第120話「猫の王国①」

「王手にゃ!」


「ちょ、ちょっとタイム。今考えるから……逆転の一手を考え中だから……」


「無駄にゃ……もう完全に詰んでいるにゃ」


 盤上から顔を上げると、やれやれと呆れたように首を振るミケノンと目が合った。


 それでも諦めきれなかった俺は、再び盤面を睨みつけて数分に渡る長考に没頭するが、ミケノンは飽きてしまったのか欠伸を噛み殺し始めたので、仕方なく「ありません……」と蚊の鳴くような小さな声で投了を宣言する。


「感想戦やるかにゃ?」


「……いいです」


「にゃにゃ……。もうナユタと将棋をやっても面白くないにゃ」


「…………」


 ミケノンはつまらなそうな顔をしながら将棋盤を片付けると、テレビをつけて国会中継を視聴し始める。


 遂に、遂に飛車角落ち……どころかプラス金銀落ちで将棋を挑んでも勝てなくなってしまった。あれからもミケノンの頭脳は進化し続け、もう俺では頭脳を使うゲームで勝負しても勝てる気がしない……。


 俺が絶望に打ちひしがれていると、ミケノンはテレビを見ながら呟いた。


「何故……彼らは野次を飛ばしたり、大声を出して相手を威嚇するようにしながら討論をするのかにゃ?」


「え……? よく知らんけど、国会中継ってそんなもんなんじゃね?」


「彼らは国のトップとして、国民を導く存在にゃ。で、あれば、感情的にならずに理路整然と相手と討論するべきにゃ。そうやって知恵を出し合って、お互いの意見を深く吟味してこそ、より良い政策が生み出せるはずにゃ。なのに、彼らはいつも理性より感情を優先して、相手の意見を封殺することだけを考えて会話しているように吾輩には見えるにゃ」


「えっと……」


「知識人たちの討論番組を見ても同じにゃ。動物のように声を荒げて相手を論破しようとしたり、自分の主張を押し付けようとするだけで、まるで議論が深まらない。ナユタ、人間は知性ある生き物のはずなのに、これは何故だにゃ?」


「あ……え? あの……」


 ミケノンがズイっと顔を寄せてながら聞いてくる。


 しかし、そんなことを聞かれても困る……。討論の知識なんてほぼ皆無だし、政治もニュースでちょっと耳に入った程度のことしか俺は知らない。


「"無知の知"という言葉があるにゃ。彼の哲学者は、自分が無知だということを自覚して、そこから更に知ろうと努力した。にゃが、この言葉を知っている人間は大勢いても、実際は殆どの人間が自分は全てを知る賢人であると錯覚しており、他者の意見を一度は脳内で咀嚼し、自分の知識を深化させるという行為を怠っているにゃ。これは年を重ねたり、高い学歴や身分を持つ者ほどこの傾向が強く――」


「ま、待てってミケノン! ……俺には、ちょっと難し過ぎるよ」


 早口で捲したてるミケノンの言葉を遮って両手を上げて降参の意を示すと、彼は諦めたように溜め息を吐いた。


 そして、小さな手を器用に使ってゲーム機を設置すると、コントローラーの一つを俺に手渡してくる。


「……まあいいにゃ。今日は協力プレイが楽しめるゲームでもやるにゃ」


「お、おう! そうしようぜ!」


 話題が変わったことにホッとしつつ一緒にゲームを始めるが、ちらりとミケノンを見ると、彼はどこか上の空で画面に目を向けていた。







「なんだか最近、街に随分と猫が多い気がするな……」


 ミケノンと遊ぶために園部家へ向かって歩いてると、俺と同じ方向へと歩く猫の集団を目にした。


 ここらでは見ない顔ぶれの猫たちも多いし、どこか遠方からやってきたのかもしれない。でも、この辺に猫が好むような場所なんてあっただろうか?


 そんなことを考えながら園部家に着きチャイムを押すと、撫子さんが出迎えてくれる。


「あら、ナユタちゃん。ミケノンと遊びに来たの?」


「はい。ミケノンは?」


「あの子なら裏山に行ってるわよ? ふふ、最近は秘密基地を作るって張り切ってるの」


「……秘密基地、ですか」


 どうも園部家の裏にある大きな山は、園部一族が代々所有している土地らしく、山菜やキノコ、そして山川では猫たちの餌となる魚が豊富に取れるらしい。


 そのため、最近ミケノンは仲間たちと一緒に裏山で魚を捕ったり、秘密基地を作って遊んでいるそうだ。




 俺は撫子さんにお礼を言ってから、園部家の裏手にある山へと向かって歩き出した。すると道中、たくさんの猫たちが同じように山を登って行くのが視界に入る。


「おや? ボスではないかにゃ? こんな所で会うなんて奇遇だにゃ」


 山の中腹まで登ってきたところで、威厳のある茶トラの猫が声をかけてきた。寅五郎だ。


「寅五郎も来てたのか。俺もミケノンに会い来たんだが、あいつはどこに?」


「この先に王国を作っているにゃ。案内するからついてくるにゃ」


 寅五郎に先導されて山を登っていく。すると、山の頂上付近にトンネルのような穴があり、その道を猫たちが次々と潜っていく。俺もその後を追ってトンネルを抜けると、大きく開けた場所に出た。


 そこにはたくさんの猫たちが溢れ、集会所のように各々くつろいでいた。


 中には二足歩行で歩きながら家を作っている猫や、器用に肉球を使って将棋をしている猫、小さなボールを使ってドッジボールで遊んでいる猫までいる。


「……?」


 なんだかここには知性を持った猫が多いような気がするが、ミケノン以外にもそんな猫がたくさんいたのか……?


 不思議に思いながらミケノンを探していると、すぐに見つけることが出来た。彼は広場の中央で他の猫たちと一緒になって、器用に道具を操りながら銅像らしき物を組み立てていた。


 そして、彼の頭には王冠のような物が被せられている。


「んにゃ? ナユタじゃにゃいか。遊びに来たのかにゃ?」


「ミケノン? それって"神王の冠"か?」


「そうにゃよ? この前、徹夜でゲームをやってたとき、これを借りていいかナユタに尋ねたら、寝ぼけ眼で許可してくれたから、こうして使わせてもらってるにゃ」


 そ、そうだったっけ? そう言えばそんなやり取りをしたようなしなかったような……。あのときはあまりにも眠かったからよく覚えていない。


 猫たちはあーだこーだと議論をしつつ、楽しそうに銅像を作っている。どうやらミケノンを象った像のようだ。


「あっ……!? そういやさっき、【スピリットトーク】を使ってないのに寅五郎と会話できてたぞ!」


 寅五郎は元々頭のいい猫であるが、さすがに人間の言葉まで喋ることはできなかった。それに、ここにいる猫たちも何匹かは人間の言葉を流暢に話している。


「吾輩と仲の良い猫たちは、すでに吾輩から知性を分け与えられているにゃ。あくまで一部を分け与えるだけで、吾輩ほどには高い知性は手に入れられにゃいが、信仰度が100パーセントになれば普通の人間と変わらないレベルの知性を獲得できるにゃ」


 ミケノンと親交の深い俺の部下の猫たちは、すでに高い知性を手にしているようで、「ボスも一緒に国を作るにゃー!」と足元でにゃーにゃー催促してくる。


 ……これって、大丈夫なのだろうか? なんか、マズいことになっていないだろうか……。


 どこか不安に思っていると、ミケノンはそんな俺の心を読んだかのように肩にポンっと手を置いてくる。


「なにも心配ないにゃよ、ナユタ。猫たちの頭が良くなれば、人間にとってもプラスになるにゃ。猫と人間は、吾輩とナユタのようにもっと仲良くなれるにゃ」


「そ、そうだよな……。うん」


 ミケノンの言葉を聞いて、俺は考え過ぎかと思い直し、一緒に猫たちの国作りを手伝うことにした。



 かわいい猫たちに囲まれながらの作業は案外楽しく、不思議と時間が過ぎるのを忘れてしまう。俺はミケノンをデフォルメにしたかわいらしい絵柄の描かれた看板を国の入り口に立てかけると、作業が一段落したので大きく背伸びをする。


「大変にゃーボス! あっちで人が倒れているにゃー!」


 と、そこに慌てた様子の寅五郎が駆けつけてきて、俺のズボンを口で引っ張りどこかへ案内しようとする。


 走り出した寅五郎を急いで追いかける。道すがら合流したたくさんの猫たちに導かれるまま進んでいくと、山の斜面に人が倒れているのを発見した。


 どうやら登山中に足を滑らせて転落してしまったようだ。


「大丈夫ですか!?」


「……ああ、すみません。山で山菜を採っていたら足を滑らせてしまいまして……」


 もう少しで還暦を迎えるくらいの年齢の男性が、頭を押さえながらゆっくりと顔を上げる。


 幸いにも命に別状はないようでホッとする。でもどうやら足を骨折しているようで、痛そうに顔をゆがめていた。


「痛たた……。はぁ、私ももう年ですかね。昔はサバイバルの達人なんて言われて、テレビでも取り上げられたこともあるくらいだったのに……」


「動かないでください、今治しますから」


 擦り切れて血の滲んだ男性の手から血をちゅーちゅーと吸ってから、俺はポーチに手を突っ込んで"癒しの杖"を取り出すと、彼に治療を施す。


 すると、あっという間に怪我が治り男性が目をパチクリさせる。猫たちもにゃーにゃーと喜びの声を上げて飛び跳ねた。


「す、凄いね。それは魔導具ってやつかい? 初めて見たよ」


「気を付けてくださいね。猫たちがいなかったら、あのまま死んでいてもおかしくなかったんですから」


「ああ……猫ちゃんたち、ありがとう。君たちのお陰で助かったよ」


『『『にゃー! にゃー! にゃー!』』』


 男性が猫たちに礼を述べると、彼らは「どういたしまして」とでも言いたそうに鳴き、ゴロゴロと喉を鳴らす。


 俺たちは男性を山の入り口まで案内すると、彼は何度もお礼を言ってから帰っていった。


 その背中を見送っていると、ミケノンが俺の顔を見つめて言う。


「にゃ? 猫たちの知性が上がると、こういったことも可能になるにゃ」


「……ああ、確かに悪いことじゃないかもな」


「そうにゃよ。だからしばらくこの"神王の冠"は借りておくにゃー。さあ、働いて疲れたし家に帰って撫子のご飯でも食べるにゃ!」


 俺の返答に満足そう頷くと、ミケノンは尻尾をフリフリさせながら園田家へと走っていくのだった。








【名称】:サバイバー


【詳細】:山や森、無人島などでもたくましく生き抜くことができる、サバイバルのプロ。水の確保、火の起こし方、食べられる物とそうでない物の区別、身の安全の確保の仕方など、過酷な環境で生き残るための様々な技術を持ち合わせている。

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