第113話「ダンジョン無双①」
背中に"巨人斬り包丁"を携え、ゆっくりと草を搔き分けて前へと進む。風に揺れる草は俺の背の丈よりも高く、まるで緑の海を泳いでいるかのような感覚に陥る。
青臭い匂いに包まれながらしばらくそのまま歩いていると、不意に視界が開けて大きな広場のような場所に出た。
中央に巨大な二本の木が生えている以外は、見渡す限りなにもない空間だ。
俺は木の根元を見ると、そこから徐々に視線を上げていく。すると、二本の木は途中で繋がり、更に巨大で太い一つの体となっているのが見て取れる。
そして一番上まで視線を上げると、そこには巨大な顔があり、ぎょろりとした二つの大きな瞳がこちらを見下ろしていた。
《グオオ…………》
……はい、木じゃなくて巨人の足でした。
遠くから見てもかなりの大きさだったが、こうして近くで見上げると更にその巨大さが際立って見える。10メートル……いや15メートル以上あるかもしれない。5階建てのマンションくらいの大きさだ。
『おお~~~っ! 迫力ありますね~、さすがは星四ダンジョンのボスです』
「人間時代の俺なら漏らしててもおかしくなかったな……」
インカムで十七夜月と会話しながら、俺は背中の巨人斬り包丁を引き抜いて構える。
それを合図とするように、巨人の巨足がゆっくりと振り上げられた。
「――ふっ!」
ジャンプして俺を踏み潰そうとするその巨大な足を躱すと、ドシンッと大きな振動を立ててそれは地面へと突き刺さる。辺りにはまるで地震が起きたかのように地揺れが起こった。
だが、俺は空中で回転しながら冷静に着地すると、地面を蹴って巨人の足首を斬りつける。
《グォオ……ッ!?》
ふむ……。どうやら"巨人斬り包丁"にも【剣豪】の効果は乗るみたいだな。剣を使っているときと同じように動きが軽く、そして力が漲ってくるのを感じる。
巨人は次に巨大な手を上空から振り下ろしてきたが、俺はそれを最小限の動きで避けながら巨大な手のひらを何度も斬りつけた。
《グォオオオ……ッ!》
痛みに悶えるように大きな咆哮を上げながら、巨人は地面をサッカーボールのように蹴って、土や砂埃を俺に向かって勢いよく飛ばしてきた。
俺はそれを上空に大きく跳んで躱すと、背中に【蝙蝠の羽】を出現させて、そのまま上へ上へと避難する。
『空を飛べると戦略の幅が広がっていいですねー』
「ああ、めちゃくちゃ便利だな。そして、今の俺であれば星四ダンジョンのボスであれ、全く問題ないことが確信できた!」
ピエロと戦ったときは、まだ半屍吸血鬼だったからな。あれから二回も進化し、様々な長所を獲得した今の俺は、あの頃より圧倒的パワーアップを果たしている。
空中で旋回しながら、巨人の無防備な首筋に狙いを定めて、俺は一気に加速する。
《ギィァァアアアーーッ!!》
すれ違いざまに巨人の首筋を斬りつけると、そこから真っ赤な血が吹き出し、まるで雨のように地面に降り注いだ。
首筋を斬り裂かれて激怒した巨人は、人間が蚊を潰すように何度も巨大な手のひらを俺に叩きつけてくるが、俺はそれをひらりひらりと避けていく。
肩、目、耳、鼻、口……。
巨人のあらゆる箇所を斬りつけながら、俺は空中を縦横無尽に動き回る。
そして、血を流しすぎて膝をつく巨人に向かって、俺は高く高く上空に舞い上がると、落下の勢いを乗せて胸部に巨人斬り包丁を突き刺した。
《グォオオァアアア~~ッ!!》
絶叫を上げながら、巨人がその場に倒れ込む。とてつもない轟音と振動、土煙が辺りを覆い尽くす。
……しばらくの静寂のあと、巨人の身体は光の粒子となって消えていき、その場には忍者が使うような黒いナイフが残されていた。
俺は地面に着地すると、それを拾って鑑定機にかける。
【名称】:影クナイ
【詳細】:これを影に刺された者は、まるで金縛りにでもあったかのように身体が動かなくなる。普通の人間であればクナイの効果が切れるまで1時間ほどで、高い能力を持つ者ほど効果が切れるまでの時間が短い。また、誰かがクナイを抜く、もしくは太陽が沈むなどで影がなくなると即座に効果は解除される。エネルギーを使い果たしても、深い影に刺してしばらく放置すれば再び使用可能になる。
なかなか有用そうな魔導具だな。でも、たぶんボスに使っても一瞬で効果が解除されて終わりな気がする。
足止めや時間稼ぎに使うのがベストだろうな。
さて……思ったよりも早くボスを倒せたし、まだまだ時間はある。せっかくだから、もう一個くらいダンジョンに潜ってみるか。
◇
《ピギィィーーーッ!!》
熊かライオンかというくらい巨大な蟻のモンスターが、その大きな顎で俺を噛み砕こうとしている。
俺はそれを後方宙返りして避けると、空中で一回転してから蟻の頭に"虫砕き"を叩きつけた。
《ピギャッ!?》
頭を潰され、蟻は絶命する。だが、洞窟の奥からは次々と蟻の群れが押し寄せていた。二足歩行の蟻、鎧を着た蟻、巨大な剣を携えた蟻……。様々な形態の蟻が、俺を喰らおうと次々と襲いかかる。
しかし、今の俺にとっては星四ダンジョンのこいつらもゴブリンと然して変わらない。俺は巨大な大槌をまるで小枝のように軽々と振り回しながら、蟻どもをプチプチと潰していった。
数十分ほど戦い続け、ようやく全ての蟻を倒し終えた俺は地面に腰を下ろすと、大きく息を吐いた。
『お疲れ様ですー。怪我はありませんかー?』
「よゆーよゆー、でもここまで数が多いとさすがに疲れるな。もうちょい休憩してからボス戦に向かうとするわ」
魔導具も結構手に入ったし、なかなか有意義なダンジョン探索だった。
でも、何故かこのダンジョンは他の星四ダンジョンより魔導具の数が少なかった気がするな……。星四なのに隠し部屋にも宝箱がなかったし。まあ、そういうダンジョンもあるのかもしれない。あまり気にしなくてもいいか。
二つの星四ダンジョンを探索して、新たに手に入った魔導具はこんな感じだ。
【名称】:橙ポーション
【詳細】:魔法の杖に振りかければ、即座に残量が全回復する。オレンジ色で美味しそうな見た目をしているが、飲料ではなく、吐くほど不味いので口にしないように気をつけよう。
【名称】:石化薬
【詳細】:飲むと一瞬にして全身が石化してしまう薬。普通ならただの毒薬でしかないが、石化している間は肉体の時間が止まるため、石化解除アイテムを持っていれば使い方次第では有用なアイテムにもなる。身につけている物も全て石と化すため、貴重な装備は外して飲むのが望ましい。
【名称】:完全防備マスク
【詳細】:口や鼻から吸い込むタイプの状態異常攻撃を完全に無効化する。また、病原菌の類も無効化できるため、あらゆる病気を予防することができる。ただし、とても分厚く息苦しいため、長時間の使用は窒息の危険がある。
【名称】:超自然胸パッド (Fカップ)
【詳細】:胸に張り付けることで、皮膚と一体化して本物と区別のつかない偽胸を作り出すことができる。男性も使用可能で、女装癖のある人におすすめ。先端部分をつまむと取り外すことができる。
さすが星四ともなれば色々な魔導具が手に入るな。かなりユニークな効果を持った代物も多い。
魔導具の中にはあまり俺に必要な物はなさそうだが、橙ポーションなんかはかなり利便性が高そうだ。これを大量に入手できれば、杖を無限に使い続けられることになる。
ポーチから取り出したミネラルウォーターをゴクゴクと飲み干すと、俺は胸を反らして大きく伸びをしながら立ち上がった。
『星四でここまで無双できるなんて、今の先輩ってもしかして星五もクリアできたりしちゃうんじゃないですか?』
「……そうかもな」
この世界のダンジョンで最も難易度が高いとされる、星五ダンジョン。未だクリアした存在どころか、中がどうなっているのかさえ知る者は殆どいない。
何故なら、星五ダンジョンは世界でたった五つしか確認されていないからだ。その全てが国によって厳重に管理されており、一般人は足を踏み入れることすら不可能なのだ。
『出雲大社のダンジョンなら、管理局にお願いすれば入れそうですよね?』
五つしかない星五の一つは、日本の出雲大社にある。確かにあそこであればダンジョン管理局に頼めば入れそうな気もするが……。
「俺はもう一か八かの冒険はしないの。絶対にクリアできるほどの力を身につけるか、もしくはどうしてもそこに行かなくてはならない理由でもできない限り、星五に行くつもりはない」
『まあそれが無難でしょうね。星四でも帰還の転移陣を使うには中ボスを倒さないといけないわけですから、星五だともっと難解なギミックが用意されていてもおかしくないわけですし』
そういうことだ。俺はもう絶対に死にたくないし、できれば危ない目にもあいたくないのだ。
……さあ、そろそろこの巨大蟻ダンジョンのボスに挑むとするかな。
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