第083話「犯罪者の言い分」
「ここで間違いないのかな?」
「ええ、このタワマンの最上階に女王は住んでいるそうです」
翌日、俺と親父さんは兎月くんから聞き出した情報を元に、女王が住むというタワマンの前に来ていた。
あの後正気に戻った兎月くんは、激しく動揺し、泣きながらエミリアに謝り倒して大変だったが、彼女の顔の傷は俺の癒しの杖で完全に元通りになったし、エミリアは元来より大らかな性格のため、全く気にしていなかったのが幸いだった。
おかげで兎月くんもしばらくしたら落ち着きを取り戻し、俺の質問に素直に答えてくれた。彼は女王のお気に入りだったらしく、彼女の居場所も知っていたのだ。
ちなみに女王の正体はあのストーカー女、"
もちろんタワマンの所有者は金持ちのイケメン実業家で、女王は彼に貢がせている形だ。
「さて、それじゃあ早速女王を征伐しに行きますかね」
「ナユタくん、本当に一人で大丈夫かね?」
「俺一人のほうがかえって安全ですよ。特に男性は女王の魅了の餌食になる可能性が高いですからね」
「ふむ、では僕たちはここで待機して、入口やマンションの周辺を見張ろう。だが、なにかあったらすぐに突入させてもらうよ」
親父さんだけでなく、彼の部下の局員もマンションの周辺に待機しているらしい。
彼らは政府の極秘機関に所属しているだけあって、元々非常に優秀なうえに、俺が管理局に魔導具を納入するようになった影響で、それぞれが個別に得意な魔導具を所持しており、戦闘能力は一般人とは比べ物にならないのだとか。
「それじゃあ行ってきますね」
インカムでいつでも親父さんと連絡を取れるようにし、俺は車から降りると木陰に隠れて白ポーションを飲む。
マンションの中には魅了された女王の配下の男性たちがたくさんいるはずなので、こうやって透明になってから侵入するのがもっとも安全だ。
警備員の間を悠々と通り抜け、エレベーターに乗り込み最上階のボタンを押す。
そしてそのまま最上階にたどり着くと、女王が住む部屋の前にいたイケメン警備員を気絶させ、ピッキングで鍵を開けた。
……ついでに気絶してる男性を安全ピンでプスッとして血も接種しておくか。
《【お掃除職人】を獲得しました》
あまりイケメンとは関係ない長所だった……。
女王の身の回りの世話とかやらされてる感じか?
【名称】:お掃除職人
【詳細】:掃除、片付け、整理整頓が得意な掃除のスペシャリスト。ゴミ屋敷などの汚れきった環境も、この職人の手にかかれば簡単に綺麗にすることができる。
おお、思ったよりも使えそうな長所かも。こういった能力は内面的な美少女力を高めてくれそうだからな。
さて、このまま透明状態で女王を仕留めてもいいのだが、彼女が攻撃されたことがトリガーになり、既に日本各地に存在するであろう配下の男性たちが暴れ出す可能性もある。
なのであまり気は進まないが、一度女王と接触したうえで最適な方法を選択すべきだろう。
そう考えた俺は、透明化の効果が切れてから、部屋のドアをゆっくりと開いた。
「な、なにお前!? どうやってここに入ったの!?」
部屋の中では、王様が座ってそうな豪華な椅子に一人の女が腰掛けており、その周りを十代前半から二十代後半くらいの美形の男たちが囲っていた。
俺が足を一歩踏み入れると、女は驚いたように声を上げ、それからまるでゴキブリを見つけたような目つきでこちらを睨んでくる。
「蟻塚夏海さん、あなたに逮捕状がでていま~す。直ちに投降してくださ~い」
「お、お前は吸血姫ナユタの中の女! お前……警察官だったのか!?」
……いや、どう見ても中学生か精々高校生くらいの容姿の俺が警察なわけないだろう。やはりこいつはかなりのアホだな。
俺が呆れて返答しないでいると、夏海は顔を真っ赤にしながら俺を怒鳴りつけてきた。
「あたしがなにをしたっていうの!? あたしを逮捕なんてしたらどうなるかわかってるの!?」
「わかりませーん。教えてくださーい」
「ふんっ、あたしが警察に逮捕される。もしくは拘束されてどこかに隔離される。そうしたらね、全国のあたしの配下のイケメン男性たちはどうすると思う?」
「わかりませーん。教えてくださーい」
「彼らは各自自分が思う方法で日本を大混乱に陥れるわ! あってはならないことだけど、万が一この命が失われるようなことがあったら、世界を破滅させるように命令しておいたわ。だって、あたしがいない世界なんて存在する価値がないものね!」
やはりいきなりぶちのめさなくて正解だった。馬鹿ではあるが、それ故にその行動力は本物だ。こいつならやる。
しかも今のこいつのセリフからすると、夏海が死んでも男たちの洗脳は解けない可能性がある。一人ひとりに桃ポーションを使って魅了を解除するのも現実的じゃないし、想像以上に厄介な相手だ。
さあどうする? このクソ女と男どもを殺さずに無力化することは可能か?
「おい、それ以上あたしに近寄るなよクソガキ。これは命令だ。一歩でも近づいたら、お前は後悔することになる」
「……」
無視して一歩近づく。
すると、夏海は口の両端を吊り上げ、嗜虐的に笑いながら隣にいる男に命令する。
「やれ」
「はっ! 女王様の仰せのままに」
「無駄だよ、そいつがどれだけ強いか知らないが――」
俺のセリフが終わる前に、男は全力で地面を蹴って駆け出した。
しかし、それは俺がいる方向ではなく、マンションのベランダに向かってだ。そして男はそのままベランダの手すりを足場にし――
「お、おい!」
「女王様ばんざぁーーーーい!!」
満面の笑みを浮かべながら、タワマンの最上階から地上に向かって飛び降りた。あまりに唐突すぎる行動に、俺は反応することができない。
落下する男に目もくれず、夏海はこちらを向いて笑みを浮かべる。
「だから近寄るなって警告しただろ。あいつを殺したのはお前だよ。この人殺し」
「――っ!」
……落ち着け、俺のせいじゃない。俺は悪くない。
でも、俺がもっとこいつのイカれっぷりを理解できていたなら、回避できたかもしれない。こいつを甘く見ていた俺の責任なのか……。
『落ち着きたまえナユタくん! 男性は無事だ!』
そのとき、インカムから親父さんの声が聞こえてきた。
『待機していた局員たちが風切りの杖で落下の威力を殺し、水球の杖で巨大な水のマットを作り、落下の衝撃を吸収させた。意識はないようだが、命に別状はないよ。安心したまえ』
こ、この人めちゃくちゃ有能だぞ!
ダンジョン管理局のこと、ちょっと見くびってたました! ごめんなさい!!
俺のせいで人が一人死んだのかとヒヤッとしたけど、命に別状はないと聞いて心底安心したわ。
『それに今のは犯罪者がよく使う言い分だ。自分で人質を取っておいて、警察に囲まれて人質に危害を加えたとき、それが警察の責任だと嘯くのさ。百パーセント犯人が悪いに決まっているのだから、君が罪悪感を背負う必要はないよ』
親父さんの言葉に俺は冷静さを取り戻す。
そういえばカズトの奴も似たようなことをほざいてやがったな。どうやらクズの犯罪者というのは、この様にして相手の精神を揺さぶるのが十八番らしい。
自分は人を傷つけても全く心が痛まないのに、普通の人は耐えられないほどの罪悪感を覚えると、本能かなにかで理解しているのだろう。
「どうした? 人殺しになってビビってんのかガキ? あたしに逆らうと、もっと大勢の人間が死ぬことになるぞ。わかったならさっさと家に帰ってそのデケー胸でも揉んでマスかいて寝てろ!」
男性が助かったことを知らない夏海は、余裕の表情で俺に舐め腐ったセリフを吐き捨てる。
だけど、実際にこいつに危害を加えて全員が無事で済む方法などないに等しい。頭は悪いが生命力という一点において、こいつは常軌を逸した才能を持っているのかもしれない。
やれやれ……ひじょ~~~~に嫌ではあるが、あの手を使うしかなさそうだ。
「おい! 帰れって言ってんのよ! 聞こえねぇの!? ……ったく、仕方ないわね。あんたたち――」
「黙れ」
俺が【強そうなオーラ】を全開にして部屋に放つと、動こうとしていた男性たちが、ビクっと体を震わせて一瞬硬直する。
その隙に【縮地】を使い、一瞬で夏海の目の前に移動し、その髪の毛を左手で掴んだ。
「や、やめなさい! あたしに危害を加えたらどうなるかさっき見たでしょ!?」
夏海が必死に俺の腕を振りほどこうとするが、俺はそれを左手で抑え込み、右手のこぶしをギリギリと握り締める。
「世界がめちゃくちゃになるのよ! 他ならぬあんたのせいでね! あんたが大勢の人を殺――」
「――うるせぇッ!」
夏海の言葉を遮り、俺は思いっきり拳を振り下ろす。
ドゴンッと鈍い音が部屋中に響き、夏海の頭がマンションの床を凹ませる。ピクリとも動かない夏海を見下ろしながら、俺は大きく口を開いて鋭い犬歯を覗かせた。
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