第092話「エクストラダンジョン①」

 気がつくと俺は、見たこともない場所に立っていた。もちろん全裸でだ。だが、大事な部分が泡で隠れているので、ギリギリでセーフといえなくもない。


 ……んなわけあるかい!


 まあ、それはいい。よくもないが、とりあえず置いておく。まずは現状を把握せねば。


 辺りをぐるりと見渡してみると、そこは一言でいうと神殿のような空間だった。壁や床、天井にいたるまで、全てが美しい白色で統一されており、神秘的でありながら荘厳な雰囲気が漂っている。


 そして、そんな空間の中にポツンポツン、と佇む人影がいくつか。数えてみると、俺の他に6名の男女がこの場にいることがわかった。


 金髪の屈強そうな白人男性、アジア系の鋭い目つきの男、赤髪の勝ち気そうな女、長身痩躯の眼鏡をかけた黒人男性、北欧系の銀髪美女、そして……黒髪黒目のごく普通の日本人っぽい少年だ。


 年齢も性別も人種もバラバラで、おそらく世界各地から集められたのだろうと推測できる。


 ちなみに俺以外は皆きちんと服を身に纏っており、全員が俺の方を見て「なんだこの娘……」みたいな目をしていた。


 ……俺にだってわかんねえよ。俺は一体なんで全裸に全身泡まみれでこんな場所にいるの?


「き、君……もしかして日本人?」


「はい、そうですよ」


 制服を着た黒髪の少年が話しかけてきたので、とりあえず俺は全裸のままで【アニメ声】を使って少年の質問に答える。


 正確には日本吸血鬼だけど、まあ日本人でいいか。


 アニメ声を使ったのはなんとなくだ。特に理由はない。別に正体を隠す必要はないんだけど、今回は突如おかしな状況に巻き込まれたか弱い美少女という体でいこうと思う。


「よかった! 他の人たちは全員外国人みたいで、言葉が通じなくて困ってたんだ。えっと……ところでなんで裸なの?」


「お風呂に入ってたもので……」


「そ、それは災難だったね」


 少年は俺の身体から目をそらしながら、スクールバッグの中からタオルを取り出して手渡してくれた。そして、体操服のようなシャツと短パンも貸してくれる。


 おお、いい奴じゃないか! なんか唐突におかしなところに放り込まれたが、こいつだけは無事に帰してあげようと今決めたぞ。


 俺は少年にお礼を言ってからタオルで体と頭を拭き、ぶかぶかの体操服を身につけた。少し泡が残ってて気持ち悪いが、この際我慢である。


 ……おっと、そうだ、恩人に自己紹介をしなければな。


「ふう、助かりました。私の名前はナユタ、どこにでもいるごく普通の美少女中学生です」


「俺の名前は"名楼なろう智衣斗ちいと"。どこにでもいるごく普通の高校生だよ」


「「…………」」


 俺と少年は互いに見つめ合い、沈黙する。


 お前のようなごく普通の高校生がどこにいるんだよ、と思わず突っ込みそうになったが、相手は全裸から救ってくれた恩人なのでなんとか堪えた。


「いや……恥ずかしながら本当に特別な能力なんてない普通の高校生なんだ」


「そうなんですか?」


「うん、父親が大のウェブ小説好きでさ、こんな地雷ネームを付けられたんだ。それでもまともに働いてくれてるのが唯一の取り柄だったのに、先日『父さんこれから小説家で食って行こうと思って今日会社を辞めてきたんだ』とかいいだしてさ……」


 き、気の毒すぎる……。


 親なしで施設育ちの俺のほうがマシに見えてくる毒親っぷりだな……。


「これからの自分の人生に絶望して、いっそ本当に異世界にでも転移しないかな……なんて思っていたら、頭の中に変なアナウンスが響いていつの間にかこんな場所にいたんだ」


 そういえば俺も進化に必要なアイテムが欲しいなぁ……とか考えてたら急に変な声が聞こえてきたんだよな。


 もしかしたら願いや渇望をトリガーに、俺たちはこのエクストラダンジョンとやらに招待されたのかもしれない。


「ひぃあ!?」


 そんなことを考えていると、突如俺の足元の影が動き出し、思わず変な声を発してしまった。


 見ると他の6人の影も同じような動きをしており、奥の祭壇のような場所へと集まってゆく。


 全員の影は祭壇の手前で重なると、徐々に人の形をかたどり始め、やがてドレスを着た美しい女性へと姿を変えた。


 頭に悪魔のような角を生やし、背中には漆黒の翼を携えたその女性は、妖艶な笑みを浮かべながら俺たちに話しかける。


『ようこそ、エクストラダンジョンへ。私はこのダンジョンの管理者"オノスケリス"。あなたたちにはこれからゲームしてもらい、見事クリアした暁には、その功績に見合った魔導具を一つ、差し上げましょう』


「それは本当か!?」


 オノスケリスと名乗った女の言葉に、金髪の男性が即座に反応した。


 んん……? あの金髪の人は英語で喋ってるけど、オノスケリスの言葉は俺には日本語に聞こえたぞ。なのに全員に通じている風なのは何故だ?


 まあ、深く考えるのはよそう……。たぶんそういう仕組みなんだろう。あの人にはきっと英語で聞こえているんだ。


「……で? ゲームって一体なにをすればいいのよ」


 今度は赤髪の女がオノスケリスに話しかけた。


 この人はドイツ語だな。俺の【クァドリンガル】は【全能力+2】の影響で今は日本語、ドイツ語、英語、中国語、韓国語、ロシア語の7ヶ国語が理解できる【マルチリンガル】に進化している。


 なのでたぶんここにいる全員の言葉も理解できるはずだ。


『ゲームの内容は至って簡単です。あなたたち全員で戦ってもらい最後に立っていられた一人が勝者となり、その者に魔導具を差し上げましょう』


「「「――っ!?」」」


 その言葉に、俺を含めた7人全員が息をのんだ。


 おいおい、バトルロイヤルってやつか? モンスターならまだしも、人間相手に勘弁してくれ……。俺は平和主義者なんだよ。


「自分以外の全員を殺せ……お前はそう言ってるのか?」


 鋭い目つきの男がオノスケリスを睨みつける。彼は中国語で喋っており、おそらく中国人だろう。


『いえ、地下にある部屋に自分以外の全員を閉じ込めればゲームクリアとなります。大きなダメージを負うと、死ぬ前に自動的に部屋に転送されますのでご安心を。部屋には食料やポーション等も完備されてますので、思う存分戦い合ってください』


 オノスケリスの説明に、全員が少し安堵の表情を見せる。


 彼女の説明は続き、地下の部屋には立ち上がれないほどのダメージを負うか、もしくはギブアップしても転送されるようだ。


 部屋は六畳ほどで、出入り口はないが風呂やトイレも完備されており、冷蔵庫の中身も毎日自動で補充されるので、極端な話一生そこで暮らせるような環境が整っているとのこと。


 スッとオノスケリスが手をかざすと、モニターのような物が空中に現れ、そこには七つの部屋が映し出されていた。


 なるほど……今は誰もいないようだが、脱落者が出た場合この中に転送されるってわけか。わかりやすいな。


『ダンジョンの中には様々な武器や魔導具が隠されていますので、各自でそれを探して使用して頂いても構いません。そして――』



「待ちたまえ! さっきから黙って聞いていれば、べらべらと好き勝手に喋りおって! 私は大事な商談の途中だったのだぞ! 我々をこんな場所に呼びつけた挙句、一方的にゲームをしろだと!? ふざけるな!!」



 オノスケリスの言葉を遮り、眼鏡をかけた黒人男性が、怒り心頭といわんばかりの形相でずかずかと彼女に近づいていった。


 ……あ、マズい。この展開は漫画とかアニメでよく見るぞ。


「大体こいつがこのダンジョンのボスなのだろう? 全員でやっつければ、レアアイテムを落としたあげくみんな仲良くクリアできるのでは――」


 ――ドゴォッ!!


 男性が俺たちを誘導しようとした瞬間、オノスケリスの拳が彼の腹にめり込み、その体を大きく後方へと吹き飛ばした。


 俺のすぐ横を弾丸のような速度ですっ飛んでいった男性は、そのままダンジョンの壁に激突し、その場に崩れ落ちる。


 ……お、ラッキー。ほっぺたにあの人の血がついてるじゃん。ペロッとな。


『確かに私を倒せばダンジョンはクリアとなります。しかしそれは不可能です。何故なら私はあなたたち全員の影から作られており、あなた方の能力の合計値がそのまま私の戦闘力となるからです。それに加えて私固有の能力も持ち合わせております。それでも全員が100パーセントの連携をとれば、ほんの僅かながら可能性はあったかもしれませんが、たった今一人脱落しました』


 倒れ伏す黒人男性が、光に包まれて消えていく。


 そしてモニターに映る部屋の一つに転送され、同時に彼の体に赤ポーションのようなものがばしゃばしゃと降り注いだ。


 頭を振りながら起き上がる男性。ふむ……あれなら確かに戦っても命までは失わないで済みそうだな。


 しかし……俺たち全員の合計の戦闘力か。道理でなんとなく俺よりも強いようなオーラを感じたわけだ。男性を助けようと殴りかからなくてよかったぜ。


『それではゲームを開始します……と言いたいところですが、一つルールを付け加えましょう』


 ん~? ルールの追加? 一体なにを言い出すつもりだ? 


 まあ? 今までの話を聞く限り、俺の勝利は揺るぎないんだけどさ。死者が出ないこともわかったし、気持ち的にも余裕が出てきた。このままだとヌルゲー過ぎるしなんでも来なさいよ、くふふふふ。


『あなたたちの中に一人、人間ではなく吸血鬼が混じっています。その者の首を取れば、その時点で地下に転送されていない全員を勝者とします。ちなみに吸血鬼は大きなダメージを負っても地下の部屋に転送されることはなく、死亡するので判別は容易です』


「……」


 クソゲーじゃねえか! なにそのルール、ふざけてるの?


 ……あー、くそ! はいはい、やってやりますよ! 吸血鬼だとバレずに全員ぶちのめせば、俺の勝利なんだろ!? やってやんよ!!


 このクソゲーをさっさと終わらせて、風呂入って飯食って寝るぞ!


 俺は内心の怒りを必死に抑えつつ、「吸血鬼……やだぁ……こわぁい……」と名楼の腕にしがみついた。








【名称】:一級建築士


【詳細】:フラグ……ではなくて、ちゃんとアメリカの建築家登録試験 (ARE)に受かった一流の建築士。その腕は設計から施工、アフターケアまで全てにおいて一級品。たとえ異世界に一人で飛ばされても、建築の腕を生かして快適な暮らしが望めるだろう。

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