第101話「マジックナユタ③」

「白鳥満月! 我がクラスメイト、朱刃光に対する数々の悪行! もはや見過ごすことはできぬ! ここに貴様との婚約破棄を宣言する!」


 目の前にいる如何にも成り金といった派手な服を着た男が、私に向かって声高にそう宣言してきた。


 彼の隣には特徴がないのが特徴のような、地味で目立たない女が寄り添っており、そんな彼女を守護するように数人のイケメンたちが立ちはだかっている。


「白夜さん、悪行とは? 私は朱刃さんに、学園の風紀をあまり乱さないようにと注意していただけなんですが……」


「しらばっくれるな! それは建前で、お前は皆に愛される光に嫉妬してイジメていたのだろう!」


 めちゃくちゃな言いがかりだ。しかし、朱刃さんの取り巻きのイケメンたちも口々に白夜さんを擁護する声を上げており、どうやら私が圧倒的に不利らしい。


 ……朱刃さんも「私の為に争わないで!」などと言ってないでちゃんと否定しなさいよ。その取り巻きたち全員に婚約者がいるのに、あなたがそんなんだから学園中がぴりぴりしてるんでしょ!


 モテるのはいいけど、そんな優柔不断な態度とってないで、本命がいるならさっさと一人に決めなさいよ!


 ……ああ、ダメだ。こんな風にきつく彼女に当たってしまうから、周りからはイジメていると勘違いされるのだ。


「ふん、どうやら言い返す言葉も無いようだな。イジメをするような女は我が黒羽根家には相応しくないと、俺は判断した。よって、貴様との婚約を破棄する!」


「待って白夜さん! もう一度冷静になって話し合いましょう……」


 このままでは"吸血王の涙"が取り戻せなくなってしまう。私が馬鹿だったせいで失ってしまった白鳥家の家宝が……。


 これでは死んでしまったお兄ちゃんに顔向けができない。どうしよう、どうすればいいの……。


「くどいぞ、満月。婚約の破棄は決定事項だ。それだけじゃないぞ、貴様は光に暴力まで振るっていたそうだな」


「一体誰がそんな根も葉もないことを……。私はそんなことしていません!」


「言い逃れする気か? お前が光に暴力を振るっていたという証拠は揃っているんだ! これはもう、情状酌量の余地はない! すぐに学園からも退学処分が下されるはず――」



「あああーーーッ! 足が滑ってしまいましたわーーーッ!」



 そのとき、突如会場に響いた甲高い声。


 全員がその声の発生源に視線を向けると、ドリルツインテールの髪型をした、如何にもお嬢様といった風貌の少女が、体勢を崩しながら飲み物の乗ったトレーを空中に放り投げているところだった。


 トレーは放物線を描き、白夜さんに向かって飛んでいく。


「ぬぁッ!?」


 ばしゃばしゃと、白夜さんに向かって飲み物がぶちまけられ、彼の高そうな一張羅が見るも無惨な姿になってしまった。


 白夜さんは自分の服がびしょびしょになったことを確認すると、鬼のような形相で声の主を睨みつける。


「貴様ぁッ! この俺に向かってなんて真似を! 覚悟は――」


「あああ~~! お兄様、申し訳ございませんですわ~~!」


「あ、麗華ちゃんだったのね……」


 犯人が妹だと分かると、白夜さんの顔は怒りからなんともいえない表情になった。


 彼女は白夜さんの妹で黒羽根家のご令嬢だ。兄妹仲はかなり良いようで、服をびしょ濡れにされたくらいでは怒るに怒れないみたいだ。


「今すぐ綺麗にしますわね! ふきふきふき……」


「ちょ、ちょっと麗華ちゃん大丈夫だから! 使用人に拭かせるから!」


「いいえ! お優しいお兄様は、こんな不出来なわたくしにも気を使ってくださるのですね。でも、この程度はわたくしがやるべき仕事ですわ」


 そう言って麗華さんは白夜さんの全身をタオルで拭き始める。


 そして、最後に首筋にかけられている"吸血王の涙"を綺麗に拭き取ると、彼女はチラリと隣にいる朱刃さんに目を向けた。


「あら、あなたにも少しかかってしまったみたいですわね。今、拭き取って差し上げますわ」


「え? いや、私は別に大丈夫――」


「――ガブゥッ!」


「痛ぁああッ!」


 タオルで拭くと言っておきながら、何故か麗華さんは唐突に朱刃さんの手首に食らいつき、血を吸い始めた。


 その突然の奇行に会場の誰もが唖然とする。兄の白夜さんですら口をあんぐりと開けている。


「ちょ、ちょっと! なにをするんですか!?」


「え~……なにこの能力……。期待してたのにめちゃくちゃいらねぇ……」


 朱刃さんは慌てて麗華さんの頭を掴んで引き剥がす。すると、麗華さんは吸った血をぺっぺっと吐き捨てて、口元をハンカチで拭った。



 ――バチンッ!


 

 と、その瞬間だった、唐突に会場の照明が落ち、辺りは闇に包まれた。


 そして、ざわざわと人々が困惑や恐怖の声を上げるなか、闇を切り裂くように会場に設置されているステージの照明が点灯する。


 そこには、真っ黒なマントにシルクハット、顔を仮面で隠した男か女かも分からない人物が立っていた。


《レディース、アーンド、ジェントルメェーン! 大変長らくお待たせ致しました。これより、怪盗不可思議のショータイムでございます!》


 その怪盗を名乗る人物は、機械的な音声で会場中に向かってそう告げた。


 すると即座に白夜さんがステージに向けて声をあげる。


「出たな、コソ泥めが! 捕まえろ! 決して逃がすんじゃないぞ!」


「「「はっ!」」」


 白夜さんの命令に、会場の至る所から黒羽根家の私兵や警察、SPがステージへと駆け込んでいく。


 だが、怪盗はマントを翻すと、背中に蝙蝠の羽のようなものを生やして空中へと浮かび上がった。


《おっと! 怪盗不可思議の華麗なショーに、無粋な乱入者は不要です》


「う、浮いてるぞ!」


「狼狽えるな! トリックだ、トリックに違いない!」


「で、でも一体どうやって……」


 怪盗はまるで重力を感じさせないかのように、天井から壁へと空中を縦横無尽に駆け回る。


 私を含めて会場の客たちやSPたちは、その人間離れした光景にただただ呆然とするしかなかった。


《さて、それでは本日のメインイベント、吸血王の涙の奪取と行きましょうか! 怪盗不可思議の華麗で優美なショーを、とくとご覧あれ!》


 その声に、白夜さんは自分の胸元にある吸血王の涙を隠すように握りしめる。


 しかし、怪盗が『パチン』と指を鳴らすと、白夜さんの手の中の吸血王の涙は、どろり……と、まるで溶けるように形を失って地面へと滴り落ちた。


《おや? おやおやぁ~? いつの間にか私の手の中に吸血王の涙は移動していたようです! これは一体どういうことでしょう?》


 怪盗がバッと手のひらを広げると、そこには血よりも紅い輝きを宿した美しい宝石が握られていた。


 それを見た白夜さんは、一瞬あっけにとられた後、怒りを爆発させる。


「撃て! 銃を持っている者は、奴を撃ち殺せ! もう捕まえる必要はない!」


《おっと、物騒ですね。やはり黒羽根家のご子息だ。反社の天獄会と組んで、やりたい放題してるお方は言うことが違いますねぇ~。白鳥家のご長男もあなたの命令で殺害したのでしょう?》


 ……え? あの怪盗、今なんて言った? 


 白鳥家のご長男を殺したって……。まさか、お兄ちゃんは事故じゃなくて殺されたっていうの? それも白夜さんに!?


「て、天獄会だと? なんのことだ! 俺は知らんぞ!」


《しらばっくれるおつもりですか。ではポチッとな》


 手元のスマホをいじる怪盗。すると、そこから会場中に響き渡るほどの大きな音声が発せられた。



『いいか麗華。天獄会と黒羽根家は、あくまで裏で秘密裏に協力し合う仲だ。間違っても俺たち黒羽根家が反社と繋がってるとか、そんな根の葉もない噂を表に流さんでくれよ?』



 それはまぎれもなく、黒羽根家の長男である白夜の声だった。


 会場の客たちは、スマホから流れてる音声に困惑し、ざわつき始める。警察やSPも怪盗を捕らえるどころではないといった様子だ。


《反社と繋がっているような家は"吸血王の涙"を持つのに相応しくないと、私は判断した。よって、これは私が頂戴していこう》


 怪盗は手に持った吸血王の涙を高く掲げ、バサリと背中の羽をはためかせて飛び上がると、そのまま会場の窓を突き破って夜空に飛び出していった。


《それでは皆様、ごきげんよう。またいつかお会いしましょう!》


 怪盗が空の彼方に飛んでいき、それと同時に会場の電気も復旧する。


 会場のざわめきは収まらず、白夜さんが顔を真っ青にして呆然としているなか、私のドレスの胸ポケットにはいつの間にか一枚のカードが忍ばされていたのだった。

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