第082話「魅了事件」
「魅了能力を持つ女王……ですか?」
「ああ……」
家に帰ると、食事をしながら十七夜月に今日あった出来事を説明する。
あの後、落ち着いた男性に親父さんと一緒に話を聞いた結果、彼は"女王"と呼ばれる女に魅了の呪いをかけられ、彼女の意のままに従う人形にされていたらしいのだ。
女王は星四ダンジョンで、自分の体液を男性に飲ませることで魅了状態にする【女王蟻の心臓】という非常に厄介な魔導具を入手したらしく、一緒に潜った他の男性たちを盾にしながら見事ダンジョンから帰還、そしてその能力で自分の人形を増やし、好き放題しているらしい。
「おそらく今まで見つかった魔導具の中で一番レア度が高そうですね」
「ああ、なんせ人類の半数を自分の支配下に置ける能力だからな」
桃ポーションで解除できるとはいえ、一般の人間には桃ポーションは入手できないので、一度体液を飲まされたら実質永久に支配状態が続く。
「かなり危険な魔導具ですし、女王は悪人っぽいですが……こういっちゃなんですけど、不幸中の幸いですよね」
「そうなんだよなー」
何故ならば、この女王……どうも頭が悪そうなのだ。
その魔導具を手に入れたのが善人であれば一番良かったが、悪人の中でもまだマシな奴の手に渡ったと言えよう。
もし慎重で狡猾な奴が手に入れてたのなら、今頃とんでもないことになってた可能性もある。正体を隠したまま暗躍し、気がついたら世の男性は全員女王の支配下に置かれてました……なんてこともあり得たわけだ。
「イケメンを侍らせて逆ハーレムを楽しんでるらしいぞ。しかも、自分の能力の詳細もそれを手に入れた経緯も周りにべらべらと喋ってるらしいし、おかげで対策が取りやすくなったって親父さんが喜んでた」
管理局の局員を洗脳していたくらいだから、もしや裏から日本を支配しようと企んでいるのか? と警戒していたが、どうやらそういうわけではないらしい。
男たちを手当たり次第に魅了し、イケメンだけを手元において侍らせて、自分はその中心で優雅に暮らす……それだけが女王の目的のようだ。
魅了された他の男性たちは、女王に利する行動を取る以外、特に制限はかけられていないらしく自由意志で行動できる。
局員の彼も、魔導具や機密を女王に提供したら喜んでもらえるかな、という気持ちで勝手に行動したらしく、女王の命令による行動ではなかった……とのことだ。
「でも驚異的な能力なのは変わりないですよね? 早くなんとかしないと、なにかマズいことが起こる可能性もあるのでは?」
「うん、実際ダンジョン管理局の局員にも洗脳された奴がいたわけだからな、政府や警察の中にだって女王の魅了にかかってる奴はきっと――」
《続いてのニュースです。先ほど、環境大臣である
「「……」」
俺と十七夜月はテレビから流れるニュースに、思わず顔を見合わせた。
……差別が、独身男性に対する差別が激しすぎる! なんか恨みでもあんのか!?
「せ、先輩! これを見てください!」
スマホをいじってネットニュースをチェックしていた十七夜月が、慌てた様子でその画面を見せてくる。
【大人気美少年アイドル、
「…………」
……うん、まあ、その……なんだ。
欲望に忠実すぎるだろこいつ! あと女王、確定で年齢29歳だろ!
しかしこれは思ったよりも深刻な事態かもしれない。特に深く考えずにやりたい放題してるだけのようだが、逆に言うといつ女王の気まぐれで大事件が起こってもおかしくない状況だ。
「さっきは不幸中の幸いっていいましたけど、ここまで馬鹿っぽいと狡猾な奴より厄介かもしれませんね」
「……馬鹿は振り切ると恐ろしいからな」
こういう感情だけで動き、後先なにも考えないタイプは行動が予測できない。
例えばこいつが世界の支配者になった場合、極端な話、ネットでバカにされてムカついたからそいつの家に核ミサイルを発射する……みたいなことだってやりかねないのだ。
「それにしても、もう日本中に女王の配下が蔓延してると考えてよさそうだな。この短期間にどうやってこんなに多くの人間を洗脳したんだ?」
「そんなの手段を選ばなければ、いくらでも方法はあるでしょう」
「例えば?」
「そうですね。まずは大勢の人が集まる大衆レストランの店長を無理やり魅了状態にして、彼を使って従業員も全員傀儡にします。あとは店に訪れた客に料理を出す前に、最後のトッピングとして女王の体液を――」
「あーもういい! わかった、もう聞きたくない!」
食事中になんて話をしやがるんだこいつは!
しかし局員の男性に聞いた話によると、女王の体液は体から離れて5分間も効果が持続するらしいし、十七夜月の言うようにやり方はいくらでもあるのかもしれない。
「先輩だって今なら吸血する方法なんていくらでもあるでしょう? 誰にもバレないように相手を昏倒させるなんて、お手の物のはずです。何故やらないんですか?」
「……え? だって見知らぬ人を無理やり襲うなんて、そんなんで能力を得ても……なんか嫌だろ。たとえバレなかったとしてもさ」
殴られてもしょうがないようなクズは別だけどさ、と付け加えると、十七夜月はにこにこ顔でテーブルに頬杖ついた。
「そういうとこですよ、先輩」
「……なんだよ、変なやつ」
ぷにぷにと俺の柔らかほっぺをつついてくる十七夜月に、されるが儘になりながら食事を再開する。
「とにかく今親父さんが女王の所在地を調べてくれてるから、それを――」
――ブーッ! ブーッ! ブーッ!
……そのとき、俺のスマホが振動する。
電話だ。画面に表示されている名前は……愛那?
珍しいな。問答無用で電話をかけまくってくるエミリアとは違い、愛那は謙虚……というか、わざわざライソで今から電話していいかと聞いてくるようなタイプなのに。
俺は通話ボタンを押し、電話に出る。
『……あ、ナユタ! 大変なの! エミリアと兎月くんが――』
電話から聞こえてきた愛那の焦った声。その内容を聞いた俺は、すぐさま玄関を飛び出した。
◇
入口にいる警備員に一礼して、『アナザーワールドプロモーション』と大きく書かれた建物の中に入っていく。
ここは優羽さんの芸能事務所で、俺は以前ここでアイドルとして活動していたし、社長の知り合いでもあるので顔パスで通してもらえる。
事務所の廊下に入ると、ちょうど正面からぷにぷにのほっぺをぷるぷると震わせた亜莉朱が走ってくるのが見えた。
「あ、ナユタ! 来てくれたんだね! こっちだよ!」
亜莉朱に手を引っ張られて連れていかれたのは、"レッスンルーム"と書かれた札がかかった部屋だった。
中に入ると……そこには顔面血塗れのエミリアが愛那や優羽さんに介抱されており、部屋の隅には二人の警備員に取り押さえられている兎月くんの姿が見えた。
「エミリア! 大丈夫か!」
「オ~ウ、ナユタ……来てくれたんデスね~……」
……これは酷い。顔に斜めに一直線、ナイフのような鋭利なモノで斬られたような傷がある。美少女アイドルの顔面が見るも無残だ。
「ナユタ、早く仙〇をエミリアに」
「俺はナメクジの星の緑の人じゃないんだが……」
「じゃあクレイジーダ〇ヤ――」
「リーゼントのヤンキーでもないわ! はぁ……"エクストラヒール"!」
オタク全開で俺の回復能力に期待していた亜莉朱を黙らせ、ポーチの中から癒しの杖を取り出すと、"エクストラヒール"を使ってエミリアの傷を癒す。
すると一瞬にしてエミリアの顔の傷は消え去り、元通りの美しさを取り戻した。
「「おおっ~!!」」
エミリアの無事に、優羽さんと愛那が安堵の声をあげる。
……ちなみに亜莉朱はあからさまに残念そうな顔をしていた。どうやら吸血鬼らしく派手な回復魔法でも使うと思っていたらしく、癒しの杖による回復が地味で満足できなかったらしい。
「ナユターー! アリガトデース! さすがマブダチデスネー!」
抱きついて頬をくっつけてくるエミリアを引きはがし、部屋の隅で取り押さえられている兎月くんに近づく。
彼は血走った眼でこちらを睨んでおり、いつもの大人しい美少年の面影はどこにもない。
……ううむ、【幻想の魔眼】で確認してみたが、やはり女王の魅了をくらってしまっているようだ。
女王に魅了された男の特徴として、女王以外の女、特に若くて美しい女性を敵視するようになるという。体に触れられでもしようものなら烈火の如く怒り狂い、暴力を振るうようになるらしい。
おそらくエミリアがいつもの調子で、魅了されている兎月くんにベタベタとスキンシップをはかった結果、こんな事件が起こってしまったのだろう。
俺はポーチから桃ポーションを取り出すと、兎月くんの口元に持っていく。
「僕に近づくなぁーーッ! この体は全て女王様のためにあるんだ!」
「いいから飲めって。女王の魅了を解除してやるから」
「いやだぁーーッ! 女王様の下僕から解放されるくらいなら、死んだほうがましだァ!」
「――なっ!?」
無理やり桃ポーションを飲ませようとしたら、舌を噛んで自害しようとする兎月くん。
俺は慌てて彼の口に手を突っ込むが、僅かに遅く半分ほど舌を噛んでしまったようで、口元からダラダラと血が流れ始める。
「くそったれが!」
癒しの杖はさっきエミリアに使ってしまった。
予備も何本か持っておけばよかったと後悔しつつ、ポーチから赤ポーションをいくつか取り出し、兎月くんの口の中に桃ポーションと一緒に突っ込む。
「むぐぅ! んぐぅーー!」
兎月くんが暴れるが、寝技で完全に拘束しながらポーションを無理やり飲ませていくと、やがて抵抗は弱まり、そのまま意識を失った。
ふぅ……危ないところだったぜ。
手についた兎月くんの血をぺろりと舐めとりながら、魔眼で彼の体をチェックすると、傷は治っており、魅了状態も完全に解除されていた。
一先ずはこれで安心だ。しかし、やはり女王は早めになんとかしたほうがよさそうだ。
管理局の男性は女王のお気に入りではなかったらしく、彼女の居場所は知らなかったが、兎月くんなら知っているかもしれない。とりあえず彼が目覚めるのを待つとしようか。
【名称】:パーフェクトEライン
【詳細】:鼻先と下顎を結ぶ直線ラインに、口先が触れるか触れないかという絶妙なバランスが、もっとも美しい横顔の条件とされる。このラインを持つ人物は、横顔美人や横顔イケメンなどと称される。
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