第124話「猫と吸血鬼」
《日本各地で発生していた、ペットの猫ちゃんたちが突然喋り出すという現象は、どうやら完全に終息したようです》
《しかし今回は大きな混乱は起こりませんでしたが、結局のところ原因は不明なままなのでしょう? 例の石化事件といい、去年から続くおそらくダンジョン関連と思われる謎の現象には、本当に肝が冷えますよ》
《この世界にダンジョンが出現してから早二十数年、今までは私たちの生活に大きな変化は起きませんでした。ですが、こうも立て続けに不思議な出来事が頻発すると、なにか大きな事件が起こる前触れではないかと正直ちょっと怖くなっちゃいますよね……》
《日本以外でも最近はおかしな現象が頻発しているようですよ。ロシアでは、ある日監獄から世紀の連続殺人犯が突如消失して、翌日に何事もなかったかのように牢屋の中に戻っていたなんて話もあったみたいですし》
《こわ! なんですかそれ……。海外でもそういうの、起きているんですか?》
――ミケノンに封印の首輪を嵌めてから、一週間の日々が過ぎた。
テレビではコメンテーターたちがあれやこれやと議論を交わしているが、突然猫が喋り出すという異常事態に最初は大騒ぎしていた人々も、今ではすっかり落ち着きを取り戻している。
人の順応性とはなんと凄まじいことかと感心するとともに、これなら本当にミケノンの計画通りに事が進んでも、猫たちは人間に受け入れられていた可能性もあったのでは……なんてことを俺は考えていた。
園部家の裏山にあった猫の王国は事実上消滅してしまったが、それでも猫たちはあの山が気に入ったようで、今も近隣の街からたくさんの猫が遊びに来ては、自由気ままに過ごしている。
寅五郎が暫定リーダー、俺が相談役として山に集まる猫たちをまとめ上げているので、人々に迷惑はかけていないし、これからもあの場所は猫たちにとっての楽園であり続けるだろう。
そしてミケノンは――
――ピンポ~ン♪
チャイムが鳴って、十七夜月がパタパタと駆けていく音が聞こえた。俺もその後を追いかけて、玄関へと向かう。
ドアを開けると、そこにはミケノンを抱きかかえた撫子さんが立っていた。その表情は少し沈んでいて、どこか申し訳なさそうに眉根を下げている。
『にゃ! にゃにゃにゃ~~っ!』
「おっと!」
俺の姿を見つけるなり、ミケノンは撫子さんの腕からぴょん、と飛び跳ねて、俺の胸に飛び込んできた。そしてぺちぺちと肉球で叩いてくる。
そんなミケノンを優し気な眼差しで見下ろしながら、撫子さんはゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい、あのときは……この子を止めることができなくて」
「本当ですよ。もうちょっとで、日本は猫に征服されていたかもしれないんですよ? ちゃんと反省してるの?」
「は、はい……」
「でも駄目ですね。先輩、とりあえずお仕置きしちゃってください」
「え? あ……うん――ガブリッチョ!」
「痛い! や、やめてナユタちゃん! 反省してるから噛まないで……っ!」
とりあえずお仕置きに、ちょっと多めに血液ちゅーちゅーをしておいた。
血を一気に抜かれて貧血になった撫子さんをリビングのソファーに寝かせ、彼女を十七夜月に任せると、俺はミケノンと一緒に自分の部屋へと向かう。
「ミケノン、遊ぼうぜ!」
『にゃー!』
撫子さんはしばらく動けないだろうし、今日は久々に思う存分ミケノンと遊ぶことができそうだ。
……
…………
………………
「ちょ、ちょっと待った。えっと、ここに飛車を動かせばまだ逆転の目はある……か? あるよな?」
『ないにゃ……もう完全に詰んでいるにゃ』
「ぐぬぬ……。負けました……」
『3勝2敗、これで吾輩の勝ち越しにゃ。勝利の報酬として、封印の首輪の解除を要求するにゃ』
「それは駄目、お前またロクでもないことしでかすだろ。チュールで我慢しろ」
『――んにゃ』
ミケノンの口の中に、チュールの塊を放り込んでやる。
するとミケノンは夢中になってそれをしゃぶり、あっという間に食べきってしまうと、満足げにゴロゴロと喉を鳴らしながら俺の膝で丸くなった。
――封印の首輪で知能を封じられたミケノンだが、その肥大化しすぎた知能は完全に失われるまでには至らなかった。
人間の言葉こそ喋れなくなったが、こうしてちょうど俺と将棋で互角に戦えるくらいの知能が残ったのだ。
撫子さんや十七夜月とは直接話すことはできなくなってしまったものの、ペンやスマホを使えば意思疎通することはできるので、特に不自由は感じていないらしい。
そして俺は【スピリットトーク】で普通に会話ができるので、相変わらず以前と変わらない友人としてこうやって一緒に遊んでいる。
ちなみに、"神王の冠"は次元収納ポーチの中ではなく、俺しか知らない秘密の場所に封印した。あれは危険すぎるアイテムだし、また誰かに奪われでもしたら大変だからな。
「まったく……まだ猫の王国を築くことを諦めてないのか?」
『吾輩の意見は変わらないにゃ。人間はきっといつかこの世界を滅ぼす危険な存在にゃ。けど、魔導具の供給や長年に渡る猫たちの相談役など、結局はナユタが乗り気じゃないとそもそも不可能な計画だったにゃ~』
「あのなぁ、だったら俺が断った時点で戦う必要なんてなかっただろ」
『知らないのかにゃ? 意見の対立した友人とは、拳を交えるのが一番手っ取り早い解決法にゃ』
「頭が良くなったくせに、なんでそこだけ脳筋なんだよ……」
『それに、最近のナユタは無双状態でちょっと調子に乗っていたにゃ。人間の悪意、集団になったときの驚くほどの強さは、吾輩や猫たちの比じゃないにゃ。それが少しは身に染みたのではないかにゃ?』
「うぐっ……」
それは確かに……否定できないかもしれない。
吸血貴族に進化し、星四ダンジョンのボスすら余裕で倒せてしまう力を手に入れた俺は、少しふわふわと浮ついた気分になっていた。その結果がこのざまだ。十七夜月がいなければ、ミケノン率いる猫たちに敗北していただろう。
これが巨大組織や日本という国家が相手だったら……と思うと、俺はまだまだ無敵の存在には程遠い。
『とにかく、ナユタもやる気がにゃいし、知性を封じられた吾輩にできることなんてなにもないにゃ。だから今はこうして猫らしくのんびり過ごすしかないにゃー』
ミケノンは仰向けに寝っ転がったまま、ぷらーんと尻尾を振って俺の太ももをくすぐった。
俺は尻尾を手で退けると、もふもふとしたお腹を触りながら、その神秘的なオッドアイをジッと見つめる。
『……にゃけど、にゃけどもしいつか、ナユタが人間に失望したそのときは――真っ先に吾輩の首輪を外すにゃ。吾輩は……猫たちはきっと、人間よりナユタの味方をするにゃ』
「そうだな……もしそんなときが来たら、真っ先にお前に相談するよ」
どうかそんな日が来ませんように――そんな祈りを込めながら、俺はミケノンの頭をゆっくりと撫でた。
【名称】:薙刀名人
【詳細】:剣術三倍段という言葉がある。これは剣を持って槍や薙刀などの長物を相手にする場合、三倍の技量がなければ勝利は望めないという格言である。ましてや名人ともなると、一流の剣豪ですら相手にならないほどだ。その華麗なる槍捌きはまるで舞を踊っているかの如く美しく、剣の間合いの外から繰り出される攻撃は相手に反撃の隙すら与えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます