第114話「ダンジョン無双②」

 ゆっくりとボス部屋の扉を開くと、そこにいたのは、電車のように長い身体を持つ巨大な女王蟻だった。


《ほほほほ……。妾の可愛い子らを、随分と殺したようだのう?》


 ……こいつも喋るのかよ。あのピエロといい、オノスケリスといい、ダンジョンの難易度が上がるほどボスの知能も高くなるみたいだな。


 女王蟻はギチギチと嫌な音を立てながらその大きな顎を開くと、そこから大量の糸を吐き出した。


「ファイアボール!!」


 ポーチの中から素早く"火炎の杖"を取り出した俺は、火球を飛ばしてそれを焼き尽くす。そして女王蟻が次の行動を取る前に【縮地】で肉薄すると、"虫砕き"をその巨大な頭部に叩きつけた。


《ギギィッ!?》


 ぐしゃりと女王蟻の頭が潰れ、その巨体が地面に崩れ落ちる。

 

 ……んん? 星四のボスにしては案外呆気なかったな。


 いや、なにかおかしくないか? 確実に倒した手応えがあったのに、その巨体が光の粒子となって消えていかないのだ。


《なかなかやるのう、小娘》


 潰れた頭部の内側から声がして、俺は慌てて飛び退いた。どうやらまだ生きているらしい。


 女王蟻の背中が、ベリベリとまるで脱皮でもするかのように縦に裂けていく。そして中からは、人型の美しい女の造形をしたモンスターが姿を現した。


 人間とあまり変わらない姿形をしているが、肌の色はまるで死人のように真っ青で、頭部からは二本の触覚、背中には虫の羽のようなものが生えている。


『……なんかどっかで見たことある形状じゃないですか?』


「言うな、俺も思ったけど言うな」


《さあ、ここからが本番じゃ……。星五ダンジョンのボスさえ恐れさせた、妾の真の力――》


「オラァ!!」


 俺はこれ以上余計なことを言われる前に、人型になった女王に向かって大槌を振り下ろした。だが、奴はニヤリと笑みを浮かべると、背中から生えた羽を羽ばたかせて宙に浮かび上がり、その一撃を回避する。


 ……む、飛べるのか。それに、なにかする気だな。


 警戒して身構える俺に向かって、女王の身体からピンク色の霧のようなものが吹きかけられる。少しクラリとしたが、俺は気にすることなく上空に跳んだ。


《ぬぁ! なぜ妾のフェロモンが効かないのじゃ!?》


 やはり魅了系の状態異常攻撃か。だけど残念、俺は【状態異常耐性・極】を持っているので、ちょっといい匂いがする程度にしか感じないのだ。


 "虫砕き"をぶん回し、女王の頭部に狙いを定める。が、肩先をかすめただけで、ギリギリのところで避けられてしまう。


 かなりの素早さだ……どうやらこいつは星四の中でも上位の強さみたいだな。


《ならば、これでどうじゃ!?》


 女王は背中の羽を再び羽ばたかせると、四方八方に飛び回りながら今度は大量の鱗粉のようなものを撒き散らした。緑色をした毒々しい粉が、俺の身体に降りかかる。


 これはおそらく猛毒だな、でも当然俺には効かない。


《ぐぬっ、小癪な……》


 更には灰色の霧、そして赤色の鱗粉など様々な状態異常攻撃を繰り出してくるが、残念ながら俺には全く効果はない。


 空中を飛び回りながら、女王に何度も"虫砕き"を叩きつける。俺の【蝙蝠の羽】に匹敵するスピードを誇っているようだが、俺は相手の攻撃を避ける必要がないので、一方的に攻めることができた。


 やがて体力がなくなったのか、女王が地面に落下して膝をつくと、最後の足掻きとばかりにその口を大きく開いて大量の蟻酸を吐き出した。


 俺はそれを華麗に旋回して避けると、後方の壁にぶつかって「ジュワァ……」という音を立てて蒸気を上げる蟻酸を背に、女王の目の前に着地する。


「蟻ーヴェデルチ!!」


《ギィヤアァアーッ!! ば、馬鹿な……。妾が、負けるなど……》


 振り下ろされた"虫砕き"がその頭部を叩き潰すと、女王はビクンビクンッと身体を痙攣させながら、やがて光の粒子となって消えていった。


 そしてその場には、銀色の輝くダイヤモンドのような石が残される。




【名称】:結界石 (小)


【詳細】:これを使用した場所を中心に、半径1キロの範囲は外部から完全に隔離される。結界の外から中に侵入できるのは石を使用した本人と、その許可を受けた者のみ。結界内にいる生物は、使用者の意思で結界の外に弾き出すことができる。任意で解除可能で、使用時間が合計で1時間を超えると石は消滅する。ダンジョン内では使用不可。




 鑑定機に表示されたその説明文に、俺はううむと唸ってしまう。


 なかなか凄いアイテムではあるのだが、ダンジョン内では使えないというのは残念だな。


 でも、たとえばテロリストに建物が占拠された場合に、結界を発動させて人質を外に弾き飛ばすとか、ミサイルや隕石が降ってきたときに中に逃げ込むとか、そういう使い道もありそうだ。

 

 他にも街中に巨大なドラゴンが現れたときなんかにも、周囲に被害を出さずに対処できるかもしれない。まあ、そんなことはこの地球ではまず起こり得ないだろうけどな。


 ただ、消費アイテムであるので、あまり乱発してはいざというときに困る。これは本当にピンチなときの最終手段だな。


『お疲れ様です、先輩。そろそろ晩御飯ができるので、早く戻ってきてくださいね』


「おお! 運動したから腹減ったな! すぐ戻るぞ!!」


『前みたいに後ろをつけられないように、ちゃんと注意してくださいよ? 最近は天獄会の動きが活発になってきてるらしいですから』


 最近は転移陣の近くに監視カメラが設置されている場所も多い。おそらく、天獄会の奴らが中に入る人間をチェックしているのだろう。


 なので俺は事前に【幻想の魔眼】で周囲を確認して、奴らの縄張りと思われるダンジョンには近づかないようにしていた。


「ここの周辺にはカメラも設置されてなかったし平気だろ。それに、今の俺は五感の全てが人間のそれを遥かに超えてるからな。集中すれば、数百メートル後ろからつけられてても多分気付けるぞ。もしだれかが尾行してきたら逆に捕まえて尋問してやるわ!」


『まあ、それなら大丈夫でしょうけど……。油断だけはしないでくださいね』


 ふむ、こいつがそこまで言うってことは、念のために警戒はしておくか。一旦家とは反対の方向に向かってから、ぐるっと大回りして帰ることにしよう。


 俺はう~ん、と伸びをしてから結界石をポーチに収納すると、光に包まれながらダンジョンから脱出した。





◆◆◆





「し、信じられねぇ。マジで星四ダンジョンから一人で出てきやがった」


 蟻塚夏海を送り込んだ星四ダンジョンを監視していた部下から、少女が一人でダンジョンに入っていったと連絡を受けて、俺たちは慌てて現場に向かった。


 そして、転移陣から約一キロ離れたビルの屋上から監視を続けること数時間、無傷でダンジョンから戻ってきた少女の姿を目撃したのだ。


「歩き出しましたよ。龍吾の兄貴、追いましょう!」


「待て! 動くな桐崎っ! 気づかれるぞ!」


「……え? でも兄貴、ここから小娘までは一キロ以上離れてるんすけど……」


 双眼鏡でダンジョンの入り口を監視していた弟分の"桐崎きりさきやいば"が、怪訝そうに眉を顰めながら小声で言う。


 こいつは天獄会の中でも格段に高い戦闘能力を持つが、やや自分の力を過信しすぎる傾向があるのが玉に瑕だ。あの娘は普通じゃない。それこそ会長に匹敵する特別ななにかを持ってると思って警戒すべきだ。


「あの娘は星四ダンジョンから帰還したんだぞ? しかも単独でだ。つまりはそれだけの力を持っていることになる」


「でも、それってたぶん何らかのチートスキルを持ってるからじゃないんっすかね? ダンジョンの外ではただの小娘の可能性が高いですよ。俺たちなら余裕で捕縛できると思うんすけど……」


「……いや、勘だがどうも違う気がする」


 あの娘は監視カメラが仕掛けてある場所や、近くで誰かが監視してる場所には決して姿を現さなかった。こうして監視場所を一キロ以上離れた距離にして、ようやくその足取りを掴めたのだ。


「とにかく、絶対に動くなよ。追う必要もない」


「いいんですかい? 行っちまいますよ? あの小娘の住処を特定できるチャンスですぜ?」


「追跡すると確実に気付かれる。今一瞬、あいつがこちらを気にするような素振りを見せた」


「うぇ~……どんなバケモンだよ。少年ジャソプのキャラクターかよ」


 右手に持っている漫画雑誌を地面に投げ捨てながら、桐崎は呆れたように呟いた。


 風に吹かれてペラペラと捲れていく漫画のページには、主人公が数キロの距離を一瞬で詰めて、強敵を一撃で倒すシーンが描かれている。


「……まあ、兄貴が言うなら従いますけどね。だけど、せっかくターゲットを見つけたのに、これじゃあ無駄に終わっちまいますぜ」


「無駄ではない。……目算で、身長は145センチ前後、外見年齢は中学生から精々高校生くらい。小柄だが肉付きは良すぎるほどいい。腰まであるストレートの黒髪に、所々白のメッシュが入ってる。はっきり言って、芸能人でもいないレベルの美しすぎる、かつ特徴的な外見だ」


「お、おぉ……。相変わらずすげー特技っすね。一瞬で映像を脳内に記憶できるんでしたっけ?」


「ああ、帰ったら似顔絵を描こう。それを元に、ネットや足を使って特徴と合致する人物を片っ端から探せば、近いうちに見つかるだろう。あの娘は主に都内近郊のダンジョンに出現していることから、おそらく都内住みである可能性が高く、さらにあの容姿だ。必ず目撃情報が出てくるはずだ」


「えぇ……小娘一人相手にいくらなんでも慎重すぎやしませんか? 兄貴も、天獄会長も。俺はもっと、こう……スパッと攻める方が好きだなぁ」


 桐崎は腰から目にも止まらぬ速さで二本のナイフを引き抜くと、クルクルと器用に回し始めた。

 

 こいつのナイフ術は、裏の世界でも右にでる者がいないほどの腕だ。


 いつナイフを振るったのかすら分からないほどの素早さで相手を切りつけ、投擲したナイフはまるでビームでも放っているかのように、恐ろしい速度かつ正確な軌道でターゲット目掛けて飛んでいく。


「そうかもしれない。……最近は会長のお体の具合も良くない。なるべく早く、あの方の悲願を叶えたいという気持ちは俺にもある……が、今は待つんだ」


「……ういっす」


 不満そうに唇を尖らせながらも、桐崎は素直にナイフを腰の鞘に収めた。


 そしてしばらく監視を続け、少女の姿が完全に消えたことを確認してから、俺たちは闇に紛れてその場を後にしたのだった。

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