第084話「女王の最期」

※少しグロテスクな描写があるのでご注意ください。

 特に食事中は見るのを絶対にやめましょう……。

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「……たぁ、なにが……起こったのよ……」


 しばらく待っていると、頬を大きく腫らした夏海が頭を振りながら起き上がった。


 俺は豪華な椅子に足を組んで座りながら、殴られた衝撃で頭がまだフラフラしている彼女を冷めた目で見つめる。


「よう、ようやくお目覚めか? 女王様」


「あ、あんた……! そうだ、よくもこのあたしを殴りやがったなッ! お前ら、こいつを殺せ!」


 夏海が唾を飛ばしながら男たちに命令する。


 しかし、部屋にはいつの間にか俺と夏海の二人しかおらず、男たちは全員どこかに消えていた。


「は? なんで男どもがいないのよ!? 女王であるあたしの傍は死んでも離れるなって命令してあったのに!」


 困惑している夏海に、俺は溜め息を吐きながらも教えてやる。


「もう男たちはお前の命令は聞かないよ」


「はぁぁぁ? なんでよ!? "女王蟻の心臓"を持つあたしの命令は絶対でしょ!? 聞こえるか男ども!! 暴れろ! この世界をめちゃくちゃにしろ!」


 ここにはいない大勢の配下に向かって、夏海が全力で叫ぶ。だが、なにも起こらない。


 俺はそんな夏海を鼻で笑いながら、種明かしをする。


「先程お前を食屍鬼グール化させた。今のお前は俺の眷属、つまりは手下ってわけだ」


「……はい?」


 半吸血鬼になって獲得した能力の一つ、【眷属化】。


 牙から特殊な唾液を相手に注入することで、人間を死肉を喰らうアンデッド――食屍鬼にすることができる。こんな奴を眷属にするのは嫌だったが、こいつの能力の特性上やむを得ない選択だった。


「お前は女王かもしれないが、小さな蟻の国のちっぽけな女王だ。属国の女王とそれを支配する大国の王である俺、どちらの命令が優先されるかなんて、わざわざ口にするまでもないだろ?」


 夏海が支配した男たちには、こいつを通して俺にも命令が可能だ。そしてその命令は、夏海本人よりも上位存在である俺のほうが優先される。


 そして、俺は彼らに今までの命令のキャンセルと、今後こいつの命令は一切聞かないように言い聞かせてある。つまり、蟻塚夏海の完全なる独裁は終わりを告げたということだ。


「ふ、ふざけんなぁーーッ! あたしはこの世界の――」


「ひれ伏せ」


 俺のたった一言で、夏海は地面に向かって頭を思いっきり押し付けた。


 必死に顔を上げようとしているが、それは叶わない。上位存在の吸血鬼に、たかが食屍鬼風情が逆らうことなど許されるはずもないのだ。


「お前に三つの命令を下す」



 一つ、俺の許可なく"女王蟻の心臓"による魅了行為を禁じる。


 二つ、人間に危害を加えることは禁じる。


 三つ、食屍鬼として人間の死肉を喰らうことを禁じる。



「これさえ守っておけば、お前は今まで通り自由に振る舞っていいぞ。まあ、食屍鬼がこの人間社会で生きていくのは大変だろうけどな。俺だってゾンビなのに頑張って生活してたんだ、お前もせいぜい頑張れよ」


 床に頭をつけて首を垂れる夏海に背を向けて、俺は歩き出す。


 背後からは、俺の命令によって動くことができない夏海の、声にならない怒りの咆哮が響いていた。





◆◆◆





「ふざけやがってあのメスガキがぁぁーーッ!!」


 部屋の家具を怒りのままに蹴り壊していく。


 せっかくイケメンたちを自由にできる力をゲットして、人生勝ち組だと思ったのに。あのガキに邪魔されたせいで、あたしは全てを失った。


 男たちは命令を聞かなくなったし、力を使うことすら禁じられた。おまけにこの数日、あたしは食屍鬼になったせいか普通の食事をしても吐いてしまう状態が続いていた。


 おそらく、あたしはもう死肉を喰らわなければ生きていけない身体になってしまったのだ。


「ふざけんなふざけんなふざけんなぁーーーッ!」


 ヒステリックに叫び散らしながら、部屋をめちゃくちゃに暴れまわる。


 一度誰かにこの怒りをぶつけようと試みたことがあったが、"人間に危害を加えることは禁じる"という命令のせいか、恫喝することすらできなかった。


 ムカつく。憎い。あのガキが憎くてたまらない。でも、あのガキに敵意を向けようと考えただけで身体が動かなくなる。


「……くそ、腹が減って死にそう。なにか、なんでもいいから食べなきゃ」


 あたしはフラフラとした足取りで家を出ると、あてもなく夜の街へと繰り出す。


 ……はぁ、はぁ。食べたい、死肉が食べたい。でも人間に危害は加えられないし、人間の死肉を食べることも禁じられている。


 そうこうしていると、いつの間にかあたしは大勢の人が行き交う交差点にやってきていた。


 するとちょうど目の前に、車にでも轢かれたのかピクリとも動かない猫の死体が横たわっているのを発見する。



「……ゴクリ」



 食べ物だ! そう思った途端、あたしは無意識に猫の死体に駆け寄り、無我夢中でそれを貪った。


「ガツガツ! 美味い! 美味い! あぁ、生き返る!」


 久しぶりの食事に身体が歓喜している。


 一心不乱に猫の死体を食べ続けると、いつの間にか通行人が立ち止まっていて、驚愕や嫌悪の表情をこちらに向けていた。


 なんだ、こいつら? なんであたしが食事をしているところをジッと見てるんだ?


「き、きゃーーーーッ!」


「うげぇ、なんだあの人! 猫の死体食ってるぞ!」


「お、おい! 誰か警察呼べよ!」


「動画の撮影とかじゃないの!? ヤバすぎでしょ!」


 口元を抑えて吐くのを堪えたり、スマホをあたしに向けてくる通行人。


 ……は? なんであたしがこんな目で見られなきゃいけないの? あたしはただ、食事してるだけなのに。


 イライラする。ムカつく。こいつら全員ぶっ殺してしまいたい! でも、そんなことはできない。だって、そういう命令を受けているから。


「おいあんた! 危ないぞ!!」


「あ? 今食事中だから邪魔すんじゃ――」


 後ろを振り向くと、ちょうどトラックがあたしの目の前に迫っていた。


 ――ドゴォォン!


 激しい衝撃を全身に浴び、あたしは数メートル弾き飛ばされる。


 身体が痛い。でもお腹が減ってるから今は食事が優先だ。あたしは起き上がり、再び猫の死体を貪り始めた。


「ひぃぃぃ! 首が曲がってるのに普通に立ったぞ!」


「に、人間じゃないの!?」


「ば、化け物だ! 逃げろぉーーーーッ!」


 通行人たちが悲鳴を上げながら逃げていく。……うるさいなぁ。あたしは食事中だってのに。



 そのまましばらく食事を続けていると、紺色の制服を着た男たちがぞろぞろとやってきて、あたしを取り囲んだ。


「て、手を頭の後ろで組んで地面に伏せるんだ!」


「はぁ? なに命令してんだよ。誰に向かって口を利いてるんだ? あたしは女王だぞ?」


 なんか首がおかしいな? まあいいか、それよりもっと動物の死体が落ちてないかな。


 あたしはふらふらしながらも、男たちが止めるのも聞かずに次の獲物を探し始める。


「け、警部! く、首が完全に折れているのに歩いています!」


「……あれはおそらくモンスターだ。全員銃を構えろ!!」


「で、ですが警部! もし人間であったのなら……」


「あのような人間がいるかぁーーッ! 俺はロスにいたとき、魔物の壺という魔導具から街にモンスターが溢れる光景をみた! あれはなんらかの原因で街に出現したダンジョンのモンスターに相違ない!」


 ……あぁ? なんだこいつら。なにをごちゃごちゃ言ってるんだよ。


 そのとき、「パァンッ!」という音が鳴った。


 あれ、あたしの腕から血が出ている? なんで?


 あたしが顔を上げると、警部と呼ばれていた一番えらそーな態度の男が、銃口をこちらに向けているのが見えた。


「銃弾を喰らっても平然としている……やはり人間ではない!! 責任はすべて俺がとる! 総員、撃てぇーーッ!!」


「「「はっ!」」」


「……あ?」



 ――パンッ、パンッ、パァンッ!



 乾いた発砲音が次々と鳴る。


 すると、あたしの身体に次々と穴ができていき、やがて頭部に向かって飛んでくる鉛玉がスローモーションのように視界に映った。


 なんで? あたしはただイケメンたちに囲まれて、楽しい人生を送りたかっただけなのに……。


 なのに、なんで……。


 鉛玉が眉間を貫通し、熱い感覚と共に意識が遠くなっていく。


 ……ああ、あたしの頭を吹き飛ばした若い警官、結構イケメンだな。最後にそんなことを思いながら、あたしは静かに目を閉じた。

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