第103話「約束」

「へ~、それが吸血王の涙ですか。めちゃくちゃ綺麗ですねー」


 俺の手元を覗き込みながら、十七夜月が感嘆の声を上げる。


 手の中にある深紅の宝石を指先でコロコロと弄びながら、俺は「う~ん……」と首を傾けた。


「確かに綺麗で、なにか特別な力を秘めていそうなんだが……。使い方がわからないんだよなぁ」


 ダンジョンの魔導具じゃなくても、アイテム鑑定機は詳細な情報を表示してくれるので、吸血王の涙にどんな力があるのか、すぐにわかると思った。


 だが、鑑定機に表示されたのはこんな説明文だった。




【名称】:吸血王の涙


【詳細】:如何なることにも心を乱すことがなかった吸血鬼の王が、妻の今わの際でのみ見せた涙が結晶化したもの。これを持つ者が、彼の王と同じように心からの涙を流したとき、彼はその者に力を与えるだろう。




 ……うん、まったくわからん。


 試しに十七夜月と一緒に玉ねぎを料理して二人でわんわんと涙を流してみたが、吸血王の涙はなんの反応もしなかった。


「先輩ってちょっとドライなところありますもんねー。心からの涙なんて、よっぽどのことがないと出ないんじゃないですか?」


「いやいや、俺だって人並みに涙は出るから。この前見た映画でボロ泣きしたし」


「……う~ん、やっぱりそういう涙じゃダメなんじゃないですか?」


「じゃあ、どういう涙ならいいんだよ?」


「吸血王は大切な妻のために涙を流したわけですよね? だったらやはり大切な誰かのために、心からの涙を流したときに力を与えてくれるんじゃないですかね?」


「……大切な誰かのために流す涙、か」


 言われてみれば、俺には心から大切だと想える人のために涙を流したことなんてない気がする。両親もいないし、恋人もいない。


 桃華やアストラるキューブの三人のような友人はいるけど、吸血王が愛した妻と同じような存在かと言われると……少し違う気がする。


 強いて言うなら十七夜月が最も親しい友人ではあるが、こいつは有能な女なので大抵のことは自力で解決できてしまい、俺が涙を流すような事態になることはあまり想像できないんだよな。


「……」


 ロケットペンダントの中に深紅の宝石をはめ込むと、俺はそれを首にかける。


「珍しく真面目な顔で悩んでいるところ悪いんですが……先輩、今日誰かと会うって言ってませんでした?」


「あ、そうだった!」


 今日はこの前エクストラダンジョンで知り合った、"スターブレイカーズ"のカイルさんが病気の娘さんを連れて来日する日だった。


 俺は約束は守る女だからな。ちゃんとエリクサーを持っていってあげないと。


「じゃあちょっくら出かけてくるわ!」


「いってらっしゃ~い」


 十七夜月に見送られて家を飛び出すと、俺はてててっと足早に彼らの泊まるホテルへと向かった。





『やあ、ナユタちゃん』


「白鳥くん。……こりゃまあ随分と薄くなったな」


 道中、空からふわふわと白鳥くんの幽霊が降りて話しかけてきた。


 だけど、いつの間にか【幻想の魔眼】を持つ俺ですらその姿を見るのが困難なくらい、彼の姿は透けて薄くなっていた。


『ああ、満月も立ち直ってくれて、弟は俺の代わりに白鳥の家を背負っていく覚悟ができたみたいで奮闘してる。黒羽根家はナユタちゃんのおかげで、天獄会との繋がりがバレて連日ニュースになってるしもう完全に終わりだろう。……もう、未練はないんだ』


「……天獄会に恨みはないのか?」


『完全にないって言ったら嘘になるかもしれない。だけど、所詮奴らは黒羽根家の依頼で動いていただけだ。黒羽根家は既に奴らに切られたようだし、もう白鳥家には手を出してこないだろう。それにどうやら俺をひき逃げした実行犯はすでに死んでいるらしいし、奴らを完全に潰そうと思ったらそれこそ国を巻き込む大事件になる。幽霊になってまで、そんな血なまぐさいことには関わりたくないよ』


「そっか」


『悪因悪果……。俺がなにかするでもなく、きっといつか奴らは報いを受ける。俺はそう信じているよ』


 どうやら、白鳥くんは本当に未練を断ち切ったようだ。なら、もうこれ以上俺が口を出すのは野暮ってもんだろう。


 彼の透き通った手が目の前に差し出されたので、俺はそれをガシッと握った。


 ……白鳥くん、本当にいい奴だったな。名楼といい、俺が男のままでこいつらが普通の人生を送って巡り合ってたら、きっと親友になれていただろう。


『もう逝くよ。異世界に転生……はするかわからないが、来世でもしまた会えたら、今度は普通の友達として一緒に遊ぼうぜ』


「ああ。そのときはぜひ」


『じゃあな、ナユタちゃん』


 最後に爽やかな笑顔を見せた白鳥くんは、そのまま空へと昇っていき……やがて見えなくなった。


「……さようなら。白鳥くん」


 俺はもう見えない彼に向かって手を振ると、再びホテルへと向かって歩き出す。




 駅前の高級ホテルに辿り着くと、ロビーで待っていたカイルさんが手を振りながら出迎えてくれた。


 ……約束通り、どうやらちゃんと一人で来たみたいだな。


 人間よりも遥かに鋭敏になった五感で周囲の気配を探ったところ、俺のことを尾行してくる人間や、カメラを構えているような不審な人物も見当たらない。


 ダンジョンで会った印象ではそんな人ではなさそうに見えたが、もし俺という存在を捕らえようと仲間を連れて来るなど馬鹿な真似をしていたら、姿を現さずそのまま帰るつもりだった。


 それに、黒ポーションによる後遺症もないようだな。少し気になっていたので一安心だ。


「やあ、ナユタ。来てくれたんだね」


「こんにちはカイルさん、この間ぶりです。約束通りエリクサーを持ってきましたよ」


「……ありがとう。本当に助かるよ。正直、あのときは君を信用していいか半信半疑だったんだ。だから君から電話が来たときは、ひどく安堵したよ」


「俺は約束は守る女なんでー」


「ふむ、君は外見だけではなく心も……ううん? 君、ダンジョンで会ったときより、更に美しさが磨かれたみたいだね。もしかして、恋でもしたかい?」


「あはは、そうだったらよかったんですけどね。単純に進化しただけです」


「……進化。そういえば君は吸血鬼だったね、そういうこともあるのか。おっと、君の正体は仲間にも喋ってないから安心してくれ。君は娘の命を救ってくれると約束してくれた。そんな恩人を売るような真似はしないよ、このことは墓場まで持っていくつもりさ」


 カイルさんの誓いに鷹揚に頷きながら、俺は彼の案内で娘さんのいる部屋へと向かう。


 中に入ると、ベッドには今の俺と同年代くらいの金髪の少女が横になって眠っていた。しかしその表情は苦しみに歪んでいる。


「……これは、酷いですね」


「わかるのか?」


「ええ」


 彼女の体を【幻想の魔眼】で注視すると、全身を死の気配のようなものが包み込んでいるのが見えた。このままだと、おそらくあと数ヶ月も保たないだろう。


 俺はポーチの中からエリクサーを取り出すと、それを眠っている娘さんの口元へ運ぶ。


 すると彼女の体は淡く光り輝き、全身を覆っていた死の気配のようなものが蒸発するように消え去っていく。


 そして、しばらくして光が収まると……彼女はゆっくりと目を覚ました。


「……パパ? あれ、私……?」


「おお、クリスタ! クリスタ! 良かった……本当によかった……!」


「体が……軽い。頭も全然痛くないし、苦しくない! パパ! もしかして私、治ったの!?」


 ベッドから飛び起きたクリスタちゃんがカイルさんに抱きつくと、彼は目に涙を浮かべながら何度も頷いた。


 感極まって泣き崩れるカイルさん親子をしばらく見守っていたが、やがて落ち着いたのか、彼は俺の方に向き直って深々と頭を下げた。


「本当にありがとう、ナユタ!」


「いえいえ、いいってことですよ」


「この恩はいつか必ず返す。……そうだ、これを受け取ってくれ。正直エリクサーとじゃ全く釣り合わないが、せめてものお礼だ」


 そう言って彼が鞄から取り出したのは、桃ポーションよりも更にピンクの色合いが強い、怪しげな液体の入った瓶だった。


 俺はそれを受け取ると、早速鑑定機にかけてみる。




【名称】:超マムシドリンク


【詳細】:これを飲むと無尽蔵の精力が湧き上がってくる。枯れきった老人や、不能の者でもたちまち下半身は元気百倍に。非常に強力な性的興奮効果もあり、これを飲んだものは男女問わず、一時的に淫獣と化す。一度飲むと効果は24時間続く。




「…………」


 ある意味凄い貴重なアイテムではあるが、これを女の子に渡すとは……カイルさんもなかなかチャレンジャーだな。


 セクハラするような人には見えなかったが、もしかしてムッツリスケベ系だったのか?


 俺が微妙な顔をしているのに気づいたのか、カイルさんは俺の手の中を覗き込む。そして「あっ!」と声を上げると、慌てたように弁明し始めた。


「ち、違うっ! 本当は別のものを渡そうと思っていたんだが、似たような瓶なので間違えて持ってきてしまった。すまない! どうかそれは破棄してくれて構わないので、誤解しないでくれ!」


「はぁ……別にいいですけど」


 案外ドジなところあるんだな。まあ、レアアイテムには変わりないし、どこかで役立つかもしれないので一応取っておくか。


 ポーチの中に超マムシドリンクをしまっていると、クリスタちゃんが俺の方をジッと見ていた。


「あの、私にもなにかお礼させてください。私にできることならなんでもします!」


「……え? なんでもするの?」


「おいおい、あまりおかしなことは要求しないでやってくれよ?」


 カイルさんが警戒するような様子でこちらを見てくるが、俺は別に変なことをお願いする気なんてサラサラない。


 ただ、彼女の身体に流れる乙女の生き血をちょっと分けてくれればそれで充分なのだ。


「では、血を頂戴いたします――ガブゥ!」


「――ひぅ!?」


「お、おい! クリスタが吸血鬼になったりしないだろうな! 病み上がりなんだから手加減してやってくれよ!」


「うお! 金髪美少女の血ィうめぇ!!」


「……ん、んあッ!」


「ちょ、ちょっと! 大丈夫なのか!? クリスタ少し痙攣しているぞ!!」


 ワーワーと騒ぐカイルさんを尻目に、俺はクリスタちゃんの首筋に噛みつくと、彼女が貧血にならない程度にチューチューと血を吸い続けたのだった。








【名称】:手芸の達人


【詳細】:幼い頃から病気でベッドを離れられなかった少女は、暇を持て余して手芸にのめり込んだ。その腕はトッププロの域にまで達しており、ミシンすら使わずに人形を作ることだってできるし、マフラーやセーターを高級ブランドにひけをとらないクオリティで仕上げることができる。また、刺繍の腕前は最早芸術の域であり、その繊細なデザインは思わず溜め息が出てしまうほど美しい。

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