第110話「祝勝会」

「「「かんぱ~い!」」」


 翌日、天満戸家ではシロスケの勝利を祝っての打ち上げが行われていた。

 

 ヒロポンさんに本物の絆奈ちゃん、そして源一郎さんに彼の奥さんの美奈子さん。そして、俺の五人でテーブルを囲んでいる。


「はい、ナユタちゃん。いっぱい食べてね」


「もきゅもきゅ……ありふぁとう!」


 絆奈ちゃんから差し出された唐揚げを頬張ると、口の中に肉汁がじゅわっと広がる。


 ……うん、うまい。小紫食堂みたいな大衆食堂の唐揚げもいいけど、こうした一般家庭の料理もその家独特の味が出ていていいよね。


「それにしてもほんまにシロスケが勝っちまうとはなぁ。シロスケのポテンシャルは高いと思てたし、ナユタちゃんが絶対いける言うてたけど、それでも正直俺は半信半疑やったんやで?」


 源一郎さんがビールをぐいっと煽りながらそう呟く。


 まあ、あいつは神様的な存在からチート級の肉体を貰っているっぽいからなぁ。それでもスタートで出遅れて、最終コーナーで前にいた馬が寄れて大外に弾かれたときは、さすがに焦ったけど。


 でも風莉さんの見事な騎乗と、走坂もそれに答えるように素晴らしい気迫の追い込みを見せてくれた。


 ゴール前は本当に手に汗握る展開で、俺も思わず叫んでしまったよ。


「それにしても、熊野さん大丈夫やろか。ブルートランクスが負けたショックか、入院してもうたみたいやないか」


「……はぁ、あいつは昔からメンタルが弱くてあかん。騎手時代も俺に負けへんくらいの才能はあったはずなんやが、プレッシャーに弱いせいでいつも勝負所でポカをやらかすんや」


 ヒロポンさんと源一郎さんの会話を聞きながら、俺は茶碗に入った白米をもぐもぐと咀嚼する。


 う~ん……嫌な感じのおっさんだったから一泡吹かせてやろうかとは思ったけど、まさかブルートランクスが負けただけで倒れて入院してしまうとは……。まあ勝負の世界は厳しいから、同情はしないけど。


 テレビに視線を移せば、復活の勝利を挙げた風莉さんが、取材陣に纏わりつかれている光景が映っていた。彼女は美少女だし、これからまた人気が出ることだろう。


 走坂も『やったー! これで俺も将来は種馬生活だーー!』と、大はしゃぎしていたが、種付け相手が美少女馬ばかりではないという現実は伝えないほうがよさそうだな……。



 ――ブー! ブー! ブー!



 そのとき、ポケットの中に入れていたスマホが振動する。


 画面を確認すれば、優羽さんからの着信だった。


「はい、もしもし?」


『ふふふふ……。ナユタちゃん言われた通り、マッシロシロスケに大金をぶっこんだわよ! まさかとは思ってたけど、本当に勝つなんて……! これで私の会社の運営資金も潤ったわ。本当にありがとう!』


 電話越しに、興奮気味の優羽さんの弾んだ声が聞こえてくる。


 ……ああそうだった。どうせ出走するのなら、誰かに馬券を買ってもらいたいと彼女に情報を流していたんだった。俺は絆奈ちゃんに変装はしていたものの、本来は競馬関係者ではないので違法じゃないよね? 知らんけど。


 それにしても一体いくら買ったんだろう……。単勝でも300倍ついてたから、相当儲けたんだろうなぁ……。シロスケの馬券を買った人なんて、もしかして彼女くらいしかいなんじゃないのか?


『こ、これをこのまま皐月賞に転がしたら、いくらになるのかしら? もしかして私の総資産も一気にカンストしちゃうかも……!』


「……次は上位人気になるだろうし、競馬に絶対はないんだから、もうやめましょうね? ただでさえあなたは一度ギャンブルで身を滅ぼしかけたんですし。今は沢山のアイドルを預かる芸能事務所の社長なんですから、くれぐれも無茶はしないでくださいよ?」


『そ、そうね。つい興奮しちゃったわ。ごめんなさい……』


「馬券収入の税金もちゃんと申請するんですよー」


 やれやれ、優羽さんは相変わらずだな。


 だけど今は"アストラるキューブ"らの親みたいなもんだし、彼女ももう馬鹿な真似はするまい。……たぶん。


「ナユタちゃん、今回はほんまにありがとうな。俺を石化から救ってくれただけに飽き足らず、シロスケまで勝たせてくれて。この恩は一生忘れへんで」


「いえいえ~、俺も楽しめたのでお気になさらず」


「しかし息子や厩舎の馬を救ってもうて、飯だけ奢って終わりっちゅうんじゃ俺の面子が立たへん。なにかお礼をさせて欲しいんやが」


 源一郎さんが真剣な眼差しで、俺を見つめながらそう言う。


 ……ふっ、ならば貰えるものは貰っておこうか。


「我が名は"吸血姫ナユタ"! 貴様らには血袋として、その身に流れる赤き雫を我に献上する栄誉を与えようぞ……!」


「う、うおおおおおぉぉーーーーッ! やっぱかわカッコええーーーーっ!!」


 俺が椅子の上に立ってポーズを決めると、ヒロポンさんは大興奮で拍手をしてくれた。


 天満戸家の面々はそんな俺たちを見て、呆れつつも楽しそうに笑っている。


「絆奈はもう上げたんやったか?」


「うん」


「やったら、まずは俺からやな」


 源一郎さんが腕を捲って、鍛え抜かれた太い右腕を差し出してくる。俺はそこに牙を立てて、彼の血液を吸い上げた。



《【GIジョッキー】を獲得しました》



 おお、さすがは元有名な騎手だ。予想していた通りの長所を入手できたぞ!


 どれどれ……。詳細を見てみよう。




【名称】:GIジョッキー


【詳細】:馬を乗りこなす技術にかけては右に出るものなし。バランス感覚、コース取り、馬との息のあった騎乗、そしてレース中の駆け引きなど、騎手として必要な技術を全て兼ね備えている。馬だけではなく、人を背に乗せるタイプの他の動物も、人並み以上に乗りこなすことが可能だ。




 よしよし、いい能力だ。これってモンスターなんかにも乗れたりしちゃうのかな。


 源一郎さんの血液を吸い終わった俺は、今度は彼の奥さんへと視線を向けた。普通のおばちゃんのようで、でもどこか一般人とは違う雰囲気を感じる人だ。


「博文を助けてくれてありがとねぇ、ナユタちゃん。こんなおばさんの血でいいならいくらでも吸っておくれ」


「はい、それでは遠慮なく。……ガブっ!」


 美奈子さんの腕に噛みつき、チューチューと血液を吸う。



《【演技派女優】を獲得しました》



 んんん? 女優……?


 ……ああ! どこかで見たことがあると思ったら、この人昔ドラマとか映画によく出てた人だ! そうだよな、源一郎さんが元有名な騎手なんだから、奥さんが芸能関係者でも不思議じゃないよね。




【名称】:演技派女優


【詳細】:まるでいくつもの顔を持っているかのように、役柄を演じ分けることができる。おっとりとしたお嬢様を、冷酷な殺し屋を、そして時には不気味な老婆を。その演技力は、見るものを圧倒する。




 ほうほう……。これは俺の怪盗としての活動に役立ちそうな能力だな。


 美奈子さんの腕をぺろぺろしながら満足げに頷いていると、ヒロポンさんがそわそわとしながら首筋をアピールしてくる。


 ……腕ではなく首をガブっとしてくれってか?


 しょうがないにゃぁ……。彼は俺のファン第一号だし、特別だぞ?


「ガブリンチョ!」


「うおおーーーー! 感激やーーー! 吸血姫ナユタ様に直に血を吸って貰えるなんて、俺は世界一の幸せもんやーーーっ!!」


 大げさに叫ぶヒロポンさんを無視して、俺はチューチューと彼の血を吸う。



《【慧眼】を獲得しました》



 んっ!? これはレアっぽい能力を獲得できたぞ! 詳細を確認してみよう。




【名称】:慧眼


【詳細】:物事の本質を鋭く見抜くことができる、すぐれた眼力。これを持つ者は、秘められた才能を持った人間を見出したり、隠された真実を暴いたりすることが得意だ。




 ……これはかなり使えそうな能力だな。


 十七夜月の【直感】と少し似ているけど、この二つの長所を組み合わせて使えば、今までよりもさらに生存率を上げられるかもしれない。


 それにしても天満戸家はみんないい長所を持ってたな! 関西まで遠征した甲斐があったぜ!


 俺は恍惚とした表情で血を吸われているヒロポンさんの首筋をぺろぺろと舐めながら、大満足の笑みを浮かべるのだった。

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