第111話「魔樹ダンジョン」
「お花見……ですか?」
「そう、社長が競馬で大穴当てたのは聞いているでしょう? それでせっかくだから事務所のみんな総出で、豪勢に花見でもしようかってことになったの。もちろん社長の奢りでね」
ファミレスのテーブルを挟んで向かいに座る眼鏡をかけた美女が、ずいっと身を乗り出す。
彼女の名前は"
年齢は20代後半のはずだが、見た目は大学生でも通りそうなほど若々しくスタイルもいい。昔はアイドルをしていたらしいのだが、歌もダンスもあまり上手くなかったようで、グラビアの仕事しか回ってこないのが嫌で引退してマネージャー業に転向したのだという。
「だけど、この時期のお花見スポットはどこも人でいっぱいでしょう? ナユタちゃん、どこかいい場所知らない?」
「う~ん、そうですね~……」
お花見スポットか。俺はあまりそういうイベントに縁がなかったから、すぐには思いつかないな。
……いや、待てよ? そういえば前に魔導具を納品しにいったときに、十七夜月の親父さんが桜の木がどうだとか呟いていたような……?
「ちょっと心当たりがあるんで、探してみますね」
「本当? 助かるわ~。もしいい場所が見つかったら、お礼になんでも好きなもの食べさせてあげるわね」
「……言質取りましたからね?」
俺の好きなもの……それは血だ! あんたの血を報酬として要求するぞ!
テーブルの上に置かれたクリームソーダから、アイスクリームだけをスプーンですくい取って口いっぱいに頬張ると、それを【舌技】を使ってもにゅもにゅと味わいながら、俺は心の中でほくそ笑むのだった。
……
…………
………………
というわけで、早速心当たりの場所へとやってきた。
目の前には満開の桜に彩られた大木。近くに住宅街などもなく、木の下には広々とした平たい空間が広がっており、まさにお花見スポットとしては絶好の場所といえよう。
……なのだが、周囲を見渡せど人っ子一人見当たらない。
それもそのはず、桜の木の周りには厳重にバリケードテープが張り巡らされており、ご丁寧に『立ち入り禁止』と書かれた看板まで立てられているのだから。
しかし、俺はそんなものはお構いなしに、それらの間を潜り抜けて悠々と桜の木の下まで近づいた。
「星三ダンジョンか。描かれているモンスターは……植物系かな?」
幹の部分、ちょうど子供でも触れられそうな高さのところに、三つの星マークと人面樹のようなモンスターが描かれている魔法陣が刻まれていた。
こんな場所に転移陣があったら、そりゃ立ち入り禁止になるわな。花見で酔っぱらったり、テンションの上がった人がうっかり触って、ダンジョンの中に転移してしまわないとも限らない。
「親父さんに消していいって許可はもらったし……さくっとクリアしちまうか」
今の俺であれば星三ダンジョンくらいなら、特に苦戦することなく攻略できるはずだ。まあ、それでも油断は禁物だがな。
ポーチから植物系モンスターに特効のある"葉斬爪"を取り出し、それを右手に装着すると、俺はダンジョンの中へと足を踏み入れた。
◇
「どりゃあ!」
《ギャアアアーー!?》
俺を丸呑みしようと真っ赤な大口を開けて迫ってきた、巨大な花のようなモンスターを葉斬爪で斬り裂く。
酸のような液体が派手に飛び散って俺の身体に降りかかり、じゅわりと肉が焼けるような嫌な臭いが鼻をついた。
たが、そんなものはお構いなしに、俺はさらに攻撃を続ける。焼け爛れた肌を一瞬にして再生させながら、目にもとまらぬ速度で花モンスターを切り刻んでいく。
やがて、花の中心部分についた球体状の急所を貫くと、モンスターはボロボロに崩れ去って跡形もなく消滅した。
パサリ……と、地面に服の上下セットのような物が落ちたので、鑑定機にかけてみる。
【名称】:冒険者の魔法服 (♂)
【詳細】:丈夫で動きやすく、着た者の身体にジャストフィットする不思議な服。破けても時間が経てば自動で修復されるほか、臭いや汚れも自然浄化してくれるなど、冒険者にとって非常に利便性の高いアイテム。男性専用。
「あ~……。せっかく良さそうな魔導具ゲットしたと思ったのに、男専用装備かよぉ~」
試しに強引に着てみようとしたが、すぐにするりと脱げ落ちてしまって、どう頑張っても着ることはできなそうだった。
でもこの表記からすると、おそらく女性バージョンもありそうだし、そのうちドロップすることもあるだろう。
……さて、中ボスも倒したし後はボスを倒すだけなんだが、なんかちょっと気になる場所があるんだよな。
さっきボスらしき奴は見かけたのだが、全然関係ないところに、天まで伸びてるんじゃないかってほど大きな木が生えているのだ。これまでの経験からすると、ああいう場所にはトレジャーボックスがいる可能性が高い。
時間もあることだし、ちょっと寄り道していくか。
巨大な木の下までやってきた俺は、背中に【蝙蝠の羽】を生やして、パタパタと浮きあがった。本来なら頑張って木登りしなきゃいけないんだろうが、空を飛べる俺ならそんなことする必要はないからな。
そのままてっぺん近くまで飛んでいくと、木の枝が生い茂る中に鳥の巣のようなものがあり、その中心に手足の生えた銀色の宝箱が佇んでるのが見えた。
「お、やっぱりいたか」
ポーチから物質系モンスターに特効のある"付喪神殺し"を取り出すと、トレジャーボックスが行動を起こす前に、その脳天に剣の先端を突き刺した。
『にゅっ!?』
短い断末魔とともに、トレジャーボックスが消滅する。そして巣の中には、手のひらサイズの小さな家の模型のようなものが残されていた。
【名称】:四次元ペットハウス (小)
【詳細】:手のひらサイズの小さな家だが、入口のドアを開けると、四次元空間へと繋がっている。内部は1立方メートルほどの広さで、生物も収納できるが、最大で全長1メートルの物体までしか入れられない。ペットが快適に過ごせる環境が整っているため、小型のペットを飼うのに最適。
鑑定機に表示された説明を読んで、俺は思わず顔をほころばせた。
おお、"次元収納ポーチ"と同じ、いわゆるアイテムボックス系の魔導具じゃないか。しかもこっちは生き物も収納できるという。
しかし1立方メートルだからかなり狭いな。武器も長物は入らないだろう。名前の通り、アイテムボックスとして使うよりも、本来はペットを飼うための魔導具みたいだな。
「さあ、後はボスを倒して帰るだけだ」
ポーチの中に四次元ペットハウスをしまいながら大木の頂上からダイブすると、背中の羽を羽ばたかせてボスのいる場所へと飛んでいく。
果てしなく広がる森林の上空をしばらく飛行していると、やがて木々の開けた場所に出た。周囲が円形に伐採された広場のような場所で、中心には大きな花畑がある。
そして花畑のど真ん中には、巨大な花から女性の上半身が生えたモンスターが優雅に佇んでいた。
え~っと……あれは花型モンスターのアルラウネってやつか?
美しいが、星三ダンジョンのボスなのでもちろん油断はできない。俺は警戒しつつ花畑の上空を旋回しながら"火炎の杖"を取り出した。
《ラ~~~♪ ラララ~~♪》
そのとき、俺を視界にとらえたアルラウネが、突然歌いだす。
すると歌が聞こえる範囲にいた植物モンスターたちが、妙な挙動を見せ始めた。花から触手を生やしたモンスターが、それをなにもない木に巻き付けたり、手を生やした人面樹が近くにいる別のモンスターを殴りつけたりと、その行動は様々だ。
これは幻惑系か混乱系の能力か? だがしかし――
「ファイアストーム!」
"火炎の杖"から放たれた炎の嵐が、周囲の花畑ごとアルラウネを焼き払っていく。
すまんが俺には状態異常系の攻撃は効かんのだよ。相性が悪かったと思って諦めてくれ――よなっ!
《ア゛ア゛ァァァァーーッ!?》
上空から急速落下して、身体を焼かれて苦しんでいるアルラウネの脳天に"葉斬爪"を叩き込む。その一撃で核を砕かれたのか、彼女はあっけなく消滅した。
そして、地面には一足のスニーカーのような靴が転がった。
足系の魔導具は初めて見るな。どれどれ、さっそく鑑定してみようか。
【名称】:空蹴靴
【詳細】:右足と左足、両方で一回ずつ空気を踏みつけることができる。一回踏むと一分間のインターバルを挟まないと再度の発動はできない。伸縮自在で、履いた瞬間に足にフィットする。
へ~、これは面白い魔導具だな。
俺は【蝙蝠の羽】で空を飛べるから装備してもあまり意味ないけど、これと"ふわふわローブ"なんかを組み合わせれば、普通なら絶対たどり着けないような場所にも行けるようになるかもしれない。
今まで攻略してきたダンジョンで、「ここ、俺以外の奴じゃ絶対来れねえだろ」って場所も結構あったけど、なるほど……こういう風に魔導具を集めれば、普通の人間にもちゃんと攻略できる仕様なわけか。
ははぁ~……と、感心の溜め息を吐きながら空蹴靴を回収すると、俺はダンジョンを後にしたのだった。
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