第121話「猫の王国②」

「準備OKにゃ、始めてくれにゃ」


「それじゃーいくぞ~」


 園部家のリビングで、ミケノンを中心に可愛らしい猫たちが一列に並んでいる。その前にはカメラを構えた撫子さんがスタンバイ。


 俺が【天使の指先】でポロロンとピアノを弾くと、それに合わせて猫たちが踊り始める。その可愛さといったら、筆舌に尽くし難いほどだ。


 そして曲が終わると、猫たちは揃って決めポーズをしつつ、カメラ目線で「にゃ~ん」と一声鳴いた。


 この動画をネットにアップすると、たちまちSNSで話題になり、再生数はうなぎ登りに。たったの数日で、猫好きの間で知らない人はいないほどの人気動画となった。


 ……


 …………


 ………………


「王国の住民、どんどん増えてるみたいじゃないか」


「近隣の街の猫たちは殆どが吾輩の傘下に入ったにゃ。この調子でどんどん増やしていくにゃ」


 今日もうちに遊びに来たミケノンと会話しながら、俺たちは映画を鑑賞していた。


 今俺たちが見ているのは、地球に激突せんと迫る巨大な隕石を破壊するために、世界各国の勇敢なる戦士たちが力を合わせて立ち向かうという、大作SF映画だ。


 既に物語も終盤に差し掛かり、主人公たちは多くの犠牲を出しながらも隕石を爆破することに成功する。


 地球は降り注いだ隕石の欠片によって甚大な被害を受けてしまうが、それでも人類は無事に生き残ることのできた、めでたしめでたし。というところで、映画は幕引きとなった。


 俺は感動のあまり、思わず涙ぐんでしまう。


 しかし――俺の膝の上で丸くなっていたミケノンは、苦虫を噛み潰したような顔で画面を睨みつけていた。どうやら彼は、このラストに納得がいっていないらしい。


「どうしたんだよミケノン、めっちゃいい映画じゃん。感動しなかったのか?」


 もふもふの毛並みを優しく撫でながらミケノンに問いかけると、彼は画面を見つめたまま、吐き捨てるように言った。


「人間だけがシェルターに避難して大勢生き残った。にゃけど多くの生き物が死んだにゃ。絶滅した動物も多いはずにゃ。なのに、なんでこいつらはヘラヘラ笑ってるのにゃ?」


 ミケノンが指さした先では、半分崩壊した地球を背景に、主人公がシェルターの中から出て来ると、ヒロインと互いに肩を抱き合って涙を流しながら喜びを分かち合っていた。その周りにいる仲間たちも、みんな笑顔で祝福している。


「……人間だけにゃ。所詮は人間だけが生き残れば全て良し、たとえ他の生き物が滅んでも、自然が壊滅状態になっても別に構わない。そんな考えのもとに作られている作品にゃ」


「うぐ……。そ、それは……そうかもしれないけど……」


 人間が主役なんだから、仕方ないじゃないか。と、俺は心の中で思ったが、ミケノンは猫なので彼の気持ちも分からなくはない。


 そして彼はテレビのチャンネルを変え、今度は動物愛護や環境保護を題材としたドキュメンタリー番組を見始める。


 その番組では、髭面の男性が海の生物を捕まえようとする人間に対して強い憤りを露にしていた。彼は海を汚す人間や、クジラなどの美しい生物を乱獲する人間は絶対に許せないと、涙ながらに語っている。


「彼は……何故特定の生物だけ保護しようと考えるのにゃ?」


「……えっと、クジラは美しいし高い知性を持つ神秘的な生き物だからって言ってるみたいだけど」


「人間は、普段はルッキズムは悪だ、人種によって差別をしてはいけない。老人や知性の劣る人たちを敬い大切にしろ。そう主張しているのにゃ。にゃのに、何故動物になると美しく高い知性を持つものだけを保護しようとするのにゃ? 本当に動物を守ろうと思うのなら、あらゆる動物を平等に保護すべきにゃ」


「そ、そうですね」


「神秘的というのも彼らの主観でしかないにゃ。所詮は彼らの価値観で、生かすべきものとそうでないものを自分たちで勝手に選別しているだけにゃ。そして……保護を謳いながら自分たちにとって都合が悪いものは害獣だの決めつけて、片っ端から殺していく。まるで神の代行者気取りにゃ!」


 ミケノンは苛立ちを隠そうともせず、テーブルを「バンッ!」と叩いた……つもりだったんだろうけど、猫なので「ペチン」という可愛い音しかしなかった。


「ちょ、ちょっとミケノン落ち着けって!」


「環境問題も一緒にゃ! 自分たちで勝手に環境を破壊しておいて、偉そうに保護などと……。しかもその殆どが、自分は環境問題に取り組んでいる素晴らしい人間だとアピールするためのパフォーマンスをしているだけで、心から真面目に考えている人間なんて一握りもいないにゃ! ……こんなもの、人間の数が減るだけで十分解決する問題にゃ!」


 しっぽの毛を逆立てながら、「フシャーッ!」と威嚇の声を上げるミケノン。


 彼の怒りを鎮めようと、俺は優しく頭を撫でてやった。するとすぐにゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうな顔をする。


 ……やっぱりこいつ、猫だな。


「ナユタ……吾輩は人間が恐ろしいにゃ。頭が良くなればなるほど、人間のことが理解できなくなるにゃ」


「ミケノン……」


「この世に悪魔という存在が居るのなら……それはきっと人間の形をしているにゃ。あらゆる生物を殺し、喰らう。自然を破壊し、星を汚染し尽くす。そして時には人間同士でさえ殺し合う。吾輩が最も恐怖を感じるのは、人間はそのような生き物でありながら、自分たちは神の寵愛を一身に受けた、この世で最も尊き存在だと本気で思っていることにゃ……」


 小さな手で頭を抱え、「にゃぁ゙ぁ゙~……」と悲痛な声を上げながら苦悩の表情を浮かべるミケノン。


 俺はそんな彼を抱き上げると、胸の中でぎゅっと抱きしめてやる。すると彼は俺の胸に顔をすりすりと擦りつけ、甘えるような鳴き声を上げた。


「確かにミケノンの言う通り、人間ってのは身勝手で欲望に忠実な生き物だ。でも、そうじゃない人間だってたくさんいる。それはミケノンがよく知っているだろう?」


「わかってるにゃ……。取り乱して悪かったのにゃ」


 急激な知能の上昇による副作用か、ミケノンの情緒は不安定になっているようだ。


 彼が落ち着いてスヤスヤと寝息を立て始めるまで、俺はずっとその小さな身体を優しく撫で続けた。







《続いてのニュースです。最近日本各地で、ペットの猫ちゃんたちが急に喋り出すという現象が起きています。言葉を喋ってかわいらしくチュールをねだったり、飼い主に甘えたりするなど、今のところは大きな問題は確認されていませんが、原因は不明のままです。専門家たちは――》


 テレビから流れるニュースを聞きながら、俺は夕食を口に運ぶ。


 すると、正面に座っていた十七夜月が、ジトっとした目でこちらを睨みつけてきた。


「これ、先輩とミケノンの仕業ですよね? 大問題にならないうちに、なんとかしたほうがいいと思うんですけど」


「い、いや……俺のせいじゃなくてこれはミケノンが勝手に……」


「先輩がミケノンを甘やかして好きにさせてるからでしょう? 飼い主は撫子ですけど、一番仲がいいのは先輩ですし、そもそもミケノンの頭が良くなったのも先輩が原因なんですから、ちゃんと監督責任を果たして躾けてくださいよ」


 ……はい、仰る通りです。


 このままだとマズいとは俺も思ってはいたのだが、ミケノンが可愛くてついつい甘やかしてしまっていたのだ。


 でも十七夜月の言う通り、そろそろなんとかしないと大きな問題が起こってしまう可能性も否定できない。


「う~む、ミケノンには悪いが"神王の冠"を回収させてもらうか……」


「ええ、思い立ったら吉日です。ご飯を食べ終わったら早速撫子の家に行きましょう。先輩だけじゃミケノンに言い丸められちゃうかもしれませんから、私も一緒に行ってあげますよ」


 そう言って、十七夜月は箸で掴んだ卵焼きを俺の口元に差し出してくる。


 俺はそれをパクっと口に含み、もきゅもきゅと咀嚼して飲み込んだ。

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