第六章 吸血姫編
第132話「吸血姫」
深い、深い森の中を俺は歩いていた。
ここはどこなのか、どうしてこんな所にいるのか……そんな疑問は頭のなかに浮かんでこない。ただ、とても懐かしい場所のような気がして、俺の心は安らぎに包まれながら、一歩、また一歩と足を進める。
そこはとても美しい場所だった。
鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、暖かな木漏れ日が降り注ぎ、その光に誘われた小鳥たちが美しい囀りを奏でている。
上空を仰げば、そこには澄み渡った青い空が広がっていて、白い雲がゆっくりと風に流されていく。そして、その雲に並走するように、大きな翼を広げた巨大な竜が、気持ちよさそうに空を飛んでいた。
……ああ、これは夢だ。俺は今、夢を見ているんだ。
だけど、なんでだろう? とても温かくて……それと同時に、胸を締め付けるような切なさが込み上げてくる。
しばらく森の中を進んでいくと、やがて大きな泉が見えてきた。その湖畔に一人の女性の姿があるのを見つけた俺は、そちらに向かって駆け出す。
近づくにつれて、その姿が鮮明になっていく……。長く美しい金色の髪。白くてなめらかな肌。後ろ姿なので顔は見えないが、なぜだか俺は彼女のことを知っているような気がした。
そして、その女性がゆっくりとこちらを振り返る。
その顔を見て、俺は……私は────
「──先輩! いい加減に起きてくださいよ!」
聞きなれた声が、俺を夢の中から強制的に現実へと引き戻す。
うっすらを目を開けると、そこは石造りで出来た薄暗い部屋だった。二畳ほどの狭いスペースの中央には木製のテーブルが置かれており、その上には蝋燭の灯りが揺らめている。
むくり、と上半身を起こす。どうやら俺は部屋の隅に置かれたベッドの上で眠っていたようだった。
……そうだ、俺はダンジョンの中にいたんだ。天獄にやられて、それで十七夜月が死にそうになって、それから──
「そろそろ動かないと、さすがに天獄に追い付かれちゃうかもしれませんよ?」
「あ、ああそうだな。今すぐ準備を──ってうぉおッ!?」
十七夜月の声に振り返ると、俺のすぐ目の前に彼女の顔があった。しかも……なぜか逆さまで。
視線を上に移動させていくと、十七夜月の足は天井にくっついており、逆さ吊りのような状態で俺のことを見下ろしている。
「……な、なにしてんのお前?」
「いや、だって吸血鬼になったらやるでしょ。天井に張り付くの」
「やらねぇよっ!」
さすがオタクだ……。さっき吸血鬼になったばかりだというのに、もう順応してやがる。……ていうか、それどうやってんの?
俺は「えいやっ!」と十七夜月の真似をして天井に足をついたが、そのまま重力に従って落下した。
「へぶしっ!」
「ぷぷっ! なんですかその間抜けな声は」
どべっ、と情けない音を立てて頭から床に激突する俺を見てゲラゲラと笑う十七夜月。
……ったく、こいつときたら。
「魔力を足に集中させるんですよ。それで天井に吸い付かせるようなイメージを持つんです。ほら、こうやって」
そう言うと彼女は、今度は天井を床のように歩き始めた。
……器用なやつだなぁ。魔力の集中……か。もう一度試してみるか。魔力を、足に……魔力を……。
「って魔力ってなんだよ! 俺そんなの使えないのになんでお前だけ使えるの!?」
「いや、先輩も使えるはずですよ? 私の能力は先輩が基準になってるんですから。ステータスを確認してみたらどうですか?」
「おお、そうか。そういえば俺、進化したんだった」
意識を失う前のアナウンスの人の声によると、俺はなんか凄い感じの吸血鬼になったらしい。
外見は……鏡を見ないとわからないが、いつの間にか天獄によってつけられた火傷や骨折、斜め一直線に切り裂かれた体の傷などが綺麗に消えていた。
胸やお尻などはあまり大きくなった様子はないが、それでもどこか美しく、身体全体がよりしなやかになったような感じがある。髪の真っ白な部分も前より増えているみたいだし、進化したのは間違いなさそうだ。
俺はワクワクしながらステータスを開いてみる。すると……
【肉体情報】
名前:ナユタ
性別:女
種族:吸血姫
状態:通常
能力:吸血極、神速ランナー、神乳、いかさま師、フローラルな香り、ミニマムチャンピオン、走り屋、ピッキング王、スリの極意、大声、唾飛ばし、ストーキング、プロギタリスト、ファンタジスタ、イケボ、歌い手、サラサラヘア、優れた体幹、神名器、天使の指先、超美脚、引き締まった肉体、桃尻、奇跡のメイク術、柔道紅帯、地獄耳、忘れ鼻、スロプロ、パソコンの大先生、料理の大先生、マルチリンガル、ホームランバッター、驚異のスタミナ、強そうなオーラ、揉み手、白く輝く歯、美肌、アニメ声、直感、ステータス閲覧、超再生、完全状態異常耐性、ビューティフルダンサー、リバウンド王、カリスマ大道芸人、ペン回し、凄腕ガンマン、ぷにぷにほっぺ、高速サイリウム、小顔、カポエイラマスター、Mの極意、ぱっちりおめめ、奇術師、視力7.0、軟体、勇気の心、眷属化極、幻想の魔眼、スノボーキング、剛力、ゲームの達人、エロ漫画先生、旗折り、美腋、縮地、剣豪、ブルーブラッド、舌技、弓取り、パーフェクトEライン、お掃除職人、ネット工作員、鋭い嗅覚、綺麗な首筋、一級建築士、異世界の鍵、女王様、すべすべの二の腕、水中の王、エースパイロット、デイウォーカー、不老不死、蝙蝠の羽、スピリットトーク、幻想を掴む者、縦へそ、五臓六腑健康体、おもしれー女、ぷるぷるリップ、手芸の達人、関節外し、ひよこ鑑定士、超高速タッチタイピング、飼育員、けもサーの姫、GIジョッキー、演技派女優、慧眼、鎖骨美人、インナーマッスル、サバイバー、薙刀名人、ナイフの魔術師、吸魔核、眷属との絆、使い魔契約、ブラッドスティール、念話、ブルートゲンガー、全能力+5
【名称】:吸血姫
【詳細】:元はただの人間でありながら、数々の試練を乗り越え、唯一無二の吸血鬼として生まれ変わった存在。七つの世界に四体しか存在しない真祖のうちの一人であり、その秘めたる力はドラゴンや悪魔をも凌ぎ、神族にさえ届きうる。吸血鬼の弱点を完全に克服し、非常に強力な再生能力、全ての状態異常の無効、不老不死などの肉体的特徴に加えて、特殊な魔眼など様々な固有能力を会得している。種としては完成された存在であるが、血を吸えば吸うほどその力は増大していくため、強さの上限はない。ただし、まだ真祖として覚醒したてのためか、その能力は不完全であり、本当の意味で吸血鬼の頂点に立つためには、長い年月が必要になるだろう。
【名称】:吸血極
【詳細】:血を吸った人間 (獣人や亜人など人に限りなく近い存在も含む)の長所を確率で取り込むことができる。希少な能力ほど確率は低くなり、吸った量が多いほど確率は高まる。獲得できる長所は一人につき一つのみ。長所とは先天性のものだけでなく、努力や経験によって後天的に身についた技能等も含まれる。ただし、血は肉体から直接吸い取ったものか、ブラッドスティールで吸収したものしか効果を発揮しない。血を吸わなくても吸血衝動は起こらないが、血を飲むほど強くなるうえに、中にはどのようなご馳走よりも美味な血を持つ者もいるので、基本的には吸血したほうがよい。
【名称】:神速ランナー
【詳細】:100メートルを5秒50で走ることができる。これは平常の状態であり、当然魔力を使うとさらに速度が上がる。
【名称】:完全状態異常耐性
【詳細】:毒、麻痺、石化、睡眠、魅了、催眠などはもちろん、呪いや病気といった肉体や精神に作用するあらゆる状態異常に対して、完全に耐性を持つ。ただし、薬やアルコールなども完全に無効化されるため、麻酔で痛みを軽減したり、酒に酔っていい気分になったりといったこともできない。
【名称】:眷属化極
【詳細】:噛みついた人間に牙から出る特殊な分泌液を流し込むことによって、対象を
【名称】:不老不死
【詳細】:老化することがなくなり、常に若々しい姿を保つ。また、どれだけ肉体を傷つけられても、とてつもない再生能力によって再生するため、基本的に死という概念は存在しない。ただし、頭部を切断されたら体とくっつくまではまともに動くことができないし、灰にされたり、非常に強力な聖なる力によって消し去られた場合、復活まで長い年月を要することもある。寿命や誰かに殺されるといった方法では死ぬことはないが、真祖が自らの生への執着を完全に手放してしまった場合、自然消滅という形でこの世から跡形もなく消え去ってしまうことがある。
【名称】:吸魔核
【詳細】:吸血鬼の体内に存在する、もう一つの心臓と言ってもよい器官。魔力を生み出し肉体を強化したり、魔法を放ったりするのに必要。ただし、肉体の強化には魔力操作の技量が大きく関わってくるため、練度を高めるには長い期間の訓練が必要となるし、魔法を使うには別個にそれ専用の才能や、高度な知識と技術を必要とする。血を吸えば吸うほどこの吸魔核は強化され、大量の魔力を生み出せるようになる。
【名称】:眷属との絆
【詳細】:心を通わせ、魂を共鳴させた吸血鬼と眷属との間にのみ現れる絆。この絆を通わせた眷属の数に応じて、主の能力が強化される。王種に至るためには、絆を持つ眷属が最低でも一名は必要。
【名称】:使い魔契約
【詳細】:心からの信頼関係を築いた動物やモンスターと契約し、自分の使い魔として使役する。この契約を交わした動物やモンスターは、主である吸血鬼の格に応じて、長い寿命や特別な能力を得る。また、使い魔はどれほどの距離や空間を隔てようとも、召喚されれば瞬時に主のもとに駆けつけることができる。
【名称】:ブラッドスティール
【詳細】:半径10メートル以内に存在する生物の血を、自らの体内に取り込むことのできる特殊な吸血能力。空気中を飛び交う血液、地面に落ちた血液、服や皮膚に付着した血液など、 ありとあらゆる血を不純物を取り除きながら吸収できる。ただし、血管の中を流れる血液を吸い出すようなことはできず、長所の獲得も直の吸血に比べるとかなり確率は低くなる。
【名称】:念話
【詳細】:眷属や使い魔と、魔力の波長を合わせて心で会話をすることができる。また、眷属や使い魔がどこにいても、主である吸血鬼は彼らの位置を感知することができる。ただし、魔力や集中力を消耗するため、あまり長時間の会話には向かず、特殊な能力やアイテムによっては妨害されることもある。
【名称】:ブルートゲンガー
【詳細】:自らの血液を媒介にして、自分そっくりの分身を造り出す能力。分身はマニュアルとオートの切り替えが可能で、視界や五感も共有することができる。分身の強さは作成時に使用した血液の量に比例し、血液を体内に戻すか破壊されれば分身は消滅する。
めちゃくちゃ多いな!? 覚えるだけでも一苦労だぞこれは……。
しかし本当に俺は吸血鬼の真祖たる"吸血姫"になったようだ。その能力もそれにふさわしいチートと呼べるものばかり。ただ、これでもまだロックされている能力がいくつか残っているような感覚がある。
おそらく説明にあった通り、俺はまだ真祖として覚醒したての赤ん坊みたいなもので、 その能力を完全に発揮するにはまだ時間がかかるのだろう。
「どうでしたか? 魔力、使えそうでしょうか?」
「ああ、【吸魔核】ってのが体内にできてるのがわかった」
「そう、それです。心臓の横辺りに核があるのを感じ取れると思うので、まずはそこから魔力をガソリンのように体内に巡回させるイメージを持ってですね――」
「ちょっとまった! ……お前も【吸魔核】を持ってるの?」
「ええ、ありますよ。他にも【蝙蝠の羽】とか、いくつか特殊能力も持ってます。私、最初から"吸血貴族"みたいなので。それも上級の」
「はあぁぁぁッ!?」
なんだよそれ、ずるくない!? 俺なんて最初はなんの能力もないクソ雑魚ゾンビだったんだぞ!
いきなり吸血貴族、それも【吸魔核】も持ってる上級吸血鬼とか……チートにもほどがあるだろ! しかもそれをすぐに使いこなしてるし……。
天井に張り付いてとてとてと部屋の中を歩き回る十七夜月を見ながら、俺はぐぬぬと歯噛みするのであった。
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