第133話「反撃開始」
「うげぁ!?」
「ぷぷ~っ、先輩ほんと魔力操作が下手くそですね~」
セーフティルームから出て、魔力操作の練習として十七夜月と一緒に天井に足をついて逆さまで歩いていた俺は、集中力が乱れて足を滑らせてしまった。
そのまま無様に頭から地面に落下する俺を見下ろして、天井から逆さまになって頭を下にした状態で十七夜月がクスクスと笑っている。
ちくしょう! 俺よりもちょっと魔力の使い方が上手いからって調子に乗りやがって!
「先輩、コツをお教えしましょうか? ぷぷぷ」
「笑うなよ!」
「…………」
「……え? 十七夜月?」
俺がちょっと冗談で「笑うな」と返したら、急に十七夜月は真顔になって黙り込んでしまった。
……そして、そのまま天井から足を離して床に着地すると、俺の目の前に立って無表情でじっと俺のことを見つめ始める。
額から……嫌な汗が流れる。喉がからっからに渇いて、十七夜月の顔を見るのが怖い。
だけど、これは俺が向き合わなければならないことだ。胸の辺りをギュッと締め付けられるような息苦しさを覚えながら、俺は大きく息を吐いて呼吸を整えると、彼女の目を真っ直ぐ見つめ返した。
「……
「はい」
「これから先、主である俺の命令は聞くな。全て自分の意思で考え、行動し、たとえそれが俺の意に沿わないことで俺が不満を示したとしても、従わなくていい。……わかったか?」
「わかりました。……はぁ~、主の強制力って想像以上に強いんですね。ちょっとびっくりしました」
いつもの十七夜月に戻ったようで、俺はホッと胸をなで下ろす。
彼女を俺の眷属にしてしまった以上、本当の意味で完全に対等な関係に戻ることはもうできないのかもしれない。しかし、せめてもの抵抗として俺の命令でこいつになにかを強制させるようなことだけはしたくなかった。
「でもいいんですか? 命令権放棄しちゃって。せっかく私になんでも命令できるチャンスだったのに」
「……いいんだよ。考えても見ろよ、お前が俺の全肯定マシーンになったらデメリットしかないだろ」
俺は自分がどれだけ凄い存在になろうとも、精神面は完璧には程遠い凡人なのだと自覚している。
日常的に色々やらかすし、今はいいが、いずれ吸血姫の力におぼれておかしなことをしでかす可能性だってゼロではない。だからそんな俺を諫めてくれるような、以前と変わらない十七夜月が俺にはもっとも必要なのだ。
「アホなことをしでかす先輩を全肯定する私……。うん、それは確かにやばい未来しか想像できないです。そう考えると今の命令は必要だったかもしれません。先輩にしてはなかなかいい判断でした。褒めてあげます」
「主をちょっとは敬うようにだけでも命令しておくべきだったか……」
「時すでに遅し、です。それより魔力操作の練習を続けましょう。天獄と再び対峙する前に、少しでも魔力を上手く使えるようにならなきゃいけませんからね」
「ああ、そうだな。よし、やるか!」
……
…………
………………
ダンジョンを歩いて魔力操作の練習をしながら、なんとか全身を魔力で覆って身体強化できるようになったところで、ボス部屋の扉が見えてきた。
まだ後方に天獄の気配はない。どうやらこれなら、奴に追い付かれる前にボスを倒すことができそうだ。
ゆっくりと扉を開けて中に入ると、部屋の中央には全長2メートルは優に超える大きさの、大型のコボルトが待ち構えていた。立派な鎧を身に纏っていて、手には大剣を持っている。
「よし、魔力操作の実戦練習だ。軽く蹴散らして――」
「ちょっと待ってください先輩。ここは私にやらせてもらえませんか?」
ぽきぽきっと拳を鳴らして一歩踏み出した俺に対して、十七夜月がそんなことを言いだした。
「え……。いや、でもほら。天獄と戦う前に魔力を使った実戦練習をしたいじゃん? だからここは譲ってよ、な?」
「いやですよ。私だって、せっかく吸血鬼になったんだからモンスターと戦ってみたいんです。それにさっき、命令はなにも聞かなくていいっていいましたよね?」
「言いましたけどせめてお願いくらいは聞いてくれてもよくないっ!?」
しかしふ~む……十七夜月は実質コボルトどもに人としての生を終わらせられたわけだから、その恨みを晴らす意味でも譲ってあげたほうがいいか? こいつは吸血貴族になったんだし、星二のボスくらいは余裕だろうし。
だけど彼女はモンスター相手の実戦経験なんて皆無なわけだし、大丈夫だろうか?
「大丈夫ですよ。見ててください――"
十七夜月が右手を前に突き出してカッコいいポーズをしながらそう言うと、彼女の足元にある影がコボルトに向かって伸びていく。
大剣を片手にこちらに駆けてくるコボルトの近くまで影が到達すると、影は「うにょん」と地面から飛び出して、その脚に絡みついた。
《ギャウンッ!》
脚に影の枷を嵌められたコボルトは、バランスを崩して倒れてしまった。そして次の瞬間、今度は影の先端が鎌のような形状に変化して、無防備なコボルトの首へと振り下ろされ――
――ザンッ!
いともたやすくその頭と胴体を切り離して、その命を刈り取った。
「な、なにそれ……。随分カッコいい技のようですが……」
「"
「へ、へ~……」
こいつ俺よりも吸血鬼っぽいことしてない? お前俺の眷属だよね? なんで俺よりも上手く魔力も使えるし、カッコいい技も使えるの? ちょっと嫉妬しちゃうんだけど……。
「ちなみにこんなこともできますよ――"
十七夜月が足元にあった大きな石ころを蹴って自分の影に乗せると、石は影の中にずぶずぶと沈んで消えてしまった。
そして次に、影を手の部分に移動させると、中から先程の石ころを取り出してみせる。
「……え? も、もしかして影の中に物を収納できんの?」
「そうです。吸血鬼になる前に影クナイで天獄の動きを止めたのが印象深かったのと、先輩がすぐにポーチを誰かに奪われたりするからこんな能力が発現したのかもしれないですね」
う……羨ましすぎる。
痒い所に手が届く、というか……。まさに俺が欲しかった能力をピンポイントで獲得してやがる。
……だけど、うん、まあ。これなら今後十七夜月が危ない目に遭うことはなさそうだし、別にいっか。
大型コボルトが光の粒子になって消滅すると、床には一振りの剣が残された。
「これ……"竜殺剣"ですよね? まさに今の状況におあつらえ向きな武器が出てきましたね」
「ああ、そうだな。じゃあ、ありがたく使わせてもらうとするか」
竜殺剣を拾い上げて鞘から引き抜くと、ダンジョンがキラキラとした光に包まれ始める。
ここからが本番だ……。外に出たら、天獄との決戦が待ってる。気合いを入れ直して、俺は全身に魔力を纏わせながら、ダンジョンが消滅するのをじっと待った。
◇
「よう、さっきはよくもやってくれたな」
「貴様……やはり生きておったか」
ダンジョンの外に出ると、俺たちの10メートルほど先に天獄が立っていた。奴は俺の姿を見るなり、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
だがすぐに表情を引き締めると、手に持った大鎌を構えて臨戦態勢に移行した。
黄金の角を生やし"冥府の鎌"を構える竜人と、クリムゾンレッドの瞳を輝かせながら"竜殺剣"を構える吸血姫が対峙する。
公園にいる人たちは、突如として現れた異様な組み合わせの二人にざわめき始めた。
「十七夜月、一虎を探して次元収納ポーチを取り返してくれ」
「……一人で大丈夫ですか?」
「同じ相手に二回も負けてたまるかよ。……ここは任せろ」
俺の言葉に十七夜月がクスッと微笑むと、くるりと踵を返して駆け出す。天獄はそんな彼女を一瞥することすらせず、俺のことだけをじっと睨み付けている。
「やはり儂の勘は間違ってはおらんかったようじゃな。先程より……より強大な存在となっておる」
「おかげさまでね。あんたに死ぬ寸前まで追い込まれたおかげで、進化したんだ」
「ならば……今度こそ確実にその首、切り落としてくれるわ!」
天獄は金色のオーラを全身に纏いながら、まるで宙を駆けるようにして距離を一瞬で詰めてくる。同時に俺も深紅のオーラで身を包みながら、振り下ろされる大鎌を剣で受け止めた。
ガキンッ、と甲高い音が響くと、俺と天獄を中心にして衝撃波が広がる。
「うわぁぁーーーー!」
「きゃーー!」
「なに!? 突風!?」
衝撃波に吹き飛ばされた人たちが悲鳴を上げ、周囲の草木がバサバサと音を立てるなか、俺と天獄の鍔迫り合いは続く。
「ぬうっ!?」
「ぐぅ、相変わらず重い一撃だな」
……だが、今の俺なら受け止められる! 吸血姫へと進化したこの身体なら、竜人と互角以上に渡り合うことができることを今確信した!
鍔迫り合いから一旦距離を取って大きく息を吸うと、ニヤリと笑って天獄を睨みつける。
「さて、吸血姫としての初陣だ。まずは手始めに竜人狩りと洒落こもうか」
「戯言を……ッ!!」
悪いが俺はお前を許すつもりはない。そしてお前にとっても、俺は絶対に排除しなければならない邪魔な存在のはずだ。俺か……お前か、どちらかはここで消え去る運命なんだ。
竜殺剣に魔力を纏わせると、それを天獄に向かって突きつける。すると、奴も冥府の鎌を正面に構えて魔力を流した。
……さあ、反撃開始とさせてもらおうか!
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