第085話「悪い大人」
「結局、天獄会は姿を現さなかったか」
「ええ……計画は失敗ですね。まさか、あんな大勢の人間がいる前でいきなり動物の死骸を食べ始めるとは……。局員の一人が常に監視はしていましたが、現場の警官を止められるような状況ではなかったみたいです」
ダンジョン管理局の局長室で、皇一彦と十七夜月英明は今回の事件の顛末について話し合っていた。
今回の事件の背後にいたと思われる天獄会を潰すために、ナユタによって完全に牙を抜かれた夏海を泳がせて彼らに接触させる。おそらく奴らも夏海を注視していたはずなので、彼女の捕獲に動く可能性は高い。
そして、そのまま処理されてしまっても致し方なし。しかしあわよくば女王の魅了能力を利用して、内部から一網打尽にする。それが今回の二人の計画だった。
警察もなかなか手を出せず、政界や財界の有力者との繋がりもある天獄会。そして遂にはダンジョン攻略にまで手を出し始めた危険な彼らを、夏海というイレギュラーを利用すれば潰せるかもしれないという可能性に賭けたのだ。
しかし、やはり慎重で用心深い天獄将徳は一筋縄ではいかなかった。彼の老人は、どういうわけかこのような罠には決して引っかからない。
まるで天に愛されているかのように、あらゆる危機を事前に察知し、回避する。そうやって戦後から半世紀以上もの間、彼は裏社会を牛耳ってきた。
「これなら管理局で夏海を拘禁して、いざというときに駒として利用するほうが幾分かマシだったかもしれんな」
「しかし、それは結果論ですよ。食屍鬼を長期間檻に閉じ込めておくなら、動物の死骸を定期的に与える必要がありますし、他に色々問題も出てくるでしょう。やはり短期決戦が望ましかった」
「欲を言えば、自ら天獄会に出向いてくれるのが理想だったがな」
「ナユタくんに命令させれば可能だったでしょうが……彼女はそういったことはやりたがらないでしょうね」
英明は、やむなく夏海を食屍鬼にしたものの、その後の扱いに困っていたナユタに、「人に危害を加えれないように命令だけして、後は自由に行動させれば良いのでは?」と提案して、そうさせるように誘導した。
あの純粋な少女は特に疑問に思うこともなく、その提案を受け入れて実行してくれた。
彼女にはこの計画の深い部分までは知らせていない。あの少女は、たとえ夏海のような人間でも、捨て駒のように使うのを快く思わない性格だとわかっているからだ。
それでも、もし夏海が計画通り天獄会に捕らえられた場合、女王の魅了能力を開放して管理局に協力してくれるであろうことは容易に想像できた。
「……やれやれ、我々は悪い大人だな。彼女のような純粋無垢な少女を、自分たちの都合のために利用するなんて」
「こういう汚い仕事は大人である僕たちの役目ですから。でも……ナユタくんはきっと許してくれます。彼女は、そういう子ですよ」
英明の言葉に、皇は孫を想う祖父のような優し気な表情で頷く。
そして二人は今回の事件の後処理と、次なる計画に向けての話し合いを始めたのだった。
◆◆◆
「ちょっと先輩、今日の食事当番先輩でしたよね? 早く作ってくださいよ」
「……んあ~? 今日はちょっと疲れてるんだよ~。外食にしない?」
夕食を急かす十七夜月に、俺はソファーにぐったりと横たわりながら気だるい声で返した。
今日は本当に疲弊しているのだ。肉体的にではなく精神的に……だ。
「なんだか本当にお疲れみたいですね。いつも元気いっぱいの先輩がそんなになるって珍しいです」
吸血鬼たる俺がどうしてここまで疲弊しているのかって? それはだな……。
「……蟻塚夏海が死んだみたいなんだよ」
「ああ、やむなく女王を眷属にしたんでしたっけ?」
「そう、それで人に危害を加えられないようにだけ命令して放置してたんだけど、先日俺とのリンクが完全に切れたのがわかってさ」
人間に全く危害を加えることができない状態で、どうやってそうなったのかわからないが、彼女は街中で暴走したあげく、駆け付けた警察官にモンスターとして射殺されたのだとか。
普通モンスターになったら、公僕に目をつけられないようにもっとひっそり行動するだろ。俺みたいにさぁ……。最後の最後まで予想の斜め上を行く女だったな……。
ちなみ夏海が死亡して一日も経たずに、男性たちの魅了は解除されたようだ。どうやら死後も魅了状態が続くという予想は当たっていたが、永続的なものではなかったらしい。
なので彼女が想定していたように、自分の死後は世界を滅ぼすという目論見は不可能だったと思われる。しかしそれでも一日あれば大混乱を引き起こしていただろうから、結局はああするのが正解だったのだろう。
「そんでな、どうも眷属が死ぬと、主の精神にかなりのダメージが来るらしいんだ」
これはとんだ誤算だった。
どうやら眷属との繋がりが強ければ強いほど、リンクが切れたときのダメージが大きいようなのだが、蟻塚夏海とは殆ど会話したこともないくらいの薄い繋がりしかなかったのに、精神が疲弊しきって丸一日寝込むくらいのダメージを受けてしまった。
……これからは、あまり軽い気持ちで眷属を作るのは控えたほうが良さそうだ。
「もしこれが、家族レベルで愛情を注いだ最高眷属だったならって想像すると身震いがするぜ」
「ああ、【ブルーブラッド】に付属した能力で、一体だけ食屍鬼じゃなくて最高の吸血鬼を作れるんでしたっけ?」
「そうそう。よかったらお前のことを眷属にしてやろうか? 23歳って肉体が成長しきってそれでいてまだ衰えもない、最高の時期だろ? 一生そのままの姿でいられるぞ」
「え~、先輩の眷属ってようするに手下じゃないですか。そんなん嫌ですよ~」
冗談交じりに言ってみたが、十七夜月はケラケラと笑いながらそれを軽く一蹴する。
……くそう、本気で言ったわけじゃないけど、こうもあっさり断られるとちょっと悲しいぜ。
「でもそれなら仕方ないですね。今日は外で食べましょうか」
「いえーい! じゃあ早速行こうぜ~」
俺は勢いよくソファーから飛び起きると、てててっと玄関へ駆ける。溜め息を吐きながらついてきた十七夜月を急かしつつ、そのまま二人で夜の街に繰り出した。
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