第087話「外食に行こう②」

 俺の名前は"五味いつみ滓三さいぞう"。ドカ盛り亭の店長をしている48歳のナイスミドルだ。


 これでも数年前まではそこそこ名の通った企業に勤めるサラリーマンだったが、ちょっと新入社員の若い女と仲良くしようとしただけで、セクハラだと訴えられて自主退職に追い込まれてしまった。


 ……ふざけやがって。ちょっと尻を触ったり、毎日首筋の匂いをくんくんしただけじゃねえか。


 俺は子供の頃から嗅覚が鋭く、その影響でいつの間にか匂いフェチに目覚めちまった。だから、そんな俺の前でメスの匂いを撒き散らしていたあの女のほうが悪いってのによ。


 だが、結果としては良かったのかもしれない。飲食業界では大手のドカ盛り亭の店長になることができたんだからな。


 面接時にこの嗅覚を利用して行った、利き酒や利きコーヒーなんかのパフォーマンスが本社の連中にウケたのだ。おかげで都心部の一等地にある新店舗を任されることになった。


 フランチャイズ店とはいえ、一国一城の主であることには変わりない。ここでは俺が一番上、俺が法律だ。


「おい、加藤! 桐島ぁ! さっさと準備しろ! もうすぐウニテレビの取材が来るぞ!」


「はぁ~……クソ忙しそうでめんどくせぇなぁ、まったく……」


「今日はちゃんと特別手当、出ますよね?」


「ぐだぐだ言ってねえでさっさと働け! お前らは俺の言うとおりに動いてればいいんだよ!」


 俺が怒鳴りつけると、加藤と桐島はブツブツ文句を言いながらも渋々準備に取り掛かる。


 ……ったく、使えねえ部下どもだ。


 こいつらは大学生で、それなりに見た目が整っているからテレビ映えすると踏んで今日のシフトに入れたが、この二人はいつも文句ばかり垂れるので俺のストレスがマッハだ。


 しかし、それも今日までだ! 今日はテレビの生放送で俺の店が特集される。


 本社の伝手で、近隣の芸能事務所に本日限定の"定食・丼もの一品無料、デザートのスイーツおかわりし放題クーポン"も配りまくったし、もしかしたら生放送中に有名アイドルも来るかもしれない。


 そうなればこの店の評判も一気にうなぎ登りになり、美男美女のバイト希望者がわんさかと来るに違いない。そしてその暁には、このクソバイト共をクビにしてもっと可愛い女の子を迎え入れるのだ!


「そうだ、閑古鳥が鳴いている小紫食堂を映してもらうのも忘れちゃいけないな」


 ここら一帯の競合飲食店は、俺の様々な嫌がらせによって客足を奪われ、店を畳むところも出てきている。だけど正面にある小紫食堂だけはなかなか手強い。


 一度食いに行ったが、正直かなり美味かったし料金もリーズナブルだ。はっきり言って俺のドカ盛り亭より上のランクの店だろう。


 だが、今の世の中美味いか不味いかで勝負は決まらない。人間という生き物は、世間に評価されたり、大勢の人が集まる場所に足を運ぶからだ。逆にどれだけ優れていても、世間の評価が低く、閑古鳥が鳴いている店には誰も訪れない。


 今日はメディアの力を使って、あのババアの店にトドメを刺してやる。


「山下、ちゃんと一般客の振りして、テレビの前で小紫食堂の飯の不味さをアピールするんだぞ。あそこは不味いってネットに書き込むのも忘れるなよ?」


「うーっす」


 この日の為に裏で雇った工作員バイトの山下に指示をすると、奴は気だるそうに返事しながら小紫食堂に向かって歩き出した。


 さあ、そろそろウニテレビの取材が来る頃だろう。


 ……ふふふ、今日は忙しくなるぞ!




《皆さま、こんにちは。あなたの街の美味しいお食事処を紹介する、"今日はお外で何食べよ?"の時間がやってまいりました。本日は、ドカ盛り亭の最新店舗にお邪魔しております》


 テレビカメラが回り始め、マイクを握りしめた女性アナウンサーが店内を歩き回りながらはきはきとした声でリポートをする。


《ドカ盛り亭は、ボリュームたっぷりの料理が売りの大衆食堂です。いや~綺麗な店内ですね。芸能人の方なんかもたまに訪れるとかで、今日ももしかしたら誰か来るかもしれないそうですよ? それでは店長の五味さんにお話を伺ってみたいと思います》


 アナウンサーにマイクを向けられ、俺は鼻高々にドヤ顔を決める。


 五味滓三、全国のお茶の間にデビューってところか。こりゃファンの女の子が大量にバイト希望に来ちゃうかもな。


「どうも、ドカ盛り亭の店長をしています五味です。当店では、ボリュームたっぷりの料理をリーズナブルな価格で提供しております。また、お得なセットメニューやサービスもご用意していますので是非ご利用ください」


《なるほど! それにしても、お客様も男性も女性も幅広くいらっしゃるんですね。みんな美味しそうに食べてますね~》


 カメラがテーブル席に座っている客たちに向けられる。その殆どが美男美女で、彼らは運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら楽しそうに談笑していた。


 当然この客たちも俺の仕込みだ。加藤や桐島に、大学の友人、それも美男美女限定に無料クーポン券を配ってもらい呼び込んだ。飯がタダで食えるとあって、彼らは喜んで美味しそうな演技をしてくれている。


 残念ながら今のところ芸能人は来ていないが、それでも店の雰囲気は最高に映っているはずだ。


《このお店のイチオシメニューはなんですか?》


「私の店舗限定のメニューで、"ドカ盛りスペシャル丼"がございます。新鮮な海の幸を豪快に盛り付けたこの一品は、当店の人気商品となっております。せっかくなので、取材の皆さんも試食されてみては?」


《お~、いいんですか? ではよろしくお願いします》


 バイトに指示を出して、丼ぶりを準備させる。


 作るのが面倒なので、普段は手抜きしまくりか、完売したことにして出させないようにしているスペシャル丼だが、今日はテレビの前なので一段と手間暇かけて作るように厳命してある。


 アナウンサーやスタッフの前に出された丼には、イクラやサーモンなどの海鮮類がこれでもかと言わんばかりにてんこ盛りになっていて、彼らは目を輝かせた。


 くくく……これを食べさせて、あとは小紫食堂のネガキャンをさせれば今日のテレビ放送は大成功と見ていいだろう。


《これは美味しそうですね! それでは早速――》



「おっ、ここがナユタさんの言ってたドカ盛り亭の新店舗かぁ~! なかなかいい雰囲気じゃねーか!」



 テレビクルーたちがスペシャル丼を頬張ろうとしたそのとき、入口の方からぞろぞろとガラの悪い若者たちが店の中に入ってきた。


 しかもその数は十人以上もいる。全員が髪を派手に染めたり、ドクロが描かれたシャツを着たり、ピアスや指輪などの装飾品をじゃらじゃらと付けたようなファッションで、どう見てもカタギには見えない連中だ。


「よぉしお前らぁ! 人数分の無料クーポンもあるし、今日はここで一日中集会すっぞ!」


「俺もう腹ペコっスよ! 梅澤町にはドカ盛り亭はないし、このクーポンがあれば好きなだけ食いまくれるらしいから楽しみっスね」


 チンピラたちは店の中にドカドカと入り込み、カメラが回っているというのに大声を上げて騒ぎ始める。


「お、お客様……。大変申し訳ないのですが、本日はもう一般席はいっぱいで、予約がないと――」


「ああんっ!? あそこの席が大量に空いてんじゃねーか。なに言ってんだよオッサン」


 慌てて入口に向かった俺は彼らの入店を止めようとするが、リーダー格らしい男がイラついたように反論してくる。


「あそこは"特別無料クーポン"を使わないと座れない席なんだ。だから君たちには関係ないというか……」


「は? だから俺たちその"特別無料クーポン"持ってんだけど? ほら、これ」


「――え?」


 金色のクーポンを目の前に突き出され、言葉が詰まる。


 ……こ、これは間違いなく俺が芸能事務所にだけ配布した"特別無料クーポン"じゃないか! なんでこんな奴らが持っているんだ!?


「お、おい! 勝手に席に座るな!」


「え~と、俺、"ドカ盛りスペシャル丼"とデザートね」


「あ、俺もそれと同じので」


「じゃあ俺も"ドカ盛りスペシャル丼"頼むわ」


「俺は"ドカ盛りスペシャル丼"とデザートの――」


 俺が戸惑っている間にも、チンピラどもは次々と勝手に席に座り料理を注文する。しかも全員が作るのに超面倒な"ドカ盛りスペシャル丼"を頼むという始末。


 加藤や桐島は顔面を蒼白にさせて、俺に助けを求めるような視線を送ってくる。


「お、お客様。実は"ドカ盛りスペシャル丼"は本日材料切れでして……」


「あ? じゃあそっちのお姉さんたちのテーブルの上に大量に置かれてるアレなによ?」


「あちらはテレビの取材用に用意したものでして……」


「はぁぁぁぁぁ~!? なんだよこの店! 一般客には出さなくてテレビの取材なら出しますってかぁ!? てめぇ舐めてんのかぁ!?」


「俺らこのクーポンで"ドカ盛りスペシャル丼"食えるの楽しみにしてわざわざ隣町から電車乗ってまで来たんだぞコラァ!?」


「テレビのクルーにだけ出して俺らには出さないってどういうことだよオラァ!」


「クーポンの右下に"これを持ってるお客様には最優先で提供いたします"って書いてあんだろーが! まさか嘘書いて客呼び込んでんのかぁ!?」


 店内に響き渡るチンピラたちの大声に、他の客たちは怯えながら、そそくさと会計を済ませて逃げるように店を出ていく。


 彼らは怒りが収まらないのか、生放送中のカメラに向かって俺の店をこき下ろしながら中指を立ててメンチを切り始める。


 その放送事故レベルの光景に、カメラマンは慌ててカメラをくるりと回し、向かいの小紫食堂の方を映し出した。


《あ、あちらにもお食事処があるようですね! 折角ですので、少し覗いてみましょうか!》


「ちょ、ちょっとウニテレビさん! 今日はうちの独占取材のはずじゃ!」


 俺の制止などお構いなしに、テレビのクルーたちはもうこんな場所には用はないとばかりに、ドカ盛り亭から離れて早足で小紫食堂へと向かっていく。


 そして、店内には罵声を上げ続ける十数名のガラの悪いチンピラたちだけが残された……。

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