第090話「スターブレイカーズ」
「パパ、もう行ってしまうの? ゴホ、ゴホッ……!」
「す、すまないクリスタ。今度こそお前の病気を治せるようなアイテムを手に入れてくるから、もう少し我慢してておくれ……」
「気持ちは嬉しいけど……あまり、無理しないでね。パパが死んでしまったら、元も子もないんだから……」
ベッドの上で咳き込む娘の手を握りしめながら、私は苦渋の表情を隠しきれなかった。
おそらく私に心配をかけまいと我慢しているのだろう。以前と比べれば病状は幾分かマシになったようにみえるが……医者が告げた余命まではもう半年を切っている。
現代の医学では治すことが不可能な不治の病に侵されているクリスタは、14歳という若さで死を待つだけの状態なのだ。
だが、この世界にはダンジョンという不思議な場所が存在する。そこにはどんな病や怪我も一瞬で治せるという万能薬すら存在する可能性があった。
いや、星三ダンジョンまでを攻略した私の感覚では、星四以上のダンジョンに潜れば必ず手に入れられるという確信がある。
私は娘の額を撫でると、そのまぶたを閉じさせてから仲間たちの待つチームの拠点へと向かった。
――アメリカ合衆国大統領府直轄の対ダンジョン探索部隊、通称『スターブレイカーズ』。
転移陣に刻まれた攻略難易度を示す星をダンジョンに見立てて、それを攻略し消滅させる者たちという意味を持つこの部隊は、三億人以上存在するアメリカ国民の中から選抜されたエリート中のエリートだ。
いくつも存在する政府直轄の部隊の中でも、特に最前線でダンジョンに潜り続けるスターブレイカーズは、その活躍を世界に広く知らしめる存在であり、アメリカ国民の誇りでもある。
そのチームリーダーを務める私――"カイル・フローリー"は、この部隊を率いて三年間ダンジョンに挑み続けた。
そして遂に数ヶ月前、超難関の星三ダンジョンを世界で初めて攻略することに成功する。これにはアメリカだけでなく世界中の国々が沸き立った。
この功績により、今後もし娘の病が治せるような万能薬が発見された場合、最初に私へ優先的に提供されるという約束を大統領と交わすことに成功する。
……しかし、安定して星三のダンジョンを攻略できるようになった今でも、そのようなアイテムは未だ見つかっていない。
「次のダンジョンは星四に挑もうと思っている。私たちなら必ず攻略できるはずだ。だからみんな……力を貸してくれ!」
「おいおいカイル……。それはさすがに時期尚早すぎやしないか?」
「そうよ、星三は死者を出さずに攻略できたけれど、星四からは難易度が桁違いに跳ね上がると言われているわ。私も反対よ」
「僕も少し無謀過ぎると思います。せめてもっと魔導具を集めてからでないと……」
会議室にて。私が星四ダンジョンの攻略を提案すると、他のチームメンバーから否定的な意見が殺到する。
一体どうしたんだとでも言いたげな表情で、仲間たちの全員が私を見つめてきた。
「……先週、中国のチームも星三ダンジョンを攻略したという情報が入った。私たちもうかうかしていられない。そうだろう?」
「いやいや、そんな競争するような状況でもないだろう? 大国が本気になったら、星三までならクリアできてもおかしくねえよ。中国が星三を攻略するのは元々時間の問題だったさ」
「どうしたのよカイル。あなたらしくもないわ」
「……リーダー、なにか焦っていませんか?」
私が必死に訴えかけるも、仲間たちはむしろ心配そうな表情すら浮かべてこちらを気遣ってくる。
……やはり、私の焦りは皆の目にも明らかなようだ。
「娘の命が……もう尽きかけている。長くてもあと半年は持たないだろう」
ここまで私に命を懸けてついてきてくれた仲間たちに対して隠し事をするのは、不義理だと分かっていた。だから私は正直に娘の件を伝えることにする。
私の告白に、彼らは悲痛そうな面もちで目を伏せた。
「……駄目です。僕の目算では、半年では星四ダンジョンを攻略するレベルまで魔導具を揃えることは不可能ですよ。せめて一年は……」
チームのブレーンである"レイ・ブラッドフォード"が、眼鏡のレンズ越しに私を見つめてくる。
……悔しいが、彼の目算は正しいだろう。IQ200を超える彼の計算は、これまで一度たりとも間違ったことはない。
「星四ダンジョンに特攻して死んだ配信者の動画もチェックしたわ。それを見ても、今の私たちのレベルでは星四ダンジョンは攻略できない。帰還の転移陣から脱出するだけなら可能かもしれないけれど、確実に死者が出るわ。それはカイルにもわかるでしょう?」
チームの紅一点である"アリア・メイフィールド"が、苦虫を噛み潰したような表情で私に語りかけてくる。
……彼女の言葉もまた正しいだろう。だが、それでも私は――。
「レイ、君にリーダーを引き継ぐ。……私はこれから一人で星四ダンジョンに挑もうと思う」
「「「!?」」」
私の発言を受けて、チーム全員が驚愕の表情を浮かべて固まった。
みんなには本当にすまないと思っている。全てが順調で、我々スターブレイカーズの躍進が世界中の注目の的になっているこのタイミングでリーダーの座を辞するというのは、あまりにも無責任な行為だ。
……だが、それでも私は、この命に代えてでも娘を救える可能性に賭けてみたい。たとえそれがコンマ1パーセントにも満たない可能性だとしても。
そして私は彼らに背中を向け、会議室を出ようとする。……だがそのとき、レイが私の腕を掴んで引き留めてきた。
「カイルさん、あなたの覚悟は本物のようだ。それならばもういっそ……
「レイ……それは!?」
彼の提案に、私は思わず目を見開く。
――招待状。
それは私たちが星三ダンジョンの銀色のトレジャーボックスから入手した、おそらく世界に一つしか存在しない魔導具だ。
アイテムの概要は以下のようになっている。
【名称】:招待状
【詳細】:エクストラダンジョンへの招待状。このアイテムを使用すると、世界中に存在する魔導具を強く渇望する者の中からランダムで6名と、アイテムの使用者の合計7名を強制的にエクストラダンジョンへ転移させる。エクストラダンジョンには一切の武器や魔導具を持ち込めない。ダンジョンの中ではゲームが行われ、勝者には幾多のトレジャーボックスの中から自らが最も望むアイテムを入手することができる。
確かにこれを使用して私がゲームに勝利した場合、ほぼ確実にクリスタの病気を治せるアイテムが得られるだろう。
だが……それは同時に……。
「6人もの無関係の人間を巻き込むことになるんだぞ」
「ええ、わかっています。……でも、その6名もあなたと同じくなにかしらのアイテムを強く欲している者なのでしょう? 彼らにとってもこれはまたとないチャンスになるはずです。それに、ゲームの勝者以外は死亡するといったような記述もない」
「しかし、そうでないとも書いていない。もしかしたら1人しか生き残れないかもしれない」
「その通り。ですから大きな賭けになります。僕の計算の範疇の外だ。……ですが、僕はあなたに星四ダンジョンに1人で潜って無駄死にするような真似はしてほしくないんです……」
レイの真摯な眼差しが私を射抜く。そして共に歩んできた仲間たちもそれに同調するように頷いた。
……私は大きく息を吸い込むと、覚悟を決める。
「わかった。……私はエクストラダンジョンに挑もうと思う」
仲間たちにそう宣言すると、レイが部屋の隅に置かれた金庫から、黄金の輝きを放つ封筒を取り出した。
私はそのアイテムを受け取り、封を切る。
すると中に入っていた黄金の紙が、眩い光を放ちながら私の体を包み込んだ――。
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