第093話「エクストラダンジョン②」

『それでは、ゲーム開始です!』


 オノスケリスのその声と同時に、金髪の男性とアジア系の男、そして赤髪の女が一斉に距離をとるように後方へと飛びのいた。


 名楼は状況についていけてないのか、俺にしがみつかれたままおろおろしており、銀髪の美女はぽけーっとその場に立ち尽くしている。


 ……マズいぞ、このままだと戦闘が始まっちまう。


 このまま乱戦になれば、おそらく俺が勝つだろう。一応スキルは警戒しなければならないが、親父さんによると、やはりスキルは基本的にあってもなくても変わらないようなレベルのものしか存在しないらしい。


 かつての俺の【吸血】や、カズトの【転傷】のように、チートスキルに目覚める人間もごく稀にはいるらしいが、そのような能力にはまともに使用できないデメリットが付きまとう。それを戦闘中にノーリスクで発動させるのは、ほぼ不可能だ。


 つまりは、よほどのことがない限り俺に敗北はない。


 だが、少し気になることもあるし、戦うにしてももっと情報を集めてから戦闘に入りたいのが本音だ。


 それにせっかく世界中から色々な人が集まったんだから、できれば全員の血も入手しておきたい。


 よし! ここは一つ、か弱い美少女を演じて庇護欲をそそる作戦で行こう!



「皆さんお待ちください! 一度全員で話し合いましょう! なにか他の方法もあるかもしれません!」



 俺が可愛らしいアニメ声で同じセリフを数ヶ国語分繰り返し叫ぶと、なんとか彼らは戦闘態勢を解いてくれた。


「……驚いたな。君は、マルチリンガルかい?」


「はい、全員の言葉を通訳できると思います」


 金髪の男性に声をかけられ、俺は素直に答える。


 他の全員も感心するようにこちらを見つめ、どうにか話し合いの空気ができあがった。


「オノスケリスはダンジョンの中には様々な魔導具が隠されていると言っていました。もしかしたら彼女を倒せる方法もあるかもしれませんし、まずはみんなで探索から始めてみませんか?」


 俺の提案に、彼らは一応の同意を示してくれた。


 そして、とりあえず簡単な自己紹介をしながら、ダンジョンの中を探索することで話がまとまる。


 神殿のような空間を出る直前、ちらりと後ろを振り返ると、オノスケリスがじっと俺たちを見ていた。もしかしたら彼女はあの部屋から動けないのかもしれない。




「……それで、私がナユタで、こちらが名楼くん。二人とも日本人で学生です」


 まるでデスゲームが行われる建物のようなダンジョンだ。迷路のように入り組んだ石造りの通路を進みながら、俺たちは簡単な自己紹介を行っていた。


 金髪の男性はアメリカ人でカイルさん、アジア系の男性は中国人のシャオウさん、赤髪の女性はドイツ人でドロテーアさん、銀髪の美女はロシア人でポリーナさんというらしい。


 詳しい経歴はみんな話したがらなかった。まあ、いつ敵対してもおかしくない状況で、自分の詳細なプロフィールをべらべらと喋りたがる人間は少ないだろう。


「ねえ、そこの部屋を見てください。たくさんの武器が置いてありますよ」


 キョロキョロと興味深そうに周囲を見回していたポリーナさんが、そう言って一つの小部屋を指差した。


 それにつられて俺たちも部屋の中を覗いてみると、そこには無数の武器や防具が乱雑に積み上げられていた。武器庫のようなものだろうか。


「……魔導具がいくつかあるな」


 部屋の中に入ったシャオウさんが、一振りの剣を鞘から抜き、刃の部分をしげしげと観察する。


 あれは"竜殺剣"だな。辺りを見回してみると、他にも魔導具と思わしきものがいくつか転がっているのが確認できた。


「あ、いいものみっけー。なあなあ、あたしいいこと思いついたんだけど」


 赤毛のドイツ人、ドロテーアさんが目を細めて口端を吊り上げながら部屋の片隅に置かれていた【冥府の鎌】を手に取った。


 ……なんか嫌な予感がするんだが。


 そんな俺の予感を裏付けるように、彼女は大鎌をぶんと一振りしてその刃に舌を這わせると、嗜虐的な笑みを浮かべてこう言った。


「オノスケリスがあたしらの中に吸血鬼がいるって言ってたでしょ。これで全員を切りつけて反応を見たら誰が吸血鬼かわかるんじゃない?」


「……」


 この女……最悪な発想をしやがる。


 でも、実際名案なのが辛いところだ。俺以外の奴にとってはな!


「ほら、ガキおっぱい。みんなに通訳しろよ」


「ナユタです……」


「名前なんて覚えるのめんどくせーんだからガキおっぱいでいいだろ。ほら、はやくしろって」


 この野郎……。だが、ここで渋ると俺の正体に気が付かれるかもしれない。


 俺は渋々と彼らの前に出て、ドロテーアさんが言ったことを通訳した。


「うむ、この部屋には赤ポーションもあるようだしいいんじゃないか?」


「ああ……俺も構わない」


「私もです」


「俺も大丈夫です」


 他の皆は当然吸血鬼じゃないので、あっさりとドロテーアの提案を受け入れる。


「あたしはなぁ……痛みで顔を歪ませる奴を見るのが大好きなんだよ。我慢したって強烈な痛みを感じてる奴がいたら、経験上あたしには絶対にわかるぜ。鞭で叩けばもっと正確にわかるんだがな」


 恍惚とした表情で舌なめずりをするドロテーア。どうやら彼女はそういったプレイを専門としている人らしい。


 ドロテーアはまずは自分の腕を軽く切りつけた。そして自分は吸血鬼ではないと肩を竦めて見せながら、【冥府の鎌】を壁に立てかける。


 続いてカイル、シャオウ、ポリーナの順で、同様に自分で自分を傷付けては、吸血鬼ではないことを示していった。


「おい日本人のガキ共、次はお前らの番だぞ」


 赤ポーションを腕にかけながら、ドロテーアが俺と名楼にビシリと指を突きつける。


「名楼くん……お先にどうぞ」


「うう、痛そうだなぁ……」


 魔導具にも詳しそうなところや醸し出す雰囲気からも、他の人たちはどう見ても一般人ではなさそうなのだが、名楼はごく普通の高校生であるようなので、刃物で腕を切るなんて怖いのだろう。


 それでも俺という年下のか弱い女の子の前でカッコ悪いところは見せられないと思ったのか、彼は覚悟を決めて【冥府の鎌】で自分の腕を切りつけた。


「いてぇっ!?」


「……ふうん、このボウヤも違うようだね」


 その様子を見ていたドロテーアがつまらなそうにそう呟いた。


 ……くそ、この女マジで本気で痛がってる人間の様子がわかるようだ。俺がアンデッドに特効効果のある【冥府の鎌】で切られたら、きっと痛みで悶絶してバレてしまうに違いない。


 仕方ない……アレ・・をやるしかないか。


 ……っとその前に。


「名楼くん大丈夫でしたか? ん、ぺろり……」


「あっ! な、ナユタちゃん。だ、大丈夫。心配してくれてありがとう」


 血の出ている名楼の腕をぺろりと舐めると、彼は顔を真っ赤にして俺から目をそらした。……ふっ、ちょろいな。



《【異世界の鍵】を獲得しました》



 あのさぁ……お前やっぱり一般人じゃねーじゃねーか。


 名は体を表すってやつか? とりあえず詳細を確認してみよう。




【名称】:異世界の鍵


【詳細】:これを持つものは、自分の生まれた世界とは別の世界へと旅立てる可能性が高まる。




 ……なんだこれ。詳細がアバウトすぎてよくわからないな。てか異世界なんてもん本当に存在するのかよ。


 まあ俺が使うことはなさそうだが、持っててもデメリットはなさそうだし、別にいいか。


「おい! もうお前だけだぞガキおっぱい! 早くしろよ、それとも自分が吸血鬼だからできないのか?」


 俺がぼけーっと自分のステータスを確認していると、痺れを切らしたドロテーアが俺の腕を乱暴にひっつかんだ。


 そして、強引の鎌の刃を俺の細く白い腕にあてがうと、一気にそれを滑らせる。


 ブツッと音がして、じわぁっと血があふれ出し皮膚が大きく裂ける。同時に吸血鬼への特効効果により、俺の身体に凄まじい刺激が走った。



「あひいぃぃーーーーんっ♥」



 思わず嬌声を垂れ流しながら、びくんびくんと身体を痙攣させる。


 んおぉぉお……! やっべーぞこれ!!


「む? この反応、痛みを感じてないな。……おかしい、あたしの勘が外れたか?」


「……ぜえぜえ、わかったでしょう? 私は吸血鬼では――」


「念のためにもう一度やってみよう」


 ドロテーアが再度鎌を俺の腕にあてがい、今度はゆっくりと押し込むように傷を刻み込む。



「んほおおぉぉぉーーーーッ♥」



 んおおっ! おほぉっ! これやべえっ!


 ガクガクと身体を震わせて盛大にアヘ顔を晒す俺。それを見たドロテーアは眉を顰めて鎌を壁に置くと、赤ポーションを俺の腕にぶっかけた。


「……どうやら吸血鬼ではなくただの変態だったようだな」


 ふー……危ないところだったぜ。【Mの極意】をオンにしたことで、なんとか誤魔化せたようだ。


 だが、この能力は何度も使うのは危険かもしれないな。もしオンにするのが癖になってしまったら、俺の精神がまずいことになりかねない。


「その年齢でそこまでの域に達しているとは……色々大変だろう。もしドイツに寄ることがあったらデュッセルドルフにあるあたしの店に来い。たっぷりサービスしてやる」


 ドロテーアは優しげな表情で俺の頭をぽんと叩くと、SMクラブと思わしき店の名刺を俺に握らせ、他の皆を引き連れて部屋から出て行ってしまった。


 ……ちくしょう、誤魔化せはしたがなにか大切なものを失った気がするぜ。







「結局、私たちの中に吸血鬼はいなかったということか? ならばオノスケリスが言っていたこともどこまで真実かわからんな……」


 探索を一通り終え、俺たちはダンジョンの最奥部にあった大部屋に集まっていた。


 ここは闘技場のような作りになっているようで、壁際には古今東西のあらゆる武器が無数に陳列されており、まるでここで思う存分戦えと言わんばかりの設備が整っている。


 カイルさんはそんな部屋を見渡しながら、オノスケリスへの疑念を口にしていた。


 まあ、本当は俺が吸血鬼なので、たぶんあいつは真実を言ってはいると思うが、それを言うわけにもいかないしな。


「……あれ? ナユタちゃん、ポリーナさんの姿が見当たらないんだけど、知らない?」


 名楼がきょろきょろと周囲を見回しながらそう言った。


 そういえばポリーナさんだけいつの間にかいなくなっているな。あの銀髪の美女は、なんだか不思議な雰囲気を漂わせていたし、少し気になる。


「あ、あそこにいるのポリーナさんじゃないですか?」


 俺の4.0の視力が、三つある闘技場の出入り口のうちの一つに、ポリーナさんらしき人物の姿を捉える。


 彼女は俺と目が合うと、にっこりと微笑んで両手で持っている黒光りする物体をこちらに向けて構えた。


「皆さん、床に伏せてください!!」


「……あ? どうしたん――」



 ――ドガガガガガッ!



 隣にいたドロテーアさんが言葉を発し終える前に、彼女の体にハチの巣のような穴がいくつも開き、血しぶきを撒き散らしながら光に包まれて消えてしまった。


 俺は頬についた彼女の血を舐めながら、唖然とする名楼の手を引いて、ポリーナさんがいる闘技場の出入り口とは真逆にある通路へと走り出す。


「くそ! どこかで見た顔だと思ったが、あいつ"ポリーナ・グラナート"か! ロシア史上最悪の連続殺人鬼だ!」


 カイルさんが怒声を上げながら、俺たちとは別の方向へ走っていった。


 そういうことはもっと早く言ってくれよ! 俺は他の奴らとは違って、もし殺されるようなダメージを負ったらそのまま死ぬんだぞ! ふざけんなよ!


 しかも魔導具だけじゃなくて、マシンガンなんてもんまであるのかよこのダンジョン!


 満面の笑みでマシンガンを乱射するポリーナから逃げるように、俺たちは闘技場の通路へと飛び込んだ。








【名称】:女王様


【詳細】:高貴な血を引いて……いるわけではなく別の意味の女王様。鞭の扱いに優れ、まるで第三の腕のように自由自在に操る。顔を見ると相手がどの程度の痛みを感じているかを敏感に感じ取ることができ、やせ我慢をしていてもすぐに見破ってしまう。

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