第104話「魔鳥ダンジョン」

「すいすいすい~っとな」


 背中に【蝙蝠の羽】を生やして、俺は空を駆ける。最初はコントロールが難しかったが、自転車と同じでコツを掴めば自由自在に飛べるようになるまで、それほど時間はかからなかった。


 後ろから『ギャァァーース!』と奇声を上げながら怪鳥が追いかけてきたので、俺は羽をはばたかせて旋回すると、手に持っていた"竜殺剣"で怪鳥の首を斬り落とす。


 こいつらは鳥系モンスターなので、"羽撃ちの弓"を使ったほうがダメージは大きいのだが、竜殺剣は手ごろな大きさの片手剣なので使い勝手が良いのだ。


 それに俺は【剣豪】の能力も持っているから、剣の扱いにも長けているしね。


『気持ちよさそうですねー。さすがに空を飛べるのは羨ましいです』


「まあな。しかし、そろそろこのダンジョンにも飽きてきたな」


 インカムで十七夜月と会話しながら、俺はダンジョンの空を飛び回る。



 ――ここは難易度星三の魔鳥ダンジョンだ。



 見渡す限りの草原に、ところどころ岩山がそびえ立っている。上空には青い空と白い雲、そして奇声を上げる大小さまざまな鳥たち。


 景色は良いのだが、桃ポーションを集めるために何度も通っているので、さすがに飽きてきた。


『あっちの崖の向こうに海がありますよね? あそこに行ったことってありましたっけ?』


「ないよ、飛行能力を持った鳥系モンスターしか出現しないダンジョンだし、海の中なんてなにもいないだろ」


 ダンジョンの中には動物とか魚とか、そういう生物は一切いない。いるのは魔物だけだ。


 それに海の前はオーバーハングの切り立った崖になっているので、羽を持つ俺は行くことができるが、本来は行けるような仕様になっていない。


『だから、ですよ。だからこそなにか面白いものが見つかるかもしれないじゃないですか』


「え~……でも俺、水に濡れたくないんだけど……」


『そんなザー〇ンさんみたいなこと言ってると、後で後悔しますよ?』


「またオタクにしかわからないネタを……」


『先輩にわかればそれでいいんです。さあ、行くんですよナユタさん!』


 53万の人みたいに声を高くして言う十七夜月に、俺は溜め息を吐きながらも、仕方なく服を脱いで下着姿になると崖の向こうへとダイブする。


 そのまま羽をはばたかせながら大きく息を吸い込むと、ゆっくりと海へと着水した。


 水の中は綺麗でとても透き通っており、海底まではっきり見えるほどだ。……が、そこに生き物の影はなく、どこまでも深い蒼一色だった。


 俺は【水中の王】の能力を駆使して20分以上もたっぷり海の中を散策したが、結局なにも見つけられなかった。


「ぷはぁ! やっぱなにもないじゃねえか!」


 海面に浮上した俺は、濡れた髪の毛をオールバックにして叫ぶ。するとしばらくの静寂の後、イヤホンから十七夜月の欠伸交じりの声が届いた。


 ……こいつ、俺が必死に探してる間、寝落ちしてやがったな。


「おい……お前が海に行けっていうから、俺は濡れるのを我慢して――」


『あーっ! あそこになんかありませんか? ほら、崖の真ん中あたりにある窪みに光るものがありますよ!』


 俺の怒りを遮るように、興奮気味な声を上げる十七夜月。


 誤魔化しているのかと疑ったが、よく見れば崖の中部にある普通なら絶対に行けないような場所に、人ひとりくらいが入れそうな窪みがあり、そこからキラリと光るなにかが見える。


 羽をはばたかせて、窪みに近付く。するとそこには、手足の生えた銀色に輝く宝箱のようなモンスターが、体を器用に丸めて眠っていた。


「こんにちはトレジャーボックス! そしてくたばれやぁ!」


『にゅーーーーッ!』


 問答無用で竜殺剣を振りおろすと、逃げ場のない銀色の箱は真っ二つに両断される。


 そして、光の粒子となって消え去ると、その場には豪華な装飾の施された杖が残された。


「おお! 星一の杖とは違う、なんかレアっぽいやつが落ちたぞ!」


 急いでポーチからアイテム鑑定機を取り出して、ドロップした杖を鑑定する。




【名称】:大聖女の錫杖


【詳細】:一振りで桃のポーション一個分に相当する状態異常を回復させることができる。弾数は10発で、撃った弾は24時間経てば補充される。また、弾数10発分を一度に全て消費することで、広範囲に殆どの状態異常を回復させる雨を降らせる、"クリアレイン"を放つことができる。ただし、非常に強力な病気や呪いなどは、"クリアレイン"で和らげることはできても、完全に治すことはできない。




 うおおーーーー! これ、滅茶苦茶当たりなやつじゃん!


 俺は興奮しながら杖を高く掲げて、十七夜月に杖の能力を報告する。


『やったじゃないですか! これでもう桃ポーションを集めなくても良くなりましたね!』


「だなぁ、ようやくカズトの被害者を全員元に戻せるぞ!」


 管理局に杖を預けてもいいのだが、あまりレアアイテムは手元から離したくないので、ちょっと面倒だが俺が自ら足を運んで石化状態を治して回ることにするか。


 帰ったら早速親父さんに報告して、残りの被害者の人たちの居場所を教えてもらおう。


「そうと決まればこのダンジョンにもう用はない! さっさと攻略しちまおう!」


 ポーチの中に大聖女の錫杖を突っ込むと、俺は羽をはばたかせて崖から飛び立つ。


 ボスのいる場所はすでにわかっている。ひと際高い岩山の上に、巨大な怪鳥が巣を作って暮らしているのだ。あれがボスモンスターで間違いないだろう。


 風を切りながら一直線に岩山へと近付くと、巨大な鳥がけたたましい奇声を上げて俺を迎えてくれた。


 俺は"羽撃ちの弓"を構えると、上空から怪鳥目がけて矢を乱射する。


《ギャァーーース!》


 巨大怪鳥は奇声を上げながら、矢を躱そうと俺よりも更に上空へと舞い上がった。そして大きく口を膨らませると、口から火球を放って攻撃してくる。


 が、俺はポーチからすかさず"火蜥蜴の盾"を取り出し、火球を受け止めた。


 ドゴォンと爆発音がして周囲が煙に包まれたが、盾の効果で俺までダメージは届かない。俺は煙が晴れるのを待つことなく、再び矢を乱射して怪鳥を攻撃する。


 上空を旋回しながらそれを避けようする怪鳥だったが、【弓取り】の長所を持つ俺の射撃から逃げられるはずもない。矢は次々と怪鳥の羽に命中すると、その巨体は空中で大きくバランスを崩す。


「これでトドメだ!」


 "羽撃ちの弓"をポーチにしまって代わりに"竜殺剣"を右手に握り、俺は怪鳥目がけて突進する。


 そしてすれ違いざまに首を一刀両断すると、巨大な身体は垂直に落下しながら光の粒子となって消え去った。


「おっと!」


 ボスの消失した場所に真っ黒な首輪が出現して、そのまま落下を始めたので、慌ててそれをキャッチする。なんだか怪しげ光を放つ鎖が巻き付いた、おどろおどろしいデザインの首輪だ。


 ゆっくりと地面に降りてから、鑑定機を使って首輪を調べる。




【名称】:封印の首輪


【詳細】:封印する能力を頭に思い浮かべながら相手にこの首輪を嵌めれば、対象の能力を一つだけ封印することができる。首輪は伸縮自在で小動物から巨人まであらゆるものに嵌めることができる。ただし、あまりにも強力な能力は完全には封印できない。また、この首輪は装着した者が死亡するか、その者が直接触れることでしか外せない。




 ふむ、封印系のアイテムか。そんな場面はないに越したことないが、誰かを拘束したりする場合には重宝するかもしれないな。


 ダンジョンが光に包まれて消え始める。俺は首輪をポーチにしまうと、十七夜月と今日の夕食をなににするか話しながら、外の世界へ帰還するのだった。

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