第102話「マジックナユタ④」

 月明りに照らされた真夜中の学校の屋上。そこの給水塔の上に俺は座っていた。


 背中に生やしていた【蝙蝠の羽】をしまうと、シルクハットを手で押さえながら、空に浮かぶ満月を眺めて大きな溜め息を吐く。


 するとふわふわと俺の側までやってきた白鳥くんが、不思議そうな表情で話しかけてきた。


『どうしたんだいナユタちゃん? 作戦は大成功だったじゃないか。吸血王の涙は無事に回収できたし、黒羽根家は天獄会との繋がりがバレて大打撃。これ以上ないくらいのパーフェクトな結果だ。一体なにが不満なんだ?』


「……まあ、作戦自体は完全に成功したさ。でも、あの逆ハーレム女が持ってた長所がさぁ」


 なにか凄い能力を持っているんじゃないかと俺が期待した女、朱刃あけはひかり


 あいつから獲得した長所がこれだ――。




【名称】:おもしれー女


【詳細】:平凡な容姿で特別な能力などなくても、俺様系イケメン、スポーツマン、クール系男子、子犬系美少年、ヤンチャ系男子、上流階級の子息など、普通なら絶対に惚れられることがない様々な……特に個性の強い男性から、なぜか好意を持たれやすくなる。ただし、容姿が美しく高い能力を有している者ほど効果が減少する。




 両手で頭を掻きむしりながら、夜空に向かって「うがー!」と叫び散らす。


 ……いらねぇ! むしろ返却したいレベルなんですがッ!? しかもオフ機能もついてないとか勘弁してくれ!


 せめてもの救いは、今の俺はめちゃくちゃ美少女なのでこれを持っていてもあまり効果がないことか。減少するって書いてあるし……ないよな? 頼むからそうであってください!


「こりゃ溜め息も出るだろうよ……」


 再び大きく溜め息を吐いて、手に持っている吸血王の涙を眺めながら足をぶらぶらさせていると、コツコツと誰かが階段を登ってくる音が聞こえてきた。


 ……どうやら満月ちゃんが屋上にやって来たみたいだ。


 ここで待つという旨のメッセージをカードに書いて彼女の胸ポケットに忍ばせておいたから、きっと来ると思ってたよ。


「白鳥くん、声を借りるぜ」


『ああ、頼んだぞナユタちゃん』


 "声真似リップ"を唇に塗って白鳥くんの幽体の手の甲にキスすると、俺は仮面とシルクハットを装着して満月ちゃんの到着を待つ。


 すると、ガチャリと屋上の扉が開き、綺麗な栗色のロングヘアをした美少女が屋上へとやってきた。


 ピンク色のぷるんとした唇に、少し切れ長な大きな瞳。真っ白で綺麗な素肌に、すらっと長い手脚に抜群のスタイル。こんな娘との婚約を破棄するなんて、白夜は本当に馬鹿なやつだよなぁ。


「よう、満月。よく来たな」


「……その声! 本当にお兄ちゃんなの!?」


 給水塔の上に立ち、バサバサとマントをはためかせながら白鳥くんの声で話しかけると、満月ちゃんは目を丸くして驚いていた。


 そしてぽろぽろ涙を流しながら、俺の立っている給水塔へと駆け上がってくる。


「お兄ちゃん……生きて……たんだね……」


「……いや、残念ながら俺は死んださ。今は友人であるこの怪盗不可思議の体を借りて話しているだけだ」


「体を……借りてる?」


「まあ、そういう特殊な能力を持った奴だと思ってくれ」


「……」


 満月ちゃんが一歩下がる。どうやら少し胡散臭さを感じて警戒しているようだ。


 まあこれはしょうがないな。死んだと思ってた兄貴が怪盗に憑依しているなんて言われて、はいそうですかって信じられる人間なんて少ないだろう。


 傍らに浮遊している白鳥くんに目配せすると、彼は俺の耳元まで顔を近づけて耳打ちをする。


「言っておくけど嘘はついてないぞ? よし、証拠を出そう。そうだなぁ、あれはお前が吸血王の涙を盗まれてしまった夜のことだ。小学4年生にもなるというのに、お前はショックでおねしょをしてしまい、俺が両親にバレないうちに始末――」


「わーわー! 分かったから! もう完全に信じるからそれ以上は言わないで!」


 顔を真っ赤にした満月ちゃんが、慌てて俺の言葉を遮る。どうやら二人だけしか知らない墓場まで持って行きたい秘密だったようだ。


「というわけで、俺は死んじまったが、幸運にもこうやって最後にお前と会話する時間がもらえた。……悪かったな、お前を残して先に逝っちまって」


「……うん。でもこうやって会いに来てくれたから……許してあげる」


「満月、もう黒羽根家とは関わるな。ちょうどよく婚約を破棄されたことだし、吸血王の涙もこうして取り戻した」


「お兄ちゃん……でも、私のせいでお兄ちゃんは……」


「お前のせいじゃない。黒羽根家は俺たち白鳥家をターゲットに定め、取り込もうと画策していた。あのときお前が吸血王の涙を奪われなくても、いずれは戦うことになっていたんだ。だから気にするな」


 白鳥くんの言葉を翻訳して満月ちゃんに伝えてやると、彼女は大粒の涙を流しながら俺に抱きついてきた。そして嗚咽を漏らしながら、俺の胸に顔を埋める。


 俺はそんな彼女の背中を優しく撫でてやった。


「……ぐす……ひっく……ぐす……お兄ちゃん」


「黒羽根家はもう終わりだ。俺がいなくなっても、白鳥家は俺たちの弟に任せれば問題ないだろう。だから満月、お前はもう自由に生きていいんだ」


「お兄ちゃんは……どうするの?」


「そうだなぁ……お前、名楼って覚えてるか? 俺の親友の名楼なろう智衣斗ちいとを」


「うん、あの面白い人だよね」


「ああ、あいつなんと……本当に異世界に転移したんだぜ! びっくりだろ!? どうやら異世界ってのは本当にあるらしい」


 給水塔の上に二人で座りながら、白鳥くんの言葉をそのまま満月ちゃんに伝えて会話する。


 満月ちゃんは楽しそうに笑みを浮かべながら、俺の口から紡ぎ出される彼の話に聞き入っていた。


「まるでファンタジーのような話だろう? でもそれが実際、俺の親友に起こったんだ。神様的な存在がいることも示唆されていたようだし、だから俺だって、成仏したらもしかしたら異世界に転生できるかもしれないな。死んでもその先があるなら、別れの寂しさも少しは紛れると思わないか?」


「……ここにはいなくても、どこかから私のこと見守ってくれてるんだね」


「ああ、きっと見守ってるよ。だから満月、もうそんな顔をするな。お前はもう、前を向いて歩いていけるはずだ」


 俺が肩を叩いてそう告げると、満月ちゃんは涙を拭ってから笑顔で頷いた。


 その笑顔はやっぱり白鳥くんにそっくりで、本当に可愛い女の子だ。


「うん……私……もう泣かない。お兄ちゃんの分まで、しっかり前を向いて生きていくよ!」


「よし、それでこそ俺の妹だ」


 満月ちゃんの頭を撫でてやると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。


 そしてしばらく二人で夜空を眺めていると、満月ちゃんは立ち上がり、俺の目を見つめてきた。その目はもう涙に濡れてはいない。


「……なあ満月、不可思議に"吸血王の涙"を譲ってもいいか? これは元を辿れば彼女の祖先にルーツがある代物でな。ずっと行方を捜していたらしいんだ」


「怪盗さんは……吸血王に連なる家系の末裔なの?」


「まあ、ちょっと違うがそんなところだ。それに、これはもう俺たちには必要のないものだからな。これだけのことをしてくれた彼女に俺はなにかお礼がしたいんだ。だから頼むよ」


「うん……いいよ。怪盗さんが持っていって。だって、最後にお兄ちゃんと会わせてくれたんだもん。私、怪盗さんにすごく感謝してる」


「……ありがとう満月。ああ、そろそろ時間みたいだな」


 別に制限時間なんてないだけど、演出としてここで白鳥くんが成仏する流れにしておいた。


 マジックの技術を使って体をキラキラ輝かせ、まるで体から幽体が抜けていくように見せかける。


 そして、妖精さんに淡く光るLEDライトを持たせると、人魂のように浮遊しながら天に昇っていってもらう。


「お兄ちゃーーーん! 元気でねーーー! 私、ずっとお兄ちゃんの分まで頑張って生きていくからーーーー!」


 満月ちゃんがそんな妖精さんに向かって両手を口に添えながら大声で叫ぶ。その目には大粒の涙が見えたが、彼女は決してそれを流そうとはしなかった。


 そして光が完全に消え去ると、俺は仮面とシルクハットを取ってリップを拭いてから彼女に一礼する。


「初めまして、白鳥満月さん。我が友人の妹君。私が怪盗不可思議です」


「うわ! 凄い美少女! それにめっちゃイケボだ!」


「美しいお嬢さん、もしよろしければあなたの血を私に頂けませんか?」


「うわ! 本当に吸血王の子孫なんだ! はい、私の血でよければどうぞ!」


 テンションがおかしなことになってる満月ちゃんは、特に躊躇うことなくドレスの袖をまくって、真っ白な腕を俺に差し出す。


 俺はその腕に軽く噛みつき、血をチューチュー吸ってやった。


「うむ、美味であった! あ、これ……私の名刺です」


「これはどうもご丁寧に」


 怪盗不可思議の連絡先が書かれた名刺を満月ちゃんに渡すと、彼女もまた自分の連絡先の書かれた紙を俺に渡してきた。


 彼女は白鳥財閥のご令嬢なので、ちゃんとコネは作っておかないとね。


「それでは満月ちゃん、私はここでお暇するとしよう。君のこれからに幸多からんことを!」


 最後にぺろりと彼女の血を舐めてから、シルクハットを被って【蝙蝠の羽】を生やし夜空へと飛び立つ。


 満月ちゃんは星空を見上げながら大きく手を振って、いつまでも俺のことを見送っていた。








【名称】:ぷるぷるリップ


【詳細】:まるで桜の花びらのような淡いピンク色をした、うるうるで瑞々しい魅惑の唇。乾燥とは無縁でいつでもぷるっぷるしており、思わずキスしたくなるほどの魅力がある。

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