第094話「エクストラダンジョン③」
「はあ……はあ……ここまでくれば大丈夫でしょう」
闘技場の通路を抜けた先にある部屋まで逃げ延びた俺たちは、そこでやっと一息ついた。
どうやらポリーナはこっちには追ってこないようだ。たぶん、カイルさんとシャオウさんの向かった方向へ行ったのだろう。
「あ……ナユタちゃん。頬から血が」
名楼が俺を心配そうな目で見つめながらそう呟く。
俺は自分の頬に手を当てて初めて気が付いた。ポリーナに撃たれた弾丸が頬を掠めていたようで、そこから血が流れていたのだ。
「え? ああ、これは気にしないでください」
「いや、気にするよ! 女の子なんだから顔に傷なんて残ったらどうするの!」
ポケットからハンカチを取り出して俺に差し出す名楼。しかしその前に、頬の傷はスウっと消えてなくなってしまった。
「……え? あれ?」
「あ~……実は、私が例の吸血鬼なんですよ。でも悪い吸血鬼じゃないですよ?」
両手をがお~っと前に突き出して、可愛らしい八重歯をキランと光らせて無害さをアピールする。
名楼はそんな俺をなんとも言えない表情で見ながらも、おずおずとハンカチを引っ込めた。
「……ん? なんかちょっと嬉しそうですね」
「い、いや~……。だって、いきなりこんな場所に召喚されたり、吸血鬼の女の子がいたりするし、もうなんか非日常的なことが起こりすぎてて、不謹慎だけどちょっとワクワクしてる自分がいるというか……」
ああ、まあ男の子なら仕方ない面もあるか。俺と違って名楼は死ぬ心配もないわけだし。
「……もしかして、異世界も本当にあったりするのかな?」
「ん~、ダンジョンがあるんですし、あるのかもですね」
たぶんあるんだろうな。【異世界への鍵】なんてものを持ってる奴がここにいるくらいだし。
「異世界に行きたいんですか?」
「いや……俺はこんな名前だけど、別にそこまで行ってみたいわけじゃないんだ。ただ、未知のものってワクワクしない?」
「まあ、それはわかります」
「うん。それに俺は普段、道化のようなキャラを演じて学校生活を送っているんだ。開き直って友達と異世界ネタを披露したりしてさ。それがこんな名前でいじめられないための処世術だったんだ。でも、よく考えたらそんなキャラが通用するのは精々大学生までだろう?」
そうかもしれない。こいつはきっと社会人になったら苦労しそうだ。
「ならいっそ……本当にこの名前のように異世界にでも転移してしまえばなって、そんな風に思っただけだよ」
なるほど、俺も親が欲しいと思ったことはあるが、毒親を持つ子供も大変そうだな。
俺はナユタというカッコよくも可愛い名前で良かったぜ……。
「ふむ、私は普段ダンジョン探索をしているので、もし異世界に行けるようなアイテムが見つかったら名楼くんに差し上げましょうか?」
「え? いいのかい? それじゃあ期待しないで待ってるよ」
冗談っぽく笑いながら言う名楼。
服やタオルも洗って返さなきゃいけないので、俺は彼の連絡先を聞いて体操服のポケットにしまい込んだ。
◇
「はぁ……はぁ……」
「名楼くん、大丈夫ですか?」
ダンジョン内を探索すること24時間。
ポリーナのせいで他の参加者とはもう完全に戦闘状態になってしまったので、彼らに見つからないようにしながら色々見て回ったが、オノスケリスを倒せそうな武器や魔導具は見つからなかった。
地下への通路も発見できなかったし、帰還の転移陣も見つからない。やはりゲームをクリアする以外には、このダンジョンから脱出する方法はなさそうだ。
一睡もしてないので、【驚異のスタミナ】を持つ吸血鬼の俺と違って普通の人間である名楼は、すでに疲労困憊といった様子だ。
「……よくよく考えたら、俺ここまで頑張る必要なかった気がする。特別欲しい魔導具とやらがあるわけじゃないし、そもそも最後の一人に残れる自信もないし」
「う~ん、ならギブアップしますか?」
「そうしようなかぁ……。地下の部屋にはベッドも食料もあるんでしょ?」
「そうみたいですが、でも私少し気になることが――」
そう言いかけたとき、通路の奥にマシンガンを持つポリーナの影が目に入り、俺は名楼の手を引いて慌てて近くの部屋に飛び込んだ。
曲がり角から現れたポリーナは、きょろきょろと周囲を見渡した後、俺たちのいる部屋とは反対の部屋へと入っていく。
「あれ? あそこ、最初の部屋だ」
「オノスケリスのいる場所ですね? 彼女、なにするつもりなんでしょう?」
名楼と二人で、物音を立てないようにしてポリーナの入った部屋を覗き込む。
すると、そこにはオノスケリスにマシンガンの銃口を向けるポリーナの姿があった。
なるほど……。いくら俺たちの合計値の戦闘力を持つとはいえ、実体を持つ以上さすがにマシンガンでハチの巣にされたらひとたまりもないだろう。
ポリーナはオノスケリスに照準を合わせると、躊躇なく引き金を引いた。
ドガガガガガガッ、とマシンガンが火を噴く音が部屋中に響き、無数の弾丸がオノスケリスの身体に吸い込まれていく。
……しかし、弾は文字通り彼女の体の中に吸い込まれ、そして、逆再生するかのようにオノスケリスの体内から一斉に排出された。
「あぶないナユタちゃん!」
「……っ!」
弾丸はポリーナだけじゃなく、彼女の後ろで様子をうかがっていた俺たちの方にまで飛んできた。
名楼が俺を守るように覆いかぶさり、銃弾を数発背中に受けてしまう。
「ちょ、ちょっと名楼くん! 私は吸血鬼だから大丈夫だって言ったでしょう!」
「あ……。そ、そうだった……。ごめん……体が勝手に動いちゃったよ」
口から血を垂らしながら、名楼は力なく笑って光に包まれて消えていく。
……こいつ、ふざけた名前だけど、こういう場面で咄嗟に今みたいな行動がとれるとかカッコいいじゃねーか。俺はお前みたいな奴は嫌いじゃねーぜ。
「残念でしたね。私に銃は効きませんよ?」
「うぐ……。そう、あなたの固有能力とは、飛び道具を反射する力だったのね」
オノスケリスが肩を竦めながら余裕そうな態度で答える。ポリーナは何発か跳弾に当たってしまったようで、全身から血を流しながら悔し気な表情を浮かべた。
これは厄介だな。もしオノスケリスを倒そうと思ったら白兵戦に持ち込むしかないが、接近戦では俺の使える技は全部あいつも使えるわけだから勝ち目は薄い。
「……ああ、もっと人を殺したかったのに。残念だわ」
部屋の入口まで後ずさりし、俺の前でドサリと倒れるポリーナ。
その体が光に包まれ始めたので、地下に転送される前に俺は慌てて彼女の体に触れて血を舐めとった。
《【すべすべの二の腕】を獲得しました》
……殺人鬼系の長所じゃないんだ。
まあ、彼女は真っ白な肌をした美人だったし、むしろ俺にはそっちのほうがありがたいけど。
【名称】:すべすべの二の腕
【詳細】:真っ白で毛穴一つない、まるで赤ちゃんのような肌を持つ美しい二の腕。ぷにぷにですべすべでいつまでも触っていたくなるような魅力がある。
おお……俺の上腕がすべっすべに。こりゃいいな!
これで【天使の指先】と合わせて、手全体が究極の美しさを手に入れたことになるわけだ。
消え去ったポリーナのいた場所に落ちてたマシンガンを拾い上げるが、弾が切れていて、もう使い物にはなりそうになかった。
でも、オノスケリスには通用しないことがわかったし、俺がこれを人に向けるわけにもいかないので、たとえ弾が入ってたとしても使い道はないんだけどね。
俺はマシンガンをその場に投げ捨てると、残りの二人――カイルさんとシャオウさんを捜すために歩き出した。
◇
「なんだあの人たち……。本当に普通の人間かよ?」
闘技場のような場所で戦っているカイルさんとシャオウさんを遠目に見つめながら、俺は思わずそう呟いていた。
シャオウさんは片手にナイフを持ちながら、忍者のように身を低くしてカイルさんの背後へと回り込むように移動し、そして刃を彼の首筋へと突き刺そうとする。
が、カイルさんはそれを読んでいたかのように、シャオウさんの腕を掴んで投げ飛ばす。
しかし、空中で体勢を立て直したシャオウさんは、手に持っていたナイフを投擲。カイルさんはそれを身体を捻って躱すが、シャオウさんはいつの間にか彼の懐に入り込んでいた。
そしてそのまま、下から突き上げるようにカイルさんの顎に掌底を叩き込む。
……あれは中国拳法かな? とにかく二人とも動きが尋常じゃない。半屍吸血鬼だった頃の俺なら勝てなかった可能性もあるくらいだ。
まあ、今の俺であれば一対一ならまず負けないだろうが……普通の人間でここまでの領域に達することができるとは、正直驚きを隠せない。
「せぇぇぇい!」
「ぬぐぅ!」
掌底を喰らって口から血を吐き出すカイルさんだが、彼は全く怯まず自分の顎を撃ち抜いたシャオウさんの手を掴んで、その勢いのまま彼を地面に叩きつけた。
地面に倒れたシャオウさんの首を素早くロックして、そのまま絞め技に移行するカイルさん。
……うーん、あっちはアメリカ陸軍格闘術かな? 二人とも軍人かなにかなんだろうか?
と、そんなことを考えているうちに、シャオウさんはカイルさんの腕に噛みついてその拘束から脱出すると、今度はカイルさんの頭を両手で掴み、その額に思いっきり頭突きをかます。
二人は取っ組み合いの状態でゴロゴロと地面を転がっていき、俺の近くを通り過ぎたあたりでようやく止まった。
そしてほぼ同時に飛び起きると、彼らは闘技場の壁に立てかけてあった剣と槍を摑み、互いに突進してすれ違いざまに武器を振るう。
肩口が槍で僅かに切り裂かれただけに終わったカイルさんとは逆に、シャオウさんの首筋にはぱっくりと深い傷ができ、そこから大量の血が噴き出していた。
「……くそ、水中戦なら負けはしないのに」
シャオウさんは悔しそうにそう呟くと、その場に崩れ落ちて光に包まれながら消えていく。
俺は素早く彼の体から飛び散って壁についた血に手を伸ばし、それを口に含んだ。
《【水中の王】を獲得しました》
……ふう、なんとか間に合ったか。凄そうな人なのに、吸い損ねるんじゃないかと焦ったぜ。
【名称】:水中の王
【詳細】:驚異の肺活量を誇り、息継ぎなしのまま水中で20分以上も活動することができる。素潜りで水深100メートル以上潜ることができ、水中での泳ぎや格闘術にも長けている。
マジか……。とんでもない能力だぞ。
あの人、水中戦のスペシャリストでありながら地上でもあれだけの戦闘能力を有していたのか。もしかしたら中国の特殊部隊かなにかに所属している名のある武人なのかもしれないな。
俺がシャオウさんの強さに感心しながら闘技場を見つめていると、大きく息を吐いたカイルさんが俺の方へと視線を向けてきた。
「……どうやら君が最後の一人のようだね」
いつの間にか闘技場の壁にも、オノスケリスの部屋にあったモニターが設置されており、そこには地下の部屋に転送された俺たち以外の5人の姿が映し出されていた。
カイルさんは剣を捨てて、壁に立てかけてあった【冥府の鎌】を手にすると、俺の前まで歩いてくる。
「となると、やはり君が吸血鬼ということでいいのかな?」
「……ああ、そうだ」
「ならば悪いが倒させてもらう。私は必ず勝者にならねばならないのだ」
そう言って、鎌の刃を俺に向けてくるカイルさん。
そこには確固たる決意と覚悟が見てとれる。きっと彼には、絶対に負けられない理由があるんだろう。
「私は、アメリカ合衆国ダンジョン探索部隊『スターブレイカーズ』隊長――"カイル・フローリー"! 吸血鬼の少女よ、いざ尋常に勝負!」
カイルさんはそう名乗りをあげると、地面を蹴って猛然と俺に斬りかかってきた。
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