第112話「お花見をしよう」

「記憶の糸が途切れても~♪ 君を見つけたら~きっと思い出す~♪ 何光年離れていても~たとえ異世界に転生しても~♪ 必ず君に会いに行くよ~♪」


 満開の桜の木の下で、マイクを片手にキレッキレのダンスを披露しながら美声を響かせる。


 その周りでは『アナザーワールドプロモーション』の社員や、"アストラるキューブ"ら所属アイドルたちが、各々食事や酒を片手に花見を楽しみながら、俺の歌に耳を傾けていた。


「君といつの日か再び会えると~♪ そう信じてボクは歌い続けるよ~♪ カムバックトゥアナザーワールド~♪」


 歌い終わってビシリとポーズを決めると、わぁぁーっと拍手喝采が巻き起こる。


 ……うむ、いい気分だぞ。やはり歌はいいものだ。アイドルやバンドは辞めてしまったが、たまにはこうして全力でシャウトするのも悪くない。


 そんな充足感に浸っていると、飲み物の入ったコップを片手に歩み寄ってきた愛那が、それを俺の頬に押し当ててきた。


「ナユタ、また歌もダンスも上手くなったんじゃない?」


「まあね~、でもテレビで見てるけど、愛那も随分と成長してるじゃないか。もう立派なトップアイドルだよ」


「えへへ、そう? でもまだまだだよ。私なんて、ナユタに比べたら全然だし」


 そう言って謙遜するが、愛那のパフォーマンスは日に日に磨きがかかっているように感じられる。


 思えば俺がグループに加入した当初は、田舎娘が頑張ってプロの真似をしているって感じだったが、今ではすっかり堂に入ったアイドルっぷりだ。


 コップを受け取って代わりにマイクを愛那に握らせると、今度は彼女のソロライブが始まった。


 その歌声は以前のような拙いものではなく、どこまでも澄み渡った青空のように心地よくも力強い。それを聴いたギャラリーたちは、さらに盛り上がりを見せている。


 こくこくと喉を鳴らして、コップの中のスポーツドリンクを飲み干すと、俺は集団の輪から外れた場所にいるピンク髪の少女へと歩み寄った。


「おい、桃華。そんな隅っこでこそこそしてないで、もっとみんなと一緒に楽しもうぜ」


「……私がリアルのこういう場は苦手だって、知ってるでしょ?」


 桜の木の下いっぱいに敷かれたシートの一番隅っこで、一人でポツンとジュースを飲んでいる桃華に声をかけると、彼女はむっと頬を膨らませた。


 こいつも今はVtuberとして事務所に所属している身なので、この場に呼ばれてはいるのだが、リアルでは相変わらずのコミュ障っぷりである。


 兎月くんら他の配信者はちゃんと交流できているというのに、困った奴だ。


「それにしてもあんた、ちょっと見ないうちにかわいくなりすぎじゃない? 整形でもしたのかって疑いたくなるんですけど?」


「だから俺はいずれ最強無敵の美少女になるため、日々進化を続けてるって前に説明したろ」


「……あれ冗談じゃ無かったんだ」


 俺は桃華の隣に腰を下ろすと、ポーチの中から衣装を取り出して、シートの上に広げる。


「これ"桃山ももやま桜華おうか"の衣装じゃん。ご丁寧につけ耳や尻尾まで用意して……」


「おう、俺が丹精込めて作った力作だぞ」


「えっ!? これナユタの手作りなの! すごすぎでしょ!」


 ふふん、【手芸の達人】の能力を駆使して、こつこつと手縫いで作った自信作だからな。ちなみにちゃんと俺用に"吸血姫ナユタ"の衣装も作ってあるぞ。


 いそいそと着替え始めた俺を、桃華がじ~っと見つめてくる。お前も着替えろと俺が目で促すと、渋々といった様子で桃華も衣装に袖を通した。


 すると、そのタイミングで愛那の歌が終わったみたいなので、俺はギター片手に桃華の背中を小突いてステージに促す。


 もう逃げきれないと悟ったのか、彼女は諦めたように溜め息を吐いてからマイクを受け取った。


「それでは吸血姫ナユタと、桃山桜華のコラボライブを始めるぞ。血袋ども! 耳をかっぽじって、堪能するがいいわ!」


「堪能するのじゃ~!」


 俺がギターを『ジャラ~ン!』と鳴らすと同時に、桜華がノリノリで歌い始める。二人のVtuberのリアルライブに、みんなは大盛り上がりだ。


 そうして俺たちは花見の喧騒に包まれながら、楽しい時間を過ごしていった。





「ねえねえ、ナユタ! 次は私とデュエットしようよ!」


 桃華と一緒に一曲歌い終わると、今度は愛那が駆け寄ってきた。


 だがしかし、そこに他の"アストラるキューブ"のメンバーたちが割り込んでくる。


「愛那はさっき歌ったばっかりだろう? ボクも久々にナユタと歌いたいよ。次はボクの番だからね」


「ノー! 次はマブダチであるワタシに決まってマスねー! ねー、ナユタ?」


 そう言ってぐいぐいと俺の両手を引っ張り合う亜莉朱とエミリア。


 四人でアイドル活動をしていた頃を思い出したのか、彼女たちは随分とはしゃいでいる様子だ。


「お、おい! 引っ張るな! わかったわかった、順番に歌うから!」


 まったく、しょうがないやつらだな。と、苦笑しながらも俺は彼女たちの要望に応えようと、ギターを構えたそのときだった――。



「ちょ、ちょっとやめてください! 勝手に撮らないでください!」



 少し離れた場所から聞こえてきたのは、八恵さんの悲鳴じみた声。


 何事かと思って視線を向けると、そこには二十代後半くらいのチャラい男たち数人に絡まれている彼女の姿があった。


 男たちはヘラヘラと下卑た笑いを浮かべながら、彼女を無視してカメラを回しながら俺たちの方に向かってきている。


「お~、マジで立ち入り禁止解除されてんじゃ~ん! 俺らも花見しようぜ、花見! 今日は花見配信で決定だ!」


「見ろよ、すげーかわいい娘がいっぱいいるぜ? なあ、俺たちも混ぜてよ~」


「止まってください! ここは私たちが場所を取ってるんです! ほら、あちらに空いているスペースはたくさんありますから!」


「固いこと言いっこなしでしょ~。大勢で騒いだほうがぜって~楽しいって!」


 八恵さんは必死に男たちを止めようとしているが、彼らはまったく意に介さない。


 ずかずかと無遠慮に俺たちが楽しんでいるスペースまで侵入してくると、断りもなくシートの上に座って酒の缶を開け始めた。


「あれ!? この娘たちもしかして"アストラるキューブ"のメンバーじゃね?」


「もしかして、俺ら意図せずアイドルとコラボしちゃった感じ?」


「うぇ~い! こりゃ、今回の配信はバズり間違いなしだわ!」


「俺らのこと知ってる? 俺らさぁ、これでもチャンネル登録者10万人を超える有名配信者なんだよね」


 自慢げにそう語りながら、愛那たちの前に立って自撮りをしながらポーズを決めるチャラ男たち。


 チャンネル登録者10万人って……全国的に有名なアイドルを相手にその程度の数字で自慢するとか、恥ずかしくないのか?


 スタッフが慌てて止めに入るも、『アナザーワールドプロモーション』は、今日はこの場に来ていない警備員の人たち以外は殆どが女性で構成されているので、あまり強く出られないらしく、男たちは完全に調子に乗ってしまっている。


 ……うざったい奴らだな。でも昔みたいに問答無用でぶん殴るとかは、事務所の関係者としてこの場にいる以上できないし……どうしたものか。


「このまま夜までコラボ配信しちゃう?」


「これはお花見の後はラブホにしけこんでアイドルと朝までコラボとかできちゃう胸熱展開じゃね? うぇい!」


「フゥー! 俺の股間のエクスカリバーが火を噴くぜ!」


 既に酒がかなり回っているのか、赤ら顔で腰をカクカクと揺すりながら、品性の欠けらも無い言葉を発し続ける男たち。


 ……さすがにもう我慢の限界だぞ。せっかくみんなで楽しんでたのに、こんな奴らに邪魔をされるのは不愉快だ。


 よし、怪我をさせない程度に懲らしめて、追い返してやろう。

 

 俺は桜の木の後ろに回ると、ぴょんぴょんと軽快にジャンプして、てっぺんの枝へと飛び乗った。


 そしてポーチから"魔女の帽子"を取り出して被ると、魔法の杖を構えて先端をチャラ男どもへと向ける。


「んあ? なんだぁ……雨か?」


「うお! 俺のスマホがぁぁ!」


 まずは"水球の杖"で、男たちのスマホやカメラ、服を重点的に狙い撃つ。すると、それらはあっという間にずぶ濡れになってしまった。


 突然の事態にパニックになるチャラ男たちを見下ろしながら、俺はさらに"氷結の杖"で彼らのスマホと股間部分を氷漬けにしてやる。


 トドメに"土塊の杖"で小さな土弾を作り、それを凍った部分目掛けて雨あられの如く降らせてやった。


 ――バリン! ドゴン!


 彼らのカメラやスマホは、氷が砕ける音と共に無残に壊れてしまう。


 そして履いていたズボンもパンツごと粉々になり、男たちは下半身丸出しの情けない姿になって、その場に立ち尽くしていた。


「きゃーー! なにしてるんですか!?」


「警察呼びますよ! この変態ども!」


「ちょ、違う! 服が勝手に壊れたんだよ!」


「服が勝手に壊れるわけないでしょ!? 私たちに見せつけるためにカスタマイズでもしてたんじゃないの!? 動画配信者のやりそうなことです!」


「や、やべぇ! とにかくずらかるぞ!」


 女性スタッフの怒りの声を背に受けながら、チャラ男たちは下半身丸出しのまま慌てて逃げていく。その無様な後ろ姿に、亜莉朱やエミリアは大爆笑していた。


 ……ふう、これでとりあえずは一件落着か。


 しかし"魔女の帽子"を被って使う魔法の杖の威力と精度はかなりのものだな。パーティにこれを装備した魔法使いが一人いれば、ダンジョン攻略も捗りそうな気がするが……ソロの俺じゃなかなか有効活用は難しそうだ。


 俺が木から飛び下りると、八恵さんが慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「今のってもしかしてナユタちゃんの仕業!?」


「ええ、そうですよ」


「助かったわ~。またあなたに借りができたわね。今度なにかお礼をしなくちゃ」


 ……そうだ。そういえば八恵さんからまだ報酬をもらっていなかったな。忘れるといけないし、ここで頂いておくとしよう。


「お礼なら今すぐください。そう、あなたの生き血をね」


「え? な、なにを言っているの? もしかして吸血姫ナユタのロールプレイ?」


「――ガブゥ!」


「ひぎぃ! さすが人気Vtuberはキャラの作り込みがすごいぃ!?」

 

 彼女の首筋に容赦なく噛みつくと、俺はそこから溢れだす血をチューチューと吸いながら、腹を満たしていく。


 邪魔者もいなくなって再び花見が始まるなか、俺の食事は粛々と続けられるのであった。








【名称】:鎖骨美人


【詳細】:くっきりと浮き出た美しい鎖骨が特徴的。真っ直ぐなラインで、鎖骨まわりの肌ツヤも申し分なし。人によっては他のどの部分よりも、この部分に魅了される者もいるだろう。

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