第118話「シャークダンジョン①」

「ナユタ、遊びに来たにゃ~」


「おおミケノン、いらっしゃい」


 それから数日後の昼。インターホンが鳴ったので玄関を開けると、そこにはミケノンがちょこんとお座りをして待っていた。


 俺は彼を抱き上げて、もふもふの毛並みを撫でながらリビングに連れていく。


 今日は平日なので、十七夜月や撫子さんは、この時間は当然仕事をしている。なので家猫で暇なミケノンは、同じく暇な俺のところにこうして遊びに来るのだ。


「今日も桃次郎電鉄やるか?」


「いやにゃー! ナユタはすぐに卑怯な手を使ってくるからつまらないにゃー!」


 ぺしぺしと肉球で俺の腕を叩いてくるミケノン。


 そして、二足歩行で棚に近づくと「今日はこれをやるにゃー!」と、そこから将棋盤を持ってきて、それを床に広げる。


 虹ポーションを飲んでからというもの、彼は人間と同等の知能を有するようになった。最初はなにか悪い副作用でも出るんじゃないかと心配していたが、数日経過を見たところ、本当に頭が良くなっただけのようだ。


 どうやらかなり上振りでいい効果を引き当てたらしい。怪我の功名とでもいえばいいのだろうか。


 そんなわけで、今ではペットというよりかは普通の友人として、俺と彼は毎日を共に過ごしていた。


「王手! これで詰みだな」


「んにゃっ……! もう一度勝負するにゃ!」


 器用に肉球で駒を動かすミケノンだが、俺の飛車角金銀桂を総動員した、華麗なる寄せに彼は為す術もなく敗れ去ってしまった。


 ……ふふん、また俺の勝ちだな。


 しかし、今のはなかなか苦戦したぞ。数日前までは飛車角落ちで勝負していたというのに、この短期間でもう平手でも俺と互角とまではいかずとも、そこそこいい勝負ができるようになった。


 まあ、それでもまだまだ俺の敵ではないのだがな! さあ、もういっちょ揉んでやりますかね!


 ……


 …………


 ………………


「負けましたにゃ……」


 悔しそうに項垂れるミケノンを見ながら、俺は内心冷や汗を流していた。


 二回、三回と勝負を重ね、そしてついに五回連続俺の勝利となった。……なったのだけれど、今の勝負は正直負けてもおかしくはなかった。最後の最後でミケノンがポカしたおかげで、かろうじて勝てたようなものだ。


 ……なんだかこいつ、どんどん頭がよくなってないか?


 漠然とした不安感のようななにかが、俺の心の中に渦巻いていく。



「……あら? ミケノン、来てたの?」



 そのとき、玄関から買い物袋を持った十七夜月がひょっこりと顔を覗かせる。


 どうやら将棋に夢中になりすぎて、いつの間にかそんな時間になっていたらしい。


「お腹空いたニャー! 雛姫、吾輩もご飯が食べたいニャー!」


 ミケノンは将棋盤の前からぴょんっと飛び退くと、俺の横をすり抜けて十七夜月の足元に擦り寄っていく。


「撫子にご飯食べていっていいか、ちゃんと確認しないと駄目よ?」


「今スマホで連絡するにゃ」


 肩にかけていた猫用の小さなポーチの中から、器用にスマホをしゅぽんと取り出すして操作するミケノン。そして、にゃんにゃんと楽しそうに鳴きながら、十七夜月の足元をくるくると回り始めた。


 ……う~む、俺の取り越し苦労だったかな?


 ミケノンはミケノンだ。どれだけ頭が良くなっても、俺の友達であることに変わりはない。心配することなんてないか……。


 どうやら撫子さんから許可が下りたらしく、ミケノンはにゃーにゃー言いながら俺の膝上に乗ってくるのだった。







「寅五郎、この大木か?」


『はいですニャ。中腹付近に、葉に隠されるようにして、猫くらいなら入れる小さな穴がありますニャ。その奥に大きな空洞があり、そこに転移陣がありますニャ』


 俺は寅五郎に連れられて、郊外の森に足を踏み入れていた。森の奥には巨大な杉の木がそびえ立っており、その下にはたくさんの猫たちが集まっていて、俺が近づくとにゃんにゃんと鳴き声を上げながら、ここだここだと訴えかけるように足元に擦り寄ってきた。


 猫たちに案内されながら杉の木の根元まで移動すると、軽快にジャンプして中腹あたりにある木の枝の上に立ち、寅五郎が指し示した場所を探ってみる。


 すると確かに、そこには小さな穴が開いており、その中には転移陣の光が見えた。


「……なるほどこれは人間じゃ発見できないな」


 ポーチからインカムを取り出し装着すると、俺はミケノンへと連絡を入れる。


 いつもは十七夜月の仕事が終わってからか、彼女の休日にダンジョンを探索しているのだが、今日はミケノンがサポートをしてくれるというので、こうして平日の昼間から探索をすることにしたというわけだ。


「ミケノン、映ってるか? ダンジョンを見つけたのでこれから潜るぞ」


『了解にゃー。サポートは任せるにゃー!』


 ……さて、それじゃあ早速行くとしますかね。


 穴の中に手を突っ込んで転移陣に触れると、俺の体は光に包まれてその場から消え去った。




 一瞬の暗転の後、体が浮遊感に包まれ、俺の視界はがらりと変わる。もう慣れたいつものダンジョン転移だ。


 ……しかし、今回は何故かいつもと感覚が違う。転移が完了したあとも浮遊感がずっと続いていて、地に足がつかないような……。


「って、実際に地面がないじゃねーか!?」


 俺は落下していた。眼下には見渡す限りの青い海。陸地のような場所は一切見当たらず、空と海だけが延々と広がっている。


 そのまま『ドボーン!』と水の中に落ちた俺は、やれやれとブクブク溜め息を吐いてから一度海上に顔を出そうと泳ぎ出した。


『ナユタ! デカいサメが接近してるニャ!』


「んおっ!?」


 ミケノンの警告に振り返ると、そこには三メートル以上はありそうな巨大なサメが、大口を開けながら俺に向かって猛スピードで迫ってきていた。


 ……おいおい、ひでぇダンジョンだな。初見殺しもいいとこじゃねーか。こんなの前情報なしで挑んだら、普通はあっさりあの世行きだろ。


 そう考えたら俺が初めて潜った星四の人形ダンジョンは、星四の中ではまだマシな部類だったのかもしれないな……。


《シャアアアアアーー!》


 ギザギザの歯を見せたサメが、俺に噛み付こうと飛びかかってくる。


 だが、俺は焦らない。冷静にポーチから"水龍の槍"を取り出すと、華麗にサメの突進を躱してその横っ腹に槍を突き刺した。


 急所をピンポイントで貫かれたサメは、俺が槍を引き抜くと辺りに真っ赤な血液を撒き散らしながら、そのまま力なく海の底へと沈んでいく。


 そんなサメを横目に見ながら俺は海上に顔を出すと、素早く背中に【蝙蝠の羽】を生やして上空へと避難する。


「ったく、俺じゃなかったらダンジョンに入った瞬間死んでたぞ」


『ナユタ、見るニャー。海から沢山の背びれが出てるニャ』


 ミケノンに言われ海面を見てみると、確かに大中小の様々な大きさのサメの背びれのようなものが、うじゃうじゃと水面から突き出している。


 どうやらここは海が舞台の、サメのモンスターが大量に出現するダンジョンのようだ。


 濡れてしまった服を絞ってポーチの中に放り込むと、こんなときのためにと用意しておいた水着を取り出す。紺色のワンピースタイプのもので、いわゆるスクール水着……それも旧スクと呼ばれるやつだ。


 俺宛に『血袋同盟』から送られてきたので、こうして有効活用しているわけだが、改めて見るとかなりきわどいデザインだな。よくも昔の学校は、こんな水着を生徒に着せていたものだと感心する。


 下着まで脱ぎ去っていそいそと着替えると、サイズ感はピッタリだった。ワンピースタイプなので胸部分はどうしたってぱっつんぱっつんになってしまうが……。


 俺の美しい全裸を一瞬とはいえ晒してしまったが、見てるのはサメと猫のミケノンだけなのでまあいいだろう。


 とにかくこれで準備OKだな。インカムも防水仕様の高いやつに買い替えていたので、水中でも問題なく使用できるぞ。


 ……さてと。それじゃあ、気を取り直してさっさとこのダンジョンを攻略しますかね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る