第105話「ファン第一号」
部屋の中にある人の形をした石像に向けて、俺は"大聖女の錫杖"をかざす。すると杖から神聖で清らかな光が溢れ出し、石像を包みこむ。
やがて光が収まると、灰色だった体表は色艶の良い肌色に変化し、そしてピクリとその身体が動き始めた。
「……? お、俺は一体?」
辺りをキョロキョロと見渡しながら不思議そうに呟くのは、先ほどまで石像だった男性だ。
年齢は20代半ばといったところだろうか。特別イケメンというわけではないが、真面目で誠実そうな雰囲気を持つ好青年だ。しかし、どこか幸薄そうな印象を受ける。
「あなたはカズトの配信を見ていた影響で、奴のスキルの犠牲になってその身体を石にされていたんですよ。およそ半年もの長い間ね」
そう告げると、彼は驚いたように目を見開く。
怪盗不可思議の恰好をして窓際に立つ俺は、マントをはためかせながら不敵に微笑んだ。
ふう、これでようやくカズトによって石化させられた犠牲者を、全員解呪することに成功したな。
俺が管理局に渡した桃ポーションによって既に殆どの被害者が復活していたが、まだ関西の方に4人ほど石になったままの人たちがいたので、こうやって俺が直々に解呪しにきたってわけだ。他の3人は既に解呪済みで、彼が最後の1人だった。
ちなみに解呪のお礼として、助けた人たちからは血を頂戴することに成功した。
獲得した長所は以下の通りになっている――。
【名称】:関節外し
【詳細】:痛みもなく自らの関節を器用に外したり、はめたりすることができる。他人の関節を無理やり外すことも得意だが、普通の人は関節を外されると激痛が走るため、あまりお勧めしない。
【名称】:ひよこ鑑定士
【詳細】:孵化したばかりのひよこの性別を瞬時に見抜くことができる。そのスピードや精度は神業と言ってもいい。
【名称】:超高速タッチタイピング
【詳細】:キーボードを見ずに、目にも止まらぬ速さで文字を打つことができる。動画を見ながら長文のコメントだって連投できるぞ。
……とまあ、こんな感じだ。
さて、彼からも血を頂戴して、お暇するとしましょうかね。
「ふふふ、私の名は怪盗不可思議。石化解呪の謝礼として、あなたの血を頂きたい所存――」
「その声、もしかして吸血姫ナユタちゃんか!?」
「――え?」
たったの数言。それだけで正体を看破されてしまったことに、俺は面食らってしまう。
……な、なぜバレた!? 仮面もつけてるし、声もVの活動のときよりちょっと低くしてるというのに!
動揺する俺をよそに、彼は興奮気味に言葉を続ける。
「お、俺はヒロポンっちゅう名前でいつもナユタちゃんの動画を見とるんやけど……知れへんかな?」
「え、ヒロポン? あなたがあのヒロポンさんなんですか!?」
俺の最古参の視聴者であるヒロポンさん。まさかこんなところで会うことができるとは。
それにしても、まさか声だけでバレてしまうなんて……。さすがは俺のファン第一号といったところだろうか。
「バレてしまっては仕方がない。あるときは謎の美少女怪盗、またあるときはどこにでもいる普通の美少女JC、しかしてその実体は……」
マントをバサァッと翻し仮面を勢いよく外すと、カッコいいポーズを決めながら高らかに宣言する。
「我こそは最強無敵の美少女! 吸血鬼の第四真祖――"吸血姫ナユタ"である!」
「う、うおおおおおぉぉーーーーッ! ぶ、Vのアバターと殆ど一緒や! か、かわカッコええーーーーっ!!!」
ヒロポンさんは俺の正体を目の当たりにすると、両手を握りしめて感極まったかのように雄叫びを上げた。
その声を聞いて彼の家族がドタバタと駆けつけてくると、石像から元に戻った彼の姿を見て驚きの声を上げる。
彼らはヒロポンさんが石化から復活したことを大いに喜び、俺にお礼をしたいと申し出てきた。
普段の俺ならそういう面倒くさそうなイベントは回避するところだが、ヒロポンさんと直接会うことができたうえに、彼の一家はちょっと面白そうな職業についていたこともあり、数日だけ職場体験をさせてもらうことにしたのだった。
◇
「ここが俺と親父の職場や」
翌日、ヒロポンさんに案内された場所は、彼の住む滋賀県の栗東市にある有名な施設だった。施設内に一歩足を踏み入れると、そこかしこから「ブルルル……」という馬の鳴き声が聞こえて来る。
――栗東トレーニング・センター。関西にある日本競馬界最大のトレーニング施設だ。
広々とした敷地の中には、競走馬が暮らす厩舎の他に、調教用の坂路コースや、芝、ダート、ウッドチップなどの様々なコースが備えられており、多くの競走馬たちが日々トレーニングに勤しんでいる。
ヒロポンさんの家庭――"
そして、ヒロポンさんこと"
ちなみに、当然ながら一般人は入れない施設なので、俺は厩務員をしている、彼の妹の"
ちょっと妹さんより背が小さめで、エロい体形と美少女っぷりは隠しきれないが、まあバレはしないだろう。
……とまあ、そんな訳で俺たちは厩舎へとやってきたのだが。
「お、おい! 暴れるな!」
『ヒヒヒヒィィーーン!』
突然、馬の嘶きが厩舎内に響き渡る。
何事かと思って見に行ってみると、そこでは一頭の白馬が暴れていた。天満戸厩舎の厩務員と思われるおじさんが必死に宥めようとするが、白馬は暴れて言うことを聞かない。
「き、絆奈ちゃん頼む。このクソ馬を鎮めてくれ! 相変わらず女の子の言うことしか聞きやがらねぇ!」
「あ、はい」
おじさんが俺に助けを求めてきたので、俺は白馬の元まで歩み寄った。
すると俺が近寄っただけで、暴れていた白馬は突然大人しくなる。そして股間の辺りを元気いっぱいにしながら、こちらに顔を擦り寄せてきた。
「……」
「こ、こいつまた馬っ気 (牡馬が発情すること)を出してやがる! レースでは全然走らないくせに、女の子を見るといつもこうだ!」
顔に手をあてて、おじさんは頭を左右に振った。
どうやらこの白馬はいつもこんな感じらしい。……どうしようもない駄馬のようだが、どうもこの馬、どこか気になるな。
白馬は荒い鼻息をふんふんと鳴らしながら、首をもたげて俺の顔を覗き込んできたので、俺は【スピリットトーク】を使って、その声を聞いてみることにした。
『うひょー! 今日の絆奈ちゃん、いつもよりなんだかもっとかわいくてエロい気がするぞ! ねえねえ、俺のシンボルを君のその手で鎮めてくれないかな?』
「…………」
『はぁ~……競馬関係者ってのは殆どが男、しかもおっさんばっかりだから嫌なんだよなぁ。せっかく元の世界と似た文明の世界に転生できたのに……なんで馬なんだよ、あのクソ女神め。絆奈ちゃんがいなかったら、俺の馬生は暗黒まっしぐらだったぜ……。さあ、絆奈ちゃん。その可愛いお手々で俺のシンボルを調教してくれたまえ! なーんて――」
「――オラァ!!」
近くにあった鞭でいきり立った白馬の股間を「バチン!!」と叩く。すると白馬は嘶きと共にその場に崩れ落ちた。
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