第107話「転生したら競走馬だった件②」

「おいおい、ナユタちゃん。シロスケはまだ未勝利馬やで。しかも勝利どころかレースを完走したことすらへんねん。それをGIIの弥生賞て、さすがに無茶やろ」


 俺の意見にはほぼ全肯定のヒロポンさんも、さすがに今回は困惑しながら首を横に振る。


 中央競馬の最高グレードであるGI、その中でも牡馬の3歳クラシックは、競走馬の花形ともいえるレースだ。


 皐月賞・日本ダービー・菊花賞、この3レースは三冠競走とも称され、ホースマンたちはこのレースを勝つことを夢見て日々研鑽を積んでいる。


 そして弥生賞は、三冠競走の第一戦である皐月賞のトライアルレースだ。


 当然、ここに出て来るのは皐月賞制覇を狙う世代のトップホースばかり。普通に考えて未勝利馬のシロスケが通用するはずもない。


「ほれほれ、たんと食え」


『う、うめぇ! 今日の飼い葉は一段と美味いぜ!』


 馬房内をてきぱきと掃除しながら、ヘバっていた走坂に飼い葉を食わせてやると、彼は『ブルルルッ!』と嬉しそうに嘶いた。


 ふふん、そうだろう。今の俺の飼育スキルはプロを軽く凌駕しているからな。味や栄養バランスに気を遣った餌を与えることはもちろん、馬房の環境を適切に整えることから、動物たちのマッサージまでお手の物である。


 これは絆奈ちゃんに変装する際、彼女から血を吸わせてもらって獲得した長所によるものだ。




【名称】:飼育員


【詳細】:小屋の清掃や美味しい餌の供給、健康管理など、動物の世話に関する様々な行為を高いレベルで行うことができる。




 とまあ、この【飼育員】の能力……しかもこれが+3されている影響で、俺はこうして走坂の世話を完璧以上にこなすことができるというわけだ。


 俺の手まで舐めようとする走坂の口に飼い葉をねじ込みながら、ヒロポンさんたちに向き直る。


「弥生賞は毎年フルゲートにならないので、未勝利馬のシロスケでも登録したら出れますよね?」


「そりゃ、まあ出るだけなら可能……やけど」


 上のクラスでも、レースの登録馬が少なければ出走はできる。


 特に今年は、圧倒的な強さで2歳GIの朝日杯フューチュリティステークスを制した、3戦3勝の無敗の2歳チャンピオン、ブルートランクスが出走するとのこともあって、勝ち目なしと他の陣営はあまり出走登録をしていないのだ。


「源一郎さん、弥生賞の登録予定馬を教えてもらえますか?」


「……ちょっと待っとれ」


 タブレット端末をいじっていた源一郎さんが、その画面を俺に見せてきた。




◎弥生賞 (GII) 登録予定馬


・スマーホボーイ

・タイムストップガイ

・チャラノオー

・テンタクルアタック

・ナカマヲヨブショタ

・ヒュプノギーザー

・ブルートランクス

・ボクサキスキー




 ふむ、たったの8頭か。弥生賞のフルゲートは18頭なので、登録するだけで問題なく出走できるな。


「俺の見解では、シロスケのやつはブルートランクスに匹敵するポテンシャルを秘めていると思うんですよ。だからここは一つ、弥生賞に出走して世間をアッと言わせてやりましょうよ!」


 興奮気味に捲し立てる俺とは対照的に、源一郎さんとヒロポンさんは揃って難しそうな顔をする。


「ナユタちゃんが言うんなら、シロスケは弥生賞でもやれるのかもしれん。そやけどな、問題が二つあるんや」


「……問題ですか?」


 首を傾げる俺に、ヒロポンさんは指を二つ立ててその理由を話し出した。


「一つは馬主さんが納得してくれるかやな。普通、未勝利馬をいきなりGIIに出すなんてありえへんからな。絶対に馬主さんサイドからストップがかかるで」


「なるほど」


 でも、それには考えがある。だってさっき聞いた話によると、走坂の馬主はあの白鳥財閥らしいのだ。

 

 満月ちゃんに連絡を取ってお願いしたら、たぶん父親を説得してもらえるのじゃないだろうか?


「ほんで二つ目、こっちのほうが問題や。シロスケは男が乗るのを極端に嫌がるんや。数少ない女性騎手の中に、悪名高いシロスケに騎乗してくれる人がおるかどうか……」


 ふうむ……それは確かに問題だな。昨今は女性の騎手が増えたとはいえ、まだまだその数は少ない。


 しかも走坂は気性難の暴れ馬で有名だ。そんな馬にわざわざ乗りたがるような物好きの女性騎手が、果たしているのだろうか?


「……シロスケを乗りこなせる女性ジョッキーいうたら、風莉ちゃんくらいやろうな」


 ぼそりと呟く源一郎さん。


 風莉ちゃん……はて、どこかで聞いた名前だな。


 ……あ、思い出した。


「その風莉ちゃんって、一時期美少女ジョッキーとして話題になってた、"馬上もうえ風莉かざり"ですか?」


「そや。けどあの娘は外見だけやのうて、騎手としての腕もピカイチやぞ」


「……でも、最近見かけませんよね?」


 馬上風莉ちゃんは、去年の三月にデビューしたばかりの、まだ18歳の新人ジョッキーである。


 そのルックスはアイドル並に可愛く、しかも競馬学校の成績もトップクラスとあって、競馬ファンの間ではデビュー前から話題になっていた。


 そしてデビュー戦でいきなり勝利をあげると、そのままの勢いで連戦連勝。その活躍はテレビや新聞でも連日取り上げられ、競馬に興味のない人でも名前くらいは聞いたことがある、というくらいに注目度は高かった。

 

 だが、去年の秋頃から突如レースに出てこなくなり、ここ最近はめっきり話題にも登らなくなっている。


「うむ、それがあと1勝でGIに乗れるゆうところで、落馬事故に遭ってな。自身の怪我は大したことなかったんやけど、乗ってた馬が予後不良 (重度の怪我による安楽死)になっちまってな。それがよほどショックだったのか、それ以来まるで別人のように、競馬に対するやる気を失のうてしもうたんや……」


 源一郎さんはそう言うと、しんみりと溜め息を吐いた。


 なるほど、道理で最近見かけないわけだ。しかし、精神的な問題ならばそれを解決してやれば、また騎手として復活するかもしれない。


 そうと決まれば、善は急げだな。トレセン内にいるという風莉ちゃんに会いに行こう!


 俺は『もうちょっと休ませてくれよぉ~』と駄々をこねる走坂の背中に乗ると、尻をペシリと叩いて厩舎を出発した。

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