第089話「外食に行こう④」
「ナユタちゃん! 今ご来店されたお客さまから注文取ってきてくれる?」
「は~い!」
忙しそうに料理を作っている紫さんの言葉に元気よく返事をして、俺はパタパタとホールに駆け出す。
――あれから数日。俺はこの小紫食堂で紫さんの手伝いをしていた。
先日テレビでこの店が取り上げられた影響で、俺の想定以上に人が来すぎてしまい、紫さんだけでは手が足りなくなってしまったのだ。
殆ど俺が原因といっても過言ではないため、落ち着くまではこうして店を手伝うことにしたというわけである。
「俺、焼肉定食ね~」
「じゃあ俺はトンカツ定食で!」
「かしこまりましたー」
周りの客たちが「あの店員の娘かわいくね?」などとコソコソ話してるのを聞き流し、俺は厨房に注文を伝える。
注文を取った後も、会計や皿洗いなど仕事は山のようにある。正直かなり忙しいが、【驚異のスタミナ】を持つ吸血鬼の俺からすればこれくらいはどうってことはない。
「ここは美味いし量も多いから、俺みたいな大食い野郎にはぴったりなんだよな」
「ああ、ドカ盛り亭も閉店しちまったし、これからはここが俺たちの行きつけになるな」
客の何気ない発言にふと入口の方を見ると、正面にあるドカ盛り亭には電気がついておらず、シャッターが下りていた。
……言っておくが俺のせいじゃないぞ?
ドカ盛り亭の店長は、小紫食堂だけでなく近隣の競合飲食店にも様々な嫌がらせを繰り返していたらしく、テレビを見た他の店のオーナーたちが、このタイミングだと一致団結して警察へ通報。
SNSでは彼らの告発により店長の悪行が晒され、大バズリする事態に。そして、今まではなかなか動いてくれなかった警察も、さすがにこれだけ話題になれば重い腰を上げざるを得なくなった。
その結果、店は営業停止に。風の噂によると、店長は本社をクビになったあげく、他店から多額の賠償金を請求されているそうだ。それだけに飽き足らず、色々な余罪が明るみになったことで、逮捕間近とまで言われているらしい。まさに因果応報ってやつだ。
テキパキと仕事をこなしていると、店の入り口の扉が開き、また新たな客が入ってくる。
「いらっしゃいませ~。ただいま満員ですので、少しお待ちいただけますか~?」
「……」
笑顔で接客する俺の言葉を無言でスルーして、その客はギロリとこちらを睨みつけてきた。
……なんだよ、こんな美少女がわざわざ笑顔で出迎えてやったってのに、その態度はないんじゃないか?
しかしこの客、どこかで見たことのある顔だが……?
男は太った中年で血走った目をしており、何日も風呂に入ってないのか不潔な見た目をしている。顔は無精髭だらけで、呼吸は荒く、まるでゾンビのような様相だ。
そして男は懐から包丁を取り出すと、その刃を俺に向けながら大声で叫ぶ。
「ちくしょうっ! 俺の人生はもうお終いだ! 元はといえば全部この店が悪いんだ! こうなったら最後にこの店も道づれに――」
「お客様じゃないのならおかえりくださ~い」
「――ぶぎゃぁーーッ!?」
なんかよくわからんことを喚いていたので、顔面に右ストレートを叩き込んで店の外までふっ飛ばす。
鼻血を撒き散らしながらゴロゴロと転がって正面のドカ盛り亭のゴミ捨て場まで吹っ飛んでいった男は、そのままゴミ袋の山に埋もれてピクリとも動かなくなった。
まったく……今の世の中はネット社会だと言われているが、未だにテレビの影響力は大きいな。テレビで紹介された影響で、こんな迷惑な変質者まで来てしまうのだから。
「ナユタちゃ~ん? なにかあった?」
「なんでもないで~す」
料理中の紫さんの手を煩わせるわけにはいかない。
俺は拳についた男の血をぺろりと舐めとると、一応警察に「刃物を持った変質者が寝ている」とだけ連絡を入れてから仕事を再開する。
……しかしあの男、どこかで見た気がするんだが、どこだったか……? まあいいか、思い出せないということはどうせ取るに足らない些事だろう。どうでもいいか。
「ふう……ナユタちゃん、お疲れ様。今日もありがとねぇ~」
「いえいえ、少しでも紫さんの役に立てたなら良かったです」
ようやく最後の客が帰り、店じまいをしていると紫さんが俺に労いの言葉をかけてくれた。
俺はそれに笑顔で応えながら、彼女と一緒に後片付けをしていく。
――ガチャン!
だがそのとき、紫さんがふらりとバランスを崩し、コップと皿を床に落としてしまった。それを片付けようと彼女は慌ててしゃがみ込むが、割れた破片で指を切ってしまう。
「痛っ……。いやだねぇ、私ももう歳かしら……」
「大丈夫ですか?」
俺は紫さんの指をぺろりと舐めると、ポーチから癒しの杖を取り出して回復魔法をかける。
すると彼女は一瞬驚いた顔をするも、すぐに笑顔になった。
しかしどうやら、疲れがかなり溜まっているようだ。いくら俺が手伝っているとはいえ、紫さんの年齢も年齢だしこのままの生活が続くのは厳しいかもしれない。なにかいい方法はないだろうか……?
顎に手を置きながら考え込んでいると、突如店の扉が開かれて40代くらいの男女が入ってきた。
「お客さんすみません、今日はもう――」
「あら、タカシじゃない……。それにアヤカさんも」
俺が言い終わる前に、紫さんが驚いたような声を上げる。どうやら知り合いらしいが、一体誰だ?
「……お袋、テレビ見たよ。あのさ、実は……俺をここで働かせてほしいんだ。できればアヤカも一緒にさ」
「え?」
「死んだ親父に、店は継がないなんてデカい口叩いちまった身でこんなこと頼むのも図々しいってのはわかってるけどさ、でもやっぱり俺……この店が好きなんだよ。だから……頼むよ」
男は照れ臭そうに頬をかくと、紫さんにそう告げる。それを聞いた彼女は目を丸くして驚いていた。
今の会話から察するに、どうやら彼らは紫さんの息子夫婦のようだ。
息子さんの話によると、例の女王の事件で、どうも彼の勤める会社の若社長が魅了にかかってしまったようで、会社の業績が急激に悪化。このままここにいたらマズいと思い、転職を考え始めていたところだったらしい。
それでテレビに映った小紫食堂を見た奥様が、せっかく実家が人気店で料理を作るのも好きなんだから、いつまでも頑なに店を継がないなんて言ってないでここで働けばいいじゃない、と息子さんを焚きつけ、こうして二人でやってきたそうだ。
「……腕はなまってないんだろうね?」
「家でもいつも料理はしていたから、大丈夫だよ」
「ふん……でもいくら息子といえ、最初は皿洗いからやってもらうからね?」
「ああ、それで構わないさ」
ぶっきらぼうな態度ながらも、紫さんの口元は緩んでいる。やれやれ、俺が心配する必要なんてなかったみたいだな。
俺は家族の邪魔をせぬよう帰り支度をすると、静かに店をあとにするのだった。
【名称】:鋭い嗅覚
【詳細】:野生動物ほどではないが、人間にしては嗅覚が優れている。匂いだけでワインやコーヒー、タバコといった嗜好品を嗅ぎ分けることもできるほどだ。
【名称】:綺麗な首筋
【詳細】:すらっと細く、美しく長い首。肌は白くなめらかで、後ろ髪をかき上げた際に見えるうなじはとても煽情的。異性はもちろんのこと、同性でも見惚れてしまうような魅惑の首筋だ。
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