第088話「外食に行こう③」
《こんにちは~。ウニテレビの"今日はお外で何食べよ?"です。小紫食堂さん、少し取材させて頂いてもよろしいでしょうか?》
「あら? テレビさん? うちは大したものは出してない普通の食堂よ? テレビなんかに映っちゃって大丈夫かしら……」
《いえいえ、いい雰囲気のお店だと思いますよ! まさに街の食堂って感じで、とてもくつろげそうです!》
「それは嬉しいわねぇ。それじゃ、テレビさんに満足してもらえるかはわからないけど、どうぞゆっくりしていってくださいな」
裏口からこっそり店の中を窺うと、紫さんとウニテレビのアナウンサーがにこやかに談笑しているのが目に入る。
俺は腕の中にある男の頭をギリギリと締め上げながら、その様子をじっと眺めていた。
「ぐ、グフッ……」
おっと、いけない。うっかり力を入れすぎたようだ。完全に白目を剥いているじゃないか。
でも俺の胸がダイレクトで顔に当たってた影響か幸せそうな表情を浮かべているし、まぁいいか。聞き出せることも全て聞き出したし、もうこいつには用はない。
この男の名は山下。なにやら小紫食堂の前で怪しげな行動をしていたのを、俺が捕まえたのだ。
尋問の結果、ドカ盛り亭の店長に雇われた工作員であることがわかった。人を送り込んで店の評判を下げようだなんて、悪辣なことを考えやがるぜ。まったくもって許せん。
スマホを取り上げて中を見てみたが、なんとSNSにいくつもアカウントを持っていたうえに、フォロワーが一万を超えているものも複数あった。こりゃあ、ネット界隈では有名な奴かもな。
「ガブッとな!」
腕をがぶりと噛んで血を啜ると、びくり、と男の体が跳ねる。
《【ネット工作員】を獲得しました》
すると案の定とでもいうべきか、それっぽい長所を獲得できた。
どれ、さっそく詳細を確認してみよう。
【名称】:ネット工作員
【詳細】:ネット上で情報を拡散する工作員。SNS、動画サイト、掲示板などで様々な情報操作を行うことに長けている。黒い物でも多くの人々が白と思い込めばそれは白になり、逆もまたしかりだ。スマホのフリック速度は常人離れしており、自演や情報の捏造など朝飯前だ。
……なんだこりゃ。最低な長所だな。
でも実際、能力としては優秀と言わざるを得ないだろう。【パソコンの大先生】をネット工作に特化させたような感じか。
俺は失神している山下を床に転がすと、再び店の中を覗き込む。
《おや、若い女性の方もいらっしゃるようですね。料理ができるまで、彼女たちに少しお話を伺ってみたいと思います》
店の奥で楽しそうに談笑しながら料理を食べている3人組の女性たちに、ウニテレビのアナウンサーが近づいていく。
《……あの、少しお時間よろしいでしょうか?》
「なに? テレビ? 今ボクたちオフなんだけど……」
「もう……亜莉朱。少しくらいいいでしょう? それに、ここのご飯はすっごく美味しいのに、地元の人に全然知られてないなんてもったいないもん。せっかくだし宣伝してあげようよ」
「アイドルたるもの、いつカメラを向けられても笑顔で対応しないとダメデスヨ~」
《……あら? あなたたちはもしかして》
よし、いいぞ。そのまま彼女たちをテレビに映せ。
テレビカメラが"アストラるキューブ"の3人を映すと同時に、俺は早速今獲得したばかりの【ネット工作員】の能力をフル活用して掲示板の実況スレに書き込む。
:え? あれってアストラるキューブじゃね (自演)
:うお、マジじゃん!
:愛那ちゃんかわいすぎて見間違うはずない
:アリスたそペロペロ
:エミリアたん口いっぱい頬張ってリスみたいでかわいい
:もしかして彼女たちここの常連!? (自演)
:美味そうに食ってるなぁ
:ドカ盛り亭は量だけでクソ不味いもんな (自演)
:愛那ちゃんかわいいいいいいい
:小紫食堂ね、名前覚えたわ (自演)
例の事件の後、無事テレビ出演を果たした彼女たちは、人々の心を掴んで瞬く間にスターダムを駆け上がっていった。今や大人気アイドルで、テレビで彼女たちを見ない日はないほどだ。
超高速でスマホをフリックしながら、俺はひたすら工作を続ける。
テレビカメラが美味しそうに小紫食堂の料理を食べる"アストラるキューブ"の3人を映す様子をSNSに拡散しまくり、ついでにヤンキーの溜まり場と化したドカ盛り亭の悪口も書き込んでおく。
《なんとここ"小紫食堂"は、アイドルの"アストラるキューブ"もご贔屓にしているお店だったみたいです! スタッフの数名が適当な定食を頼んだところ、とても美味しかったとのコメントを頂きました。みなさんも是非足を運んでみてくださいね~! それではまた次回お会いしましょう! "今日はお外で何食べよ?"でした~!》
放送が終わると、SNSでは"小紫食堂"がちょっとしたトレンドに上がってた。"ドカ盛り亭"も上がっていたが、それは全てネガティブな書き込みだ。
俺は満足げに頷くと、山下を縛り上げてドカ盛り亭の裏口に捨ててくる。
帰り際にちらりと店内を覗いたら、俺が『アナザーワールドプロモーション』から大量に貰ってきた"特別無料クーポン"を渡してやった梅澤町のヤンキーどもが、席を占拠して楽しそうに飯を食っていた。
……こりゃ一日中居座る気だな。まぁ、あんな券を大量に配布するほうが悪いんだ。自業自得というやつだろう。
ふんと鼻で笑いながら、俺はなに食わぬ顔で小紫食堂に戻り、"アストラるキューブ"の3人と一緒に夕食を楽しんだのだった。
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