第095話「エクストラダンジョン④」

 そういえば名楼が「あの金髪の人どこかで見た気がする」みたいなことを言ってたな。


 彼があの有名なアメリカの最強チームの、しかも隊長さんだったのか。道理で普通の人間にしては異常なまでに強いわけだ。


「……はぁぁぁ!」


「おっと」


 超スピードで繰り出されるカイルさんの攻撃を、俺はひょいひょいと躱しながら内心では感心していた。


 パワー、スピード、そして技術……。そのどれをとっても、彼はまさに超一流の戦士だった。おそらくこの人は人類最強クラスの実力の持ち主なのだろう。


「とんでもない強さですね」


「全ての攻撃を躱しておきながらよく言う! 私はこれでも"デルタフォース"、"ナイトストーカーズ"を経験後、"スターブレイカーズ"の隊長として数々のダンジョンを踏破してきた身なのだがねッ!」


「どんな経歴だよ……」


「戦闘ヘリによる空中戦なら、もっと自信はあるのだが――なッ!」


 カイルさんは地面を強く蹴って跳躍すると、鎌を俺に向かって振り下ろしてくる。


 しかし俺はそれを紙一重で躱し、逆に彼の顔面にカウンターのパンチをお見舞いした。


「――ぐぅ!」


「ぺろり。素晴らしい動きですが、それでも吸血鬼の俺には僅かに及びません」


 拳についた血を舌で舐めとると、俺はゆっくりと構えを取る。



《【エースパイロット】を獲得しました》



 ……これだけの戦闘能力を秘めていながら、獲得したのはまさかの操縦系能力かよ。


 シャオウさんもそうだったが、この人たちどんだけ凄いんだよ……。




【名称】:エースパイロット


【詳細】:戦闘ヘリを含め、戦車や装甲車、果てはガンボートに至るまで、戦闘系のありとあらゆる乗り物を超一流の操縦技術で操ることができる。もしかしたらガン〇ムにだって乗れるかもしれない。



 

 おおう……男の子の夢のような能力を入手してしまったぞ。


 全員から血を頂くのは大変だったが、苦労した甲斐はあったな。あとはこの人を倒して魔導具を入手すれば万々歳といったところだろう。


「やはり……このままでは勝てないか」


 カイルさんはそう呟くと、懐から黒い液体の入った試験管のようなものを取り出す。


 あれは……黒ポーション!


「忠告ですが、それを飲もうとしているならやめたほうがいいです」


「そんなことはわかっている。だが、私には【薬物耐性】というスキルがあるのでね。一つくらいならば耐えられるさ」


 そう言って黒ポーションの蓋を開けると、彼はそれを一気飲みする。


 するとカイルさんの肉体が黒い光に包まれたかと思うと、その体がびきびきと音を立てて変化し始めた。筋肉が膨れあがり、威圧感も数倍に跳ね上がる。


「ぐおおぉぉッ! がああぁぁぁーーッ!」


「――っ!」


 雄たけびを上げながら、カイルさんは俺に向かって突進してくる。そのスピードは先程とは比べものにならないほど速くなっていた。


 彼は鎌を上段に構えると、そのまま一気に振り下ろす。俺は咄嗟に体を捻って躱すが、あまりの速さに僅かばかり二の腕を掠めてしまう。


「くぅ!」


 痛てぇ! 俺の【すべすべの二の腕】から血が! やはり特効武器のダメージは馬鹿にならんな。


 だがあの能力はもう使いたくないし、これは早めに決着をつけたほうがよさそうだ。


「――縮地」


 再び鎌を振り上げたカイルさんに対し、俺は縮地を使って瞬時に彼我の距離をゼロにする。そしてそのまま無防備な彼の顎にアッパーをお見舞いした。


 バキッという骨が砕ける音と共に、カイルさんは数メートル宙を舞う。が、黒ポーションで痛みを緩和しているのか、彼は空中で体勢を立て直すと、着地と同時に鎌を振りかぶって突進してきた。


 しかし俺はその攻撃をスウェーで躱すと、今度は彼の鳩尾に回し蹴りを叩き込む。


「ぬぐあぁぁーー! 負けられない! 私は負けられないのだ!」


 吹き飛ばされたカイルさんは、それでもすぐに立ち上がると懐から追加の黒ポーションを取り出した。


「ちょっと待った! それ以上飲んだら危ない!?」


 いくら薬物耐性があるといっても、ダンジョンのスキルなんてそう大きな効果があるわけじゃない。黒ポーションの重ねがけになんて耐えられるわけがないのだ。


 戦いが終わって地下の部屋に送られたら、肉体的なダメージは回復する。だけど、もし精神に異常をきたして廃人にでもなったら取り返しがつかない。


 しかし、カイルさんは聞く耳を持たず、黒ポーションを全て飲み干してしまう。


「絶対に勝つ……。たとえここで死ぬことになっても、私は勝たなければならないのだァァァ!」


 闘技場の床が陥没するほどの脚力で地面を蹴ると、カイルさんは俺に接近して鎌を振り下ろす。


 そのスピートはもはや吸血鬼である俺と互角……いや、僅かに上回っているかもしれない。


「うぐっ!」


「ゴハッ! ゲホッ! ぬおおおぉぉーーーーッ!」


 冥府の鎌が腕を、足を、そして腹を斬り裂き、激しい痛みが俺を襲う。


 だが、黒ポーションを重複服薬した影響か、カイルさんはそんな俺以上のダメージを受けているようで、血反吐を撒き散らしながら鎌を振り回していた。


 ……な、なにがこの人をここまで突き動かすんだ!


 俺は進化に必要なアイテムが欲しいと思っていたが、これほどまでの執念は抱いていない。ここはギブアップしてこの人に魔導具を譲ってあげたほうがいいんじゃないだろうか?


 オノスケリスはダメージを負っても俺は地下に転送されないと言ったが、ギブアップについては言及していなかった。つまり、ギブアップによる敗北は俺にも適用されるはずだ。


 だけど俺の考えが正しければ、それは大きなリスクを孕んでいる。


 ……いや、余計なことを考えるのはよそう。もし彼の事情を知ってしまえば、更に倒しにくくなってしまうかもしれない。ここは心を無にして、ただ勝利をもぎ取ることだけを――


「娘の、クリスタの病気を治すには、ダンジョンのアイテムが必要なのだァァ!」


「……娘の病気?」


「そうだ! 娘は現代の医学では治せない、難病に罹っている!」


 カイルさんはそう叫びながらも攻撃の手を緩めない。


 そんな必死の形相の彼を前に、俺は後ろに飛んで距離を取ると大きく息を吐いた。


「……なんだ、そんなことか」


「そんなこと? そんなことだと!! やはり吸血鬼か、人の心は持っていないのかッ!」


 激昂したカイルさんは、なおも俺を斬りつけようと鎌を振りかぶる。しかし俺はその腕をがっしりと掴むと、そのまま一本背負いで投げ飛ばした。


 そのまま寝技に持ち込もうとするが、黒ポーションを服用した彼のパワーはすさまじく、【剛力】を持つ俺ですら力比べでは五分五分だ。


 しょうがないので一個だけ見つけて確保していた緑ポーションを飲んで身体能力を高めると、関節を極めて彼の動きを封じる。


「ま、負けるわけに……負けるわけにはいかない!!」


 骨が軋むほどの力で抵抗してくるカイルさん。そして懐から更に追加の黒ポーションを取り出そうとする彼の耳元へ、俺はこう囁いた。


「俺、ちょうどエリクサーを一個持ってるので、この戦いが終わったらカイルさんにあげますよ。だから大人しく負けてください」


「な、なに……!? エリクサー……?」


「怪我や病気が完全に治る超レアな回復アイテムですよ」


「そ、そんなアイテムは聞いたことはないぞ! 出まかせを言っているのか!」


 動揺しているのか先程より力は弱まったが、それでも彼は頑なに負けを認めようとしない。


「そりゃ星四ダンジョンのレアアイテムですからね。星三までしかクリアしてないあなたは知らないでしょう」


「……星四ダンジョン」


「やれやれ……アメリカ人はいつも自分たちが最先端をいってると思い込んでるから困る。もう俺がとっくに星四ダンジョンを攻略し終わってることすら知らないんだから」


 俺がそう言ってフッと笑うと、カイルさんはそのまま動かなくなってしまった。


 だが、まだ迷っているのか力は完全に抜けてはいない。


「それ以上黒ポーションを飲んでも、あなたが俺に勝てる可能性は殆どない。だけど、俺としてもこのまま抵抗し続けるあなたを倒せたとして、あなたが廃人になって娘さんが病気で亡くなってしまっては後味が悪い。だからエリクサーと引き換えにギブアップしてください」


「き、君が……脱出後に、私にエリクサーをくれる保証は?」


「俺は別にこんな情報をあなたに与えずに、黒ポーションが切れるまで逃げ回ってもよかったんですよ?」


「…………」


 しばらく無言の時間が過ぎる。


 やがてカイルさんはがくりと項垂れると、ぽろり、と涙を溢しながら、小さな声でこう呟く。


「ギブアップ……する。だから頼む、ここから脱出したら娘のクリスタを救ってやってくれ……」


「はい、いいですよ。アメリカの『スターブレイカーズ』は有名ですから、所在地も連絡先もわかってますしね」


「感謝する……。本当にありがとう……」


 カイルさんは涙ながらにギブアップを口すると、そのまま光に包まれて消えていった。


 ……ふう、ようやく終わったか。結構疲れたな、今回は。





 全員を倒し終えた俺は、オノスケリスの待つ神殿のような空間へと戻ってきた。部屋の明かりが煌々と輝き、俺の足元から伸びる影がゆらゆらと揺れる。


 ……やはり、いつの間にか影が復活している。ということは、俺の予想は間違ってなかったということだ。


『おめでとうございます。見事ゲームクリアです。では、賞品としてあなたの最も望む魔導具を授けましょう』


 俺の姿を視認すると、オノスケリスはにっこりと笑って拍手をする。


 そして、彼女が指をぱちんと鳴らすと、部屋の真ん中に豪華な装飾が施された宝箱が出現した。


 ゆっくりとその宝箱に近づくと、俺は蓋を開けて中身を確認する。すると、その中には黄金に輝くリンゴほどの大きさの果実が入っていた。


『では、それを持ってお帰りください。この度は、ご参加ありがとうございました』


 左手で、いつの間にか部屋の隅に出現していた帰還の転移陣を指し示すオノスケリス。


 宝箱の中から果実を回収しながら、俺はオノスケリスに向かって問いかけた。


「他の人はどうなる? 俺が外に出れば、地下の部屋に送られたら6人も解放されるのか?」


『いえ? 彼らには一生あそこで暮らしていただきます。死にはしないといいましたが、ゲームが終わったら出れるとは一言も言っていませんから』


 美しい顔をぐにゃりと歪ませ、オノスケリスは嗜虐的な笑みを浮かべる。


 ……ついに本性を現したな。やはりモンスター、ゲームをしてアイテムを入手して誰も死なずに万々歳。そんな都合のいい展開なんてないってそう思ってたよ。


『ほら、さっさと一人でお帰りください。他の参加者を見捨てて自分が欲しい魔導具を持っていく、そんな醜く浅ましい人間を見るのが、私は大好きなのですから。……おっと、あなたは人間ではありませんでしたね』


 ゲラゲラと下品に笑うオノスケリス。


 そんな女悪魔を冷たい目で見ながら、俺はゆっくりと黄金の果実に口を付ける。


『ああ、あなたが代わりに残るというのなら、特別に他の全員を解放してあげてもいいですよ? あなたにできる選択は、全員を見捨てて一人で帰るか、自己を犠牲にして他の人間を助けるかの二つに一つです。好きな方を選んでください』


 オノスケリスがそう言った瞬間、俺は黄金の果実に歯を立てた。




【名称】:世界樹の実


【詳細】:食べた者の成長限界を取り払い、無限に成長できる肉体へと変化させる。これを食した者が努力をし続けた場合、人智を超えた高次の存在へと至ることができるかもしれない。もちろん成長限界を取り払うだけなので、なにもしないとただの不味い実である。




 果実をごくりと飲み込むと、そのままオノスケリスに近づいていく。




《肉体が条件を満たしました。【進化】を開始します》




 とっくに……とっくに俺は進化に至れるほどの長所を獲得していた。


 だけど、元がただの人間であったこの体は、すでに成長の限界を迎えていたのだ。しかし、【世界樹の実】を食べたことよって、俺の肉体は新たなステージへと到達することが可能になった。


 俺の身体が激しく脈打ち、そして……神々しい光に包まれていく。


「二つに一つ? もう一つシンプルな選択肢があるだろうが。お前をぶちのめして全員で出る! これ一択だ!」


 さあ、ここからが本番だ。大団円といこうじゃないか!





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これにて四章は終了です。

そろそろ物語も後半に差し掛かりますので、最後まで読んでいただけたら嬉しいです!


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