第091話「巨人ダンジョン」

「せいやぁッ!」


《グオオォーーーーッ!》


 俺が"巨人斬り包丁"を振り回して斬りかかると、全長5メートルはあろうかという二足歩行の人型モンスターは、ズシンと大きな音を立ててその場に崩れ落ちた。


 ……ふう、なんとか倒せたが、レアモンですらない雑魚でこれだから星四ダンジョンは油断ならねえ。


「うーむ、やっぱボス戦は今回はやめといたほうがいいかー」


『そうですね。星四ダンジョンに潜るときは、まず最初に偵察して帰還の転移陣で一度戻るというのを徹底したほうがいいと思います』


 イヤホンから十七夜月の忠告が聞こえてきたので、俺は素直にこくりと頷く。



 ――ここは山岳型、難易度星四の巨人ダンジョンだ。



 巨大な二足歩行のモンスターが跋扈するダンジョンで、そのサイズはピンからキリだが、小さい個体でも3メートル、大きい個体は10メートル以上もある。


 普通の人間であれば、中に入って数分も経たずに巨人のおやつになってしまうだろう。


『でも、先輩なら攻略できそうですよね』


「ああ、なんとかなりそうではあるな」


 十七夜月と相談して、今なら星四もいけるんじゃないかということで、今日はこのダンジョンにやってきたのだ。


 ここは"死んでみた系ダンジョン配信者"が何人か特攻して、文字通り死にまくっている曰く付きのダンジョンだが、おかげで中の地形や出現モンスターがある程度判明しているため、攻略し易そうと踏んだのである。


『星四ダンジョンはアイテムを落とすレアモンスターが結構いるみたいですね』


「そうみたいだな」


 ここまでで、俺はレアモンスターをすでに四体も倒していた。


 どうやら星四ダンジョンはレアモンが多く、アイテムは星一の杖、星二の特効武器、星三の特殊効果のついた防具の全てがドロップするようだ。そして更には、星四でしか手に入らないレアアイテムも数種類あるらしい。


 先程俺も、見たことのないアイテムを早速一つ手に入れたばかりだ。


 ちなみに入手したアイテムはこんなん。




【名称】:超毛生え薬


【詳細】:死んでしまった頭皮の毛根を復活させ、毛髪を生やす。ただし、とてつもなく不味く、効果は三ヶ月で切れる。効果を切らさないまま一年間服用を続けると、永続的に毛が生えるようになる。




 一つだと微妙だが、四個セットなら世界中から金持ちが大挙して買いに来るだろう。


 星一からの流れを鑑みるに、たぶんだけど、星四は消費系のアイテムがドロップするダンジョンなのかもしれないな。


『先輩、あそこにある岩。他とちょっと色が違いませんか?』


「ん? あ、ほんとだ。行ってみるか」


 十七夜月の指摘を受けて、その少しだけ黒っぽい色をした岩の前まで歩いて行く。


 すると岩の後ろに隙間が見えたので、【剛力】の長所をふんだんに活かして、その岩をどかしてみた。


「お、隠し部屋だ」


 ダンジョンではお馴染みのセーフティルームだ。中にある部屋のテーブルの上には、いつも通り赤と青のポーションが一つずつ置いてあった。


 そしてベッドの脇には、木製と金色の宝箱が置かれている。金色のほうには鍵がかかっていたが、【ピッキング王】を持つ俺なら問題なく開けられるはずだ。


「黒ポーションと……。お、やったぁ! エリクサーだ!」


 木製の宝箱からは黒ポーション、そして金色のほうからはなんと、飲むだけであらゆる怪我や病を癒すという激レアアイテムのエリクサーが出てきた。


 ショウタのときはどうしようもない状況だったからあっさり使ってしまったけど、これは本来なら売れば天文学的金額になる代物だろう。まあ、万が一のときの為に、売るようなことはせずに持っておくが。


 ちなみに黒ポーションは桃ポーションと一緒で、星三ダンジョンでも手に入るそこまで珍しくはないアイテムだ。


 効果はこんな感じである――




【名称】:黒ポーション


【詳細】:緑ポーションよりさらに身体能力を上昇させる効果がある。ただし、肉体の性能を限界以上に引き出す影響で、使用者の体に莫大な負荷がかかり、使用後に恐ろしい筋肉痛に襲われる。一回の服用で10分間効果が持続する。緑ポーションとは違い、連続での服用や重ね掛けすらも可能だが、あまりにも飲み過ぎると肉体だけでなく精神にも異常をきたすので使用は計画的に。




 強力ではあるが、あまり使用はしたくないアイテムだ。肉体ならまだしも精神にダメージを負ってしまっては、いくら吸血鬼の俺でも治すのが難しいからな。


 黒ポーションとエリクサーをポーチにしまいつつ隠し部屋の中を探索するが、特に何も見つからなかったので、俺はトイレを済ませてから部屋を出た。


 そして再び巨人ダンジョンの奥へと足を進める。


『なんかめちゃくちゃデカいやつがいますね。あれがボスでしょうか?』


「たぶんそうだろうなぁ……。反対側には腕が四本ある巨人もいるし」


 まだ結構距離があるというのにもかかわらず、ボスらしき巨人の姿がここからでも見えた。その佇まいは圧倒的で、まさに星四ダンジョンのボスといった貫禄である。


 その反対方向には、中型ではあるが腕が四本ある巨人がいて、光る魔法陣のようなものの前に陣取っている。おそらくあいつが中ボスだろうな。


 星四からは、どうも帰還の転移陣を使用するには中ボスを倒す必要があるようだ。


 ……よし、やるか。


 俺は腕が四本の巨人に向けて駆け出すと、その勢いのまま飛び上がり――そして"巨人斬り包丁"を振り上げたまま落下する。


《ギアァアァーッ!?》


 落下の勢いと巨人斬り包丁の切れ味により、四本ある腕のうち一気に二本が宙を舞った。続けざまに、下から掬い上げるような一撃で巨人の股を斬りつける。


 血飛沫を上げながら股に深く食い込む包丁。俺はそれを踏み台にして高く跳躍すると、体を捻って巨人の顔面に回転蹴りを放った。


《グヴォォオオーー!?》


 その一撃は見事巨人の右目を貫き、その視界を完全に封じる。


 そのまま空中で一回転して地面に着地すると、膝をついた巨人の股間から巨人斬り包丁を引き抜いた。


「これで終わりだっ!」


 そして、間髪入れずに巨人の首目掛けて包丁を振り抜く。


 ――ザンッ!


 小気味いい音が響いて巨大な首がゴトリと地面に落ちると、残された体は大きな音を立てて地面に倒れ伏し、光の粒子となって消滅する。


 するとその場には、コロコロと口紅かリップクリームのようなものが一つ転がった。




【名称】:声真似リップ


【詳細】:これを唇に塗って対象に口づけ (※場所はどこでもよい)すると、その者そっくりの声を出すことができる。クリームが落ちるまで効果が続く。




 アイテム鑑定機に表示された内容はこんな感じだった。


 ふむ、面白そうなアイテムだな。今回はエリクサーも手に入ったし、なかなか良い探索だったんじゃなかろうか。星四ダンジョンでの手ごたえも掴めたしな。


 ポーチの中に声真似リップをしまうと、俺はふんすと鼻息を鳴らして帰還の転移陣に足を乗せるのだった。





「せんぱ~い、ご飯できる前にお風呂入っちゃってくださいよ~」


「んあ~、そうだな~」


 ダンジョンから帰還した俺は、今日の料理当番である十七夜月が夕食を作り始めたのを見て、素直に風呂に入ることにした。


 服を脱ぎ散らかして全裸になると、そのまま浴室へと足を踏み入れてまずはシャワーでざっと体を洗い流す。


「う~む、それにしてもそろそろ進化をしてもいい頃合いだと思うのだが……」


 鏡に映ったパーフェクト美少女ボディを見ながら、俺はうんうんと唸る。


 半吸血鬼になってから結構長所を獲得してきたし、成長も実感している。しかし、未だに進化の気配がないのだ。肉体的にはすでに足りてるような感覚があるのだが……。


「もしかして【ブルーブラッド】の他にもなにか必要な能力……もしくはアイテムがあるのか……?」


 ここまでは長所だけで進化してきたが、ここから上は上級吸血鬼になるわけだから、それだけじゃ進化できないのかもしれない。


 しかし仮に必要なアイテムがあったところで、それをピンポイントで手に入れられるかというと、それはなかなか難しい。


「あ~あ、数あるダンジョンの中から希望の魔導具をピンポイントで入手できる方法とかねーかなー」


 そんな不可能なことをぼやきながら、俺はボディソープを泡立てて体を洗い始める。体全体をあわあわにして、同時に髪にもシャンプーを馴染ませていく。


 くふふ……全身泡まみれの全裸美少女の完成だぜ!


 と、そのときだった――



《あなたはエクストラダンジョンに招待されました。10秒後に強制転移されます》



「……ほへ?」


 頭に響き渡るそんなアナウンス。


 え? ちょっと? なに? エクストラダンジョン?


「俺今風呂に入ってんだけど、招待ってどういうことなん――」


 しかし、そんな疑問を最後まで口にすることは叶わず、全身泡まみれの全裸の俺は、そのまま眩い光に包まれた。

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