもう片方の剣は奴の腹部を深く斬り裂いていた。
「ぬぐあぁぁぁぁーーーーッ!」
「よし! これで――」
「小童がぁッ!! "ドラゴンブレス"!」
「なっ!?」
しまった! 奴にはまだこれが残ってたんだ!
勢いよく口から吐き出された灼熱の炎。俺は慌てて全身を魔力でガードしながら身を翻すが、完全には避けきれずに右腕が炎に包まれてしまった。
あづっ! 熱じじじっ!?
くそったれ! 魔力があるおかげで前回よりはかなりダメージが少ないが、厄介すぎる攻撃だ。
「水弾!」
突如バシャリ、と水の塊が飛来して俺の腕にかかり、炎を鎮火させる。
慌てて後ろを振り返ると、十七夜月がこちらに"水球の杖"を向けて得意げな顔をしていた。彼女は続いて周囲に引火した炎を魔法で打ち消すと、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
「まて! こっちに来るな離れてろ!」
「……了解です。私じゃまだ足手まといになりそうですか」
物分かりが良くて助かる。十七夜月は確かに人間を超越した力を手に入れたが、まだ天獄と戦うには力不足だ。奴がなりふり構わなくなってしまえば、俺でも守り切れるかどうかわからない。
十七夜月が素直に距離を取ってくれたおかげで、戦いに集中できる。俺は剣を構えながら再び天獄へと向き直る。
「貴様ぁ……絶対に許さん!」
「残念だけど、もうお前に勝ち目はないよ」
「……たかが一撃入れたくらいでいい気になるなよ小娘」
切り裂かれた腹部を抑えながら、天獄は俺をギロリと睨み付けると、黄金のオーラをさらに強く纏い始めた。遠目に俺たちの戦いを観察していた人々の身体がびくりと震え、鳥たちが一斉に飛び去っていく。
完全に本気モードに入ったみたいだな。だが、今俺が言ったセリフは、なにもハッタリなんかじゃないんだ。
爆発的な魔力の高まりを感じた次の瞬間、天獄は先程とは比べものにならないほどのスピードで俺の眼前まで迫ってきて、大鎌を振りかぶっていた。
振り下ろされる大鎌の刃を紙一重で躱し、二刀流で奴の身体を斬り付ける。鮮血が飛び散るが、強靭な竜人の肉体や高い再生能力のせいで、致命傷には至っていない。
「ぐぅ! ドラゴン――」
「せぇいっ!」
天獄がブレスを吐こうと息を吸い込んだ瞬間、俺の回転蹴りが奴の顎を打ち抜いてそれを防いだ。
苦し気に呻いた天獄は、後退して距離を取りながらブレスを吐き出すが、俺は剣に魔力を纏わせると、【幻想を掴む者】の効果を乗せて炎を真っ二つに切り裂く。
そのまま奴の懐に潜り込むと、剣の腹で思い切り腹部を殴りつけた。
「ゴフッ!?」
天獄は血反吐を吐きながら、大きく吹き飛ばされて地面を転がる。
続けて剣を高跳び俸のように地面に突き刺すと、それを支点にぐるりと回転して倒れ込む天獄の顔面に踵落としを叩き込んだ。
「が、がは……ッ!」
鼻の骨が折れ、美しい顔面を血塗れにしながら無様に地面に這いつくばった天獄は、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながら、信じられないようなモノを見るような目で俺を凝視した。
「よう、さっきと逆だな。どうだ? 血塗れで地べたに這いつくばる気分は」
「……な、なぜじゃ……なぜ動きがどんどん速く……っ!?」
「どうしてか知りたいか?」
最初は全く互角の戦いだったのに、天獄は本気を出しているのにもかかわらず、その攻撃は俺に当たらなくなり始め、逆に俺の攻撃は奴に次々とヒットしていく。
理由がわからずに動揺する天獄に、俺は不敵に笑いながら種明かしをしてみせた。
「――"ブラッドスティール"」
天獄から距離を取って大きく両手を広げると、空気中を舞っていた奴の鮮血、それに服や地面に染み込んだ血液までもが浮き上がって、全て俺の身体に吸い込まれていく。
すると切り傷や火傷がみるみる内に治っていくとともに、纏っている魔力もその輝きをより一層強くしていった。
これこそが、俺が吸血姫に進化して手に入れた新たなる力、【ブラッドスティール】だ。
半径10メートル以内にある血液を吸収、魔力へと変換し自身の力にする。吸血姫は血を取り込めば取り込むほど際限なく強くなっていく。つまりは戦いの前には互角だった相手とも、戦いが長引けば長引くほど、相手が血を流せば流すほど、どんどん俺のほうが有利になっていくわけだ。
そして、当然のごとく相手は逆に血を流せばそれだけ弱体化していく。まさにチートと呼んでも過言じゃないほどのぶっ壊れ能力である。
「……」
説明しなくてもこの能力の詳細を察したのだろう。天獄はギリリと歯ぎしりをしながら、悔しそうにこちらを睨む。
しかし、すぐに「ふぅ~……」と大きく息を吐き出すと、どこか覚悟を決めたかのような表情へと変わり、大鎌の刃を地面に突き立てた。
「どうやら……なりふり構ってはおられんようじゃの。どんな手段を使ってでもここで貴様を倒さねば、儂に未来はないらしい」
……一体なにをする気だ? まだなにか隠している能力があるのか?
警戒して身構えていると、急に天獄は俺に背を向けて走り出した。逃げるか、もしくは一般人を人質に取るつもりかと考えて、すぐに違うことに気づく。
奴の向かう先には……遠巻きに俺たちの戦いを観戦していた天獄会の構成員である黒服たちの姿があった。そして天獄は、その黒服の一人を掴み――
「か、会長! 一体なに――ぎゃぁぁあ!!」
その首筋に牙を食い込ませた。
次の瞬間、黒服の身体からどす黒いオーラのようなモノが立ち上り、それは天獄の肉体へと吸収されていき、彼の身体を包み込む輝きがより一層強くなる。
同時に、黒服の筋肉がびきびきと膨張し始め、肉体を巨大化させていく。そして、数秒後には身長3メートルはありそうなトカゲ人間のような化け物に変異してしまった。
まさか……俺の【眷属化】と似たような能力か!? しかしこれはあまりにも……。
「さあ、貴様らの力……儂に捧げよ!」
「お、おやめください会長――うわぁぁぁぁぁ!!」
「嫌だぁぁぁ! 化け物になんてなりたくな――ぎゃあぁぁ!!」
近くにいた黒服を次々と変異させていく天獄。その様子はまさに地獄絵図だった。
あまりの異様な光景に、スマホを向けて呑気に観戦していた野次馬たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「ちぃ!」
《グルルァーーーーッ!》
天獄を止めようと駆け出すが、リザードマンとなった黒服たちがまるで肉壁のように俺の前に立ちはだかった。
その壁を斬り裂き、殴り飛ばしながら突き進むが、その隙に天獄は狂気に満ちた笑みを浮かべながら、部下であるはずの黒服をまるでゴミのようにリザードマンへと変異させていく。
そして遂に――
「お、親父……? 冗談だよな?」
「会長……正気に戻ってください! あなたはこんなことをする人じゃなかったはずです!」
自分の大切な右腕と左腕であるはずの龍吾と一虎のほうへ、ゆらりと視線を向ける。その瞳には、先程まではまだ確認できた理性の輝きは微塵も残っていない。
二人は顔を真っ青にして恐怖に震えながら、一歩ずつ後ずさる。だが、天獄はそんな彼らの様子など微塵も気にするそぶりを見せず、大きく口をあけると、その牙を二人の首筋に突き立てた。
「ぎゃぁぁぁぁーー! な、なんでだよ親父ぃぃぃ!」
「ぐっ、がっ! か、会長……お、俺はこんなことのためにあなたに……っ!」
天獄の牙が二人の首筋から離れると、二人は他の黒服とは一線を画すほどの禍々しいオーラをその身に纏い始めた。その身体は3メートルどころかさらに巨大化していき、やがてアフリカゾウよりも遥かに大きな姿へと変貌していく。
――それはまさにファンタジー作品に出てくる、巨大なドラゴンそのものだった。
一虎はサーベルタイガーのような強大な牙の生えた赤い竜に、龍吾は大きな翼の生えた青い竜へとそれぞれ姿を変えて、天獄を守るかのように立ちはだかる。その前にはリザードマンと化した元黒服たちの姿もあった。
「はははははっ! どうじゃ、なかなかに壮観じゃろう?」
「……どうやら、頭の中まで化け物になっちまったようだな。そいつらはお前の大切な部下だったはずだろう?」
「そうじゃ! じゃが……一番大切なのは王よ! 部下はいくらでも替えが利くが、王は唯一無二の存在! 王さえいれば国は何度でも蘇る! 王のためにならば、部下は喜んで命を捧げるべきなのじゃよ!」
狂乱した様子で高笑いする天獄に、俺は吐き気すら覚えた。
虹ポーションの大量摂取による見えない副作用か、竜人化による人格の変質か……もしくはこれが本性だったのかは、もはやわからない。だけど、俺は目の前の元老人が、何故かとても哀れに思えてしまった。
「違うね……臣下がいるから王なんだ。民がいるから国なんだよ。俺は一人じゃなにもできない。色々な人に助けられたからこそ、今ここに立っている」
「ふん、軟弱者めが。まあよい、貴様を始末してしまえば、もう儂の邪魔をする者はおらん。……さあ、続きを始めるぞ!」
天獄がそう宣言すると同時に、元一虎と龍吾であった全長10メートルを超える赤と青の竜、そしてリザードマンたちが一斉に襲い掛かってくる。
……もはや人の面影すら残っていないのに、彼らの瞳から零れる涙がやけに痛々しかった。
もう……終わらせよう。これ以上彼らのような被害者を出さないためにも、ここで天獄を……竜人という化け物を確実に始末する。
俺は全身を深紅の魔力で包み込むと、両手に剣を携えながら地面を蹴って大きく跳躍した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます