第086話「外食に行こう①」

 そうして俺たちがやってきたのは、近くにある定食屋"小紫食堂"。


 ここは昔ながらの定食屋という雰囲気の店で、安くて量が多く、そして美味いという三拍子揃った優良店だ。


 ……しかし、そんな優良店であるにもかかわらず、店内に客は俺たちしかいなかった。


「あら、ナユタちゃんいらっしゃい。今日はお姉ちゃんも一緒かい?」


 店に入ると、厨房から割烹着を着たお婆ちゃんが顔を覗かせ、俺を見るなり気さくに声をかけてくる。


 俺は十七夜月が仕事に行っている間にもよくここに来ているので、すっかり顔なじみなのだ。


 この人はこの小紫食堂の店主さんで、名前はゆかりさん。この店の名前は旦那さんが彼女から取って名付けたらしい。


 もう70歳を超えるお婆ちゃんだが、昔はさぞ美人だっただろうと思わせる気品のある顔立ちをしており、アップにした髪の首筋からは、どこか色気のようなものすら感じられる。


 かつては旦那さんと二人で店をやっていたそうだが、旦那さんが数年前に他界してからは、一人でこの店をずっと切り盛りしているそうだ。


 息子さんも一人いるらしいが、死んだ旦那さんとは折り合いが悪かったようで、大喧嘩の末に店は継がないと断言し、今は一般企業で働いているのだとか。


「はい、今日は唐揚げ定食をお願いします」


「じゃあ私は……生姜焼き定食で」


「はいよ。ちょいと待っててね」


 注文を受けた紫さんは、慣れた手つきで調理に取り掛かる。


 そして数分もしないうちにいい匂いが漂ってきたかと思うと、あっという間に注文の品が俺たちの前に並べられた。


「はい、おまちどおさま。ナユタちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから、こっちも作りがいがあるよ。唐揚げ一個おまけしといたからね」


「やったー! いただきまーす! はふはふっ」


「もう……もっと落ち着いて食べてくださいよ。恥ずかしい……」


 おまけしてもらった唐揚げを口いっぱいに頬張りながら、俺は定食を平らげていく。


 そんな俺の行儀の悪さに、十七夜月は呆れながらも自分の分をゆっくりと食べ始めた。




「ふう、ごちそうさまー! 美味しかったー!」


「本当ですね。値段はお手頃なのに味も量も素晴らしかったです。……なのに、なんでお客さんが全然いないんでしょうね?」


 今はちょうど夕食時で一番混雑する時間帯だというのに、店内には俺たちの他には先程常連のお爺さんがやってきただけで、他の客は入ってくる気配すらなかった。


 おかしいな、ちょっと前までは紫さん一人では大変だろうと思うくらい客がいたのに、最近のこの店は閑古鳥が鳴いている。


「……あの店のせいだよ。正面にできた有名チェーン店のさ」


 新聞を読んでいたお爺さんが、俺たちの会話が聞こえたのか、店の外を指さしながらそう呟いた。


 その声につられるように店外へと目を向けた俺と十七夜月は、その理由を一瞬で理解する。


 小紫食堂の正面には大きな駐車場と、『ドカ盛り亭』と書かれたオレンジ色の看板がでかでかと掲げられた店がそびえ立っていた。


「……ああ、ドカ盛り亭ができたんですか」


「俺あそこ好きじゃねーんだよなー。確かに量も多いしご飯おかわり自由だけど、あんまり美味しくないし店員の態度も悪いしさぁ……」



 全国展開している有名チェーン店『ドカ盛り亭』。


 テレビやネットなどのメディアにも多く取り上げられており、アイドルとのコラボや様々なクーポンを配布するなどのキャンペーンも行っていて、若者を中心にかなり人気のある店である。


 しかし、フランチャイズ店のノルマが非常に厳しいらしく、店長は違法ギリギリの行為で売り上げを伸ばそうとしたり、アルバイト代の低さから店員の質も低く、客とのトラブルが絶えないなどの問題も多い。



「どうもあそこの店長が、小紫食堂のネガティブな評判を流して客足を遠ざけようと躍起になってるらしい。全く迷惑な話じゃ」


「そういえば私たちも店に入るとき、クーポンを配ってる人が邪魔するような動きしてましたよね。あれもそうだったんですか……」


「ああ、めちゃくちゃガラが悪い奴が小紫食堂の目の前に陣取ってたな」


 俺たちはそれくらいじゃビビらないけど、確かに一般人からしたらイカツイ顔をした奴らに店の前で立ち塞がれたら、威圧感を感じて足が遠のいちゃうのも納得だ。



「おやおや、今日も閑古鳥が鳴いているようですなぁ~~」



 そのとき、店の扉が乱暴に開けられると、中年の太った男がニヤニヤしながら店内に入ってきた。


 男は店内をきょろきょろと見まわしながら、小馬鹿にしたような口調で紫さんに話しかける。


「そろそろ店を畳んだほうがいいんじゃないですかな?」


「ドカ盛り亭の店長さん……。いえ、旦那との大切な思い出が詰まった店ですし、こうやって常連のお客様も何人か来てくださいますので……」


「ふ~ん、そうですか。ああ、実は明後日にうちにテレビ取材が入ることになりまして。もしよろしければ、小紫食堂さんの宣伝も一緒にして差しあげましょうか? うちとは違って誰も客の入らない不味い食事を出す店があるんですよ~って」


 ドカ盛り亭の店長はそれだけ言うと、ガハハと下品に笑いながらドスドスと足音を立てて去っていった。


 ……むかつくなぁ。こんな優良店に対してあの言い草。


 待てよ? そういやテレビの取材が入るとか言ってたな……。ククク、いいことを思いついたぜ。


「あ、またなにか悪いことを考えてる顔ですね」


「まさか、まさか。俺はいつでも善良な吸血鬼でございますよ」


 十七夜月がジトっとした目を向けてくるが、俺は笑顔でそれを軽くいなしながら作戦の実行に向けて動き出すのだった。

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