第081話「桃ポーション」

《ギャァァァーーーーーース!》


 上空にいる怪鳥を"羽撃ちの弓"で撃ち抜くと、その巨体は不快な悲鳴とともに地上へと墜落していく。


 俺はその落下地点に先回りして、落ちてくる怪鳥の顔面に向かって渾身の右ストレートをお見舞いした。


《ギャッ……!?》


 怪鳥は短い悲鳴を上げると、そのまま地面に叩きつけられ動かなくなり……やがて光の粒子となって消滅する。


 同時に地面にはピンク色の液体の入った試験管のようなアイテムが転がった。


「よぉーし! また桃ポーションが手に入ったぞ!」


 星三ダンジョンからドロップするようになった"桃ポーション"。その効果はこんな感じだ――




【名称】:桃ポーション


【詳細】:毒や麻痺に加えて、魅了、石化、混乱、封印、更には軽度の呪いや病気など、様々な状態異常を回復するポーション。ただし、あまりにも強力すぎる呪いや病気は治せない。




 おわかりいただけただろうか。これさえあれば、カズトによって石化させられた被害者たちを治せるのだ。


 試しにこれを一つダンジョン管理局に預けて被害者の解呪をお願いしたところ、見事に石化が解除されたとの報告を受けた。


 そんなわけで、俺は現在この桃ポーションを求めて、主に星三ダンジョンを探索しているというわけだ。


「さて、今日もボスを倒さないで帰りますかね~」


 何故そのような判断をしたのかというと、それは星が上がるほどにダンジョンの数が少なくなるからだ。


 星一ならそこら中に存在するし、攻略してもいつの間にか新しいダンジョンが出来ていることもある。だけど、星三より上になると、その数は極端に少なくなる。はっきり言って見つけ出すだけで一苦労なのである。


 レアモンはしばらく放置しているとリポップすることが、管理局からの情報で判明した。それゆえに、攻略せずにレアモンだけを倒して帰るという選択肢も出てくるわけだ。


 一度倒したレアモンは、二回目以降は魔導具は落とさなくなり、ポーションしかドロップしないようになる。しかし、桃ポーションを集めている今の俺にはそれがむしろ好都合だった。


 俺は桃ポーションをポーチに入れると、帰還の転移陣を使ってダンジョンから脱出した。







「いやはや、助かるよナユタくん。まさか、こんなにたくさん納品してくれるとはね」


 ダンジョン管理局にて、俺が持ち帰った桃ポーションを全て買い取ってくれた親父さんが、満足そうな笑みを浮かべた。


 カズトの被害者は数十人にも及ぶので、桃ポーションはいくらあってもありすぎるということはない。


「いえいえ~、それでは俺はこの辺で失礼しますね」


「ちょっと待ってくれないかい? 実は君に相談したいことが一つあってね」


「相談ですか? いいですけど……」


「助かるよ。じゃあ、ちょっと付いてきてもらえるかな?」


 そう言って親父さんが向かった先は、ダンジョン管理局の地下へと続く階段だった。


 どうやらここの地下には、一般の人には見せられない極秘の資料やらなにやらが保管されていたりするらしい。


 親父さんはその階段を降りて、奥へと進んでいく。


 きょろきょろと周囲を見回してみると、壁にある棚の中に様々な魔導具が大量に置かれていた。中には俺の持っていない物も幾つかある。おそらくトレジャーボックスからドロップしたレアアイテムだろう。


 しばらく進むと、一番奥まったところにある牢獄のような部屋の前で親父さんが立ち止まった。


 部屋の中にはスーツを着た一人の男性が座り込んでおり、俺たちに気づくと鉄格子にしがみついて泣き叫んだ。


「十七夜月次長! 俺が一体なにをしたっていうんですか!? ここから出してくださいよぉ!」


 ガシャンガシャンと鉄格子を揺らしながら、必死に助けを求める男。


 親父さんを次長って呼んでるところから、たぶん彼の部下なんだろうけど……。


「あの、彼……なにかしたんですか?」


「彼は僕の部下だ。しかし、管理局の機密を外部に持ち出そうとしたあげく、その現場を目撃した女性の同僚を口封じに殺そうとしたんだ」


 なるほど、それでこの地下牢に閉じ込められたわけか……。


「その女性は? どうなったんです?」


「"癒しの杖★★★"のおかげで助かったよ。君のおかげといってもいいかもしれないね」


 俺の頭を撫でながら、優しい表情を向けてくる親父さん。


 そうか、俺が渡した癒しの杖が役に立ったのか……。正義の味方のつもりはないけど、やっぱりそういうのは嬉しいな。


「えっと、それで俺がここに呼ばれたのは?」


「うん……こいつは、真面目で正義感の強い男でね。学生時代には弓道部の主将も務めていて、礼節もしっかりしているし、上司にも部下にも信頼が厚かった。特に女性に手を上げるようなことは絶対にしないタイプだったんだ」


 裏の顔があったということだろうか? 人の心の内なんて結局は誰にもわからないものだし、そういうこともあるのかもしれない。


 そんな俺の考えを見透かしたかのように、親父さんは首を横に振った。


「ナユタくん、君は【幻想の魔眼】で魔法的な現象を視覚として認識することができるそうだね? 彼にどこかおかしなところはないかな?」


 ……ああ、そういうことね。


 つまりは、この男がなにか状態異常のようなものにかかっていないか、それを確認して欲しいというわけだ。


 俺は【幻想の魔眼】で男をじっと見つめて、その身に宿る魔力を感じ取ってみる。


「あ、めっちゃかかってますね」


「……やはりかぁ」


 俺の指摘に親父さんが、顔に手を当てて大きな溜め息を吐き出す。


 男性の心臓部分からなんかピンク色のモヤモヤしたものが漏れており、それが全身に行き渡っているようだ。


「これは……たぶん魅了の状態異常ですね。ちょうど桃ポーションがあるし、これを飲ませれば治るかもですよ」


「うん、僕もそうじゃないかと睨んだんだけど、その前に君に確認してもらおうと思ってね」


 男はガシャンガシャンと鉄格子に頭をぶつけながら、口から泡を吹いて奇声を発し続けている。


「鍵を開けてもらえますか? 俺が拘束しますから、親父さんは桃ポーションを飲ませてあげてください」


「ああ、気を付けてくれよ? 肉体のリミッターが外れているのか、かなり凶暴になってるみたいなんだ」


 牢屋の鍵が開かれると、男性は凄い勢いで中から飛び出してくる。


 だが、【剛力】や【柔道紅白帯】を持つ俺からすれば、この程度の突進は脅威でもなんでもない。


 あっさりと男の体を取り押さえると、親父さんの方に顔を向けさせる。


 ……お、ついでに首筋がちょうど俺の目の前にあるので、ガブっとひと噛みして血も貰っておくか。それくらいの役得があってもいいだろう。


 俺が首筋に噛みつくと、男はビクンッと体を震わせながら必死の形相で叫んだ。


「やめろ! この体は女王様に捧げるんだ! 貴様のような下等生物に汚されて――んぐ、ゴクン!」


 親父さんが桃ポーションを無理やり飲ませると、男は大人しくなった。そして、ボーっとしながら自分の胸に手を当てて首を傾げている。

 

 うん、ピンクのモヤモヤはもう綺麗になくなってるな。どうやら魅了は解けたみたいだ。


「お、俺は? …………う、うわぁぁ!? 俺は……な、なんてことを!」


 正気に戻った男は、自分がしでかしたことを思い出し、頭を抱えてその場に崩れ落ちる。


 そして、そのまま泣き崩れてしまったので、俺と親父さんは彼を慰めてから地上へと連れ出し、落ち着いてから話を聞くことにした。








【名称】:弓取り


【詳細】:一人百本の矢を射て的中数で勝敗を競う『百射会』にて百射皆中を達成するほどの弓の名手。その矢は空中を飛び回る鳥や舞い落ちる木の葉をも貫き、地を這う虫すらも正確に射抜く。

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